2010-07-03
■荒さにもまれ、鍛えられる
現代は、できるだけ競争を避け、平凡に生きることがよいという風潮が高い。これは、私にもそう思う節は強いが、それでもやはりある程度の競争に入り込んで、もまれてたくましく強くなっていかなくちゃいけない、と思うこの頃だ。
今回の旅行はダイビングが目的。私にとっては、いろんな意味でリセットをしに行く旅。そして、普段あまり競争していない自分が、人ではないけれど自然の厳しさを体感したいと思うから、無性に行きたくなるのかもしれない。ダイビングは、決して楽なスポーツではない。重たい機材を背負い、海の中で波にもまれ、その中で必至に泳いで、目的に到達するといった感じだ。周りには、多くの生き物がうごめいていて、それらがひっそり見え隠れしている。行くまでは大変なのだけど、一生懸命いった先にそれらを見つけるたび、心から喜びが沸いてくる。
海では、自分を飾るための服もアクセサリーも化粧も何もない。潜ることを重ねるうちに、ごちゃごちゃした考えもすべて吹き飛び、素の自分だけが残る。ただ、必至に泳いで見つける。その繰り返しだ。疲れはてて戻る。ごはんを食べて、後はひたすら疲れをとるために寝るのみ。パソコンを持ってきても、ここはインターネットにアクセスするには、ちょっと歩いたところで借りてつなぐしかない。パソコンに触ることもないので、潜って、食べて、寝る。シンプルに、ただ生きるための繰り返し。そして、ボートに乗っている間に、みんなで話をする。日本から離れたこんなぽつんとしたところで、いろんな仕事、いろんな考えを持った人たちが集まっている。不思議と意気投合する。みんなでごはんを食べに行って、さらに話は盛り上がる。行きは皆他人だったのに、帰りは皆友達だ。こういう不思議な結束力も、醍醐味の一つだ。
いろんなものが洗い流されると、戻って自分がやりたいことも自然と見えてくる。そして元気が湧いてくる。今回は、これで最後にしようと思っていたけれど、そんなことはない。また行きたいと望めば、いつか行けるときがやってくる。そのときを待ち望みながら、戻ってから自分でやるべきことをやっていこう。
2010-06-28
■[ことば]「のんびり生きたい」の背景
ある日、室長から「もっと欲を出さなきゃだめだ」と言われて、どきっとした。・・・あまり欲のない自分。他人から言われたことに対してはきちんとやろうと思うのに、自分の中で成長するための目標に対して極めて意欲的ではない。むしろ、競争を避けたり、目標に対して逆行するかのように立ち止まってしまう。このジレンマを抱えつつ、でも前に進むためにはどうしたらよいだろう。旅に出る飛行機の中で、新聞を読んでいたら、そんな自分の気持ちにぴたりと当たる記事が載っていた。2010年6月28日金曜の日本経済新聞の教育欄に、日本青少年研究所理事長の千石保氏は、このように記述していた。
豊かな時代に育った若者には、昔のような勇気や冒険や知恵は、もう必要がない。新たな目標になったのは「のんびり」である。それは、他人の親切を必須としない時代ともいえる。
他人の親切や、互いに助け合う必要のない希薄な時代は、必然的に子供たちの人間関係を希薄化させる。人と人の助け合いは、おせっかいになる。こうして一歩距離を置いた希薄な人間関係が、互いに傷つかない最善の他者関係となっていった。大人が徳育教育をいくら叫んでも、それは昔の時代の話。今の子供たちは全く切実さを感じられず、説得力に欠ける。
とはいっても、現代社会でも、人は一人では生きていけないことに変わりはない。根底から「人」とは何か、「社会」とは何かを沈思すべきときに来ている。
逆にいえば、競争が生まれる中には、自然と人と人とが協力して結束力を高めなければ生きていけないということになる。第二次世界大戦後、敗戦した日本が急激に成長したことも、負けたことから立ち上がる助け合いや結束力が原動力だったのかもしれない。また、今回のワールドカップ日本代表に「結束力の強さ」というキーワードがよく報道で上がっていたのも、競争の中で自然と鍛えられた強さなのだともいえる。
豊かで恵まれている現代であっても、やはり苦労は必要なのではないか。あえて、面倒なことや苦労を避けて通ろうとする人が多い(私も多分にもれずその一人だ)が、それは「停滞」を意味することになる。目の前に与えられた試練を乗り越えて、はじめて達成感や成長を感じさせるのではないだろうか。
2010-06-24
■[ことば]運命は交渉可能な相手である
今日、渋滞する高速の上で、FMを聞いていたときにふと流れた言葉。鏡リュウジさんという占星術の先生が出ていて、この言葉を言った。彼の師匠(マギー・ハイド氏)の言葉だという。
もとは、質問に「結婚したい相手がいて占ったらよくないと言われた。」「仕事を変えたり環境を変えたりしてはいけない、という占いが出ているのに、今年は仕事をやめて、家を越さなくてはならない。」「スランプに陥っていて、周りの人とのコミュニケーションがとりにくくなったり、上司に怒られることが多くなっているのだが、なんとか抜け出せないか」などの悩みが寄せられていた。
これらに共通するのは、「この避けられない状況、なんとかなりませんか?」ということなのだと思われる。それらの問いに答えたのが、この言葉だったのだろう。他の占いでは凶と出たが、占星術では転機のときだと出ている。もしくは、スランプは年代的にそのような問題にぶつかる時期であり、その人の年代から考えるとその問題からぬけかかっている。もうすぐ慣れる、もしくは抜け出せる。
つまり、運命には様々な要素が組み合わさっており、本人の意志や倫理的配慮、周りにいる人などの環境で変化する。だから、これらの要因に対して働きかけ(交渉)は可能で、それによって運命も動く可能性がある。
ということを考えると、人生は面白いなぁと感じずにはいられない。占いも、神頼み的に見えて、実は人以外の何か中間体になるようなものを間に置くことで、周りの状況を見ながら客観的に判断するのではないか、と思ったりした。星やお告げという他の媒体を使って伝えるならば、メッセンジャー(伝える人)の影響を小さくながら聞くことが可能かもしれない。
