Hatena::ブログ(Diary)

東京風景:松本晴子の日記

2014-09-29 『美女と野獣』の試写会に行きました。

先日、『美女と野獣』の試写会に行ってきました。

CG技術を多用したフランス実写版映画で、フランスの映画美術の粋が楽しめる感じでした。

11日1日(土)から公開だそうです。

http://beauty-beast.gaga.ne.jp/

主演は、野獣(王子)役がヴァンサン・カッセル美女のベルがレア・セドゥ、パパはアンドレ・デュソリエ、そして王子のかつての妻役としてドイツ人のイボンヌ・カッターフェルト

ヴァンサン・カッセルは、きっと21世紀のジャン・レノ的な存在なのか、それともフランスジョージ・クルーニーみたいな感じなのかと思っていたのですが、このひとの独自性中世のお城の坊主とか野獣とかがやけに似合う顔立ち、というところでしょうか。『ジャンヌ・ダルク』のイメージも強いのでしょうね。


英仏合作映画。

クリストフ・ガンズ監督、脚本。ガンズは名門・IDHEC(旧国立高等映画学院、1988年にLa Fémisに継承)出身で、80年代には映画評論家としても活動していたようです。

ヌーヴェルヴァーグ以来のフランス映画前衛的な流れが、21世期にはいり、ガンズのような立場の監督が、ハリウッドを仮想的とするような商業映画世界のの中でどのように作品づくりを行うか、と考えると、今回の『美女と野獣』がひとつの典型的な解答を教えてくれている気もします。

フランスの映画人にとっての、自負であり、強みは、映画誕生以前から連綿と続く“芸術と文化の長い歴史”である…というのは、いまさらツマンナイ解答ではあるのですが、だけどやっぱり、自分たちの物語(美女と野獣)を自分たちの土地で再現するということは、ハリウッドの現場からは手が届きそうで、やっぱり手が届かない現実であったりします。

ハリウッドの現場をすべてフランス人で固めたとしても、製作という行為には、現地アメリカの様々な思惑が様々な段階で働き、決定づけていきますからね。


コレを見ると、フランス人が広く共有するであろう中世ゴシックのイメージが視覚的によくわかる気がしますので、ヨーロッパの美術や建築に興味がある方にはオススメです。フランス的なCG技術と美術世界の構築が、針独活映画のそれに比べるとだいぶあか抜けた感じがします。

2013-10-08 『美女と野獣』の試写会に行きました。

先日、『美女と野獣』の試写会に行ってきました。

CG技術を多用したフランス実写版映画で、フランスの映画美術の粋が楽しめる感じでした。

11日1日(土)から公開だそうです。

http://beauty-beast.gaga.ne.jp/

主演は、野獣(王子)役がヴァンサン・カッセル美女のベルがレア・セドゥ、パパはアンドレ・デュソリエ、そして王子のかつての妻役としてドイツ人のイボンヌ・カッターフェルト

ヴァンサン・カッセルは、きっと21世紀のジャン・レノ的な存在なのか、それともフランスジョージ・クルーニーみたいな感じなのかと思っていたのですが、このひとの独自性中世のお城の坊主とか野獣とかがやけに似合う顔立ち、というところでしょうか。『ジャンヌ・ダルク』のイメージも強いのでしょうね。


英仏合作映画。

クリストフ・ガンズ監督、脚本。ガンズは名門・IDHEC(旧国立高等映画学院、1988年にLa Fémisに継承)出身で、80年代には映画評論家としても活動していたようです。

ヌーヴェルヴァーグ以来のフランス映画前衛的な流れが、21世期にはいり、ガンズのような立場の監督が、ハリウッドを仮想的とするような商業映画世界のの中でどのように作品づくりを行うか、と考えると、今回の『美女と野獣』がひとつの典型的な解答を教えてくれている気もします。

フランスの映画人にとっての、自負であり、強みは、映画誕生以前から連綿と続く“芸術と文化の長い歴史”である…というのは、いまさらツマンナイ解答ではあるのですが、だけどやっぱり、自分たちの物語(美女と野獣)を自分たちの土地で再現するということは、ハリウッドの現場からは手が届きそうで、やっぱり手が届かない現実であったりします。

ハリウッドの現場をすべてフランス人で固めたとしても、製作という行為には、現地アメリカの様々な思惑が様々な段階で働き、決定づけていきますからね。


コレを見ると、フランス人が広く共有するであろう中世ゴシックのイメージが視覚的によくわかる気がしますので、ヨーロッパの美術や建築に興味がある方にはオススメです。フランス的なCG技術と美術世界の構築が、針独活映画のそれに比べるとだいぶあか抜けた感じがします。

2013-10-06 メモランダム:建築・都市・映画に関して(3)

物理的レベルで言えば、かつてはキャメラが作り手側にあり、スクリーンは観客側におかれていた。

現在も、物理的にはそれは変わらないのかもしれないけれど、たとえばYoutubeの映像のように携帯端末で撮影された映像の多くは、撮り手もまた観客であり、印象的にはキャメラがかつてあった場所に、スクリーンが置かれているようだ。

