西鶴一代女

1952年作品
監督 溝口健二 出演 田中絹代三船敏郎
(あらすじ)
御所勤めをしているお春(田中絹代)は、彼女を慕う若党の勝之介(三船敏郎)から半ば強引に言い寄られているところを運悪く役人に踏みこまれ、不義密通のかどによって両親ともども洛外追放の処分を受けてしまう。その後、宇治に移り住んだお春は、ふとしたことからその容姿の美しさを見込まれ、江戸松平家の側室に召しかかえられることになるが….


ヴェネチア国際映画祭で国際賞を受賞した溝口健二の代表作の一つ。

原作は井原西鶴の「好色一代女」であり、封建社会において、御所勤め→洛外追放→大名の側室→島原の遊女→商家の住込女中→扇屋の妻→商家の番頭の愛人→女郎e.t.c.という具合に数奇な運命をたどった女性の半生が描かれている。

しかし、「好色」という言葉が本作の題名から削除されていることからも判るとおり、主人公のお春は男社会の身勝手なルールに翻弄される被害者という視点で描かれており、このあたりは如何にもフェミニストの溝口らしい。

主演の田中絹代は、公開当時43歳。一般的な評価では、10代の小娘から老婆に至るまでを見事に演じているというべきなんだろうが、俺にはどうしても彼女の演技から“女の哀しさ”みたいなものが伝わってこないので、正直、こういった役柄を演じている彼女に対しては少々戸惑を覚えてしまう、というのが本当のところ。

これに対し、目まぐるしく変化するお春の境遇ごとにとっかえひっかえ出てくる三船敏郎進藤英太郎宇野重吉大泉滉等々といった共演者の方々の演技を眺めているのはとても楽しく、137分というちょっと長めの上映時間も全然気にならなかった。

そして、それ以上に素晴らしいのが本作における溝口の様式美とカメラワークへのこだわりであろう。終戦直後の混乱期を脱し、高度成長期を迎えようとしていた当時の時代背景とも関係があるのかも知れないけれど、前作の「武蔵野夫人(1951年)」には無かった何か“余裕”みたいなものが作品の端々に感じられ、それが本作の風格として現れているところがなかなか興味深い。

ということで、本作で復活した溝口の様式美は、この後、「雨月物語(1953年)」、「山椒大夫(1954年)」、「近松物語(1954年)」といった作品へと引き継がれ、ここに彼にとって何度目かの黄金時代を迎える訳であるが、個人的には「祇園の姉妹(1936年)」や「残菊物語(1939年)」で受けた衝撃のようなものが本作からは感じられず、まあ、名作には違いないとは思うものの、そのあたりが少々残念でした。