Hatena::ブログ(Diary)

日豚の牢獄 

2014-07-30

朝鮮を擁護する保守派がいてもよいのではないか?



政治や歴史問題について関心があって、
主にネットで情報活動している右派系の人達のことを「ネットウヨク」いう呼び方があるようです。

特にネトウヨ的な人は韓国朝鮮に対する憎悪と侮蔑心甚だしく、どうしたモノかと思うほどです。
「これでもか!これでもか!これでもかー!」ですわな。

僕も政治問題に関心を持ち始めた当初は
そんな傾向がないわけではなかったんですが。

でも歴史を自分調べて色々と考えていく内に
ネトウヨ的な右派系の発想にはついていけないと思うようになったんです。

よく「知れば知るほど嫌いになる国が韓国だ」、なんて言いますけど、歴史に関して言えば、知れば知るほど朝鮮に対する嫌悪感は逆に薄まりましたね。

というかこれからはむしろ朝鮮を擁護してやろうかと思っているくらいです。
朝鮮は昔日本だったわけですから。

一緒に大東亜戦争を戦った同胞だったんですよ。彼らは間違いなく大日本帝国臣民だったのです。

所謂「保守派」的な親日史観の立場に立つのならなおさらのこと、朝鮮同胞愛の目で見るという態度もあっていいと思います。

実は彼らコリアン達は今なお「日本人」としての正当性を保持している、という解釈もあると思います。

僕は所謂「東京裁判史観」に代表されるような反日史観に立っているわけではありません。

現在の韓国が主張するように
「日本が朝鮮を侵略し耐え難い苦痛を与えた」
などとする説はあくまで戦勝者である連合国側の「主観」を表現した政治的な「解釈」(そのようにみなす、ということ)」であって、
史実としてはかなり無理のある主張だと思っています。

現在の韓国は実はアメリカが作った傀儡国と言う要素が非常に強いはずです。

併合時代の朝鮮をいわば「親日派政権時代」とみなしてみると解りやすいかと思います。
現在の韓国は、かつて日本とともに大東亜戦争を戦った「親日派政権時代」の朝鮮とは政治的には全くの別人。

そもそも現在の韓国の母体となったのは極右民族主義政治結社である「韓国臨時政府」。
この「韓国臨時政府」が戦後アメリカの後ろ盾で政権をとって現在の韓国になったわけです。

民族としては繋がっているかも知れませんが政権の正統性と言う意味では戦前の朝鮮と戦後の朝鮮は分断されている。

つまり日本は朝鮮を守り切れなかったのです。出来れば守ってあげたかったけど守れなかった…。

その結果朝鮮はどうなったかというと。

朝鮮の王室である李王家を失わせてしまった。
これの真犯人はアメリカ方針です。アメリカ朝鮮の王室を廃止したのであって日本はアメリカ代理で悪役をやらされているに過ぎません。
日本は李王家を準皇族として保護していましたが敗戦によって保護仕切れなかったのです。

そして朝鮮戦争が起こりたくさんの人々が犠牲になり、今も分断国家のまま。

これは朝鮮にとっては不幸なことだと思います。
日本が戦争に負けなかったらこのようなことは起こらなかった。日本の敗戦がなければ親日派主導型の朝鮮の独立もあり得たのにそれも出来なかった。

日本の敗戦さえなければ李王家は大韓皇帝に復帰し、日本・満洲朝鮮皇帝が三人いる、なんていう大東亜共栄圏もあり得たけど理想を実現することは出来なかった。

そういう意味では日本は朝鮮に申し訳ないことをしたと言えるかも知れない。

しかしこれからの時代は戦後的な価値観が崩壊していくことでしょう。

それと同時に、日本と韓国の歴史認識は戦勝国側の縛りから解放され、こうした親日史観は徐々に両国共通認識になっていくように思います。


人気ブログランキング

2014-01-30

「侵略」とは?←親日派を支援したこと?

