hammett dot orz

2017-09-13

[] 神学・政治論 22:20

ユダヤ人共同体から“破門”されてしまったスピノザが生前に匿名で発表した作品。

本当なら教科書にも載っている「エチカ」の方を読むべきなんだろうが、ちょっと難しそうなのでその事前学習を兼ねて本書を選択。評判の良い光文社古典新訳文庫版で読んでみたのだが、“スピノザがいま生きていて日本語で書いたらこうなる”という方針に沿って翻訳されたという文章はとても読みやすく、比較的短時間で読了することが出来た。

さて、タイトルのとおり内容は神学論(=第1章から第15章まで)と政治論(=第16章から第20章まで)とに分かれているのだが、前者の結論は「信仰の狙いは…服従道徳心しかない」ということであり、したがって、もっぱら真理の究明を目的とする哲学とは領域を別にするのだから、宗教は“哲学する自由”を阻害するものでは無いと主張する。

この結論に至るまで、スピノザは預言や奇跡等の意味するところについて丁寧な考察を重ねていくのだが、「神の啓示は預言者たち一人一人の理解力や考え方に応じた形で与えられた」にすぎないとして預言の持つ(とされる)普遍的な意義を否定し、「自然の法則や仕組みは神の取り決めに他ならない」のだからという理由で自然の秩序に反するような奇跡の存在を否定してしまう。

さらには、聖書は単純きわまりない教え(=正義と隣人愛)しか説いていないのだから、自らの理性によってそのような生き方を身に付けた人々は「聖書の物語など知らなくても…一般民衆よりもよほど幸福である」として、結果的に、高尚かつ難解とされてきた聖書の解釈権を独占することによって利益を得てきた教会や聖職者の役割まで否定してしまう。

一方、政治論の方はというと、社会契約説的な考えに基づいて国家を“至高の権力”として位置付け、「宗教上の事柄についても、その解釈や保障は彼らに委ねられなければならない」と説く。まあ、ここでも教会や聖職者の権利を制限しようとする意図が窺えるのだが、そんな強力な権限を与えられた国家にも一つだけ許されないことがあり、それは「ものごとを自分で判断する自由、考えたいことを考える自由」を侵害すること。

現代風に言うと思想・言論の自由ということになるのだろうが、それを尊重しなければならないのは人が自由物事を考えることを禁止することは出来ないからであり、「禁じるのが不可能なことは、たとえそこから往々にして害悪が生じるとしても、やはり認めるしかないのである」という主張はとても明快。

本書が発表された経緯から考えると、スピノザが意図したのは、信仰という名の迷信に凝り固まったユダヤ人共同体(=彼らの選民思想に対しても鋭く批判されている。)からの思想弾圧を逃れるために、当時のオランダ政府に対して自らの思想・言論の自由(=哲学する自由)の保障を求めるというもの(=一種の嘆願書)だったように思われる。

そのためか、国家という化け物に対する認識が少々甘いような気もするのだが、国がそれを侵害したときの危険性についてもある程度の言及がなされており、「哲学する自由を認めても道徳心や国の平和は損なわれないどころではなく、むしろこの自由を踏みにじれば国の平和や道徳心も必ず損なわれてしまう」という結論に至る。

ということで、政治論に関しては、ホロコーストヘイトスピーチを知ってしまった現在の観点からすると(当然)物足りない部分もあるのだが、神学論に関しては納得できるところが多く、聖書解釈における原理主義的な態度についても「[聖書の章句の]本来の意味を引き出した後、それに対して承認を与えるには、わたしたちは必ず判断力や理性を用いなければならない」と明確に否定している。出来れば同じ吉田量彦訳の「エチカ」を期待したところだが、既に中公クラシックス版が出ているのでちょっと難しそうです。

2017-09-09

社山

[] 困ったときは社山だね 22:20

今日は、妻と一緒に日光の社山を歩いて来た。

本当はクリストファー・ノーラン監督の新作「ダンケルク」を見に行く予定だったのだが、娘からのドタキャンが入ってしまって一週間の延期。3週連続になってしまうが、天気も良さそうなので何処か歩いてこようと思ったときに頭に浮かんだのがこの山であり、何の準備をしていなくてもそれなりの景色を楽しめるところが良いところ。

