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枯れた知識の水平思考 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-10-04

ネットは現実を反映しない

 2ちゃんねるのハード、業界板(以下ゲハ板)で、ソフトの売上を見守るのが楽しかった時期があって、出川だの妊娠だの言いながら日々の売上に一喜一憂していたのだけど、そんなくだらない日々の中で、住人の皆が共有した真理とでも呼ぶべきものがあって、それは、

ネットで騒がれるソフトが売れるソフトってわけではない

ってことだった。


 初代XBOXなんかは凄かった、オイラの人生観にちょっとした変化を与えたと言ってもいい、初代XBOXは発売前はゲハ板でも、結構話題で、セガがハードから撤退したので、その流れでセガハードの後継的なポジションになって、PS2あるから主流になるのは無理でもそこそこ売れるんじゃね?みたいな見方をされてた。性能はぶっちぎりだし、同時発売のソフトもかなり多かったからね。


 でも結果は住人の想像を絶する惨敗だった。動物番長っていう任天堂が発売した、ゲームキューブのソフト知ってるでしょうか?ほとんど知らないっスよね。まあそれくらいのマイナーなソフトがXBOXと同じ時期に発売されたんですが、XBOXの同時発売タイトルの中で、動物番長より売れたXBOXソフトはたったの一本しかなかったんです。XBOXゲハ板住人の想像の斜め下を行きまくったのです。


 そんなことがあって以降、オイラはネットの盛り上がりというものを、相当ローカルで、せまーい社会での盛り上がりに過ぎないんだなと思うようになった。ゲーム系の板って2ちゃんねるのなかでは結構盛り上がってる板が多いんだけど、それでも現実への影響なんてほぼ無いも同然なんですもの。


 でもそんなことは考えてみれば当たり前のことで、ネットってどうしても声の大きな奴がフロントにくるから、所謂ノイジーマイノリティが跳梁跋扈しやすい空間なんですよね。そんなとこから、現実の社会にも適用できそうな普遍性を見出すのは、相当上手い具合にゆがみを補正しなければ無理なんですよね。さらに、ゆがみの補正に成功しても、結果として見えるのは、ものすごい特殊な事例でしかなかったりするし。


 だから、オイラはネットの状況を見て、現代社会の病理が〜とか、現代の若者とは〜みたいな言説を述べる人のことを、全く信用しません。そんなハッタリとハッタリの天下一武闘会会場から現代社会の普遍的な問題なんて見つかるわけねーだろとしか思いません。もし、そんな人から傾聴に値する話が聴けるとしたら、何故自分がハッタリ武闘会に参加せずにはいられないのかっていうことに関する、率直な自分語りだけなのではないかと思います。でもそれにもまたハッタリが入るんだろうけどさ…。


 非モテに関する話題とか特にそうだよなー。ってか自分自身昨日のエントリでまんまとネットの罠にはまりそうになってるしね。気をつけます。


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2008-10-03

非モテとオセロ

 一部の非モテな人たちにとって「彼女がいない」って現実はオセロみたいなもんで、どれだけ、現実が充実していたとしても、最後の「彼女がいない」っていう一点を突かれてしまうと、バラバラっと白から黒へ裏返ってしまうし、どれだけ惨めな人生を送ろうとも、「彼女が出来た」っていう一点さえ押さえられれば、一気に黒が白へ裏返る一発逆転の一手なんだろうと思う。


 やっぱり「彼女」に全ての「承認」を求めて高く期待するより、いろんな分野で細かく細かく「承認」を拾って自分のパートナーに対しては、それほど重い期待をしないってほうが、上手くいくと思うな。


 それだけ現代の世の中は細かいレベルでの承認すら得にくい世の中ってことなんでしょうな。

 もしくは、一部の人間が過剰なほどに承認を得ていると錯覚しているのか…。

2008-09-21

非モテの老後問題

非モテ問題が一番辛い時期は高校生あたりなんじゃないだろうか。

その辺の時期が、一番モテル奴とモテナイ奴の差がハッキリする。

趣味嗜好がまるで違う連中が一つの教室に集って勉強するんだから、そりゃ目を逸らそうとしても、逸らしようの無い現実が次から次へと展開されてしまう。

あんな暴力的な空間はそうそうない。


大学に進学したり、就職したりすると、高校の頃とはまるで違う生活が待っている。

一緒に時間を過ごす人間は、同じサークルで、趣味嗜好が近い連中だったり、就職すれば、

年齢が一緒の同期よりも、会社の年の離れた先輩達との交流のほうが増えたりする。

モテなきゃモテないで、なんとなく暮らすことも可能なのだ。

そんで、はてな非モテ問題に言及しちゃったりもできるのだ。

高校で一日中机に突っ伏して家に帰るなり非モテ論を語るとか、ちょっとオイラには不可能のように思えるのだ。



でもそんな非モテ達が、そのまま非モテを持て余して老人になり、老人ホームに入ったり、病院で長期の入院生活とかになったらどうなるんだろう?



そこは、自分と同じような年代の趣味嗜好がまるで違う人たちが集う、まるで、高校生活がもう一度蘇ったような場所なのではないだろうか?そこではやはり、モテる老人と非モテな老人がはっきり色分けされた、天国の前の地獄のような光景が広がっていたりするのではないか?



老人になったらさすがに、性欲も衰えてるだろうし、そんなんさすがに無いよとか言われるかも知れない、しかし、非モテたちの求めているものは「承認」なのだ(ってはてなの解説に載ってたよ)。



性欲が殺ぎ落とされた老人達はそれこそ純粋な「承認」を求めて様々なアクションに出るのではないか?そこでは様々な悲喜劇が毎日のように繰り広げられてるのではないか?



非モテたちは失われた高校生活で得られなかったサムシングを求めている?なんてことけっこう言われてたりしますけども、それの願いは人生の最後の最後で叶うんじゃないかな。少なくともチャンスは与えられるんじゃないかな。


その最後のステージで、どう立ち振舞えるかはオイラにはわかりませんけどね。