「侵略」とは?←親日派を支援したこと? D
http://www.youtube.com/watch?v=2Nh6_5WqSxI

安倍首相国会で「侵略という定義は学問的にも国際的にも定まっていない」と発言しているようですが、日本の先の大戦は「侵略戦争」だったのか。という議論があります。
戦前の日本は侵略国家だったのか、とか。田母神さんの論文にもそんなのがありましたね。

この「侵略」という言葉の使い方なんですけども僕も思う所があります。
やたらと先の大戦を「侵略」としたがるのは「戦前の日本は悪かったんだ」という単に戦勝者の都合でそのようにされているからだと思います。

しかしこれって当時の日本の何をもって「侵略」と言っているんでしょうか。
「侵略侵略」と言いますが僕としては侵略と言うよりも当時の日本が「何か別の事」をしたことが
戦勝者側にとって「侵略とみなす」とされているような気がしてならないですね。

日本がやった何か別の事というのは何かというと
親日派を支援したこと」
ではないか、という気がするんです。

つまり「日本が親日派を支援したこと」が「侵略」と見なされているという。

もっと言うと「日本が親日勢力を作り、支援し、協力し、成長させ、共に戦ったこと」を「侵略とみなす」とされているのではないか、と。

戦後の反日史観では、日本は全ての支那人朝鮮人を敵に回して日本に協力していた親日勢力は存在していなかったかのようなモノのいい方がされているけどそのようなことはあり得ないですね。
満洲も日本の傀儡国だったなどと言われていますけども。
そういう批判はあっていいけれど、
満洲国は日本が支援していた親日国だった、という理解でいいと思うんですけどね。
支那にも南京国民政府という親日政権もありましたし併合時代の朝鮮親日派政権時代とみなすことも出来ます。

親日派は当時存在していたし日本としても
「一緒に頑張っていこう」と言ってやってきたわけですから。

彼等親日派は何故日本を選択したのか。
当時の日本は喧嘩っ早い強大国で威嚇されて仕方なく日本に従わざるを得なかったから?などとする説を聞いたことがありますが本当なんでしょうかね。

僕の理解では戦前の日本と言うのは決して強大国ではない。むしろ弱小の新興国家ですね。
欧米の強大国の顔色を窺いながらもなんとか自立的であろうと頑張っていた、というイメージです。
親日派が頼りとするにはあまりにも頼りない日本。軍事力や国力を欧米列強と比較するとあまりにも力量差がある新興国日本を何故彼等は選択したのか。

それはやっぱり日本に正義があったからではないでしょうか。
東亜の解放と大東亜共栄圏
日本の言っていることが正しかったから、そこに希望があったから彼等は日本を選んだとしか思えないですね。
親日派は単に日本に事大していたわけではない、と思います。

日本は親日派を支援し、親日派は日本に協力し日本と共に成長しようとした。
このことを戦後では「侵略」と置き換えられて呼ばれているような気がしてならないですね。

昭和天皇の終戦の詔勅にもこんな一説があります。

「朕ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス」

この「諸盟邦」とは親日派のことと理解してよいと思います。
日本の正義とはそれ自体親日派の正義でもあったわけです。

「先の大戦は侵略戦争ではなかった。自衛戦争であった。」という意見は保守陣営からよく聞きますが、もう少し付け足して
「先の大戦は日本と親日派を守る為の自衛戦争であった。」と補足してもいいと思います。
日本としては国内外に「親日派こそが正しかったのだ。」と語りかけたいところですが敗戦国なのでなかなか自由に情報発信出来ないのがツライところですね。

せっかく親日派に協力してもらったのに日本は敗戦してしまった。
親日派を守り切れなかったことはやはり痛恨の思いが日本にはある様な気がします。
そのことを戦後においては「アジアの人々に申しわけないことをした」と代用的に表現してきた部分もあるのかも知れない。
よく大東亜戦争アジアは解放された、という説を保守陣営から聞きますがやや慌てすぎの感が否めませんね。まだアジアは解放されてなどいない。

