半坪ビオトープの日記

2017-08-25 竹野神社、神明山古墳

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丹後古代の里資料館の向かいに竹野神社がある。境内入口右手に「式内竹野神社」の社号標、左手に摂社の「斎宮神社」の社号標が立つ。その先に三の鳥居が垣間見れる。

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参道の右手に丸い池があり、池の中に小さな厳島神社があり、市杵島姫神が祀られている。

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三の鳥居の周りには木々が生い茂っている。振り返って二の鳥居は丹後古代の里資料館の脇にあり、一の鳥居は水田の中に続く参道を海に向かって遥かな先にあるようだ。

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竹野(たかの)神社は『延喜式神名帳』に大社と記される古社である。文政年間ごろ建造とされる中門(神門)は、神社としては珍しい向唐門の派手な印象を受ける建物で、京都府登録文化財に指定されている。それにしても屋根を支える虹梁上の大瓶束が仰々しく目立つ。

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中門の右手には櫛磐間戸神を祀る門斎神社が建っている。その横手から神明山古墳へと続く道が分かれている。

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中門の左手には二つの小さな社がある。右が宇賀能魂神と大国主神を祀る稲荷神社であり、左が天児屋根命と社司桜井氏の祖を祀る伊豆神社である。

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中門をくぐると石段の上に社殿が見えるが、目の前の拝殿の後ろに本殿があり、その右手に斎宮神社がわずかに見える。

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竹野神社は祭神として天照大神を祀る。本殿の右手に摂社斎宮神社が並び、祭神として日子坐大命・建豊波豆良和気命・竹野媛命を祀る。竹野媛は丹波大県主由碁理の娘で、第9代開化天皇の妃となる。『古事記』『日本書紀』にも記され、竹野神社は竹野媛が年老いて天照大神を祀ることに始まると伝えられる。斎宮神社には第31代用明天皇の皇子である、麻呂子親王も祀られ、鬼賊退治と丹後七仏薬師の伝承がある。この伝承は「等楽寺縁起」(桃山時代16C)「斎宮大明神縁起」(江戸時代17C)として絵巻に描かれ、京都府登録文化財となっている。

現在の社殿は文政13年(1830)に再建されたものである。本殿は規模の大きな一間社流造で、装飾が抑えられた荘厳な建物である。斎宮神社本殿は対照的に小ぶりな一間社流造で、賑やかな装飾を有している。いずれも京都府登録文化財に指定されている。

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この他に竹野区に伝えられ、竹野神社の祭礼に演じられる郷土芸能「竹野テンキテンキ」は、子供6人からなる素朴なものであるが、風流囃子物の古い形を残す芸能で、京都府登録文化財に指定されている。

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竹野神社境内でトノサマガエルを見つけた。カエルの代表格であるが、関東地方には住んでいない。それほど太ってはいないが、背中線が白っぽいのでメスと思われる。

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中門右手の門斎神社脇から神明山古墳へと向かう。神明山古墳は、丘陵先端部を切断して築造された大型前方後円墳で、網野銚子山古墳・蛭子山1号墳と合わせて「日本海三大古墳」と総称され、国の史跡に指定されている。

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この神明山古墳の墳丘長は190mで、古墳時代前期末〜中期初頭の4世紀末〜5世紀初頭の築造と推定されている。竹野湖という古代の潟湖に対して葺石で覆われた墳丘の横面を見せる形式をとり、当時の丹後地方が潟湖を港として日本海交易を展開した様子が示唆される。

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神明山古墳の墳丘から北を眺めやると、竹野川河口砂州の後ヶ浜海岸にある「立岩」が認められる。柱状摂理の玄武岩の自然岩で、高さは約20mで周囲は約1km。間人浦にあるこの巨岩には伝説がある。第31代用明天皇の妃・間人(はしうど)皇后の第3子・聖徳太子の異母弟といわれる麻呂子親王が鰾古・軽足・土車という3匹の鬼を退治した時、2匹は殺し土車だけは見せしめのためこの大岩に封じ込めたといわれる。今でも風の強い、波の高い夜などは鬼の号泣する声が聞こえるという。

2017-05-27 オタマジャクシからカエルへ

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オタマジャクシは茹でホウレン草をよく食べる。イモリの餌にしている赤虫(ユスリカの幼虫)をあげてみたが食べないようだ。

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孵化を始めてから約3週間経った。42匹数えられたうち、ほとんどは大きく育っているのだが、5匹は小さいままで発育不良だ。

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オタマジャクシは日に日に大きくなって、何やら背中に斑紋が現れてきたように見える。

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庭にある小さな火鉢にもオタマジャクシが2匹だけ認められた。ここにも同じように30個ほど卵を分けたはずなのだが、何かに食べられてしまったのだろうか。見た目には小さなモノアラガイしか生き物は見つからない。

