Hatena::ブログ(Diary)

BASC理事長 原耕造のブログ

2014-10-29

タテ社会ヨコ社会

14:50

1967年に出版された中根千枝の著書『タテ社会の人間関係』を読んだ時には私はまだ18歳の学生であった。文化人類学という言葉とともに何となく分かったような気になっていたが、50年以上経過した今、初めて理解できたことがある。それは日本人が西欧近代社会以上のタテ社会になってしまったということだ。私のタテヨコの言葉遣いは中根さんとは異なるが、国民の課題解決方法が戦前までの日本社会から大きく変化したというのが私の認識なのだ。最近では「近代の超克」という言葉が使われているが、現代の日本人は西欧人以上に個人主義が発達してしまい、そのことを現代日本人が認識をしていないところに危機が存在するという考え方なのだ。

現代日本の抱える様々な課題、人口減少と年金負担、原発再稼働と自然エネルギー、デフレ脱却と経済成長、集団的自衛権と尖閣竹島、介護と福祉、防犯と防災等、これらは総て政治的課題であり国民は国の政策と予算抜きには解決できないと思っている。国民は国の政策に対する選択はデモや反対運動等の要請行動と政党の公約に対する選挙しか方法が無いと思っている。国民は納税の対価として行政による公共サービスを受ける権利があると思っていたが、その予算は充分ではなく、消費税率のアップ受け入れも致し方ないと思っている。

しかし本当にそうだろうか。これは現代の日本人がタテ型社会の構造にドップリ浸かり、解決方法を見失ってしまったからではないだろうか。これがタテ社会とヨコ社会の私の問題意識である。

そこでもう一度、西欧哲学の歴史を勉強している時に、ハイデッガーの実存主義と和辻哲郎の実存主義の違いを書いた文章に出会った。ハイデッガーは「時間」に着目した実存主義者であるが、和辻は「時間」だけでなく「空間」も重視する実存主義者であった。つまりハイデッガーは「人間とは何か」の問いに対し、人間を「その人だけの生涯という時間」で意義付けようとし、きわめて個人主義的な思想家であった。和辻はそれに対し、社会という「個人を包む空間」を視野に入れ、人間が持つ「個人」と「社会の一員」という二面性を見出した。そして「存在」という言葉そのものが、そうした人間の二面性を示しているということを「風土」という著書で言っている。「存」という語は「何かがあることを人が自覚する」という意味であり、そこには時間の意味が含まれている。「在」という語は「どこかの場所にある」という意味であり、そこは「社会のどこか」であり、「人間が社会と関係している、同じ社会に暮らす他人とつながりを持ちながら生きている」ということを示している。

和辻にとって人間の自律とは、周囲に流されない「自分は自分だ」というしっかりした自覚を持ち、そのうえで、「自分だけにこだわる気持ちは捨てて社会の一員としての自分を作る」ということだった。将にタテ社会を象徴する典型的個人主義とヨコ社会を象徴する日本型ムラ社会意識があって初めて、日本人が存在するのだ。日本の伝統文化に美を見出す和辻は「天皇を頂点としてまとまる日本社会」が「在」であり、「天皇崇拝国家」の信奉者というレッテルを戦後にはられた。しかし、それは占領政策としての国家神道の否定の影響を受けただけで、戦前までの日本社会の特質と西欧哲学との違いを明確にしている。戦後の日本人はハイデッガーの背景にある西欧型個人主義に基づく実存主義に染まってしまい、戦前の日本人が持っていた「社会の一員としての人間」である「在」という語を忘れてしまった。