さて、午前7時48分に歌が浜の駐車場を出発し、狸窪(8時21分)〜阿世潟(8時43分)と中禅寺湖の湖畔を歩いて行く。妻とこの山を歩くのは5年ぶりであり、前回の感想を尋ねてみたところ“ずっと上りが続くので大変だった”とのこと。折角なので彼女の5年間の成長の程を拝見させて頂くことにする。

阿世潟峠(9時6分)の先からはそれなりの急登が続くが、妻の表情に変化は見られず、なかなか逞しくなったみたい。要所々々で景色を楽しみながらゆっくり歩いたので山頂(1826.6m)に着いたのは10時39分のことだったが、まだ十分に余力は残っているようであり、お手製のおにぎりを食べながらしばらく休憩した後、下山(11時16分)に取り掛かる。

下りも、途中、84歳になるというベテラン登山者のお話を伺ったり、伊・英大使館別荘に立ち寄ったりしながら、阿世潟峠(12時37分)〜阿世潟(12時59分)〜狸窪(13時26分)とゆっくり歩いて14時15分に駐車場まで戻ってくる。帰宅後、所要時間を5年前の記録と比較して見たところ目立った変化は見られなかったが、まあ、終始余裕だけは感じられたので、それをもって5年間の成長の印ということにしておこう。

ということで、まだ時刻も早いので恒例の日帰り温泉は「やしおの湯」にしてみたのだが、目論見どおりいつも混雑している駐車場も今日はスカスカ。おかげでゆっくり汗を流すことが出来たが、帰る頃には大型バスも駐車していたようなので15時頃までに入館するのが良さそうです。

2017-09-03

劇団四季記念館

[]  室堂&立山旅行(第3日目) 20:18

今日は、楽しかった室堂を後にして帰宅する予定。

勿論、妻or娘から早朝ハイキングのお誘いがあれば浄土山にでも雷鳥沢にでもお供させて頂くつもりだったが、昨日一日で室堂&立山を満喫してしまったお二人に心残りは無いようであり、雲上での最後の朝食を済ませると早速帰り支度に取り掛かる。

午前7時過ぎにチェックアウトを済ませ、(個人的には未練タラタラで)宿の前やみくりが池付近で何枚も写真を撮りながらゆっくり歩いてみたのだが、そんな抵抗も空しく、ほどなく室堂駅に着いてしまい、始発である7時45分発のトロリーバスに無事乗車。

その後はロープウェイ等を乗り継いで扇沢駅まで戻ってきたのだが、面白かったのは妻が突然買い物モードに入ってしまったことであり、ホテル立山や途中の通過駅の売店でお土産品を次々に購入。やっぱり、日常生活から2日間切り離されていたことの反動が出たのかもしれない。

さて、まだ9時半前なので、途中、今回の事前学習でたまたま目に付いた「劇団四季記念館」に立ち寄ってみる。正直、何でこんなところにといった場所にあるのだが、施設自体はそれほど大きくなく、30分もあれば一回り出来てしまう。ミュージカルで人気に火が付く前の劇団四季の歴史がメインのため、我々のようなにわかファンにはやや物足りない展示内容であるが、「ウィキッド」のドラゴン時計の一部が見られたのは嬉しかった。

ということで、その後は麻績ICから高速に入り、長野自動車道上信越自動車道関越自動車道北関東自動車道東北自動車道と走って無事帰宅。天気に恵まれたせいもあって室堂&立山の評価は期待した以上であり、機会があれば今度は富山県側から訪れてみたいと思います。