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この日、水槽には41匹のオタマジャクシが数えられた。孵化から6週間経って、数匹のオタマにようやく足が生え出てきたようだ。

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カエル池で久しぶりにツチガエルを見つけた。約一坪のカエル池には大きな池があり、その周りは草がびっしりと茂っていて、餌になるような生き物はダンゴムシとアリぐらいしか見当たらない。ワラジムシもいるはずだが、いつも物陰に隠れている。夜になって出てくる餌をカエルは探しまわると思われる。

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ようやく半分以上のオタマジャクシに足が生えてきた。

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足が生え出てきてから1週間で、手も生え出てきたオタマがいる。そろそろ上陸し始めそうなので、這い上がれるようにと不要となった木ベラを浮かべておくことにした。

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雨の日を1日挟んだ翌朝見た所、水槽の底にすでに溺れ死んでしまったカエルの死骸を2つ見つけた。木ベラには上がれるはずなのだが残念だ。そこで手足がすっかり生えているオタマを7匹、手足が揃いそうなオタマを6匹、カエル池の大きな池に放した。もうすぐカエルの1年生(亜成体)となるはずだ。

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小さな火鉢で育っていたオタマジャクシも2匹捕まえて、水槽に移した。

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スイレンの花が咲くカエル池の手前側にツチガエルがいた。先ほど放したカエルの子が、ツチガエルの餌とならずに何匹育つか、またこの池に居着くか、その姿を見かけることを楽しみに待ちたい。

2017-05-22 カエルの卵の孵化

[]カエルの卵の孵化 21:48

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3月中旬に茨城県北部の里山で、カエルの卵塊を見つけた。今までの経験から推定すると、直径約12〜3cmの卵塊だったので、元の大玉には約1,500個の卵が入っていたはずだ。

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容器を持っていなかったので、掌に乗る分だけ持ち帰った。約150個の卵を4つに分けて、水槽、小さい火鉢、カエル池にある大きな池、小さな池に入れた。

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水槽に入れた卵は50個ほどでくっついている。見た目は、経験のあるヤマアカガエルの卵塊に似ているが、他のカエルの卵を孵化させたことがないので、育ててみなければカエルの種類はわからない。

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火鉢に入れた卵と大きな池の卵は、水面が反射してうまく撮れなかった。これは小さな池に入れた卵。

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12日経過後、水槽の卵が横にズングリと伸びて、頭部と胴部に別れ始めるものがいくつか見られる。

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15日経過後の4月上旬、細長い棒状のオタマジャクシとなって卵塊から出て、餌として入れた茹でたホウレン草にくっついているものもあった。この日を孵化した日とする。

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24日経過後、茹でホウレン草を食べ尽くすと水が汚れてくるので水換えするがその3回目、バケツに取り出して数を調べた。大小合わせて44匹数えられた。

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26日経過後、カエル池にある大きな池でオタマジャクシは確認できなかったが、代わりにツチガエルを1匹見つけた。昨年の9月上旬に房総で捕まえて放したツチガエル、ヌマガエル数匹の内、少なくとも1匹が居着いて冬越ししたことが確認できたことになる。おおよそ25mmの大きさだ。

2015-09-09 西明寺、三重塔

[][][]西明寺、三重塔 21:08

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本堂の右手(南)に三重塔が建っている。鎌倉時代後期、飛騨の匠が建立した桧皮葺和様の、釘を使わない総檜の建物で、国宝に指定されている。総高は23.7m、逓減率が小さいことと、二重目・三重目の塔身の立ちが低いことが特徴とされる。一般に銅製が多い相輪は鉄製である。

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初層内部には木造大日如来像を安置し、心柱は初層天井裏から立つ。初層内部は須弥壇と床面を除く全面に極彩色の絵画が描かれているが、かなり剥落している。絵画の主題は、内部の4本の柱(四天柱)には両界曼荼羅のうち金剛界曼荼羅成身会(じょうじんね)の三十二菩薩を表し、四方の扉脇の壁面には計8面に法華経曼荼羅図を表している。このほか扉には八方天、須弥壇周りの長押には宝相華、牡丹、鳳凰などが描かれている。これら三重塔初層荘厳画は、大和絵の一派・巨勢派の絵師によって描かれた、現存する鎌倉時代の仏教絵画としては国内唯一とされ、国の重文に指定されている。

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塔内は通常公開されていないので、初層内部のパンフの切り抜きを載せる。

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本堂のすぐ右脇には小さな池があり、その手前で緑色が鮮やかなトノサマガエル(Pelophylax nigromaculatus)を見つけた。日本のカエルの中では代表株であるが、本州では関東地方から仙台平野を除く地域及び四国、九州の、主に水田近くに生息する。貪欲な肉食性で知られる。動作も非常に敏捷で、跳躍力も大きく道具なしでの捕獲は困難である。環境省のレッドリストでは、「準絶滅危惧種」に指定されている。