特に肝心の日本・朝鮮半島・シナ大陸は未だ開放されていない。だからこれらの国々は「反日」なんじゃないでしょうか。
これらの反日国では日本が親日派を守り切れなかった、←という現実が今も生きている。
ということなのかも知れません。


人気ブログランキング

2014-01-28

憲法を無効に出来るのはアメリカの請願があった場合

D
http://www.youtube.com/watch?v=tSIPbhUGHgo

憲法無効論というのがあります。

日本国憲法は日本の敗戦に伴い強制的に押しつけられたもので、「このようなモノはそもそも無効である。日本国憲法憲法ではない」などとする説です。
これはこれで一理あるとは思います。
僕も昔は強烈な無効論者でした。無効無効と連呼してました。

挙げ句の果てに「敗戦無効論」まで強弁してましたから。
「そもそも日本国憲法の強制はアメリカ戦争犯罪である!」みたいなね。
でも「憲法が無効!」というのは突き詰めると「敗戦が無効!」と言うてるのと同じだと思います。確かに理屈を突き詰めるとそうなるのかもしれませんね。

まあ僕としては大東亜戦争は今も継続しており日本は必ずしも敗戦していない、と言う立場ですが。

憲法無効論のおかしなところは日本人が「この憲法は無効!」と認めればこれを無効に出来ると考えているところです。
これには独りよがり的な無理があると思いますね。
戦争は一人で出来るものではありませんから。

戦争の結果アメリカに押しつけられたこの日本国憲法を本当の意味で無効に出来るのは日本人ではないと思います。

日本国憲法を本当の意味で無効に出来るのはこれを押しつけた張本人、つまり他ならぬアメリカではないのでしょうか。


アメリカが日本に
「あの憲法を押しつけたのは間違いであったから、どうか無効にしてほしい。日本よ、ゴメンな。日本に喧嘩を売ってあの戦争を仕掛けたのはアメリカの間違いであった。原爆投下も間違いであった。お願いですからどうかこの憲法を無効にしてほしい。」と謝ってきたら
日本も「しゃあないなあ。ええ加減にしときやあ。でもまあ解ってくれたらええのや。」
と言うて考えなければならないのかもしれませんけどね。

つまり順番としては
アメリカが日本に憲法の無効を請願してくる→それを受けて日本は憲法の無効を宣言する→と同時に日本は大東亜戦争の勝利を確認する。という形になると思います。

あえて言うなら日本国憲法を無効に出来るのは「日本が大東亜戦争に勝った場合に限る」、と言うわけです。
戦争に負けた状態では憲法を無効に出来ない。戦争に勝った時始めて無効に出来るのです。

この場合の日本の戦勝は軍事的な戦勝という意味ではなく、東条英機の言葉を借りるのなら正理公道における道義的な戦勝になると思います。
つまり日本の戦勝は「アメリカ大東亜戦争の道義的敗北を自ら認めることで成立する」と言う形になるという。

でもそんなことってあり得るのでしょうかね。
まあ僕はあり得る、と考えています。

僕はあの大東亜戦争は今も継続している、と言う立場です。

それは「大東亜戦争は今も継続しており戦後は戦後的方法でもってアメリカを攻めている」のが戦後における日本の戦い方である。という感じです。

戦後的方法とは何か?

例えば日本悪玉史観
これらの反日史観を作りやたらと煽動してきたのは実は他ならぬ日本人です。
しかし実はこうした過度の反日史観は日本を攻撃するものではなく本当はアメリカを攻撃する為の一つの表現方法であったと解釈することが出来ます。

つまりその日本悪玉論に「過度の不自然な誇張」をあえて入れることにより「あてこすり」的に本当はアメリカを攻めているという。。。

つまり日本悪玉史観を日本人自ら作ってきた戦後サヨクがその主力勢力なわけです。
こうした説を「大東亜戦争継続論左翼主力説」と呼んでいいと思うんですけどね。

「戦後左翼がやってきたことは決して売国国賊行為ではない。彼等サヨクは表面的には反日行動をしているように見えるかもしれないが、長期的に見ればそれは大東亜戦争に勝利するための方法的反日行為であり、日本ではなく「当てこすり的にアメリカの心を攻めるための方法的な戦争遂行行為」であった」という感じです。

