半坪ビオトープの日記


10年ほど前に歌手の西城秀樹が神前結婚式を挙げたという白浜神社には、年二回行われると思われる茅の輪が設えられていた。
白浜神社の拝殿は、万延元年(1860)造営の正面6間、側面5間の瓦葺総欅造入母屋造で向拝が付く。堅い欅を多く使っているが、神社が海に近いため、塩の影響で腐食が多く見られる。
主祭神は、伊古奈比咩命で三嶋大明神の后神であるが、本后は神津島阿波命神社の祭神阿波命とされるので、後后と称される。

社伝によると、六代孝安天皇6年に三島大神とともに三宅島に創祀されたというが、後に三島大神とともに現地に遷座した。なお、当初は700mほど北西の長田部落の神明に鎮座したと伝え、また三島大神はさらに現三島市三嶋大社遷座した。現社地は、太古の昔には伊豆諸島を遥拝し、島々の神を招迎する聖地であったと推考され、鎮座も天長9年(832)から治承4年(1180)の間と考えられている。

白浜神社は「白浜大社」あるいは「白浜明神」と書かれることもあり、三嶋大明神、その随神で女神の見目、同じく随神の若宮、剣の御子の四柱を相殿に祀っていて、古くは「五社明神」とも呼ばれ、また三島大社の故殿地であるとの伝承から「古宮」とも呼ばれた。
見目弁財天は、縁結びの神様とされる。

その右に立つ銅像は、三嶋大社宮司も務めた原勝治の像である。

境内社は数多くあり、拝殿手前左にあるこの社は、大正10年の遷宮に際し、少彦名命神社、御子神社ほか境内26社を合祀した二十六神社である。

こちらの社は、砂村稲荷神社という。