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2018-10-05

[] 北海道旅行(第1日目) 22:31

今日は、妻&娘と一緒に2泊3日の日程で北海道旅行に出掛ける日。

今年の夏の旅行は長野上高地の予定だったのだが、あいにく長男の都合が付かないことが判明して敢えなくドタキャン。その時点では既に夏休みシーズン中の旅行の手配は難しそうだったので、日程を10月初旬まで遅らせ、行き先も娘のリクエストにお応えして北海道に変更。そういえば、彼女って雪祭りシーズンの北海道しか知らないんだよね。

さて、一口に北海道と言っても相当広いので、今回は網走知床釧路という道東エリアに焦点を絞って2泊3日の行動計画を作成。例によって少々ハードなスケジュールではあるが、無事、妻&娘の同意を取り付けてホッとしていると、出発の間際になって台風25号が発生してしまい、その影響を不安に思いながら羽田空港でJAL565便に搭乗。午前9時過ぎに女満別空港に到着する。

いつもどおりJTB経由で依頼したタイムズカーレンタルで車をお借りし、最初の目的地である「博物館 網走監獄」に向う。実は、自然観察にあまり興味のない娘が北海道旅行を言い出したのは、彼女が愛読中の漫画「ゴールデンカムイ」の影響であり、ヒロインであるアシリパさんの父親が収監されていたこの網走監獄もその“聖地”の一つになっている。

実際には、網走刑務所で使用されていた旧建造物を移築して出来た施設なので、本物の網走刑務所とは場所もちょっと離れているのだが、気持ちの良い青空の下、紅葉に色付き始めた樹木が点在する敷地内に刑務所らしい(?)凄惨な雰囲気は皆無。こんな所なら一月くらいゆっくりお世話になるのも悪くない。

見学順路に従って庁舎や職員官舎、二見ヶ岡刑務支所といった興味深い建物をゆっくり見て回ったが、何といっても感動的なのが五翼放射状平屋舎房。ここは「ゴールデンカムイ」で犬童典獄と第七師団とが死闘を繰り広げた場所と言うのみならず、ミシェル・フーコーが「監獄の誕生」で取り上げていた“一望監視方式”の実例を目の当たりにすることが出来るのだ!

また、これまで比較的真面目な展示が多かったにもかかわらず、ここでは“昭和の脱獄王”こと白鳥由栄(=「ゴールデンカムイ」の人気キャラの一人である白石由竹のモデルでもある。)の脱獄シーンがマネキンを使って再現されているのがとってもお茶目。晩年の彼の肉声を聞くことも出来た。

最後に、これも「ゴールデンカムイ」に登場する教誨堂を見学した後は、敷地内の「監獄食道」に入って昼食をとる。裏切り者(?)の娘が「オホーツク網走ザンギ定食」を注文したので、代わりに俺が「監獄食A(サンマ)」というものを食べてみたが、当然、味は普通の定食とそう変わりはなく、お決まりの麦飯もなかなか美味しかった。

さて、次なる目的は知床五湖でのトレッキングであり、左手にオホーツク海を眺めながら知床半島まで一気に車を走らせ、午後2時頃に知床五湖フィールドハウスに到着。知床五湖には高架木道と地上遊歩道という二つのトレッキング・コースが整備されているのだが、後者を歩くためにはここでヒグマ対策等に関する事前レクを受ける必要がある。

まあ、内容は10分程度の簡単なものであり、それを済ませると地上遊歩道の入口へと案内される。コースはさらに全周3.0kmの大ループと1.6 kmの小ループに分かれていたが、当然、娘の選択は後者であり、ヒグマは怖いけど、離れた場所からならチラッと見てみたいなあ、という複雑な気持ち(?)を抱いて歩き始める。

残念ながらヒグマどころかネズミ一匹出てこなかったのだが、途中にある二湖や一湖の展望台からの知床連山の眺めはなかなかのものであり、もう少し遅かったら素晴らしい紅葉を楽しむことも出来たのだろう。ルートはその先で高架木道に接続し、多くの観光客と一緒になって記念写真を撮り合いながらフィールドハウスまで戻ってきた。

さて、景色は綺麗だったけど動物には出会えなかったねえ、と話しながら今夜の宿に向って車を走らせていると、その声を聞きつけたかのように道端にキタキツネエゾシカの牡、牝が次々に現れてお別れのご挨拶。世界遺産はやっぱり違うなあと変な感心をしながらウトロにある「KIKI知床 ナチュラルリゾート」に着いた。

