花房観音  「歌餓鬼抄」 このページをアンテナに追加

2007-07-06 妻に欲情しない夫

 妻に欲情しない夫

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 「どうして私とセックスしないの?」

 と、彼女は夫に聞いた。

もう、ずっと夫は自分に手を出してこない。キスも手を繋ぐこともしない。結婚前は会う度にセックスしていたのに。

 夫は不能になったわけではない。AVを購入してオナニーはしている。AVに出ている見知らぬ女には欲情しても妻には欲情しないのか。自分から誘うそぶりを見せても「忙しい」の一点ばり。浮気をしている様子も無さそうだ。

 妻は夫しか男を知らない。このまま私は夫から欲情されず一生セックスをせずに人生を終えるのか。そんな時に結婚前に好きだったけれども相手が既婚者で、自分も婚約者がいたのでキス以上の関係にはならなかった相手と再会した。

 その人との電話やメールは、ずっと彼女の心の支えだった。

 「結婚して、何もいいことなかったよ。人生をやり直したい。」

 と、彼女は言う。本当は、まだ結婚したくなかったのに。自分はまだ若いし遊びたい。それでも相手が強引に話を勧めた。

 「まだ早いと思うんだけど、今までいろんな高いもの買ってもらったりしてるしさぁ、それにちゃんとした仕事について地位もある人で、自分には勿体ないような相手だから。」

 そんなことを言う彼女に、周りの人間は、もうちょっと考えた方がいいんじゃないか、相手の意思より自分の意思の方が重要じゃないのか、と忠告していた。

 彼女が、彼女の夫になる人を「好き」とか「愛している」ようには見えなかった。望まれたからと、流されているように見えた。

 周囲の忠告をよそに「本当に強引な人なんだよ。」と愚痴りながらも彼女はそのまま結婚した。家を購入してローンに追われることとなった。家のローンの為に彼女も夫も毎日朝から晩まで働く。

 「たまには、どっかに遊びに連れてって。」

と、頼んでも

 「俺は忙しくて疲れてるんだよ。」

と、キレられた。

 結婚する前は、高いものをたくさん買ってくれて、いろんなところに連れていってくれて、たくさんセックスしてくれたのに。 今は何を望んでも「忙しいから」「疲れてるから」と、キレられる。何も買ってくれないことや、どこにも連れていってくれないのは、まだ仕方がないと納得できないこともない。

でも、セックスを全くしてこないことだけは、辛かった。母親にも訴えた。どうしたらいいのかわからなかった。だから、彼女は夫に聞いてみたのだ。

 夫の答えは、こうだった。


「他の男と、メールとか電話とかしとるやろ。汚らわしい。そんな不潔なヤツとできるかよ。」


 私は彼女からこの話を聞いて愕然とした。まるで自分が言われたような衝撃を受けた。

「汚らわしい。」

「不潔。」

 彼女は昔好きだった相手と関係を持ったことはない。一度結婚前にキスしただけだ。ずっと長い間会ってさえいなかった。それでもその人との電話とメールは心の支えだった。

 ただ、それだけなのに。

 自分しか知らない自分だけの女の中に他の男が存在していることが我慢ならなかったらしい。いや、実際のところはわからない。彼女に欲情できなくなった自分の脆弱さの言い訳としてまるで彼女が悪いかのように理由付けしただけなのかもと思う。

 それにしても、だ。


 夫が風俗に行ったり浮気をして「不潔だ」と感じて夫とセックスをしなくなった妻の話などはたまに聞く。夫や恋人がAVやエロ本を見て自分以外の女に欲情するのさえ嫌がる女の話も聞く。

 自分以外の人間に欲情することが嫌という嫉妬心はわからないこともない。でも、それを「不潔」「汚らわしい」とまで思う神経が分からない。ましてやそれを口に出して欲情しない言い訳にするなんて。

 例え今現在のことではなくても、自分の、他の男と寝た過去のことなどを「汚らわしい」などと言われたら。

 どうしようもなく悲しいと思う。他の男を求めることも欲情することも、そして過去の恋愛なども全ては自分の内から来た意思で、それらも全て含めての自分自身だ。それを嫉妬されることはあっても「不潔」だなんて言われたら絶望する。「汚らわしいから欲情しない」なんて言われたら、死にたくなる。