この文脈で河野談話などの従軍慰安婦問題や靖国問題南京大虐殺問題を論じるとまた新たな視点が得られると思います。
戦後サヨクを擁護するわけではありませんが、戦後サヨクがやってきたこととは一体何だったのかを新しく解釈し直すことが戦後体制を脱却していく上でも必要なことではないか、と思うのです。

まあそれはそうと
憲法問題は日本だけで議論していても始まらないのかもしれません。
日本もダメもとでアメリカに要請してみたらどうでしょうか。

「なあアメリカさん。この憲法、無効にしてくれと日本に請願しに来てくれませんかねえ?もうええ加減に改心しはったらどないですかねえ。。」言うてね。

アメリカが日本に謝ってくることなんてあり得ないことかもしれませんけどね。
しかし結果がどうであれその方向で地道に努力していくのが日本が歩んでいくべき方向なのかもしれませんね。


人気ブログランキング

2014-01-14

「反日」の定義について考えてみた

D
http://www.youtube.com/watch?v=JmcIM_qB1bA

反日の定義について考えてみました。

反日とは何らかの公的な権力を使って親日を排除すること」
と定義出来る。という説を提案したいと思います。

つまり「反日」とは「親日」との関係において定義出来る概念である。ということなんですけどね。
つまり権力行使による「親日の欠性」「親日を許容しないこと」が反日反日たらしめている、という感じ。

一般的には、「反日とは日本の国益を害する行動を恒常的にとること。」という理解で十分だと思います。
ただこの理解では日本に対する批判も反日的な行為として決めつけてしまいがちになるような気がします。

日本に対する「批判」は勿論あってもいいし、表現の自由がありますから日本に対する批判をどのような表現方法を使って表してもいい。
でもその批判に対する批判(反論)もまた許容してもらわないとそれは批判ではなくなってしまう。と言う感じ。

この説でいうと
例えばNHK反日的な放送局ですね。
先の大戦が関係するような近現代史に関するNHK歴史観は一貫して日本悪玉論・中国韓国被害者論の「反日史観」だと思います。
NHKの個々の番組でいくら反日的なものがあっても特に問題はないと思います。
問題なのはそれとは逆の立場のものが皆無であるということ。

つまり反日史観を否定するような親日側(保守陣営)の歴史観を紹介するような番組もなければならないのにそれがないという。
公平に見れば反日親日との割合は半々であるのが健全な状態だと思います。しかし現状は「反日100VS親日0」の状態。

NHKは今まで幾多の反日的な番組を放送してきたのだから、一度くらい親日側の番組、例えば「凛として愛」とか「南京の真実」を放送してもいいのにそれが絶無の状態であるというのは圧倒的な不公平がそこ存在しているということです。

NHKは公共放送なのだから親日側の意見を公的な権力でもって排除してはならないのです。
このように「何らかの公的な強制力でもって親日を積極的に排除する行為」を「反日」と断定することが出来ます。
そうした反日行為は最早日本に対する批判ではない。
あえていうなら反日とは「日本を敵視する戦時全体主義における戦争遂行行為」と言ってもいいくらい。

でもこの「反日=権力行使による親日の欠性」説では例えば朝日新聞などのサヨクメディアは民間なので反日ではないことになってしまいますね。。。
ただ戦後サヨクというのは東京裁判の内容に忠実なので、大元の東京裁判を純粋な権力行使による反日裁判とするのなら戦後サヨクはその追従者ということで彼らもまた「反日」勢力とみなすことが出来るのかもしれません。

まあ韓国中国は権力を使って親日(情報)を強制的に排除していますから完全な「反日国家」と言えると思います。
韓国なんて「親日法」という事後法を作って法的に「親日」を排除していますから筋金入りの反日国家ですね。

