花房観音  「歌餓鬼抄」 このページをアンテナに追加

2007-06-14 強い彼女

 強い彼女

|  強い彼女を含むブックマーク



 彼女は強い人だ。

 おそらく、私が今まで出会った人の中で、一番強い人だ。

 彼女は女手一つで世の中を生き抜いて事業を成功させており、情に厚く率直で裏表が無く、周りの人からの信頼も厚い。結婚こそはしていないが信頼できるパートナーもいるようだ。卑屈なところが無く明るく陽気で、地位はあるけれども偉ぶらない彼女を羨む人はいるけれども今のところは彼女を嫌いな人に私は出会ったことがない。


 生きることを楽しむ彼女は実年齢より10歳は若く見える。お洒落で読書家で社交的で前向きでパワフルな彼女。彼女はとても強い人だ。そして彼女は弱い人間が嫌いだ。


 彼女は健康の為に、酒も煙草も止めた。そんな自分の意思の強さを誇らげに人に話す。


 彼女はいろんなことと戦って、人より苦しい思いもして生きてきた。戦っていろんなものを手に入れてきた。彼女は強い、本当に強い人だ。勝ち続けて生きていくことは、並大抵のことじゃない。相当に辛いこととも遭遇した筈だ。そして彼女はいろんな波にぶち当たりながら、常に走り続けて生きてきたのだろう。


 彼女は人間は強くあるべきだと思っている。

 弱い人間を、軽蔑している。

 

 近くに法律事務所がある。そこは個人の自己破産の相談を中心にしているらしい。彼女は、「サラ金に借りる人間が悪いのよ。返せないのに借りるなんて。ちゃんと働いて計画的に貯蓄していれば、サラ金なんて手を出さないのに。」と、心底軽蔑したように言う。


 暇さえあればパチンコ屋に行く人がいる。その人に仕事のことで電話すると、大抵パチンコ屋にいる。彼女は、「そんな身にならないことに浪費して借金まで作る人間もいるなんて馬鹿みたい。そこまでしなくても時間の無駄。そんな時間があれば自分を向上する為に勉強をするとか、美容に自己投資するとかすればいいのに。」と、言う。




 お金が無くてしょっちゅう給料の前借りを頼んでくる人がいる。彼女はそれを承諾しながらも、「お金にだらしがない人間は、仕事もできないし、何に対してもだらしないのよ。」と、言う。

 

 彼女は自分を律して、お洒落な服を着る為に若い頃から常に節制をしてきたそうだ。だから彼女はそれが出来ない人間を「意思が弱い人間は馬鹿だと思う。」と、言う。


 健康で豊かに楽しく生きる為に、彼女は自分を律し勝ち続ける強い女だ。彼女は弱くてだらしない人間を軽蔑している。


 男に貢いだり、ヒモを養っている女達のことも彼女は軽蔑している。男に暴力を振るわれて、それでも別れられない女のことも軽蔑している。「私は、そんな男に近づかないわ。殴られたら別れる、働かない男とも別れる。そんな駄目な男とダラダラ付き合っている女は理解できない。馬鹿だ。」と、言う。



 私は愚痴ばかり言って動こうとしない人間が嫌いだ。自分の弱さに甘え、更に仲間を作って馴れ合おうとしている輩が友達ごっこをしているのも反吐が出るほど嫌いだ。自分は不幸だ不幸だと人に甘えて助けを求めるだけの人間も嫌いだ。駄目な自分を肯定する為にネットや同類との馴れ合いに逃げ込む人間も嫌いだ。そういうマイナスオーラを出す人間は、自分だけが不幸だと思っているから、自分のマイナスオーラが人を不愉快にさせることにも気付いていない。マイナスオーラを出す人間は一人でいるのが怖いから常に仲間を探し出しマイナスへマイナスへと引きずり込もうと必死になっている。駄目な自分を許して下さい甘やかしてください仲間になって下さいでも助けてください助けてください自分は何もしたくない怖いから動きたくない実はこのぬるい地獄が居心地がいいから動きたくないけれども一人でここにいるのは怖いから助けてください助けてください自分は動きたくない戦いたくないけれども救われたいから誰か助けてください。


 自分は何も傷を負わずに、人に何かを求めるだけの人間に同情はしない。勝手にそのまま一生愚痴を垂れ流して苦しむ自分に酔ってやがれって思うだけだ。勝手にすればいいよ、ただし、私には近寄るなって。


 苦しんでいる人と、苦しむのが好きな人は違う。

 本当に苦しんでいる人は、今以上に苦しみたくないと必死に幸せになろうともがいているから負けないでって思うけれども、苦しむのが好きな人には、一生そうしてろ但し周りを巻き込んで不愉快にすんのは止めろとしか思わない。


