春休み漫画/アニメ実写化祭り

というわけで『ウォッチメン』の公開に合わせて既に見ていた『DRAGONBALL EVOLUTION』と『ヤッターマン』の話を。と思ったんですが、『DRAGONBALL〜』は公開2週目にして日劇ではほとんど打ち切り状態で、3週目からはランキングから姿を消すという有様。

DRAGONBALL EVOLUTION:★★
ドラゴンボール』でも『ドラゴンボール:エボリューション』でもないんだな。それぐらい別物として察しろということか?でもどこが「進化」しているんだか?アクションの連続で物語がない。そりゃ90分の尺でおさまるわけだ。『ドラゴンボール』の話を未来のアメリカに置き換えて語りなおしているのだけど、それなら妙な地名は不徹底では?どこで起きている話なのかまるで分らない。「ナマステ」って言ってるからアメリカの外に出てるのか?ピッコロが復活した理由も手下の女(マイ)の説明も全くなく疑問符だらけ。「線」のアクションである「ドラゴンボール」の動きもまるで再現されてません。
imdbによると撮影期間は2007年の11月から2008年の3月になっています。この期間アメリカでは脚本家協会のストライキがあったわけですが、そこから考えるに、ファーストドラフトを煮詰める前にストが始まったので、後で考えようと思っていたシナリオ上の穴を埋めることができずに撮影に入ってしまったんではないでしょうか?そうなると薄っぺらなキャラクター造形や、ピッコロの復活のシークエンスの欠如、ドラゴンボール探しのアドベンチャーの面白さのなさが理解できます。別に悟空が高校生であっても悪いとは思いませんが(なにしろ原作では悟空の息子が高校に通うエピソードがあるぐらいですし)、それならそれにふさわしい首尾一貫した世界観を作れと言いたいです。
とにかく原作に対する敬意が全くなく、なおかつ単純に出来の悪い作品で、『デビルマン』のようなあまりに出来が悪すぎてネタになるというほどでもないという中途半端な作品でした。


ヤッターマン:★★★
アニメ『ヤッターマン』は自分の世代からは少しズレるのですが、再放送で見た記憶があります(ペリカンをよく覚えてる)。で、そのアニメの実写化、という点においては★★★★★の満点です。DBEのスタッフにこの作品のスタッフの爪の垢でも煎じて飲ましてやりたいぐらい。でも『ヤッターマン』の物語って基本的に繰り返しのギャグとお約束で成り立っているので、そのまま実写化しても大人が楽しめるような作品にはならないと思うのです。オリジナルをブチ壊してでも独自の世界観と主張を映像化しようとした『CASSHERN』の方が勇気があるし面白い作品だったと思う、と言ったら異端でしょうか?
物語の大切なこと(1号と2号が恋仲であるとかドクロストーンの秘密とか大切なものが消える現象の理由とか)を物語を展開する上で明かしていくのではなく、ただキャラやナレーションに説明させてしまう脚本は幼稚であると思う。というか作品そのものが幼稚。だけど、これがヤッターマンの原作のスタイルだと言われればしょうがない(それでもドロンジョと2号の恋のさや当てを描くなら、1号と2号の関係は前半でもっとしっかり描くべきだった)。『ヤッターマン』のオリジナルに忠実な実写化を見たい人にとってはこれが正しい形なんだろうけど、これを大人の大部分が喜んで見る現象は健全ではないと思う。ネタとして理解しているなら別だけど。
驚くべきは滝口順平が同じ役で30年近く変わらず同じ役で同じ声を出せてること。これだけでも感動すべきか。


ウォッチメン:★★★
んー、難しいレポートの宿題出されちゃったな、という感じが観終わった直後の素直な感想です。この作品を語るには自分のアメコミ知識が決定的に欠如しているので(原作は鑑賞後読む予定で購入済み)。ただ原作への並々ならぬ愛情は伝わりました。
今や世界の恐怖は東西衝突による核の利用というマクロ単位のものではなく、ミクロ単位のテロに移っているので、現在この物語を物語る意味があるのだろうか?という疑問が残らなくもないです。そのアンサーとして「ヒーローってヴィジランティではなく世界平和のために戦うべきなんでないかい?」というテーゼがあるんでしょうけど。
ちなみに『ウォッチメン』よりずっと後に描かれた(90年代末か?)『スーパーマン:ピース・オン・アース』というアレックス・ロス×ポール・ディニの作品があるんですが、これはスーパーマンメトロポリスを離れて世界中の飢餓を解決しようとして挫折する物語です。世界を救うのがスーパーヒーローの本来のあるべき姿という点では共通するものがあると思います。
唯一つ慄然としたのは、20年以上前に描かれた作品でありながら、この映画の結末は911直後に一瞬ではあるけれども人種を超えて手に手を取り合ったアメリカが透けて見えるということです。ということは逆説的に多大な犠牲で作られた平和は、今のアメリカのようにやがては瓦解するのではないでしょうか。