現代において、生きられた家とは、スクリーン空間化された日常の集積である。

2013-10-05 メモランダム:建築・都市・映画に関して(2)

ほんの少し前まで、映画もテレビもサイトスペシフィックなメディアであった。

かつて映画館は動画をみることが唯一可能な場であり空間であったし、テレビ番組は、室内に設置された受信機の前でみるものであった。リュミエール兄弟が19世紀末にパリのカフェに人を集めて短いフィルムを流して以来、動画は長い間サイトスペシフィックな表現であった。テレビが登場すれば、テレビ受信機は家庭の中心(ホワイエ)となり、文化の中心となった。

そんなサイトスペシフィックな映画、映画館の時代を越えて、21世紀において、動画は、私たちの生活のあらゆる場所に偏在するようになった。スマートフォンYou Tubeの映像を眺め、子供の成長を前にして何気ない動作を撮影してみたりもする。子供や若者は街に出て携帯型ゲーム端末機を持ち歩き見知らぬ相手とゲ交信する。電車の車内では電光掲示板にその日のニュース映像が流れ、高速道路上には渋滞情報が流れている。怪我をして病院にかけこめば、待合室の壁にかかった液晶画面に待ち人数が表示され刻一刻と変化している。インターネットの普及と回線の高速化、液晶画面の低廉化とノートブックやスマートフォンなどの携帯端末の普及は、動画の偏在化に拍車をかけた。

こうした液晶画面の普及は、都市のスクリーン空間化である。私たちはもはや、場所や空間にしばられることなく、どこにいても物語が見られるようになった。

2013-10-04 メモランダム:建築・都市・映画に関して

映画空間と建築空間と都市空間を越境する方法論をさぐろうと、英語圏での活動がさかんだ。そこではどんな言説がとびかっているのか。

以下はメモランダムに。

ジュリアーナ・ブルーノにならっていえば、映画は地理学的冒険であり、空間の旅である。映画と、建築と、都市の関係は、その空間的存在原理が根本的に異なる。動画における建築、都市空間はナラティブな空間であり、スクリーン上にあらわれ、すぐに消える。また、現実の建築と都市が創出するような物理的、社会的、経済的機能をもちえない。キャメラ、スクリーンを通した映画空間はあくまでイリュージョンであり、現実を忠実に描写している保証はまったくない。

それでも、私たちは映画を見るときに、自分自身のドラマを生きているかのように、スクリーン上の建築・都市空間を生きている。

2012-08-31 カミュ原作『最初の人間』の試写会

ジャンニ・アメリオ監督『最初の人間』Le premier homme, 2012

8月某日。ほぼ5年ぶりに映画の試写会に出かける。パリにいる間もご厚意で試写会の案内を東京の自宅にいただいていて、もったいない思いをしていた。お気遣いをまことにありがとうございます。

ジャンニ・アメリオ監督『最初の人間』。仏・伊・アルジェリア3国合作。2011年トロント国際映画祭を始めいくつかの映画祭でプレミア上映された後、2012年4月にイタリア公開。

まだ一般公開までは時間があるので公式サイトもパンフレットもないようですが、12月から岩波ホールで上映されるそうです。

フランスがお金を出し、イタリアが人材を提供し、アフリカが場所を提供するというある種のEU的というよりローマ帝国的世界観の縮図だ。経済的に苦しい南欧は、お金は出せないけど才能は輩出している。それはなにも映画に限らない。スペインポルトガルも、たとえば建築やらスポーツの分野では世界の流れを牽引している。逆にフランスのように芸術的才能は自前では作れないけど、ひとを集めてプロデュース、ブランディングして金儲けをするのが得意な国もある。

原作は未完の遺作となるアルベール・カミュの同名の小説。カミュ1960年に自動車事故でなくなった際に、事故現場の草むらに投げ出された黒皮のかばんにしまわれた大学ノートに書かれいた。小説家を主人公とするカミュの自伝的な内容であった。未完の遺作がカミュの実の娘の協力などで数年前にフランスで出版され話題になった。

原作はフランス語で、映画版も俳優、女優もフランス人フランス語アラビア語で会話がなされるが。イタリア人監督ならではの石灰質の硬質さが映画世界にたちこめていた。人物たちをとりまき条件づけるアルジェリアの海と砂漠の関係が体感的に表出し、未完小説を原作とする上で描ききれなかったであろうナラティヴを支えている。原作ものの映画で陥りがちな散漫さがこのフィルムではある程度回避されているように見えた。

主人公のジャックはアルジェリア出身のフランス人で、現在は売れっ子小説家としてパリで家族と暮らす。1960年アルジェリアフランスからの独立運動にゆれる中、出身校であるアルジェリア大学の学生たちの要請でひさびさに帰郷する。ジャックは生家にいまはひとりで生活する老いた母を訪ねてともにすごすうちにみずからの子供時代を回想しはじめる。

