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こころの小窓から

2010-11-11

いい日 いい日 で 「介護の日」

役所の掲示板に、こんなポスターが貼ってあった。


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11月11日は 「介護の日」だそうな。

「いい日 いい日 毎日 あったか介護ありがとう」のフレーズと語呂合わせに引っかけて

2年前からそうなったらしい。


全然・・・知らんかった。


正直、介護していても 「ありがとう」という感謝の言葉や

「お疲れ様」というねぎらいの言葉があれば

些細なことも気にならなくなり、心身の疲れも吹っ飛ぶのだろうけど

現実は正反対のことの方が多い。


文句を言われ、嫌な顔をされ、もっともっと…早く早く!と要求ばかりだ。

仕事ならともかく、家族介護では余計な出費はあるものの

労働代価としての賃金の支払いは、全くない。


しかも 「毎日」って、365日24時間のことだからねぇ。

いい日、いい日…っていうより 「いちいち いちいち 毎回 口出すな」と

フレーズを本音バージョンに書き替えたいくらいだ。


我が家の場合、もうここまで来ると先が見えようが見えまいが

介護」もすっかり生活の一部となり

特別なこと、という意識さえわかなくなってくる。


見方によっては非常にマズイことだけど

あと2年頑張れば、結婚生活なら立派に銀婚式を迎える期間となる。


長いよね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

っていうか、私の20代・30代+40代前半は、ほぼ父の介護に費やされた。


ピンクリボン運動の時も思ったけど、国民への意識の啓発…も大切だけど

抽象的で漠然としたニュアンスの活動に加えて

もっと具体的に当事者やその家族に対して

日常生活に密着した「本物のサポート」の手を差し伸べて欲しいと思ってしまう。


先日、都内で一人暮らしをしている叔母も「腰が痛い」と言い出し

急に動けなくなった。

病院で診てもらったら、入院して手術が必要…とのこと。


私の周囲には、父を筆頭に80歳を過ぎた親戚がワシャワシャいる。

それぞれに同居している家族がいないので、この先、一体どうなっていくのかと

身内としても全く無視することが出来ず、いろいろ考えてしまう。


叔母は、どうにか無事に手術を終えて帰宅してきたが

ひとり暮らしでは日常の生活が成り立っていかない。

痛みもあって思うように動けないので、食事にも本当に困っている様だ。

家が近ければ、それなりに足を運ぶことが出来ても、遠方だとそうもいかない。


今までは 「老老介護」が問題になっていたけれど

この先はもしかしたら、複数の要介護者をひとりで抱えねばならない

「単独での複数介護」という現実が、そこここに起こってくるかもしれないネ。


何事も同じだけど、介護も経験者じゃないと分かち合えないことがある。

ホントに。。。たった一日でいいから、朝から夜まで完全に介護から切り離され

自分のために使える時間があったら…と思ってしまう。


これからはますます、介護を通して様々なことがニュースになり

社会現象になっていくのだろうな。


先日、自宅に遊びに来たちょっと年上の友人が、ぽつりと言った。

「もし、私がどこかで倒れても、中途半端に助けないでね。

結婚もしていないし、兄弟もいないし

親も母しかいないから、誰にも将来のことを頼めないのよ。

でも、孤独死だけは避けないとネ。周りに迷惑かけちゃうから…」


その言葉とその思い、わからなくもないな…と思った。