ものがたり百科

 

2017-12-24

[]子連れのタイムライン

 結婚して子どもがいて、となると、独身だったり大人だけの家庭の友だちが、なんとなく声をかけづらくなったりする。新婚ならば家庭生活優先だろうし、昨今は子育てが大変だとよく言うし。自分も後者だったときはそうだったから、その感じはすごくわかる。

 一方で、友だちにはやっぱり会いたいわけで、「子どもとの生活ってこんな感じだよ」とわかってたら、声をかけあいやすくなるのかも、と思ったりもする。というわけで、未体験の方向けに、「子どものいる生活の時間の使い方をどう説明するか」を考えてみた。

子づれのタイムライン

前提:子ども=手のかかる乳幼児期〜小学校卒業程度までを想定しています

(そのうち、体験したのは2歳まで、それ以降は観察)

専業主婦もしくは自宅でパート、家事育児を行う人です

都市生活者、非自営業者、核家族を想定しています

◉1 とにかく朝型、朝が命

 子どもはとにかく早起きです。日の出と共に目覚めることざら。そして夜は自分も「寝かしつけ」という作業のため、子どもと一緒に一旦寝たふり(や授乳等)行う都合上、寝てしまう可能性も高い。そのため、まとまった自分の時間がとれるのも、家事をまとめて片付けるのも、朝に行なっている方が比較的多い印象です。なので、夜のお誘いは行きたくても、、、ということは結構あります

◉2 自由時間は掛け値無し

 大人だけのお出かけや、ひとり時間をもつ場合は、当然その間子どもを預けておく段取りが必要です。それも何重にも防御策が必要です。家族・親・ご近所など友人・行政の託児サービス・学童や一時保育・ベビーシッターなどなど様々な策を打診して、必要に応じて予約の手配やお土産準備、連絡などの段取りをこなして、やっと出られる! という方が多数だと思います。たとえ親御さんと同居であっても、何かしらそのぶん労いをするとか、時間を少し調整するとか、細く長く預けられるような段取りを組んでいます。

 これは、もちろん親のためでもあるし、子どものためでもあります。一人一人の子どもにも相性や耐性があるので、その時々の子どもの心身の安定具合をみて、外出の頻度を調整する必要がある。あんまりいないばっかりだと結構わかりやすく荒れたりするし、子どものために犠牲になってる親をみることほど、子どもに辛い体験もありません。そして、そこまで準備しても、当日子どもに熱が出たら即自宅待機です。

 それだけの準備をするのですから、自由時間の貴重さも味わいも、それまでとは比較にならないほど重いです。

◉3 近所&当日は意外と融通がきく

 これも実感したこと。四六時中子どもは目が離せない、とはいえ、大人との会話がほしい子連れ親たち同士、偶然会うと意外と話に花が咲き。というのも、子どもが安定して遊んでる間は結構こちらものんびりできるし、意外ともてあます時間もあるのです。とはいえ、そのタイミングがいつくるか・どうくるかは子ども次第。なので、勢い、「近所」の有利さは圧倒的です。もし会いたいなって人がいて、その人が子どもがいる場合、近くまで行ってあげるとすごく感謝されるかもしれません!

◉4 「出やすい場所」はしょっちゅう変わる

 赤ちゃんの時は、わたしの用事にかなり娘を付き合わせてました。しょっちゅういろんなところに出入りしていたし、自分では動けない彼女にとっても、色々なものを背中で体験できるのは楽しかったんじゃないかな?と思います。変化が起きたのは1歳ごろ。自分で歩き、周囲を探索できるようになると、彼女自身にも「自分のペースで時間をつかう」ニーズがぐいっと増して、「これは合わせてあげないと」と思ったことを強烈に覚えています。産むまでは想像もしませんでしたが、赤ちゃん連れで素敵なカフェは余裕です。しかし、2歳とは挑戦です(お互いに不自由すぎて)。なので、会いたい人に子どもがいる場合、どういう場所がいいかは、相手とその子どものそのときの状況を直前に確かめて設定するのがおすすめです。

 もしかしたら(わたしもそうだったけど)「たまには、自分の知らない・でも素敵なところにいってみたい!」という可能性もありますから!

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 書いてて思ったのが、「子連れ」について考えることはすべてのマイノリティにつながることかなと。たとえば、高齢者、障害や病気がある方、移民、介護者、など。個人的にはでも、自分と異なる体験をしている人とつながる貴重さを日々感じているので、あまり遠慮せずどんどん声をかけあうのがいいと思います! そしてお互い「いまはこれがベスト、あなたどう?」とたずねあえる関係をもちたいと思います。関係は育てるものですから。

2017-12-13

[]「体調管理は仕事のうち」?

