2011-08-03
震災以後の意味。
震災後初の更新です。
ご無沙汰してます。
なんとなく流れるままに時が過ぎ、なんとなく更新できずにおりました。
なにが書けて、何をしていいやら新聞報道や世間の動静を静観していた訳ではありませんが、自身で何ができるのか。を問い掛けながらの毎日でした。
結局、何ができるというわけでもなく、自分には何も出来ていないということが露呈した4ヶ月だったと。
そんな思いが現在頭中を巡っています。
何のアクションも起こせずただ日々の生活を維持する。
簡単に書きましたが、決して震災を忘れようとしている訳じゃありませんが、まずは、自身の生活をしっかりすることで次のアクションが起こせるんじゃないかと思うのです。
まずは自身が【しっかり】する。
決して震災のせいにはしない。
自身のすべき事を果たし、
自身のしたい事を思い、
今できる事を考える。
すべき事。
したい事。
今できる事。
結局、学生の頃から掲げている信念に立ち返ることで、自身も含め、一人一人の復興と発展を少しずつ達成する事しかできないんじゃないかと思っています。
2010-12-31
2010年おわりのはじまりの意味。
《2010年》この1年を振り返ってみる。
■1月:
水戸芸術館へ。
日帰りとんぼ返りで水戸の印象まるでなし。
■2月:
水戸の企画展示でふと昔を思い出し、
大学時代にお世話になった師匠へ
利休待庵古材から創られた茶杓をプレゼント。
自分の経済力で買うには高価ゆえ、
大学時代の先輩方にカンパを募る………。
情けない………。
この頃より朝帰りが多発。
■3月:
展覧会を久々に色々と観た月。
そして飲み代もそれなりにかかった月。
.....今年に入って貯金がなかなかはかどらない.....。
原因は判っている。
■4月:
やはりたった一日で色々回るのはちとツライ.....。
とんぼ返り今年で二度目.....。
この頃から初の昇進試験のプレッシャーをジワジワ感じ始める。
■5月:
ヴィトンの革ブレスレット購入。
サイズちょいきつい。
5月はこんなもん。
相変わらず脳裏には受験プレッシャー駆け巡る。
■6月:
エルメスの革ブレスレット購入。
今度は、ゆるい。
また買ってしまった。
この頃から周りより受験プレッシャーをかけられまくる。
■7月:
健康診断結果がくる。
脂肪関係全般的に前年下回る。
が、体重は増加。何故だ?プレッシャーからくるストレスに間違いないことを確信する。
悩んでも太るのね……。
■8月:
スイカ食さず。
花火も無し。
海になんて無理。
夏フェスだって当然ダメ。
ただ暑いだけで、なあんにもできなかった。
なぜだ?
試験のせいだ。
棚卸のせいだ。
こんな夏はもう嫌だ。
初受験。
当然勝手わからず失敗。
もう受けたくない。
■9月:
……。
試験終わった解放感から飲み会を詰めこむ。
この頃何をしていたか特に思い出せない……。
■10月:
[その1]
誕生日で確認するまで、自身の年齢を一歳上で公言していた。自分でも気がつかなかった。一応これでも現時点で36歳のお年頃。
[その2]
引っ越してから蔵入りだった作品達を整理。
ちょっと飾ってみる。
現在、
<平面>伊藤佑起、深代満久、南条嘉毅、柳健司。
<版画>黒崎彰、草間彌生。
の6人の作家の計7点を展示中。
[その3]
久々に美術館へ行く。陰影礼賛展。デュシャン観たさに。やはり京都近美所蔵のモノだった。
大学時代に調べにいったモノが美しく展示されていた。懐かしい。
[その4]
女子美学長の佐野ぬい先生の作品を購入。自分へのご褒美に(まだ未払い)。
■11月:
[その1]
お盆と年末年始の休みをまとめて取った10日間の連休なのに。
なーんにもせんかった....。
[その2]
今年2度目の京都へ。
今年3度目となる弾丸ツアー。
やはりキツイ。
でも紅葉はキレイだったー。
■12月:
[その1]
毎年恒例年賀状制作。皆さんにお披露目できる自身の作品は、この年賀状制作のみとなってしまった。
[その2]
腰痛再発。
ギックリ腰半歩手前まで。歩くと腰の中心から激痛とともに力が抜ける。
立ってられるのがやっと。
コルセット着用&病院リハビリで最悪は免れた。
[その3]
腰痛とともに悩みの種が歯痛。
詰めモノが剥がれ神経むき出しおそらく虫歯にもなってるはず。
なかなか医者に行けず今日に至る。
何をしても痛いが、液体歯磨きとブラッシングで痛みを散らす。
[その4]
何故かポール・スミスのコートを購入。
約10年振りにこの店のモノを購入した気がする。
未だに何故買ったのかわからない。
そしてモンベルのダウン購入。
軽い!