チェックインを済ませて部屋に入ると時刻は既に午後4時を過ぎていたが、これで終らないのが昭和生まれの浅ましさ(?)。夕食までゴロゴロしていたいという娘を部屋に残し、妻と二人、ホテルのフロントで教えてもらったカラフトマスの遡上を見学するためにペレケ川の河口へ向う。

残念ながら既に産卵を済ませたらしいカラフトマスはボロボロの状態であり、正直、見ていて楽しいものではない。しかし、これで本日の日程を終らせてしまうのもあんまりなので、最後の力を振り絞って海岸側にあるオロンコ岩の頂上へ。雲が多かったため綺麗な夕日は見られなかったが、振り向いたときに眼に入るゴジラ岩の姿は本物(?)ソックリであり、これってもっと有名になっても好いんじゃなかろうか。

ということで、晴天に恵まれたこともあり、全てのスケジュールを楽しく、無事に済ませることが出来て大満足の一日。ホテルの夕食はビュッフェ形式だったが、種類は豊富で味の方もなかなかのもの。いつもは小鳥のエサくらいしか食べない娘が何度もおかわりをしていたのがとても愉快でした。

2018-10-04

[] 「文明論之概略」を読む 22:30

丸山真男による福沢諭吉の「文明論之概略」の注釈書。

竹内好による脱亜入欧批判の影響もあって、福沢諭吉に対してはあまり良い印象を抱いていなかったのだが、その一方で丸山の“福沢惚れ”も有名であり、この本も、まあ、いつかは読んでみなければと思っていた作品。先日、「明治維新」の中で遠山茂樹が福沢のことを好意的に取り上げていたのを読んで、ようやく重い腰を上げてみることした。

さて、本書は、著者が指導者を務めた「まったく私的読書会」の録音テープがベースになっているそうであり、「これほど戦前から何回とかぞえきれないほど繰り返し愛読し、近代日本の政治と社会を考察するうえでの精神的な糧となったような、日本人による著作はほかになかった」という福沢の「文明論之概略」に対する彼の愛情がギッシリ詰まった内容になっている。

著者によると、福沢のナショナリズムの一貫したテーマは「欧米列強圧力に抗してどうやって日本の独立を保つのか」というものであり、そんな彼が緊急の課題として捉えていたのが、日本を「国民国家」にするとともに「主権国家」にするというもの。これがすなわち「一身独立して一国独立となる」ということなんだろう。

その「国民国家」化に関しては、「近日に至り政府の外形は大いに改まりたれど、その専制抑圧の気風は今なお存せり。人民もやや権利を得るに似たれども、その卑屈不信の気風は依然として旧に異ならず」というのが福沢の現状認識であり、そこから「日本には政府ありて国民(ネーション)なし」という結論に至る。

その原因として挙げられているのが、「事実上の大小に…小より大の方が偉いのだという価値づけ」が伴ってしまうという我が国の陋習に起因する「権力の偏重」であり、「治者と被治者との間が高壁で隔てられ…一切の社会的価値が、全部治者の側に磁石のように吸いとられてしまう」ために「被治者の側には…政治的無関心だけでなく、一切の社会や文化の問題にたいする傍観的態度が生まれ」てしまう。

「政治は文明の関数」であり、「人民が愚になれば政治の力は衰弱する」と考える福沢にしてみれば、「政府に対してかくも無気力無抵抗な国民は、外国の権力に対してもやはり…おとなしく服従するだろう」としか考えられず、一人前の国民国家を築き上げるためには(付け焼き刃的な「採長補短論」では足りずに)「まず精神革命をやらなければならない」というのが彼の出した結論。

そして、その際のお手本になるのが「神政政治、君主政治、貴族政治、民主政治といった諸か原理の間の闘争がいわば恒久化し、そのいずれもが社会を独占することに成功しなかった」ことに由来するヨーロッパ文明の多元性。それは、至強と至尊とを区別しようとしない一元的儒教の教えとは真逆の思想であり、そこからあの有名な「自由の気風は唯多事争論の間に存するものと知る可し」という言葉が導き出される。