 知人にお仕事をお願いしたのだけれど、お互いに子どもがいるので、直前になって体調が、、! ということがあった。その方の恐縮具合を見て思い出したことなど。

 社会人だったとき、いくつかの職場では「体調管理も自己責任だから、風邪をひくなんて」と白い目で見られるものだった。その度に、「言っていることはわかります、でも」と言いたいことをぐっと飲み込んで、しばらくしたら逃げてきた。

 今は、子育てベースで生活している。ほんのちょっとでも「疲れがきている」「風邪ひきそう」なもんならすぐに授業も保育園も休んじゃうし、ご近所のお母さんとの打ち合わせも、子どもの状況次第でペンディングになるし、「ごめん寝ちゃった!」ということもしょっちゅう。

 でも、そのぐらいの感じがわたしは一番心地がよいのです。

 そもそも、体力と体調の乱れやすさのポテンシャルはものすごく個人差があるのです。男子諸君には生理もないでしょう。仕事するのにふさわしい健康が維持できる時間が月に強制的に2週間しかなくて、あとはやり過ごすしかない、とか、実感としてわかるかね? 大事なときに穴開けない方がいいとか、責任があるとかわかってます。体調管理だって人並みに気にしてます。しかし、熱あるのに鞭打って会社にいって、そこでどんな新しい発想が出るというのだ? 体の方が悲鳴をあげてるのは、「今の生活を変えなさいよ」とか、「何か無理がある」からなわけで。

 「体調管理も仕事のうち」を突き詰めていくと、(会社にとって都合のいい)壮年男子正社員だけが出世できる雇用システムになる。多様な人は(自己責任で)排除するしかない。人間はロボットではないので、「完全なる仕事人間」だけを求めていった結果、子ども、障害、老年、女性、、、あらゆる多様な人々が「正規ルート」から外れていき、残った人は酷使され、ついには誰も残らなくなる。老齢病死を避けられる人間なんていないから。

 というわけで! わたしと会う人に関しては、直前にキャンセルしようがなんだろうが全然気にしません! というのと、「体調管理は仕事のうち」という言説は気に入らない! という話でした。おしまい。

2017-11-20

[]数えで3になりました

 娘が数えで3、今でいう2になりました。いつか読んだ本で、「三つ子の魂百まで、の3は、数えの3。自立心と甘えの間で本人も周囲も大変。でもこの時期、じっと受け止められることで、本来の魂を生きる手助けができる」とあった気がする。

 育児と仕事の両立、というのは多分永遠のテーマで、誰しもがその最適な解決を自分でいつか編みだすんだと思う。リソースが少なければ一つにしぼったり、豊富なら全部突っ込んで全部やりたいようにやったり、それはどう生きるかと同じだから、誰かが決めるものではない。

 ただわたしの場合は、娘の変化するからだとこころに向き合うのに、自分の中にもっているスペース、それが頭で思うより余計に必要だ。スペースは、余分な時間だったり、予定がない休日や、何も考えない隙間にあらわれる。

 仕事をしていると、どうしてもお客さん都合を優先する場面が出て来て、それが今のわたしにはとても難易度が高い。だってお家に、常にトップのクライアントがいますから。勢い、睡眠時間や家事時間を削ることになり、自分が疲弊していく。そうしてしまうと、パワーを貯めるのにまた大量の時間を必要とする。そのバランスをうまくとるのは苦手みたいだ。

 それに、人生の最初の方の数年ぐらい、何を差し置いても誰かが自分を見ていてくれる、大事にしてくれる、という経験を、できるだけさせてやりたいと思うのだ。それが無意識に積み重なってこそ、後年人を愛する力が生まれると思うから。わたしがそれを実現するには、家にぼうっといるのが必然なのだ。だから、フルタイムの勤務をやめたのは、結果的に最適だった。

 

 赤ちゃんのとき、ねんねの夢うつつのときはある意味、好きな本をちらほら、眠りながらつまみよみすることができた。でも今は、家事は遊びの一環として一緒にできるけど、そうでないと(いや、家事タイムも!)「やったよ」「みてみて」「あそんで」「一緒にやろう」が矢継ぎ早に来る。

 ちょうど金曜日、修論の話を先生としていて、楽しみになって来たところだった。実はここ書いてないあいだに体調を崩したりしたので、本来やりたかったことをそれて、小さくまとまりたい、と思ったの。でも、そうじゃないよ、ちゃんとやりたいことをやりなさい、とあと押ししてくださった。母の気持ちが入れ替わったのは当然伝わるみたいで、娘ちゃんはちょっときょうむくれていた。土日も頭越しにいっぱい、お父さんと、娘ちゃん以外の話をしちゃったからね。3人いて2人がむずかしい会話してたらさ、そりゃ入りたいよね。