薄い!!
柔らかい!!!
何より温かい!!!!
こちらはいい買い物をしたような気がする。感動すら覚える。
[その5]
ある80歳を過ぎる画家先生より昼食を頂きながら相談を受ける。
展覧会の仕掛け、作品寄贈について、作品販売価格の設定、そのタイミング等々。
この先生のこれからの動きには、僕が一枚噛むことになるようだ。
この作家の作品と名は、これまでの現代美術と言われるようになったこの時代に今一度再浮上、再確認すべき貴重な人物なはず。
今後の展開を今から練っている。
以上これが本年最後の仕事となる。
これがタイトルの[おわり]でもあり[はじまり]でもある。
【総括】
mixiのプロフィールに毎月末に備忘録のようにつけていたものを加筆修正したものだが、
前半特に梅雨入りから夏一杯にかけて、
精神的に病んでいた事がうかがえる。
変わって後半、この精神的ストレスの反動による、
身体的故障が目立つ。
精神的安定と身体のこまめなメンテが来年の課題。
色々無駄な買い物も多い。
投資した分のマイナスが出ている現状でこの無駄遣いは考えもの。
来年はこの投資処理を行ううえでも節約は絶対条件。
飲み代はなんとかしたい。
精神的安定も、早く相手見つけろと。
……。最近、同僚だけでなく、お客様にも心配されるようになってしまった。
こちらは急いでどうにかなるとは思わないが、のんびりし過ぎなのは自覚している。
来年こそは……。
方々の占いも引き続きそこそこ良いらしい。これをモノに出来るのも自身の選択と度胸次第なのかもしれない。いや絶対そうだ。
久々に長く書いてみた。
やっぱり長いな。
今年も1年読んでいただき、ありがとうございました!
また来年も引き続き宜しくお願いします。
以上これが[おわり]
来年は、9月に大谷有花展やります。
詳細は月一更新します。
そしてこれが[はじまり]。
皆様よいお年を。
2010-12-02
「20年×6日間×11時間=1320時間」の意味。
一部転載で申し訳ない。
「20年×6日間×11時間=1320時間」。
書籍『親が死ぬまでにしたい55のこと』(アース・スター エンターテイメント/親孝行実行委員会)のオビに書かれているのがこの計算式らしい。
「1320時間」というのは、"離れて暮らす親と一緒に過ごせる時間"を割り出したものだ。
自分にちょうど当てはまる。
内訳は、現在親が60歳で80歳まで生きるとして約20年。
帰省するのは年2回の大型連休の3日くらいで計6日間。
その1日で睡眠等々以外で一緒にいる時間で約11時間。
と仮定してのもの。
日数で言うと「55日間」。
《年》ではなく、《日》しかないこともそうだが、《時間》となるとガックリくる。
実際はもっと少ないのかもしれない。
居ることが当たり前という認識から、《時間》には《限り》があるということに改めて気づかされた。
確かに帰省する度に両親の老いについて考えてはいたが、この《時間》という現実にショックを受けた。
この本はテレビで紹介され、現在ベストセラーとなっているようだ。
すいません。まだ読んでません。
2010-11-13
久しぶりにいい曲の意味。
久しぶりにいい曲。
高橋 優「ほんとのきもち」
箭内道彦プロデュース、リアルタイム・シンガーソングライター高橋 優! 11月10日発売。セカンドシングル『ほんとのきもち』。日本テレビ系土曜夜9時ドラ マ「Q10(キュート)」主題歌。
らしい。
2010-10-17
美術徘徊な意味。
今日は休日。
今日が休日だってことに前日気付いた。
まったくノープランで、出勤前の職場の上司に付き合って東美のアートフェアへ。
久々の東美、芝公園付近。
東美の古美術、知り合いの画商やら画廊の方々とお話。
何も聞かされてなかったものだから普段着で一人浮いてました。