生後半年でアルジェリア移民1世の父親はマルヌ戦線で戦死したため(カミュは実際には移民3世であったという最近の研究があるそうだ)、子供時代をアルジェリアの厳格な母方の祖母の家で、母親、叔父とともに暮らし、貧困にあえぎながらも快活な少年として成長した。学業優秀のため小学校の先生の勧めで奨学金を得てリセに進学できることとなった。

映画は現在と過去のアルジェリアの記憶を交錯させる。映像に映しだされる北アフリカの石灰質のかたさと大地からたちのぼる草いきれの豊穣さは、(じつは正確にどこで撮影されたのか、資料を見る限りは分からなかったのだけれど)、フランスよりもむしろアメリオ監督の故郷である南イタリアカラブリアのそれに近いかもしれない。またネオリアリズムの伝統は戦前、戦後を通じたアルジェリア問題を描くすべを、『小さい兵隊』のゴダール的なフランス的自嘲とシニシズムを抜きにしても、もっていた。知らないこと、分からないことはかけないしつくれない。プロデューサーのブリュノ・ペズリーのアメリオ起用はまず正解であっただろう。

異邦人』におけるアラブ人フランス人の近さと遠さ。海と砂漠が隣あう拒絶と包容が自然界を覆う。二律背反のようでいて、実際には両者が絶妙に微妙にとけあっていて、それは客観的には「共存」なのだろうけど、実際には当人たちにしか分からないような関係性の、そこから微妙に表出したもやみたいなものが、うまく画面にやきついていた。

なんというか、非説明的な要素によるある種の空間の実現の如何が映画、にかぎらずありゅる芸術作品の出来、不出来を左右すると思うし、この作品は、大傑作とまではいえないにしろ、自然がかいまみせる野生のような、そうしたある種の空間の片鱗がうまいこと定着されていたように思えた。

あえて難癖をつければ、大人になった主人公ジャックと老母が、しわの具合など、フィジカル面で大して年齢が換わらないように見えることが気になった。調べてみると、俳優と女優の実年齢は一緒のようで、これだと画面的にはやっぱり無理が大きい。

それと子供たちが貧乏にみえないこと。着ている服はいまどきのブランド子供服のようで、というよりいまどきのブランド子供服はこの時代の子供服をモデルにしているのだろうけど、子供服のモデルにしか見えない。営業上の理由などあるのだろうけど、リアルさが減じられているところが残念。

ごく個人的な感想とすれば。少年ジャックが動き回るにつれ、家に残してきた愛息のすがたと重なり、恋しくなり、ママも早くおうちに帰るからね…と思ったしだいです。こどもを産んでからはじめてみた映画が佳作でなんだか嬉しかった。

2011-07-19 ヴァンサン・カッセル最新主演作『Le Moine』

革命記念日の14日から週末にかけての連休は部屋にこもり仕事漬け。最後の日曜日に社会復帰をかけて、家族とレ・アールの映画館にでかけた。

☆★☆★☆★☆★

ヴァンサン・カッセル主演の封切映画『Le Moine(ル・モワン/僧侶)』。先日、ラジオフランスアンフォでカッセルのインタビューが流れていた。フランスでよく見るな…と思っていたら、そういえばこの人はフランス人だった。『ブラックスワン』のコレオグラファー役など個性派の印象が強い。

17世紀スペインの荒野に立つカプチン派修道院を舞台に、順調に出世し誰からも崇敬される神父(ヴァンサン・カッセル)が出生の謎と煩悩に苦悩し運命に巻き込まれ悲劇的な最後をとげる心理劇。原作は18世紀のゴシック小説家マシュー・グレゴリー・ルイスによる1796年の同名小説。

ウィキペディアによれば、この小説は3度映画化されている。1972年ブニュエルの脚本で映画化された後、90年にイギリスリメイク版が製作された。禁欲と情欲の相克がもたらす悲劇は南欧のカトリシズムにおける神学以上の最大のテーマだと思うし(神との関係は免罪符で解決される程度なので)、映画の題材としてももってこいだ。映画監督にとっても、スクリーンにとっても、魅力的な題材なのだろう。

最新版の監督はフランスのドミニク・モル(Dominik MOLL, 1962-)。パリの国立高等映画学院(IDHEC)を出て1994年に監督デビュー。前作『Lemming』ではシャルロット・ゲーンズブールやシャルロット・ランプリングらスター女優が出演し、2005年カンヌ映画祭コンペ部門のオープニングをかざった。

オープニングで、荒野の修道院のスタジオ模型を背景に、“Le Moine”の朱色のタイトルが浮かび上がる。初期カール・ドライヤー映画を思わせるレトロな雰囲気。人気俳優ヴァンサンが荒野をさまようところなどパゾリーニを髣髴させるし、この監督、きっと映画の好みが自分と似てるだろうし話が合うかもな…と思った。学生時代にドライヤーやブレッソンやら浴びるように見て映画についてヤンヤと議論しながら、「俺の手で失われた時代の映画を再現したい…!」という思いを抱きながら企画を手に入れた…という背景を勝手に想像した。映画愛好家が多かれ少なかれ抱く欲望の実現がスクリーンに投じされている気がしたからだ。その是非はともかくとして、映画の完成度を見れば、映画製作者としての力量と映画青年的な思い込みがどうもかみあはない。