この「在」という語は「神」の問題と直結しており、西欧哲学の基本は「絶対神」が自然を創造したので「在」の前提が日本人と異なる。古事記にもイザナギとイザナミという国生みの神はいるが「絶対神」では無い。和辻の風土ではないが、日本人の「在」は「豊葦原瑞穂国」であり、昭和の40年代後半までは米は増産され、豊作を日本人全体が喜んでいた。しかし減反政策以降は、豊作を喜ぶ日本人が減少し、豊葦原瑞穂国という言葉も聞かれなくなってしまった。それは「新嘗祭」という神事の日が「勤労感謝の日」という訳の分からない祝日になってしまい、そのことを学校でも教えない。その結果、2000年以上かけて営々と築き上げてきた日本の水田は耕作放棄地となり、TPPによって更に耕作放棄地が加速されようとしている。それは豊葦原瑞穂国の国土が消滅してゆくことを意味していることを現在の日本人は意識していない。和辻が言う「存在」という日本人の原点から「在」という国土がなくなり、「存」という自分だけの生涯のなかで考える西欧型個人主義に日本人が転換してしまったことを意味している。西欧では個人主義に基づく思想は継続しているものの、社会政策としては「在」に注目した地域環境政策に大きく転換している。しかし現代の日本人はそのことに気づいていない。

現代日本社会が抱える様々な課題はタテ社会の政治では解決できない。もう一度、「在」に対する意識を新たにし、地域から社会を変える取り組みに転換してゆかないと、豊葦原瑞穂の国はいずれ消滅の危機をむかえるであろう。

2014-07-03

協同組合間提携

17:06

協同組合間提携事業という農協と生協の協同事業を長年やってきたが、協同組合という組織だから同じだと思うと大きな間違いである。農協は地縁による相互扶助の組織であるが、生協は地縁ではなく「食」という縁による相互扶助の組織である。生協は地縁組織ではないので「協同組合間提携」といっても、提携相手の地域問題にまでなかなか踏み込めない。それは生協の日常的活動が「食の安全」をテーマに集まった消費者運動であり、地域の生活者ではないからだ。生活協同組合という名前がついているが、地域の暮らし全般にわたる相互扶助運動ではない。だから協同組合間提携といっても商品経済という枠内での提携であり、農村部の地域問題にまで踏み込むことができない。

これまで産直提携米の交渉のなかで、生産原価補償方式といっても農家の暮らしを補償するかのような錯覚をした時期があった。特に食管法の時代には、生協との産直運動が日本の米の未来を切り開くように農家は思っていた。しかし米価が下がれば生協の提携加算金は同様に下がり、そこには提携農家との運命共同体という意識はない。市場相場と異なる米価設定をすれば、生協組合員は提携米を見向きもしなくなる。産地と提携してもそこには協同組合運動としての相互扶助精神は無く、福島原発の有機野菜農家が自殺した原因もここにある。

農業政策としてもその視点が欠落しており、地域政策としての農地水環境保全政策のなかで、畦や用水の補修活動に提携生協組合員が参加する図式があったが、私はこの構図が実現出来ている地域を知らない。

私の活動である田んぼの生きもの調査も、当初は産直提携の新しい側面を開発することを理想に掲げてスタートした。つまり商品経済の土俵での提携ではなく、地域環境という土俵での共通認識に基づく活動を目指していた。田んぼの生きものに対する共通の眼差しを通じて、田んぼの価値をお米の安全性や美味しさだけでなく、国土として持続する協同運動の展開を夢見ていた。残念ながら10年以上経過したがまだまだ道は遠い。

最近、その原因を考えているがどうも「地縁」にあるのでは無いかと思っている。つまり地域に根ざした暮らし方をしていない人に、提携相手の地域問題を持ち込んでも理解できない。私は自治会を含めた地域活動を20年以上しているが、地縁の活動は金銭的価値観ではなく生きる価値観がぶつかり合い、好き嫌い、気が合うか合わないかの世界だと思っている。いくら嫌いでも引っ越さない限り地域からは逃げられないし、そこの妥協点を探すのが地域活動なのだ。

TPP反対運動で農家と消費者があたかも提携しているようであるが、生協は食品の安全が優先であり、日本の農地と農家を守るという協同組合間地域提携活動には踏み込めない。更に、農協もこのことに気がついていない。