 一生を共に過ごす筈のパートナーに、そんなことを思われているなんて。

 彼女の夫は結婚前から嫉妬深かった。彼女の携帯の履歴は全てチェックしていたし、彼女が仕事関係者と会うのについていったりもしていた。付き合い始めた時に、彼女は男友達及びガラの悪い女友達との縁を全部切らされた。会社の飲み会も男が来るなら行くなと言われた。

 周りから見ると異常に見えた。しかしそれでも彼しか男を知らない彼女はそんな束縛も彼の愛だと信じて従っていた。その頃はいろんなものを買ってくれて、いろんなところに連れていってくれて、たくさんセックスをしていた。それを彼女は彼の「愛」だと思っていた。 


 たとえセックスが無くても、欲情し合わなくなっても、人生を共に生きるパートナーとして信頼し合って「家族」を作っている夫婦はたくさん居る。

 セックスがなくなっても、「恋愛」じゃなくなっても「夫婦」という関係は成立すると思う。お互い婚外恋愛をしている夫婦もたくさんいるし、不満はあれこれあれどもなんやかんやと言って離婚する理由もなく継続している夫婦はたくさんいるし、様々な形で「夫婦」は存在しているのはわかる。

 しかし、それでも、パートナーから「不潔」「汚らわしい」とまで蔑まれてもこれからの長い結婚生活を続けようとする心境が私にはわからない。


 「不潔」とか「汚らわしい」とか。

 実際に自分が浮気をして、そういうことを言われるのなら自分が悪いと思うのだけれども、それでも、そんな言葉を言われるなんて、そんなふうに思われているなんて。

 私なら、絶望する。自分がこれから先共に生きていく筈の人に自分自身の全てを否定されるなんて耐えられない。

 離婚する気はないのか、と彼女に聞いた。

「離婚する気は全くない。だって、そりゃあ家のローンとか束縛がキツイとか不満はたくさんあるけど、相手の両親はとてもいい人だし、上司の手前とかもあるし、離婚なんて世間体が悪いしね。」

 私から見たら、子供がいるわけでもないしセックスレスはともかく「不潔」などと言われること、あと、彼は彼女が結婚前にしていた仕事を「男と一緒にやる仕事だから」と言って彼女が復帰することも禁じていることなどは、立派な離婚の理由になると思うのだけれど。

 私が彼女の話を聞いてこんなに重い気分になったのは、私から見るとどうしようもないような絶望的な「夫婦」関係に、結局のところ彼女も夫も居続ける気でいるからだ。そこにしか自分達の居場所はないと思っているからだ。

 結婚前に好きでキスだけした人と再会して、断ち切った気持ちが蘇ってはいるのだけれども、相手も既婚者で自分も既婚者で実らない恋だから、未来のない恋だから、ズルいかもしれないけど離婚する気はない、どうせいつかは離れなければいけない恋なのだし。そう考えると踏み込めないと彼女は言う。

 実らない恋だから、未来の無い恋だから、と彼女は言うけれど。

 じゃあ、彼女は夫との「恋愛」は結婚によって実ったのか? 彼女と夫には未来はあるのか? 夫婦だから、例えセックスレスでも、やりたい仕事をやらしてもらえなくても、子供がいなくても(セックスレスだからできるわけがない)、いろんなことを束縛されても、それでいて経済的に余裕があるわけでもなく、「不潔だから欲情しない」と蔑まれても。

 彼女と夫には未来はあるのだろうか。それは未来のある恋、実りある恋がいきついた関係なのだろうか。

 結婚して夫と彼女の恋愛が実ったわけがない。結婚して彼女と夫との恋愛は終わったのだ。それが「家族」という新しい形に向けて終わって再生したのならいいけれども、「汚らわしい」「不潔」だと蔑まれるようになっても「家族」なのか。

 実る恋、未来のある恋なんてどこにも存在しない。例え結婚しようがしまいが既婚者だろうが独身だろうが関係なく。いつか必ず終わりが来る。それは様々な形で終わりが来る。

 死に別れだったり、生き別れだったり、心が離れてしまったり、全ての恋は実らない。それでも、大抵の人には覚えがある筈の、あの至福の瞬間が確かに存在するから、人は恋をする。

 彼女と話をして、なんとなくいろんなことがわかってしまった。そして自分の浅はかさやおめでたさに呆れもしたし、彼女とその夫に対して悲しみに似た怒りがこみ上げてくるのを感じた。その悲しみに似た怒りを彼女に対して口には出さなかったけれども、ずっとそのことを思い出すとなんとも言えない重い気分になる。

 彼女の言う「恋」とは結局のところ「優しくされたい甘やかして欲しい愛してると言われたい自分の為にいろいろして欲しい」と言うことに過ぎない。

 それは以前から感じていたのだけれども、まだ彼女は若いからそういうものかと思っていた。

 彼女が結婚した理由は「〜してくれるから。」「〜してもらったから。」「〜結婚話を強引に進められたから。」そして今彼女の夫の対しての愚痴は「〜してくれないから。」全てそれだ。


 何も買ってくれなくなった。どこにも連れて行ってくれなくなった。セックスしてくれなくなった。

 だから、あなたの意思はどこに?あなたは夫に対して今まで何かをしてあげてきたの?