作品として大きな欠陥はないと思うし1時間40分で過不足なくうまくまとめていると思う。国立映画学校で若い頃に映画的エリート教育を受けた監督のうまさだろう。

しかし、単なるレトロ趣味と切り捨てる批判が出るなら、それを抗す論点として、たとえばいまが旬のヴァンサンを主役に据えているところや、セックスや殺害のシーンを暗示にとどめて安易な衝撃映像に頼らない品のよさ、という批評の本質からややそれる点しかみあたらない。

根本的な問題は、きっと、監督の素養と物語のテーマにずれがあることだろう。物語のテーマである修道僧の肉体と精神の乖離という古典的な問いかけに監督や脚本家がどこまで自分の存在に接近できたか。それを考えて作品を眺めていると非常に心もとない気がした。南欧的な自然と人間、宇宙と肉体の関係性、という深遠なテーマをナラティブとしてどのように処理するか。切迫した問題意識も関心も欠落しているため、切りこむナイフに鋭い切れもないし切りこむ深さも足りない。全体的にイーヴンにできている分、全体的な物足りなさを残している。

そんな中で俳優陣はしっかり仕事をこなしてがんばっている。それでも、どうも、制作者側が、昔の巨匠たちの映画のイメージに安易に依存するのをよしとしているところが気になるし、彼らの現代的な解釈、創造性がみられないところがこの映画の最大の欠陥だろう。

たぶん、物語の核にある情念のレベルの抗し難い煩悩や宇宙的な意思に左右される運命という次元が、監督にとっては遠いままであったことが原因にあるのかもしれない。たとえば、乾いた自然の中にたつ修道院カラスの映像など、象徴的なナラティブを成立させる重要な映像が、かなり安易に、スタジオ撮影もしくはCG処理されている点は、…モルさん、これでよいと思ってるの?…と問いただしたくなった。制作側にしてみれば、そんな表層的な表現や記号性が「現代性」と主張するかもしれないが、CGの人工的な質感と相性のよいジャンルや表現とそうでないものがあることは製作者として自覚すべき。

映画においては表現の甘さは表現の奥行きをころしてしまう。表現者としての詰めの甘さが作品のしあがりを台無しにしていのは明らかだ。

ヒッチコックのようにスタジオに箱庭と観察のためのキャメラで完全な人工世界をつくりあげてほしいし、それはそれで技術的に解決可能だろう。モル映画だと、上記の象徴的シーンが、ロケで撮り忘れた(もしくは撮れなかった)→スタジオに模型を並べて撮影→編集でつけたし…?現実はそんなに簡単でないだろうけど、、。

観念的なものいいかもしれないが、フィルムが自然や空間を成立させる知覚を越えた知覚を記録できるある種の受動性が「映画」に残された強みだ。人間の知覚でできあがったCGは人間の知覚世界を越えることはできない。結局は現時点で知覚は環境的な閾に幾層も限界づけられているからだろう。

知覚を対象とする表現者が、そこに自覚的であるかないか、つまりは自分の表現がどこまで切り詰められえるか、追及し続ける能力は創作者の根本的な資質にかかる。資質があれば天才だしなければただの人で、たぶんモル監督は後者だろう。結局はこの監督、天才肌の監督がすきそうだが本人は天才肌ではないのだろう。このテーマはあまりにこの監督には手に負えない感じがする。それはそれでよいと思う。天才なんてそうそう出てこないほうが世の中健全なものだ。

☆★☆★☆★☆★

ならば、もっと建設的に考えよう。お悩み相談的に、モルさんが毎年新作を発表できる、スピルバーグとは言わずとも、フランソワ・オゾンくらいの人気モノに出世するにはどうすればよいだろうか(前作『Lemming』でスター女優を起用しながら今回作発表まで6年かかっているところは、諸事情は知らないけれど、フランス映画って大丈夫なのかなー、とは感じる…)。

回答としては、これまでに習得したまっとうな技術を生かし、自分が実感として理解しうるテーマや、自分の素養にあわせたジャンルを、背伸びせずに、自分をごまかさずに選択するように心がけること。

モルさんの個人的好みは古典的な不条理な情念系心理劇にあるのかもしれない。しかし、本来身の素養は別のところにある気がしてならない。「俺ってアーティスティック!悩みも多いです!」というセルフイメージをかなぐりすて、もっと軽い、多少くだらないタッチのコメディ系ホームドラマが学園ドラマを手がければ、俺ってアーティスティックなインテリ…的な自意識も自虐的な悲哀あるスパイスとして働くだろう。もしくは『真珠夫人』や『娼婦と淑女』のようなドロドロ系ソープオペラもいいかもしれない。あれはかなりテクニカルなパワーが必要だし、モルならいける。どんな仕事もくだらないとはき捨てずに映画作りにまい進すればそのうち佳作を生み出すだろう。他人事は偉そうに書けるからね…。