2014-06-27

協同組合と給料

17:07

私は全農在職中から異端児と言われ続けた。何故、異端児なのかというと普通の人が考えつかないようなことを企画して実践するからだと思う。

所沢のダイオキシン農家の事件を見て、農家の無実を証明する方法を研究するうちにトレーサビリティという仕組みの開発に至り、BSEで牛肉市場価格が低迷から脱却出来ないのを見て、個体識別情報と個体検査情報をドッキングしてスーパー店舗で情報検索が出来る仕組みの開発に至り、遺伝子組換食品の安全性に疑問を持つ消費者と農家がいるのを見て、遺伝子組換をしていない飼料を輸入する仕組みの開発に至り、産直農家が交流会で産直疲労を起こしているのを見て、生きもの調査という新しい産直の会話の仕組みの開発に至り、これらの開発の過程では総てに渡って私は周囲から変人扱いをされてきた。

何故、私は変人なのか。それは私の企画が殆ど全農の収益に貢献しないとか、農水省等の行政の意向に逆行するとかの理由であった。それは全農の職員だけでなく、農家でもそのように言う人間が多かった。普通の人間であれば、そこまで馬鹿にされれば企画そのものをやめてしまうのが普通である。しかし私は何故、馬鹿にされても続けたのか。その理由は「協同組合精神にあった。

協同組合精神とは「一人は万民のために、万民は一人のために」というライファイゼンの言葉だとか、ロッジデールの原則にあるように「相互扶助」の精神と一般的に言われている。私の協同組合精神はそれとは異なり「誰から給料をもらっているか」という認識から出発している。

私は若かりし頃、新潟の県担当をしていて経済連の機械部長から質問をされた。その部長は戦争で爆弾の破片が足に残っており、筋を通さないと会話をしてくれない人物であった。「原くんは誰から給料をもらっていると思う」私はじっくり考えてから「全農です」と答えたら部長からゲンコツが飛んできた。「原くんは協同組合に務めていることの意味を理解していない。君の給料を出しているのは農家組合員なのだ。農家組合員がNOと言った瞬間に君の職場は無くなるのだ。全農とはそのような職場なのだ。良く覚えておけ」

私は家に帰って妻に「全農は親方日の丸ではないのだ」と話した。そしてその時が来たら2人でラーメンの屋台をひくことを確認した。今はそんなことを妻は忘れ、多分一人で屋台をひくことを強要するであろう。

私の仕事哲学はそこから来ているので、周囲の人間がなんと言おうと、農家組合員にとって必要なことは徹底的に追求するのが全農での私の仕事だと思っている。しかし全農を始め殆どの全国連の農協職員にそのような考えは無い。全農という組織を維持するために経営を総てに優先し、農家組合員はその次にくるのが全国連農協職員の実態なのだ。

2014-06-26

協同組合と下町

16:42

私は全農に入って初めて協同組合という概念を知った。私は農学系ではないので農業経済学や協同組合論などという単位は無かった。

入った当初、宮城県の農協の婦人部の会議に出席した時のことを覚えている。私は東京出身なので何かの拍子に「東京者には協同組合の助け合い精神は分からないべ」と言われてカチンときた。私は協同組合精神は分からないが、助け合いとは何かを知っている。何故ならば、私の生まれ育ったところは東京でも下町で、助け合いを普通にしているところだったからだ。味噌や醤油の貸し借りはもちろんのこと、小学校の友達の住んでいる範囲は殆どが家業をしている。所謂、畳屋、額縁屋、桶屋、とんかつ屋、中華料理屋、お菓子屋、印刷屋、大工、旅館、ホテル、洗濯屋、本屋、メダル屋、自転車屋、はんこ屋、数え上げたらきりが無い。サラリーマン家庭は殆ど無く、クラスの入れ替わりは年間1人あるかないかである。だから殆どの家庭は知っているし、向こうの親は私が誰の子供であるか知っている。近所で悪いことをすれば親爺に殴られるのは当然であり、銭湯に行けば必ず知っている人に会い、背中を流すのは当たり前の世界。銭湯には近所に住んでいる落語家がきて、何か分からないが唸っていた。