 苦しんでいる人は、水底に沈まないように全身を動かし、もがいてもがいて太陽の陽を浴びる為に息をする為に浮上しようとしている。

 苦しむのが好きな人、苦しむことでしか自己確認できない人は、誰かが手を差し伸べても、「どうせ私は」と見て見ぬフリをするか、屁理屈をつけてその手を払いのけて仲間を探して水底へ沈もうと沈もうと潜り続けている。


 私は、幸せになろうと必死でもがいている人間が好きで、真摯に楽しい人生を送ろうとしている人間が好きで、自分の弱さを見て見ぬフリしたり嘘という鎧で身を守る卑屈な人間が嫌いなので、人生を楽しく生きる為に、努力を惜しまず、強く強く戦って傷ついて生き延びている「強い彼女」のことは好きなのだけれども。


 だけど、時折思う。

 本当に強い人間には、弱い人間の気持ちがわからないのだな、と。


 彼女の親友が将来への不安と寂しさでアルコールに溺れ肝臓を悪くし体重も増やした。それを聞いた彼女は、「あなたは自分を良く見せようとし過ぎるからだ。見栄っ張りなんだ、もっと自分を曝け出したらいいのに。だけど健康が何よりで、酒や食べ物に逃げ込むのは良くない、自分で自分を律するのはあなた自身しかいない。」と、その親友に言った。

 そうしてもう一人の親友に、「あの娘を、励まして叱咤激励してやろうよ、頑張れ、酒に逃げ込むなって、私達が怒ってやろうよ。」と、声をかけていた。


 それを聞いていた私は、頼むからそんなこと止めてくれと叫びそうになった。強い人間達が、寂しさや不安で何かに捌け口を求めざるを得なくて、そして本人が何よりもそんな自分に自己嫌悪を感じて苦しんでいる人の「意思の弱さ」を「励まして叱咤激励して怒ってやる。」なんて、止めてくれって思った。私がその親友の立場なら、「あんたらに何がわかるんだ。」と、心を閉ざしてしまうかもしれない。



 彼女は強くて、自分を律することの出来る人間で、それを誇りに思っている。だからこそ、それを出来ない「弱い人間」を軽蔑し、苛立ちを感じている。

 


 男にも金にもだらしがない、本当は彼女が一番軽蔑するべき「弱い」人間の私は、「ちゃんとした社会人を演じる」術と「人につけこまれない為」の嘘を、幾分か身につけているので、彼女が弱い人間を非難する度に、同意を求められても、「そうですね。」と、心が無い言葉でその場をやりすごし、心の中にヘドロのような嘘を沈溺させている。


 彼女が私のことを好きで信頼していることを私は知っているし、私も彼女のことを好きで尊敬していて信頼している。

 だけど、彼女が「弱い人間」を非難したり軽蔑する言葉を吐く度に、「強い人間」を演じている自分の嘘が水瓶の中に少しずつ少しずつ溜まっていって、いつか溢れるであろう予感が日に日に強くなる。水瓶の中から嘘が溢れて流れ出す時、私はきっとヘドロのような毒を「強い」彼女の前に曝け出し、人間はこんなにも弱く醜く浅ましい生き物なのですよと笑いながら見せ付けて、その露悪的な快感に身体を震わせるだろう。


 そう思いながら、私は嘘という毒を沈溺させて、水瓶の中の水が溢れる日まで、閉塞感に息苦しくなりながらも日々の糧を得る為に生きている。


 私は、前向きに生きていくことを楽しんで戦い走り続けて努力を欠かさず、卑屈さが無く何事にも逃げない彼女が好きで、彼女に出会えて良かったと思う。彼女はきっと、何十年もいろんなことと逃げずに対峙して、傷ついて苦しんだからこそ、幸せに生きてこうとしいるのだと思う。そうやって、強くあろうと生きてきて、本当に強くなったのだと思う。


 苦しむのが好きな人間、馴れ合いで弱さを許しあう人間、愚痴ばかり垂れ流して動かずに助けだけを求めている自分勝手な人間、何でも人のせいにして卑屈になっている人間、そういう駄目な自分に酔う人間、それで周りを不愉快にしていることにも気付かない人間、そんな「弱い人間」よりも、彼女の方が私は好きだ。幸せになろうと、真摯に生きている彼女が好きだ。


 だけど、強い人間だからこそ、人の弱さがわからない「無神経」な彼女を見ていると、私はあんなふうにはなりたくないと思う。



 もっともっと強くなりたい、弱い自分は嫌いだ。

 そう思ってはいるけれども、彼女を見ていると、「強い人間になりたくない」と、時折思う。


 弱い人間の私は、彼女の側にいると、嘘が沈溺して息苦しくなることがある。

 

 嘘という毒が全身に周り、いつか私も平気になるのだろうか。

 いや、それまでに水瓶の水が溢れる。ヘドロのような悪臭を帯びた水が。


 そうやって、「解放」される日まで、私は嘘を沈溺させて、苦しみながらも彼女の側にいる。

 「弱い人間」を、軽蔑するフリをして。

 

 

 水瓶の水が溢れる日まで、そうやって、嘘をついて生きていく。

 

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