ちなみに、そもそもスペインを舞台にしてみんなフランス語を話しているというのもどうなんだろう…と思った。けど、それってベルバラの国から来た日本人に言われたくないよ…と一蹴されそう。

2011-06-15 ダルデンヌ兄弟『少年と自転車』Le gamin au vélo

カンヌ映画祭の受賞作や話題作を見ようと調べてみると、パリでの一般公開は8月のヴァカンス明けに設定されている場合が多い。たとえば前評判が最も高かったが無冠で終わった、アキ・カウリスマキ『ル・アーヴル』や、フランスが男優賞を獲得した『ジ・アーティスツ』、もしくは、映画祭追放という前代未聞の処分をくだされた(しかし、個人的には、作品に立ちこめる監督の根性の悪さと底意地の悪さを芸術性と一般的に曲解されてきた(?)ことが理解できなかったので、今回の処分はある意味もっともだと思う)ラース・フォン・トライアー監督の『メランコリア』など。


映画祭開幕期間中に公開していた作品のひとつが、ダルデンヌ兄弟『少年と自転車』Le gamin au vélo。今年、ブラピ出演の『トゥリー・オブ・ライフ』にパルムドールをもぎとられたが、めでたく次席に相当するグランプリを受賞した。ダルデンヌ兄弟は、労働問題など社会派ドキュメンタリー映画を多く手がけ、1987年の『Falsch』で物語映画に転向し、その作品群は世界の映画祭で高い評価を受けてきた。


ウィキによれば、『少年と自転車』を構想するもととなったのは、ダルデンヌ兄弟が2003年に『息子のまなざし』のプロモーションで日本を訪れた際にある女性判事から聞いた話であったそうだ。ある少年が、自分を捨てた屋根の上にのぼり、父親の帰りを待ちわびたという話。

http://fr.wikipedia.org/wiki/Le_Gamin_au_v%C3%A9lo


舞台はベルギーフランス語圏、リエージュ郊外。初夏のできごと。少年シリルは若い父親に育児放棄され児童養護施設で暮らしていたが、シリルの若い父親は自分の車と息子の自転車を売り払って行方をくらませる。事実を知ったシリルは心をすさませるが、ひょんなことから自転車を買い戻してくれた美容師のサマンサを慕い、彼女の家に引き取られることになる。シリルはサマンサとともに父親を探しあてるが、新たな生活と人生の再建を求めた父親は息子を完全に放棄する意思を示す。心をすさませ情緒不安定となったシリルに近所の不良グループのリーダーが接近し強盗を実行させる。シリルは本屋の店主を襲って手に入れた売り上げ金を手に父の元をおとずれるが父にあえなく拒否、通報されてしまう。家庭裁判所の処分により、シリルは罪をみとめサマンサは賠償金の支払いに応じることで和解が成立する。二人は平穏な生活を取り戻したかのように、川辺で自転車を走らせピクニックを楽しむ。その日の夕方、シリルはサマンサに頼まれバーベキューの材料を買いに街中にでるが、そこで本屋の店主父子にばったりと出くわした。怒った息子に追われて森に逃げ込み、よじ登った木から転落してしまう。シリルはしばらくして意識を取り戻すと無言で森から出て行った。


ダルデンヌ兄弟の長編作品でははじめての夏の作品。画面ににじむシリルのTシャツの赤と郊外の町を軽快に走り抜けて森へとつなぐ自転車を、手持ちカメラが涼やかに追う。大人に翻弄されてきた少年が自らも少しずつ社会のシステムに組みこまれていく人生の一断片をさらりと描いた成長物語。


ダルデンヌ兄弟が聞いた屋根の上で父を待つ少年は最終的には非行の道をつきすすんだという後日談がつけくわえられという。一方、ダルデンヌ兄弟がつくりあげた虚構世界では、シリルは木の上から落ちながらも立ち上がりサマンサのもとに帰っていく。こどものたくましさ、と解すこともできる結末を残すこと、スクリーンのこちらがわで見ているわたしたちに子供たちの後の人生の想像をゆだねられ、希望の余地を残すのがダルデンヌ兄弟の作品の特徴だ。


とはいえ、ダルデンヌ兄弟イゴールの約束』1996の少年イゴール外国人労働者の斡旋をなりわいとする父親を助けていたが、父親の違法性に反発して父の元を去ろうとする)、『ある子供』2005の青年役ブリュノ(18歳の恋人との間にできた子供をわずかなお金で売り払ってしまう20歳のこそ泥)を演じたジェレミー・レニエ(フランソワ・オゾンの『POTICHE』でカトリーヌ・ドヌーブの息子役として登場したベルギー人俳優)が、今回は自分の人生をやり直すために子供を捨てる若い父親役で登場することから、シリルの今後の人生も、「現実には」、父親と同じような人生をたどる、すくなくともそれほどろくな未来は待っていないであろう、と、暗澹とした想像を喚起する物語構造となる。それを、直接語るのではなく、トリュフォーにおけるピエール・レオのように、ひとりの俳優を少年、青年期をかけて繰り返し登場させることで、俳優の実時間と肉体を虚構世界にとりこむ手法により、観客に対してもうひとつのメタ物語を語りかけるところが、ダルデンヌ兄弟の映画的テクニックだろう(この場合は前作を見ていることが前提だけど)。