近所の有名人といえばシクラメンの香りを作曲した小椋佳がおり、私は彼の弟2人といつも遊んでいた。家は中華料理屋であり、お姉さんは三味線をひいており、私はそのお姉さんから「お富さん」という歌を教わり「粋な黒塀、見越しの松よ」と意味もわからず歌っていた。当然、親からは叱られ、暫く出入り禁止になった。そんなところで育ったので助け合いは日常的であり、その話を会議で開き直ってしたところ婦人部の農家全員が納得し、それ以降、親しくお付き合いをさせて頂いた。

東京の下町は山の手と違って人の出入りが殆ど無く、家の鍵はかけないのが普通であった。だからムラと感覚は同じであり、不審者は直ぐに分かってしまう。ムラと同様に町内会の共同作業はあるし、普段、子供の面倒をみれる親がいないので町内会の行事が多い。海水浴、芋掘り、ザリガニ釣り、お絵かき大会、書道大会、ハエ取り大会、餅つき大会、それこそ数え上げたらきりが無い。大人のなかで手の空いた人間が、それぞれの行事の面倒を順番みるのである。私の住んでいたところは東京のムラであり、助け合いの協同組合精神は生まれながらに持っていた。この部分が身体で分からないと協同組合の本質がなかなか理解できない。協同組合もいろいろあるが地縁をベースにした農業協同組合は、ムラの協同作業「結」に端を発している。結とは将にムラの暮らしそのものであり、東京の山の手には殆ど残っていない。このことを理解して農協論を語らないと間違った方向に議論が展開してしまう。

2014-06-25

国民の自立

16:23

集団的自衛権の議論が進められている。国民の命に関わる重大な問題にも関わらず、内閣という非常に狭いなかで議論が進められている。国民が送り出した議会での議論ではなく、議員が所属する政党の与党という一部で議論され、更にその与党の一部である内閣という限定された中で議論されている。

議論のなかでは「国民の命を守るために集団的自衛権が必要だ」と言われているが、私達の命は内閣のメンバーに託しているのではない。内閣のメンバーや与党や国会議員に託しているのでも無い。私達の国民の命と健康と財産を守ることは国民の権利であり、それを「主権在民」といっている。これでは「主権在内閣」である。問題の本質は、中国や北朝鮮の脅威から国民を守る集団的自衛権のケーススタディには無い。憲法という最高法規によって国民の命と健康と財産が守られているにも関わらず、その憲法という本質の土俵で議論せずに、解釈という姑息な手段で変更しようとしている。今はケーススタディの議論ではない。本当に危険が迫っており、対処方法が必要ならば、その状況を国民に説明をし、憲法改正の議論をするのが真っ当な民主主義ではないだろうか。そうでなければ今回の改正の責任は誰が負うのか。国民投票で現在の国民が憲法改正の決断をして、その結果、戦争に巻き込まれてもその責任は投票した国民が負う。それが民主主義の基本だったはずだ。

このまま憲法解釈論で集団的自衛権が認められ、それに伴う法律改正がなされ、海外で自衛隊が戦い、日本にミサイルが飛んできて、テロリストに原発が襲われても自分たちが判断したのであれば納得ができる。それが「自己責任」ではないだろうか。日本は何時から自己責任をとれない社会になってしまったのか。様々な調査で殆どの国民が今回の件で不安を感じている。何故、不安を感じるのか。それは様々な情報提供に基づき、様々な議論が展開され、その行動のなかで国民一人ひとりが決断できる状況になっていないことが原因。自分で決断をして将来に責任を持てば、もしその決断が間違っていたとしても納得はできる。他人様に自分の重大な決断を任せた覚えはない。

私達は選挙という社会の仕組みのなかで国会議員を選んだが、これは国民に代わって議論をしてもらう代議制という仕組みであり、その仕組は憲法という枠内で行われている。それは憲法が国民の命と健康と財産を守る最高法規に位置づけられているからだ。その最高法規に抵触する事項について、一部の国会議員という代議制に則っただけの人間が決めることは出来ない。

そのような違憲の状況に対して、憲法を守る機関である最高裁判所が異議を唱えなければならない。更に、最高裁判所が内閣と国会に対して国民投票を義務付けるという仕組みが三権分立ではないのか。