2017-09-02

大汝山

[]  室堂&立山旅行(第2日目) 20:15

今日は、妻&娘と一緒に立山で山歩きを楽しんでくる予定。

立山は雄山、大汝山、富士ノ折立という三つのピークから構成されており、浄土山との鞍部に位置する一ノ越から上ってこの三つのピークを制覇し、大走りで下山するというのが理想的なプラン。ただし、娘の実績から考えてこのコースはちょっと荷が重そうであり、まあ、雄山か大汝山までのピストンになるのが現実的なところだろう。

さて、午前6時からの朝食を済ませて7時ちょうどにみくりが池温泉を出発。昨晩は布団の中で激しい雨音を二度ほど聞いた覚えがあるが、それは俺の悪夢の中での出来事だったらしく、上空には雲一つ無い最高の青空が広がっている。歩き始めて間もなく、別山の向こうに剱岳が見えているのを妻&娘に教えてあげたが、何故か妻は納得がいかない様子。後ほど分かったことだが、彼女は剱岳槍ヶ岳を混同していたらしい。

その後も昨日はガスの中だった血の池雷鳥荘の位置関係を確認しながら歩いて7時25分に立山室堂。“日本最古の山小屋”という標示があったが、まだ開いていないようなので見学は後回しにして一ノ越へと続く石畳状のルートを進んでいく。消え残った雪渓(7時54分)を渡ったあたりからは雷鳥の姿を探しながら歩いたが、天気が良すぎることもあって出会えたのはホシガラスだけだった。

祓堂(8時17分)を過ぎて8時39分に一ノ越に到着。この頃になると雲に追い付かれてしまったものの、雲海に浮かんだ槍穂を眺めるのもまた一興であり、ベンチに座って本日最初の大休止。娘もまだまだ元気いっぱいのようであり、これなら大丈夫だろうということでいよいよ最後の岩だらけの急斜面に挑む(8時57分)。

人気のハイキングコースのため前後に登山者の姿は絶えないが、ルートは特に定まっていないらしく、各自の判断で楽そうなところを選んで上っていけば良い。途中に建っている小さな祠には表示がないためどれが中間地点(=三ノ越)なのか分からないが、しばらくすると雄山神社社務所が見えてくるので心配無用。10時38分、ついに一等三角点立山」(2991.6m)のところにたどり着いた。

社務所前のベンチでは大勢の登山者が休憩しており、我々も空いているところを見つけて腰を下ろす。妻&娘の顔には達成感を示す会心の笑顔が浮かんでいるが、それは同時にここが彼女たちの最終目的地であることを力強く物語っており、立山の最高地点である大汝山には何の未練も無いらしい。

まあ、こうなることは十分予想できていたので、ここから先は予定どおり(?)俺の単独行。一人寂しくベンチを立つ(10時43分)と狭い山道を歩いて10時58分に大汝山(3015m)に到着し、証拠写真を撮ってから映画のロケ地にもなった大汝休憩所(11時1分)を経由して妻&娘の元に戻ると時刻は11時14分。単独行の所要時間は31分だった。

さて、宿で用意してもらったお弁当で空腹を癒やしていると、先程までは満員だったという登拝者の姿が少なくなってきたので、そのスキを狙って峰本社へ。鳥居のところで登拝料(@500円)を支払い、石段を上ったところに建つ祠の前でお祓いをしてもらうのだが、ようやくここまで来て「雄山頂上(標高3003M)」の標識を発見することが出来た。

これで任務はすべて完了したので11時51分に下山に取り掛かる。あらかじめ落石を起こすことの危険性を十分注意しておいたので娘のスピードは一段とゆっくりだが、おかげで落石も尻餅もなしで13時22分に一ノ越まで下りてくる。ホッとしてベンチで休んでいると上の方から“人が頭から血を流して倒れている”という情報が入り、レスキュー関係者が慌ただしく出動。やっぱりガレ場はヘルメット必携かなあ。

13時46分に再出発し、祓堂(13時57分)を経て立山室堂(14時30分)まで戻ってくる。今度は扉が開いていたので中を見学できたのだが、内部に設備らしき物は一切見当たらず、昔の山小屋ってただ寝るためだけの施設だったみたい。宿に着いたのは15時3分だったが、妻&娘とも最後までバテること無く、楽しく山歩きを終了。本日の総歩行距離は8.6kmだった。