人は自分の受けた虐待経験を子供や友人に対して繰り返し加害者から被害者へ主体から客体へ自己を転化することで傷を癒そうとする。最後に出くわした本屋の息子に、シリルが気まずそうに「謝ったからいいじゃないか」と言い返して、加害者に対する被害者の憎悪を逆に深めてしまうところに、シリルの精神状態の深刻さがあらわになる。この二人の「息子」の対決があらわにするのは、本屋の息子が示す家族関係の中で醸成された父親への信頼感とそれに伴う感情であり、またそうした感情を理解できないでいるシリルが示した情緒未発達だ。シリルの精神的な傷が深すぎて、サマンサのような庇護者がいても傷は簡単には回復しないしその優しさは一時的な慰撫以上にはならず、他者のいたみに共感できないままでいる。想像力の未発達や世界に対して精神が閉ざれた状態が、本当はもっとも恐ろしいことなんだろう。


あえて難をつければ、音楽はチョット…というところもあるけど。たまに挿入される音楽を聴くにつれ、この大雑把さそのものが演出なのか、と頭をひねらせられるけど、映画全体からみればたいしたことではないのかもしれない。作品がつきつける大きな問題はもっと別に立ちふさがっている気もするので。

2011-06-10 アニッシュ・カプーア展@エコール・デ・ボザール

インド出身で英国を拠点に活躍する彫刻家、アニッシュ・カプーアAnish KAPOOR。

パリでは現在、カプーアの展覧会が3か所で同時開催されている。

その中のひとつで会期のもっとも短いエコール・デ・ボザールでの展示(Chapelle des Petits-Augustins de l’Ecole nationale supérieure des beaux-arts)を見てきた。

f:id:harukomatsumoto:20110608142337j:image

BMW財団主催のコンクールで復元されたというボザールのシャペルに入れるのは貴重な機会。

正方形の木製の台の上にセメントをチューブ状に積層させた2.5mほどの長方形のタワーが14体(だったと思いますが)、礼拝堂の身廊に2列左右対称に配置され、教会内部に新たな身廊が出現したようである。セメント彫刻のフォーマットはすべて同一だが、そのマチエールは各タワーで異なる。彫刻のかなりブリュットな質感が、一見すると手仕事風だが、実際にはコンピュータ制御マシーンでデザイン、制作されたそうだ。ひとつひとつのタワーの差異が機械的セリーとして調整されたことにより、いびつに見えながら全体として整然とした統一感をもつ。建築の原型を思わせる構築的形態、ブリュットな自己生成のモチーフなど初期カプーアの作風が思い出された。

環境を風景化すること。インスタレーションを展示空間に設置したときに、どのような風景を生成させるか、その構想力と実現力が作品としての成否を決定する。風景は主観で捉えられたイメージであるなら、展覧会の風景は、展示側が作品展示を通じて鑑賞者の知覚する環境を操作し風景を誘導する役割をはたす。

環境としての展示空間をいかに解釈するか。この解釈が失敗すると設置作品は視野の中の異物となり作品風景は構築されない。今回の場合は、ボザール内部の普段は閉じられた礼拝堂という空間的環境や内陣のミケランジェロ天地創造』や聖堂内に置かれた棺を思わせる仰臥像など、割合に宗教性の高い既存作品の中に、カプーア作品をいかに設置するかが問題になる。

そこで、カプーアは抽象的な黒ずんだセメントのヴォリュームを選ぶ。このセメントのマチエールが、荒々しく起伏を描きながらひとつの独立したアーキテクチャーを存在させるところに、人体と内臓器の関係を自然と想起させることが鍵だ。内部を持った抽象的なヴォリュームは、褪色した宗教画=キリストの肉体の死や解剖体を模した仰臥像のとなじみ、 “異様”の風景を現出して視線を奪う。展示空間内部に入りこむと、鑑賞者の身体を包み込むヴォリューム感、彫刻の間を通り抜ける動線のスムーズさや、絵画や彫刻群、カプーアのセメント彫刻が無理なく鑑賞できる展示場の“心遣い”に、売れっ子現代作家に共通する実利的な機能主義を感じさせられた。

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カプーア作品にみられる“空虚”、今回は四角く囲まれた面の隙間に穿たれていた。内部をのぞくとうす闇の中でセメントがくだを巻いている。時間の断絶が隠されているようで、いったん隙間から身を話して外部の空間に顔を向けるとモニュメンタルな展示空間の風景が広がる。

隙間の中の薄闇もまた風景の一部とすれば、そこには何が見えるのだろうか。現代美術古色蒼然とした倉庫のようなシャペルがで、隙間からのぞいた薄闇にはモノに対する相変わらずの偏執が隠されていて、モノ作りの行為がそれほど単純ではない回路を含むことをあかしているように思えた。