反日の弱いところはこうした情報統制言論の自由の制限といった公的な強制力に依存しないと「反日」を維持できないという脆弱性にある。ようにも思えますね。

こんな言葉があります。

「国家がその権威への批判をどの程度まで許すかが、その国家が社会の忠誠心をどの程度までつかんでいるかについてのもっとも確実な指標である。」  ラスキ「政治学大綱」


反日国では国家の権威や正当性を反日に依存しなければ国家の体制維持が難しいように思えます。
言わば反日国家の忠誠心というのは国定プロパガンダ先行型。
そのような人工的に作られた忠誠心にどれだけの価値があるというのか甚だ疑問ですね。

日本がありあまる「反日」を許容してもまだビクともしない強靱さを持っていることに比べると余りに対照的です。

日本のことを悪く言う戦後サヨクも所詮は日本に対する批判を許容してもらっている立場にすぎない、のかもしれません。
日本への批判をこれだけ許容できるとは日本とはなんて自由の許容量の大きな偉大な国なんだ、という解釈もあると思います。


人気ブログランキングへ

2014-01-09

在日が帰属すべき「幻の朝鮮半島独立国」とは?

http://www.youtube.com/watch?v=1ldasbJZFI0

在日コリアンというのは、僕の理解では親日派の流れを最も色濃く受け継いでいる人達、だと思うんですけどね。
まあ理屈の上ではですが。

というか親日派とは一体誰のことを言っているかというと、一言でいうと李王家のことですね。
あるいは親日派とは日本天皇の臣民であると同時にそれ以前に、李王家すなわち「大韓皇帝の臣下の者・大韓皇帝の臣民」という位置づけとなる。と僕は理解しています。
それは潜在的なものであっても変わらない。という感じです。

なので特に日本に協力的な行動が無かったとしても、今も昔もただ普通に生活しているコリアンと言うだけで潜在的に李王家の臣民であり、同時に、日本天皇の臣民ですからそれだけで親日派の流れを受け継いでいる、ということになるわけです。

日本の敗戦でコリアン達は日本国籍を喪失しましたが、これは戦勝者の不当な暴力によってそうならざるを得なかったからであって、
コリアン達は潜在的には今も日本人としての正当性を保持している、という解釈もあると思います。
まあこれは一つの解釈ですがね。

もし日本が戦争に負けなかったら、彼らコリアンは今も日本人であったし、あるいは公式(正式)に親日派の流れを受け継ぐことができた。つまり親日派主導型の朝鮮独立国に生きることができたのかもしれない。

在日コリアンが本来帰属すべきところは、この親日派が「正式」に母体となった「幻の朝鮮半島独立国」だと思うんですけどね。

韓国でも北朝鮮でもなく、あるいは日本でもない。
親日派主導型の独立によって、大韓皇帝に復帰した李王家を国家元首として迎えた「本当の韓国」こそが在日のみならず全ての朝鮮民族が本来帰属すべき国だと思います。

しかし世界情勢を鑑みるとそのような夢幻のような究極的な理想の独立国がいつできるのか解らない。
しかし可能性としてはあり得るので、長い長い時間の中にその可能性を見いだすしかない。
その長い長い時間に希望を見いだしている結果として、在日の「特別永住許可」制度があるように思えるんですけどね。

特別永住許可」とは在日コリアンが外国人の立場で未来永劫日本に居続けることができるという制度です。
つまり日本政府は「幻の韓国」が実現する可能性と責任を「特別永住許可」で表現しているのかもしれません。

ほとんどの在日コリアンが何故日本国籍をとらないかというと、一番の理由が「何となく」だと言います。「特に必要性を感じないから」とかね。
また在日は今の韓国に対する帰属意識も薄い。
この「何となくそんな気分にならない」という彼等のその感じ方の中に、朝鮮民族の無意識の奥の奥にある本来あるべき朝鮮の姿に戻ろうとする民族の本能・志向性が伏在しているのではないか。。そんなふうにも思えるわけです。

まあ実際はそんな大げさな問題ではないのかもしれませんがね。

いかがなものなんでしょうかね。


人気ブログランキングへ