2010-01-03
■意味を見い出す
このところ、よくつきつけられることは、物事に対する「意味」だ。なぜ、このことをしなければならないのか、という現在に対する意味づけであることもあれば、自分の生きる意義を見出すために過去を振り返ってみたり、将来を見据えて意味を見出すために現在何をすべきかと考えたり。そんなもやもやの中に、いくつかのヒントがあると思い、書いておこうと思う。
1.リーマン予想に挑んだ人たちから見えた、生きる「意味」
数学とは、哲学に近いといわれるが、とある番組を見てたしかにそうかもと思った。なぜなら、数学者は一見無秩序で意味のないと思われる数字の中に、特別な意味や調和を見出そうとするからだ。その美しい規則性を見出したとき、宇宙にもつながる永遠の真理を見出す。そのために、ありとあらゆる知恵を振り絞り、中には精神に異常をきたしてしまう人も出てしまうくらいに、深く探求していく。それは、気の遠くなるような作業ともいえる。
- NHKスペシャル 魔性の難問〜リーマン予想・天才たちの戦い〜
- http://www.nhk.or.jp/special/onair/091115.html
実家で、山になった書類を整理していたときのこと。大学の恩師だった倫理学の先生からの手紙を見つけた。その先生が、大学で講演をしたときのテーマが「生きる意味」だった。概要としては、こんなことが書いてあった。
<いのち>は見えない多面体です。夢中で生きて来たわたしは、必死で働いていたとはいえ、「わたしの人生」を生きてきたのでしょうか。遠ざかる歳月の中、通り過ぎた時間を活性化する方法はあるのでしょうか。・・・
自分の過去を振り返ることで、生きてきた意味を見出すことができるかもしれない。また、本や映画を通じて、様々な生き方を疑似体験することで、人間とは何か、生きる意味とは何かを見出すことができるのかもしれない。現在、こうやってブログにとりとめない考えを書き残すことでも。本がまた読みたくなって、注文した。本を来るのをじっくり待とう。楽しみだ。
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作家の小川洋子さんと心理学者の河合隼雄さんの対談が、本になってまとめられている。小川さんが、雑誌のインタビューで、このように話していた。
答えの出ない問題に直面したときに、人はそれを物語化して受け入れるのだそうだ。たとえ失恋しても、なぜ失恋したかは現実に起こった出来事では解決しない。そこで、私にふさわしい人は別のところにいるんだと思うことで失恋を乗り越える。そうやって、無意識に自分に受け入れやすい形にフィクション化し、思い出にしていくことが、生きることなんだ、と臨床心理学者の河合隼雄先生はおっしゃっている。そういう働きを、本当につらいときに自覚的にすることができれば少しは救われますよ、と。
実際に表現しにくいものがいかに多いことか。様々な出来事を、自分の中で形あるものに作り上げていくことで、生きる「意味」を見出す。それは、文章で表現するだけではなく、造形であったり、事業であったり、目に見える形で表現されるものだろう。そして、それらの意味を周りの人たちに理解していただけるよう、人生の中で何度となく繰り返していく。
よく、「将来にある自分のイメージをより明確にしておけば、将来そのとおりになる」という言い方をする人もいるけれど、ある意味そうかもしれない。また、現在の自分にぶれがあると感じるのであれば、過去を振り返って形にしていけば、今後歩むべき方向が自然と決められるのかも。
- 作者: 小川洋子,河合隼雄
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2010-01-01
■表現を変えても意味は同じ
デンマークでは、寝食ができる小屋付き菜園「コロニーヘーブ」が一般的で、平日は都会・週末は郊外で過ごす生活を、昨日テレビの番組で紹介したそうだ。これを見て、以前紹介されていたドイツ式の住居付き菜園「クラインガルテン」を思い出した。それに、日本では「半農半X」なんて言葉が流行ったこともある。
Yahoo!の検索キーワードでのヒット数は、クラインガルテンで561000件、半農半Xで525000件、昨日紹介されたばかりのコロニーヘーブは2220件とだいぶ少なくなる。しかし、これらに共通するのは、休日や余暇に畑仕事を楽しみながら、平日の仕事も励むことのようだ。都会と田舎の二つの相反するように見える生活が、実は倍以上の相乗効果を生み出す。心身共に豊かな生活となる。浮いては沈みを繰り返すように言葉や表現を変えて紹介されているが、根底にあるメッセージは同じように思えてならない。
「週末は僕らの庭へ〜イェンスのデンマーク式菜園生活」
12/31 教育テレビ・午後6:55-(再放送1/30・午後2時-)
http://www.nhk.or.jp/engei/engei/jens/index.html
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2009012629SC000/index.html)








m(_ _)mペコッ
お元気そうで、何よりです。
500m南に海があるのに、10年ぐらい海を見ていません。
下水処理場が整備されて、水質が良くなったのか、子供の頃以来、町中まで見なかった、小さなカニを見る時があります。
海岸は、小高い絶壁で、アカウミガメが産卵に、来るらしいです。
もう、無くなったと思っていたのが、環境が整えば、また戻って来る逞しさ。
自然と生きると、色々な解釈を含めて、奥深い物を感じます。
mickeyさんのように、ダイビングを通じて、感動を感じて、続けている方がいるのか、職場の最寄駅のダイビング・ショップには、深夜までお客さんが居ます。