ということで、妻&娘に雷鳥を見せられなかったことが唯一の心残りだが、運良く(?)好天に恵まれてしまったのだからご勘弁願いたい。今日は土曜日なので宿の温泉や食堂は昨日よりも混んでいたが、山歩きの疲れもあってか布団に横になると間もなく就眠。部屋の蛍光灯は娘が消してくれたそうです。

f:id:hammett:20170910201516j:image

2017-09-01

黒部ダム

[]  室堂&立山旅行(第1日目) 20:10

今日は、妻&娘と一緒に2泊3日の日程で室堂&立山旅行に出掛ける日。

以前、剱岳計画したときにその玄関口でもある室堂についていろいろ調べてみたのだが、“こんな素敵な観光地に一人で行くのはもったいない”ということで、そのときは反対側の早月尾根から登ることにした。それから早3年、ようやく念願の日が訪れたものの、あいかわらず天候は不安定な上に台風まで加わって先行きは全くの不透明。雨に祟られた先日の月山の二の舞にならないことを願いつつ、午前9時半頃に扇沢駅の駐車場に着く。

平日なので駅から一番遠い無料駐車場にはまだ十分余裕があり、そこから着替え等を詰め込んだザックを各自担いで駅舎へと向かう。俺はテント泊用に購入しておいた安物ザックの試用を兼ねており、久しぶりの大容量ザックに足取りは少々おぼつかないが、まあ、そのうちに慣れてくるだろう。

さて、10時発のトロリーバスは間もなくトンネルに入ってしまうので景色は全く見られないが、次の黒部ダム駅に着いて220段の階段を上った先にあるダム展望台からは巨大なダムと周囲の山々の大展望。扇沢駅では雲が多かったものの、後立山連峰のこちら側にはスッキリとした青空が広がっており、明日歩く予定の立山も良く見える。妻からは“今日歩きたかったでしょう?”と図星を指されてしまった。

レストハウスで名物のダムカレー(=湖水をマネて緑がかっているが味は普通。正直、あまり美味くない。)を食べた後は、ケーブルカーロープウェイトロリーバスと乗り継いで12時25分に室堂到着。ところが駅舎を一歩出ると大観峰までの抜けるような青空は何処へやら、周囲は白いガスに包まれていて10m先も見渡せない有様。

幸いコンクリート石畳状になった歩道が整備されており、ガスの中でも迷うことなく2日間の宿泊先である「みくりが池温泉」に到着。チェックインにはまだ時間があったが、フロントの話ではもう入室可能ということですぐに2階の個室に案内される。TVもない6畳の和室であるが、スマホは繋がるしコンセントもあるので娘のヒマつぶしには何とか対応できそう。

一時間くらい部屋でゴロゴロしていたが、あまりの退屈さには耐えきれず妻を誘って散歩に出てみる。周囲のガスは相変わらずであり、エンマ台や血の池といった標識の隣に立ってもほとんど何も見えない。仕方がないので雷鳥荘の喫茶室に上がり込み、“(アウトドア生活とは無縁だった)10年前にはこんなところへ来るなんて思ってもみなかったねえ”と話しながらカフェオレとお汁粉ティータイム(?)を楽しんだ。

さて、宿に戻ってまたゴロゴロしていると16時半頃に突然窓の外が明るくなる。慌てて外に出てみるとガスは急速に上がっていくようであり、みるみるうちに浄土山や雄山、大汝山といった山々が姿を現してくる。妻と一緒に再びエンマ台まで行ってみたが、今度は噴煙を上げる地獄谷の様子をしっかり見下ろすことが出来た。

ということで、夕食後には夕日が雲海を染める様子を眺めながら明日歩くことになるルートを娘に説明。内心どう思っているかは分からないが、少なくとも彼女の顔には笑顔が浮かんでいるようであり、明日の晴天と彼女の健闘を祈念して早めに床に就きました。