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子供の頃には東京近郊でもたくさん見かけていたと思っていたが、その後、関東地方でトノサマガエルと思われていたカエルは、別種のトウキョウダルマガエル(P. porosus porosus)とされた。ほとんど見分けがつかないが、腹部を見るとトノサマガエルはほとんど白であるが、ナゴヤダルマガエルでは網目状の斑紋が入り、トウキョウダルマガエルでは不明瞭だが斑紋が入るという。また、背面の背中線脇の黒い小隆条が、トノサマガエルでは明瞭に発達している。雄は背面が茶褐色から黄緑色をしていて、繁殖期には黄金色になる。背中の中央には1本の緑色や黄色の縦縞を持つ。

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雌は背面が灰暗色で、背中線は太くて白いので、このカエルも雄と思われる。雄雌とも背面に黒い斑紋があり、斑紋同士が繋がっていることが多い。

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カエルがいた小さな池と三重塔との間に小さな社が建っていたが、詳細はわからない。

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本堂から見て正面の二天門の左手(南側)に鐘楼が建っている。梵鐘は昭和43年の鋳造である。

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本堂正面には、総門からまっすぐに上がってきた石段の参道の突き当たりに建つ二天門がある。

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四天王のうち、持国天・増長天の二天が守る二天門は、桁行3間、梁間2間、入母屋造杮葺の八脚門で、応永14年(1407)の墨書から同年の建立とされ、国の重文に指定されている。二天の仏像は寄木造で二体とも像高は1.95mである。正長2年(1429)院尋という仏師により造られたもので、作者と制作年代がわかる木像として貴重なものとされる。

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二天門のすぐ右手に夫婦杉が聳え立っている。元々二本の杉が合体したもので、樹齢約1000年と推定され、千年杉とも呼ばれる。

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二天門から参道を下ってくると、参道脇に十一面観音像があり、更に下ると伝教大師像があり、駐車場もすぐである。

2014-09-10 ツチガエルとヌマガエル

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8月末に恒例の読書会合宿で、房総の岩井海岸に出かけた。千葉県は関東一の早場米の産地で、早くも稲刈りが始まっていて、田んぼの周りには小さなカエルがたくさん飛び跳ねていた。中央彼方に見える奥の双耳峰が、南総里見八犬伝の舞台となった伏姫籠穴がある富山である。

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そんな道端でヤマカガシを見つけた。子供の頃、飼っていたことがあるが、その頃は無毒とされていた。だが、ヤマカガシが毒蛇であることはあまり知られていない。しかも、日本三大毒蛇(マムシ・ハブ・ヤマカガシ)の毒性では第一位である。ヤマカガシの毒性は、マムシの3倍、ハブの10倍の強さである。ハブやマムシと違って前歯に鋭い毒牙がなく、口腔の後方に毒牙を有するおとなしい蛇なので、手で触ったり踏みつけたりしない限り噛まれることは余りないといわれるが、噛まれると死に至ることもあるので注意が必要である。カエルが主食のため、里山の渓流近くや水田、畑、河川林などに多く生息している。全長は70~150cmとされ、この個体は約80cmであった。

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ヤマカガシを見かけた近くの道端で、カエルをいくつか捕まえた。帰宅してからバケツに入れて写真を撮った。左側がアカガエル属のツチガエル(Rana rugosa)である。背中にシワが多く見た目は可愛くない。約3cmの大きさなので、生まれて2年目のカエルであろう。右がアマガエル属のニホンアマガエル(Hyla japonica)である。約25mmの大きさなので、成体なら雄であろう。

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こちらの小さなカエルは、大きさが15mmほどなので、今年生まれたツチガエルであろう。

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こちらの小さなカエルも今年生まれたカエルと思われるが、背中線があるのでヌマガエル属のヌマガエル(Fejervarya kawamurai)と思われる。どのカエルも、関東地方ではよく見かけるカエルである。

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一昨年の秋にカエル池に放したニホンアカガエルは、去年の夏に一度見かけた以後、全く姿を見ないままである。5cm程に育っていたが、どこか隙間から逃げ出したのか、あるいはカラスにでも喰われてしまったと思われる。今回はどれもありきたりのカエルで、アカガエルに比べると見劣りがするけれども、ようやく数匹放すことができて、カエル池もいっとき賑わっている。ただし、左上のイソギクの葉にしがみついているアマガエルは、水にこだわらないので居着くのは難しいだろう。翌朝にはカエル池の垣根の上の方によじ上っていたのを見かけたが、それ以後は姿を見ていない。

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ツチガエルやヌマガエルは、水辺が大好きなので居着いてくれるかもしれないが、翌日からは、大き目のツチガエル以外、ほとんど姿を見せていない。エサになるアリやダンゴムシは、かなり増えてカエル池の周りを歩き回っているし、ワラジムシもいくらかは増えていると思うのだが。