電遊愚連隊

 俺はヤンキー、中でも暴走族が好きである。高校時代、クラスメイトたちからただ一人「名前ではなく名字で呼ばれていた」というエリートヤンキーA.S先生の影響が全くないとは言えないが、これでも八王子生まれ八王子育ちだ。町田街道を蛇行する二輪の群れ、深夜のエグゾーストメロディ、原付事故で亡くなった知り合い……。これら全てが、空想ではなく記憶として俺の脳味噌に残っているのだ。
 そんなワケで、ヤンキーというワードにそれなりに敏感な俺が『ヤンキー文化論序説/五十嵐太郎』(asin:4309244653)という書籍を手に取ったのは、控えめに見ても偶然ではないと言っていいだろう。……いや、正直言うと amazon の「この商品を買った人はこんな商品も買っています」に出てきたんだけどね。まぁそこは情報化社会万歳ということで!
 閑話休題。『ヤンキー文化論序説』を読み進めていくと、暴走族的ヤンキー文化衰退の原因が論じられていた。非常に粗雑であり私見も多分に含まれるうえに断定的な物言いになってしまってはいるけれど、以下にその理由をまとめていく。鵜呑みにしちゃダメだからね!

その1:ニュータウン化に伴う地域共同体の崩壊

 ショッピングモールやコンビニ、ファミレスといったチェーン店舗が台頭した結果、消費様式が変容、地域格差が少なくなると共に土着的なコミュニティが崩れた。派手な暴走行為をやらかしてもOBがある程度警察との仲を取り持ってくれたりだとか、暴走族卒業後にダチ公の親が営む土建会社で雇ってもらうといった“受け皿”がなくなってしまったのだ。

その2:カウンターの方向性の変化

 厳しい親、体罰教師、学校機関……。ヤンキーをトンガらせていた“敵”は、家族や教師との関係性の空洞化に伴って、反抗すべき権威としての力をも同時に失った。ツッパる意味がなくなり、何糞魂の抜けた人々に残ったものといえば、社会や自己に対する諦念であったのだ。

その3:携帯電話によるコミュニケーションの変容と関係性の希薄化

 携帯電話の普及によって、コミュニケーションの有り様がその経緯よりも“つながり”の存在自体を重要視するようになった。関係性の希薄化は、その1にまとめた土着型コミュニティの崩壊にも繋がっていると言えよう。
 ……あれれ、これってゲーセン衰退の背景に似てね?
 そう、俺は暴走族的ヤンキー文化の陰にゲーセン文化を見たのである。マイノリティの受け皿、という意味でもゲーセンとヤンキーは切っても切れない関係だった。世のゲーセンが“アミューズメントセンター”と呼称してるのは、インベーダーブームに端を発した「非行少年の巣窟としてのゲームセンター」というレッテルへのカウンターなのだから。
 ゲーセンとは元来土着的なものだ。だからこそ“聖地”と呼称される場所が生まれ、地域名+キャラ名が流行り、岐阜コンボが生まれたのである。また、ゲーセンとは「俺より強いヤツに会いに行く」場だ。つまりは外的な権威への反抗を公然と行える新たな“学校の裏庭”なのである。そして、ゲーセンの常連たちは自然と相互扶助の関係を築いていた。これはお互いの関係性が“濃い”からこその副産物だったと言えよう。なお、ゲーセンに生まれるコミュニティの “関係性の強さ”を示す資料として、『コミュニケーションノートの内容分析 - ゲームセンターに集う若者像/加藤裕康』(http://www.tku.ac.jp/~koho/kiyou/contents/communication/21/6_katou.pdf)を挙げておきたい。フィールドワークの場所柄か、どこかで見たことのある面々の名前も乗っているので、知っている人は笑うこともできるだろう。
 このように、ゲーセン文化は土着的で反抗的で関係性の濃さが売りである。その何れもが失われつつある現状を鑑みると、流れに合っているとは言い難い。今更ゲーセンかよとレッテルを張られることもあるだろう。けれど、いつまでも成人式の中継からいなくならないヤンキーの如く、オペレーターの方々にツッパっていってほしいと願うのである。