さて、もう一方の「主権国家」化については、当時における「自由と平等を旗印とする西洋列強の、日本(広くはアジア)における行動の背理と偽善性」やそれらに対する「日本の知識人、とくに人民同権の説を唱える知識人の不感症−という言葉がいいすぎなら−鈍感さ」に向けられた福沢の怒りが余程大きかったせいか、かなり過激な内容になっている。

それは、「これまでの人的な主従関係をモデルにした『モラル・タイ』…を『ネーション』を対象とする『報国心』に転轍するのが、『いま』の日本の切実な課題」であるという主張であり、その報国心、すなわち愛国心は「党派心の一種とされ、自分の党派を偏頗にえこひいきする心情として、リアルな、というよりもむしろ下品な心情レヴェルで定義され」ている。

こういう考え方は、明治10年代以後における東アジアの国際情勢の切迫に際しても根強く保持されていたそうであり、その際には「日本国も、こうなった以上、西洋列強と同じく『禽獣国』の一員として行動するのだ」とか、「朝鮮の内政に干渉するは義侠にも非ず、深切にもあらず、全く自家の利益を謀るに在るのみ」といった発言も見られたらしい。

これに関して著者は、こういった偏頗性の自覚は、「底のしれない泥沼のような自己欺瞞偽善」とは異なり、むしろ「四海兄弟」といった普遍的理念性との矛盾の感覚を不断に呼び起こすものであるとして、必死に(?)福沢を弁護しようとしているのだが、まあ、ここでの主張は「今の世界の有様を察して、今の日本のためを謀り、今の日本の急に応じて説き出したるもの」に過ぎず、到底、現在の我が国の外交方針にはなり得ないものだろう。

以上が著者の解説に基づく「文明論之概略」の概略であるが、ここで引用した以外にも「利害得失の判断より軽重是非の判断の方がむずかしい」とか、「自由はつねに諸自由(リバティーズ)という複数形であるべきで…まさにそのいろいろな自由のせめぎ合いの中に自由があるのだ」、「智力でさえも…その以外の権力によって制限されないと腐敗と濫用の源になる」といった貴重な指摘が数多く含まれており、正直、とても勉強になる内容だった。

ということで、我が国のおよそあらゆる社会関係のなかに構造化されていると指摘された「権力の偏重」は、「文明論之概略」の出版後、140余年が経過した現在もバリバリの現役であり、単なる「『くに』への依存性、所属性の意識」ではなく、「この『くに』は俺が担っているのだ、俺の動きで日本国の動向もきまるのだ、という意識」を持った「国民(ネーション)」の創出もいまだ道半ばといったところ。福沢の憂鬱を昔のことと言って笑えるようになる日は、一体いつになったら訪れるのでしょうか。

2018-09-30

[] 否定と肯定 22:29

2016年

監督 ミック・ジャクソン 出演 レイチェル・ワイズトム・ウィルキンソン

(あらすじ)

1996年、アメリカの大学で教鞭を執っていたユダヤ人歴史学者のデボラ・E.リップシュタット(レイチェル・ワイズ)は、自身の著書で非難したホロコースト否認論者のデイヴィッド・アーヴィングから名誉毀損の訴えを起こされる。彼女は裁判で争うことを決意するが、裁判の舞台となるイギリスでは名誉毀損の立証責任が被告側にあるとされているため、裁判勝利するのは容易なことではなかった…


実際にあった“アーヴィングペンギンブックス・リップシュタット事件”を取り扱った裁判劇。

Wikipediaによると、イギリス名誉毀損法では「中傷的な言論は真実でないと推定される」そうであり、本件の場合、リップシュタットが自身の著書「Denying the Holocaust: the Growing Assault on Truth and Memory」の中でアーヴィングのことを“ホロコースト否認論者、捏造者、偏見の持ち主”と非難していることは間違いないので、裁判ではリップシュタットの方がその「中傷的な非難が相当程度に真実(substantial truth)」であることを証明しなければならないらしい。

まあ、映画の中では、裁判上、アーヴィングの主張が優位に立つのはほんの一瞬だけであり、あとはリップシュタットの依頼を受けた弁護士リチャード・ランプトン(トム・ウィルキンソン)の名調子のおかげもあって、比較的順調にリップシュタットの主張が「相当程度に真実」であることが認められ、めでたしめでたしのラストを迎える。

そのため、映画的にはやや起伏の乏しい平板なストーリーになってしまっているのだが、実際にはこの「相当程度に真実」であることの立証はなかなか難しいようであり、結局、ホロコースト否認論者との示談に応じてしまったり、彼らを非難する文章を著作から削除してしまったりする事例も少なくないらしい。