気まずい。
商売に繋がりそうな作品に唾をつけ、東美を後に。
上司はそのまま出勤。
一人取り残された僕は全くのノープラン。
久々の都内なので折角だから六本木へ。
国立新美。
といっても団体展やゴッホ展なとには目もくれず、「陰影礼賛」展へ。
五つの国立美コレクションを集めた使い回しアイデア節約企画展。
……ひどいこと書きましたか、いやいや、持ってるところは持っている。
何故これをもっと観せないのか。アイデア次第で色んな使い方観せ方、活かし方ができるのに。勿体ない。
今企画のコンセプトはよい。
展示内容もよかった。
作品構成もよい。
特にデュシャンから高松次郎の流れにゾクッとしながらも、ニヤリ。
ちょっとズルい。
モランディ、安井曽太郎、長谷川潔、岸田劉生、秋野不矩、松本俊介、竹内栖鳳、山口薫、北脇昇、東松照明、森山大道、デュシャン、高松、ウォーホル、秋岡美帆、杉本博司等々。
洋画、日本画、写真なんて
カテゴリー無視、
時代性無視な
コンセプトに忠実に選択された名品達。
この展覧会が、一つのインスタレーションそのものだ。当時の僕が目指していた展覧会の一つのカタチ。
こんな企画展を観たのは、本当に久しぶりだ。
2010-09-20
本日の観巡り。の意味。
久々の展覧会のハシゴ。
最後は八王子、造形大展示。
小泉淳作展。
なるほど圧巻。
横浜にも巡回予定なので、見逃した方はぜひそちらへ。
院展。
作品の出来にバラツキが。特に、入選作に関して弱さと鈍さ、稚拙さを感じる作品もチラホラ。
団体としての相変わらず安定感に若干の不安も感じた。
造形大展示は、絵画棟新築の為、これまで使用されてきた絵画科のアトリエが展示会場であっただけに、それぞれの思い入れも感じられる展覧会だ。
卒業して十年以上の若手作家は、それぞれのライン設定に安定感がみられ其処からの発信としての新作であり、明確な方向性と個性の打ち出し、そのまとめ方にこれまで培ってきた自己の自信の表れをも感じる。
逆に、卒業して間もない、または、在校生の作品は、不安定で曖昧な儚さがありつつ、若さと勢いでやりきってしまった力強さを感じた。
販売する者として、また、元学芸として、やはり安定感やまとまりだけで、作品の良し悪しとしてしまう自身の判断基準に、クロージングパーティーのほろ酔い加減も後押しして、新鮮さと、希望的観測を含めたモノの見方が出来なくなってしまった自らの石頭に嫌気がさしてしまった。
自分が今その立場にないが為の、ある種の感覚の排除か。はたまた、最近若手の作品に触れることから遠退いたが故の自身の退化か。
いづれの理由であれ、ビジネスとは関係のないアートそのものへの純粋なモノの見方の欠如に対峙した時、自らの心に、悔しさと、情けなさと、一抹の淋しさを憶えた、そんな一日だった。
さあ、明日からまた、現実の【日常】が始まる。
2010-09-14
修復の意味。
今日は、お客さんの依頼で絵画の修復家さんの工房へ。
丁寧で良い仕事をいて頂ける著名な修復家さんで、ご本人も静かないい人。
現在修復中の作品(油彩、版画)を見せていただく。
美術館からの依頼が多く、これらの作品も美術館からの依頼だそう。
久しぶりに、「びじゅつ」って感じを味わう。
と、こう書くと今の職場がそういう場所ではないように聞こえるが、実際、今は、学芸の時と比べれば、明らかに違う職場だ。
雰囲気、扱い、知識、姿勢。
やはり、空気が違う。
同じ美術を扱う場所だというのに。
なにがどうしてこうなってしまったのだろう。
やはりどこかおかしい。
それを今の職場に声高に言えないほど縮こまった今の自分がいる。
無知な若さに任せて無鉄砲に動けない自分がいる。
情けない。
これからも、こんなこと感じながら、この場所に留まるのだろうか?