2011-05-28 美しい国、という幻想(1)パリ建築遺産博物館の場合

エッフェル塔の正面にあるシャイヨー宮のパリ建築遺産博物館にて、現在ふたつの環境・景観系の2つの展覧会が同時開催されている(会期はともに2011年3月23日 - 7月24日)。

ひとつはフランスを中心とする都市緑化プロジェクトを紹介した"La ville fertile(肥沃都市)"展

もうひとつはドイツブラジル人で1994年に亡くなったランドスケープアーキテクト(フランス語だとpaysagisteペイザジスト。ちなみにいわゆるランドスケープlandscapeに相当するフランス語はペイザージュpaysage)でロベルト・ブーレ・マルクスの回顧展

都市計画研究所時代の友達が、勤務先のあるブリュッセルから両親の実家のあるパリに復活祭休暇を利用し週末に戻るというので、会うことになった。わたしが日本食レストランの選択をし、彼女が展覧会の選択をした。環境・景観ゼミ時代の同級生であるので、建築遺産博物館という選択は最初はとくに気にも留めなかったけれど、約束の日本食レストランへいく途上で、彼女のポルトガルフランス人という出自とサンパウロでのゼミ旅行中の彼女の流暢なポルトガル語を思いだした。ロベルトマルクスコロニアルスタイルの自邸をみると、ポルトガルって感じだよね、と嬉しそうに語っていた。

ロベルトマルクスサンパウロ生まれのドイツブラジル人。ベルリン絵画を学んだ後にブラジルに戻り、リオの国立美術学校で学ぶ。造園家としてルチオ・コスタ、オスカー・ニーマイヤらと協働し、またル・コルビュジエのプロジェクトに参加し、土と緑にあふれ草いきれで充満する生命力溢れる庭園を建築や都市にもちこんだ。世界各地に活躍の場を広げ、晩年の1993年にはクアラルンプール空港にあるペトロナスツインタワー(設計はシーザー・ペリ&アソシエーツ)下の植栽を手がけた。フランスでは、パリのユネスコの庭園にパティオを作ったり、ポンピドゥーセンター4階のテラスをてがけ、フランスとも浅からぬ関係があり、1983年にはパリ・ラ・ヴィレット公園コンペの審査委員長をつとめるなど、フランスとの浅からぬ関係があった。ちなみにその活動は造園家にとどまらず、多彩で、植物採集を行い自邸の温室で栽培しながら、傍らで、画家、彫刻、版画、陶芸、舞台美術、宝飾デザインをエネルギッシュに手がけ、沢山の業績と大量の作品を残した。展示では、自邸で開いたホームパーティで、ドイツじこみのオペラを朗々と歌う老人となった造園家の映像が流れていて、南欧系のエネルギッシュなオジイチャンは本当に人生楽しそうである。そのパワーが、ロベルトマルクスブラジルを代表する造園家の位置づけに押し上げたともいえるだろう。

ちなみにロベルトマルクスが近代建築の文脈でブラジルを代表する造園家と位置づけられるようになったのは、造園建築、都市を一体化させる総合的な活動のためであったようだ。ロベルトマルクスは自らのプロジェクトの計画図をキュビズム風の油絵風として残している。逆に言えば、造園絵画を結びつけることで熱帯の緑の空間に同時代の抽象絵画の構成をもちこんだことがみそだ。友人に、なんで今ロベルトマルクスの回顧展なんだろう?と疑問をぶつけたら、ウーン、彼はブラジルのような熱帯の植生の魅力をヨーロッパのペイザジズムに持ち込んだことに功績があったのだと思うよ、と教えてくれた。

ロベルトマルクスヨーロッパ南米を結び新たなペイザジスムのありかたやその価値を創りだしたとして、それでは、なぜそうした人物の回顧展をこの時期に行ったかを、さらに政治的に考えれば、フランスにおけるペイザジズム、というよりはペイザジストという職能の地位を確立するための動きがあるだろう。そこには、グランパリ計画にみられる、ペイザージュを軸にした都市整備によるヨーロッパ全体の環境政策の推進と都市の再編成がある。

美しい国」という掛け声が日本では数年前に政策化され、しかし首相たちのあいつぐ交代のうちに、いつのまにか雲散霧消となった。この言葉の胡散臭さ、偏狭さ、素朴さの陰に隠した恐ろしさを、本当はここであげつらって書きたかったが、“美しい+都市”と“美しい+国”が、似ているようで、その背後の政治的意図、権力構造がまるで異なることを、大地震が露呈した日本国家の原発政策の利権主義の破綻は“美しい国”というレトリックのもつ真実を露呈した、と思うのだ。

話を極東からオフランスに戻すと、近年、フランス都市計画ではペイザジズム(英語だと、ランドスケープアーキテクチャー?日本語だと、いわゆる“造園”が近いでしょうか…)がますます重視されるようになった。その背景似は環境問題グローバル化、そしてヨーロッパ全体における環境の共通政策化があるだろう。そこで、ペイザージュに対する関心を高めようと、建築遺産博物館やパリ市の建築都市計画局が運営するパヴィロン・ダルスナルにおけるペイザジスム絡みの一連の展覧会や講演会である。