 正直、大学院に通うことにしたこと自体を疑った時期もあったのです。早すぎない?今の自分の体力では無理では?一回休学してリセットする? でも、少し授業を減らしたり、家事をセーブしたり、授業も休み休みに様子をみて1ヶ月、こうしてもう一度コツコツと扉をたたかれて、「本当はどうしたい? なにが最善?」をためすような時期がくる。ぎゅっと自分に集中する時間、丁寧に家事を積み重ねる時間、家族と対話する時間、そして子どもの気持ちと向き合う時間。

 

 朝、つまみ食いがとまらない母と子で作ったチーズケーキが焼けました。深呼吸して、もう一度自分の内側に戻っていこうと思う。

2017-11-16

[]もうひとつブログを作りました

 住まいと暮らし、歴史と街について、いろいろ考えてたら少し別でまとめたくなったので、もうひとつブログをつくりました。

 千石100年の庭と家

 よかったらどうぞ。

2017-09-06

[]喪失する都市と東京

 実家にしばらく滞在して、岐阜に立ち寄って帰京した。その、あまりの暮らしぶり、世界の変化に立ちくらみを起こして、なかなかすっと「日常」に戻れないでいる。

 育った田舎は職人さんの多いこれまた岐阜の街で、その、あまり飾り気のないところも、ひっそりとした雰囲気も好きだった。室町以前から高度成長期にかけて、陶磁器のまちとして栄えたその街は、もともとが街場で、田舎といってもまちの雰囲気が漂っている。それもとても好きだった。

 わたしの実家はもうそこにはない。それはとても合理的な選択で、引っ越し先の名古屋で母父が愉快にやっているのは、本当にみていて嬉しい。一番愛したおばあちゃんの家は、火事で焼けてもうない。おばあちゃんはいま夢と現実のうつつを、母と介護施設のみなさんに見守られながら生きている。みんな時間が引き起こしたこと。それは知ってるけど。

 愛した場所がどんどんなくなる。お家だけじゃない。東京出てしばらくつとめた喫茶店も、勤めた会社もたいがいがもうない。移転してるか、建物の改築か。好きだったお店も、結構な数が閉店したか、地方に移住してしまった。久しぶりにと思うと、ああ長野にいったよとか、岐阜だよとか。空気と水の綺麗なところにいってしまっている。

 わたしがいまやろうとしていることは、研究も、暮らしもひっくるめて、この都会で小さな暮らしを実現するための計画だ。東京下町で、等身大に、「日本の田舎のおばあちゃんが普通にやっていること」を細々としながら、教えることや学ぶことに携わり続けること。木造建築を守ることしかり、家事への美意識研究しかり。でもたまに、こうしてめげそうになる。「そもそも都会でそれをやろうってのが、時代遅れなんじゃないの?」「田舎にいったら家賃は安いし、古民家だっていっぱい残ってるよ」「家のまわりで農園だってできるし、子どもともいっぱい自然の中で遊べる」

 そもそも手間暇かかる今のようなお家暮らしに比べ、現代的なマンションの実家がどれだけ楽なことか。生ゴミはひゅっと捨てられるし、家のメンテナンスもめちゃくちゃ簡単。クローゼットはいっぱいあるし、こういうのがいまの30代共働き東京子育て世代のスタンダードだろうな……今すぐは離れられないけど、それまではもうあきらめて、普通の一般的な、東京の人の暮らしをしたらいいんじゃ、と。

 一方で、思う。東京がこのまま、グローバルな大都市になり、人口は過密し、生活方式のグローバル化がすすみ、家事は時短で、となっていったとき、そこで育つ子供たちはどうやって、自然とアクセスしたらよいのかしら? 衣食住のすみずみまで自然とともにある昔の日本の暮らしを、イベントとしてでなく、普通に営んでいる家族がいる。それと触れ合うことが、日本文化や文学、美術から芸術に至るまで、身体的に理解するためには必要なんじゃ? もちろんそれはわたしじゃない誰かがやればいいことなんだけど、それがわたしがやってみたいことなんじゃなかったっけ。

 そうやって、いったん書き出してみて、今思ったこと。

 そもそもわたしは頑固だから、暮らしぶりを一気に変えることはできないだろう。気密性の高いマンションではあんまり深く眠れないし、外の環境音がないとどうにかなっちゃいそうに寂しい。ご近所さんとか、名前は知らないおじちゃんおばちゃんたちと喋れる時間がないと息が詰まっちゃう。夫もその家族も東京だから、離れるなんて考えられないし。「東京の一般的な暮らし」を実現するためにはわたし、働かないといけなくなっちゃうし、そんなんやりたくないしなあ。

 というわけで、現在に戻ってきました、ただいま。今できることをやりましょうね。オザケンも新譜(良い曲!)出しましたし。現在を生きよう。