村上春樹「沈黙」について 作品構想と世界像をめぐって

村上春樹「沈黙」について  作品構想と世界像をめぐって
   岡山大学大学院教育学研究科  木村 功

 村上春樹の「沈黙」(初出『村上春樹全作品1979〜1989』第五巻、一九九一、講談社)には、現在「大幅に手を入れた」(村上春樹)バージョンである『はじめての文学 村上春樹』(二〇〇六、文藝春秋)所収の「沈黙」がある。村上が、テキストに加筆する作家であることは知られているが、この新しいバージョンでも、多くの加筆(ルビを含む)・修正の跡が認められる。
 例えば特徴的な加筆として、青木と大沢さんの人物像に関する加筆が上げられる。青木の人物設定について、「家柄もよく、スポーツも得意でした」というように、経済的にめぐまれた階層の人物であることが、明確に打ち出された。一方、大沢についても、「いろんなものを自分ひとりの中に収めていたのです。」などのように、自分のあり方や、周囲との人間関係について、反省する姿勢が強く打ち出される改変が認められる。発表では、異同のうち、作品世界を構成する情報の中で、主要な改変について分析と考察を加えることで、「沈黙」の構想に迫りたい。
 また、それに基づいて、作品世界像の検討も行いたい。村上は、「自分が関心のあるテーマに、システムと個人の問題がある」(「『1Q84』を語る」「毎日新聞」二〇〇九年九月一七日)と述べている。日本の戦後社会を支配するシステムである「羊」の存在を描き出した「羊をめぐる冒険」(一九八二)以来、このテーマは、村上文学を一貫する主要なテーマである。「沈黙」の舞台となっている学校も、近代国家の人材を輩出するための教育システムに他ならず、「沈黙」はその中で生きざるを得ない個人の問題を、集団と個人の対立を通して扱ったといえるのではないか。