 例えばセックスだって、そうだよ。

 あなたは、夫に性的な喜びを自分から与えようとしたことは、あるの?



 「だってさぁ、同じぐらいの年の娘達は、皆遊んでるのに、私だけ家のローンと家事と仕事に追われて、恋もしてなくて、トキメキもなくって。」

 彼女はいつも流されて生きている。流されて生きる方が何かに躓いた時に、他人のせいにできるからだと言ったら、言い過ぎだろうか。

 全ての恋は必ず終わりが来るけれども、秘密の恋は大前提として「愛する人の死に目に会えない」。病気になっても側に行けない、側に来て貰えない。そしてそれらを知らされることさえ出来ないかも知れない。それはとても悲しく孤独なことだし、愛する人にそういう辛さを味合わせなければいけないという痛みを覚悟することだけれども、そんなことは当たり前のことだ。

 だから「秘密の恋」なんて好きこのんでするもんじゃないだろう。 

 でもそんな悲しみや孤独や痛みも全て背負う覚悟をして、それでも相手の存在を必要とすることが愛情だろう。

 たとえ秘密の恋ではなくても、全ての恋愛は本当はそうじゃないのか。

 あなたが好きです。あなたの存在を必要としています。あなた無しでは私という人間は有り得ないのです、と。

 その気持ちが核になって、それ以外のことは極端な言い方をすれば余計なことの筈だ。

  

 自分を守ることと、自分を大切にすることは違う。

 自分を守ることを第一にしていて美味しいとこどりをしたい人間に、人を愛することなんてできるのかと思う。


 そしてそれは、自分自身にも問いかけている、切実な問いだ。

  

 私はもう彼女には何も言わない。「不潔だ」と自分自身が蔑まれていることに気付かずに、そこまで言われても「世間体があるから、他に好きな人がいてもそれは実らない恋だから。上司の手前もあるし、夫の両親はいい人だから。」と、虚しく馬鹿馬鹿しい形骸化した何かに捕らわれて、それに疑問を持たない流されるままにしか生きられない彼女に。夫がしてくれなくなったことを他の人にしてほしいから、トキメキが欲しいから「恋愛」がしたい彼女に。

 私はかける言葉を持たない。どう言えばいいのか、わからない。これから先彼女は、私が今想うことをわかる日がくるだろうか。わかる日が来ればいいような気もするが、ずっと変わらないような気もする。そしてそのことを考えると絶望に近い気持ちになる。彼女のような人に出会う度に。

 あなたは強いから、あなたは独りで生きていける人だから、でも私は誰かに守られないと生きられない、甘えないと生きていけない、独りでは生きていられない、社会の中で男のように一人前に働くような強さを持たない。だから、結婚する。一人で生きていけないから。

 そんなことを、かって親友だと思っていたけれども今は決別した人に言われたことがある。

 一人で生きていけないから、結婚するのか。


 彼女のように、たとえ「不潔だ」と蔑まれようとも、夫の奴隷のような生活を送ろうとも。そこまでしなきゃいけないのか、女は。そしてそれを望む男が、まだ居るのか。


 人には人の数だけ望むものがあって幸せの形があるとは思う。でも、蔑まれても、いや、蔑まれていることに気付いてもいない彼女と、もはや何を望んでいるのかわからない彼女の夫の「結婚」の姿を見てしまって、私は重い気分にしかならなかった。だから私はもう何も言わない。何も言えない。何も言うべきではない。多分何かを言葉にしても彼女は理解してくれない。


 私は、ずっと自分のような人間の、女の不良品は結婚なんてするべきじゃないと思ってきた。人と共存など不可能だと。一人で、一人で生きていかねば、と。

 今はその自分が自分でかけた呪いは大分解けたけれども、彼女が執着する「結婚」を見ていると、やっぱり「結婚」って怖い、自分には出来ないことだと、まだ思ってしまう。

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