ということで、我が国でも南京大虐殺のみならず、従軍慰安婦問題関東大震災朝鮮人虐殺事件等々、歴史修正主義者たちによる恥ずべき活動が後を断たない状況であるが、百人斬り訴訟や最近の従軍慰安婦訴訟のようにたまたま裁判で彼らの主張が虚偽であることが明らかにされた場合でも、あまりマスコミ等で大きく取り上げられないのが現実。本作の製作にBBCが関与していることから、我が国でもNHKの奮起に期待したいところであるが、まあ、歴史修正主義に親和的な現政権に首根っこを押さえつけられている現状では、ちょっと無理でしょう。

2018-09-24

[] ローズ 22:28

1979年

監督 マーク・ライデル 出演 ベット・ミドラーアラン・ベイツ

(あらすじ)

売り出し中の女性ロック・シンガーであるローズ(ベット・ミドラー)は、連日のように続くコンサートのせいで相当お疲れのご様子。マネージャーのラッジ(アラン・ベイツ)に対し、故郷フロリダでの公演の後の一年間の休暇を願い出るも全く相手にしてもらえず、あるミュージシャンからの心無い言葉に傷ついた彼女は、偶々乗り込んだ車の運転手ダイアーと一緒に夜の街の中へと逃げ出してしまう…


夭折した伝説的な女性ロック・シンガーのジャニス・ジョプリンをモデルにしたベット・ミドラーの初主演作品。

ジャニス・ジョプリンが死亡したのは1970年10月のことであり、中学生になった俺が洋楽に興味を抱く寸前にあの世へと旅立ってしまった。そして、そのわずか2年後に何とも色っぽい「Do You Want to Dance」で輝かしいデビューを飾ったのがベット・ミドラーであり、そのことについては俺の記憶にハッキリと残っている。

そんな彼女が、ジャニスをモデルにした破滅型のロック・シンガーのローズを熱演しているのがこの作品であり、当然、コンサートで歌うシーンが何度も出てくるのだが、日頃のちょっぴりおしゃれでレトロっぽいイメージをかなぐり捨てた彼女は、荒々しい大迫力のパフォーマンスを披露してくれている。

おそらく、実際にコンサート会場の大観衆を目の前にして歌っているシーンを撮影しているのだろうから、そのライヴ感は本物であり、何と言ってもこのコンサート・シーンを見せるだけで世界中のロック・ファンを納得させてしまえるところが本作の強み。カヴァー曲の「When a Man Loves a Woman」もなかなかの熱唱であった。

ストーリー的には、ローズが故郷フロリダでの凱旋公演(?)にこだわった理由に関する説明がやや不足しているため、ジャニス・ジョプリンの悲惨だった少女時代に関する予備知識が無いと、ローズが単なるわがまま女に見えてしまうおそれがあるのだが、本作が公開された1979年当時にはそんなことは周知の事実だったのかもしれない。

ということで、なかなか面白く拝見させて頂いた訳だが、ジャニス・ジョプリンベット・ミドラーとの年齢差がわずか3歳弱しか無いことを考えると、ちょっぴり複雑な気分になってしまうのも事実。この3年くらいの短い間にカウンターカルチャー象徴であった“ロック・ミュージック”も、単なる商業音楽の一分野へと大きくその立ち位置を変えてしまったんですね。

2018-09-23

前掛山

[] 浅間山(前掛山) 06:35

今日は、5年前に一度途中敗退している浅間山(前掛山)を一人で歩いてきた。

敗退後、間もなく噴火警戒レベルが2に引き上げられてしまったためにずっとリベンジ出来ずにいたのだが、先月末にようやく1に引下げられて好機到来。天気予報も良好なので妻にも声を掛けてみたのだが、駐車場確保のために早出するのが嫌われてしまい、午前5時をちょっと過ぎた頃、一人寂しく(?)登山口のある「天狗温泉 浅間山荘」に到着する。

予想どおり今日の浅間山は大人気のようであり、早朝にもかかわらず、係員の方の誘導に従って第二駐車場(?)に車を止める。まだ、日の出時刻前であるが、周囲は十分に明るいので素早く身支度を整えて5時19分に出発。登山口にあるトイレもとても清潔であり、上々の気分で、いざ山頂へ。

平坦な道を進んで一の鳥居(5時45分)に着くとルートは二手に分かれており、最初は不動滝を経由しない方のルートを選んで歩いて行くが、久しぶりの単独ペースに肺や心臓は少々驚いている様子。しかし、約1ヶ月後に迫った人間ドックのことを考えるとここでスピードを落とす訳にはいかず、そのままのペースで5時59分に(名前だけの)二の鳥居。

その先に積まれていた薪二本をザックに突っ込んで歩いて行くと、間もなく白いジャケットに鳥打帽(?)という軽装の若者に追い越される。この方とはその後も何度か遭遇することになり、我慢しきれずに黒斑山の頂上で声を掛けてみたところ、寒くないときはいつもそのスタイルで山歩きを楽しんでいるとのこと。ちょっと格好良いが、残念ながら俺には似合いそうもない。

さて、6時35分に着いた火山館のところで薪を下ろし、その分だけ身軽になって湯の平分岐(6時42分)に着くと、そこから先は5年前にも車坂峠からの逆コースで歩いており、そのときのことを懐かしく思い出しながら6時54分に賽の河原分岐。いよいよ警戒レベル2のときには近付けなかった危険地帯(?)に足を踏み入れる訳であるが、万が一の場合を考えて持参したヘルメットはザックに括り付けたまま。

間もなく樹林帯を抜けると周囲は砂と岩だけの世界へと変貌していき、遮るものの無くなった風の音も次第に大きくなってくる。立入禁止の看板(7時28分)〜シェルター(7時32分)と歩いたところで休憩していた方に尋ねたところ、山頂は風が強いとのことであり、念のためヘルメットをザック内に収納し、ウインドブレーカーを身に付けてから再出発。

稜線に出ると風は一層強くなるが、前回の強風に比べたら全然何てことのないレベルであり、周囲の奇観をカメラに収めながら懸案だった前掛山(2524m。7時45分)の山頂に立つ。一足先に着いていた例の白ジャケットの若者はその格好のまま頑張っているが、この風の中で休憩する気にもなれず、写真を撮りながらの数分間の滞在の後、さっさと山頂を後にする。

下山では、これから山頂を目指す多くの登山者に道を譲るのがちょっと面倒だが、シェルター(7時58分)〜立入禁止の看板(8時00分)と往路を引き返し、8時37分に賽の河原分岐まで戻ってくる。時刻を確認すると予定より早いし、まだ体力も十分ということで、自宅にLINEを入れてからそこを左折してJバンド方面に進む。

青空の下、左右に外輪山と浅間山という素晴らしい景色を眺めながら歩けるのは最高の気分であり、あっさり通過してしまうのも勿体ないので、Jバンドの上りに差し掛かる手前のところ(8時56分)で本日最初の大休止。これから挑む上りのルートを眺めていても大変そうと感じないのはまだ体力が残っている証拠であり、休憩後、本日一番の岩場を慎重に上って9時14分にJバンドの頂上に着く。

強風に悩まされた前回はパスしてしまった鋸岳(2254m。9時17分)までピストンをしてからJバンド頂上(9時24分)に戻ってくると、ちょうど上ってきた例の白ジャケットの若者と再遭遇。別に探している訳ではないがとにかく目立つので、その後も彼と前後しながら仙人岳(2319.7m。9時46分)〜蛇骨岳(2366m。9時59分)〜黒斑山(2404m。10時22分)。

そこで2回目の休憩を取った後は、分岐(10時39分)を左折して“草すべり”を下りていくが、上り下りする登山者が多いためなかなか思うようには歩けず、ようやく11時7分に湯の平分岐まで下りてくる。火山館(11時11分)のベンチは大勢の登山者に占拠されていたため3回目の休憩は諦めてしまい、二の鳥居(11時37分)〜不動滝(11時41分)〜一の鳥居(11時51分)と歩いて12時12分に駐車場に戻ってくる。今日の総歩行距離は18.3kmだった。

ということで、車に乗って帰ろうとしたときにまたもや駐車場に戻ってくる白ジャケットの若者(=俺がパスしたトーミの頭でも見物していたのかもしれない。)の姿を見掛けたが、何はともあれ、懸案であった浅間山(前掛山)を無事クリアできたのは目出度い限り。外輪山を歩かなければお手軽なコースなので、次回は妻を連れて紅葉見物に訪れたいと思います。

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