いわゆるスターアーキテクトに相当する、スターペイザジスト(←造語です)と位置づけられる方々が、ごく少数ながらも、いなくはない。ただ、彼らペイザジストの講演会を見にいくと、お顔立ちも表情も一様に品良く、控えめで、寡黙でありながら、朴訥とした喋りをする方々が多い。たとえばクリスチャン・ド・ポルザンパルク先生のような、唾を飛ばして機関銃のように喋り捲る自己顕示の権化のような多くの建築家+関係者たちとは、生の次元が異なる気もする。理論武装した建築家都市計画がたにくらべて庭園家たちは言葉がたたないからだろう。緑とたわむれてよい空気を吸いながら仕事をしているとこんなに変わるのかと思うほど、若いときに植物を選ぶかコンクリートを選ぶかで、人間の人生はだいぶちがってくるのだろう。 

これは、多少偏見をまじえて言えば、都市計画業界の表舞台で、様々な意思、権力、利権と協調、妥協しながら利権争いを繰り広げる肉食系の建築家都市計画家たちにたいし、ペイザジストが環境的価値を彼らの提案するプロジェクトに対して付加する役割が求められてきた、もしくは、いる、ことも関係あるのだろうか。ピエール・ドナディウなどは著書の中で、ボザール系の建築学校を卒業した建築家都市計画家に比べて、フランスの国家的ペイザジストの大半を輩出した少数精鋭の名門・国立ヴェルサイユ庭園学校(ヴェルサイユ・ペーザージュ学校に改変)で、建築学校の学生が卒業時に国家公認建築家の資格を取得するように、ヴェルサイユ学校の学生が国家公認ペイザジスト資格Paysagiste DPLGを取得しても、“造園家”の賃金が相対的に低いことを指摘していた。ペイザジストが特に華やかな舞台にたつ建築家に対してかなり地味な存在であったのは事実だろう(誰も公園や川辺の植栽に“作者”がいるとは、多くの人は考えないだろう)。

名誉欲と自己顕示欲の権化と化しがちな建築家たちに比べて(…といったら怒られそうだけど)、そんな俗世の名誉などあまり気にせず、土と緑で美しい景観を作りあげるぞ!ぼくは自分の職能を全うするのだ…!という、これもかなり偏見まじりかもしれないが、ペイザジストという存在の清新さは、泥臭い都市づくりのなかでは一種の美徳のシンボルかもしれない。

ただ、ペイザージュが、建築のはしたもの、もしくは単なる観葉植物か緑の添え物、いわば刺身のつま、であった時代が少なくともヨーロッパではすぎた感がある。近年の環境志向の高まりに伴い、フランスのコンペでは、環境コンサルタントやペイザジストのコラボレーションが必須条項に掲げられることも多い。ペイザジズム重視の流れが急速に高まる中で、ペイザジスト側からの発信、発言力の強化をめざしていた。そんな意識が、少なくとも一部のペイザジストたちの中で芽生えているのは、パヴィロン・ダルスナルで行われるペイザジストの講演会の司会を務めるミシェル・ペナ(←都市計画研究所で講師をしてた…)の言葉から垣間見えていた。もしくは、より政治的な流れとして、環境都市づくりの目玉としてペイザジストと彼らの計画を都市整備の中に積極的にとりこむことで今後の都市拡張を進める国家的な意図が働いているとも思われる。

そんな流れの中で、最近ではスターアーキテクトならぬスターペイザジストの傾向が生まれている。フランスのスター・ペイザジストとしては、建築家のように個人事務所を経営し(政府や地方公共自治体のみに属すのではなく)、メディアにプロジェクトに顔と名前が出ていて、著作があるようなペイザジスト、がそれにあてはまるだろう。

たとえば、フランスは1989年以来、フランスの国家的な都市計画家(ユルバニスト)を毎年選ぶユルバニスム大賞を開催しているが、2000年代に入るとペイザジストが大賞を受賞し話題となるケースが出てきた。2000年にはアレクサンドル・シュメトフ(ポール・シュメトフ先生のご子息)、2003年にミシェル・コラジュー(1992年に当時のエコロジー省のペイザジスム大賞を受賞した大御所的ペイザジスト。ただコラジューはヴェルサイユ庭園学校出身ではない)らが都市計画家や建築家を押しのけて受賞した。また最近では、サルコジ政権下におけるグランパレ計画推進の流れの中で、2009、2010年と社会学者経済学者が続いたが、今年2011年の大賞受賞者として、今が旬のペイザジストといえばこの人、ミシェル・デヴィーニュの名前が発表された。ミシェル・デヴィーニュは慶應三田キャンパスの新「萬來舎」改修で隈研吾コラボレーションしたので名前は2011年ユルバニスム大賞に見事輝いたことでも記憶に新しい。

*(フランス大統領交代で省庁の再編成と名称変更が行われるのでまぎらわしい。。省庁名が間違っていたらすみません)

ちなみに、1990年からConvention européenne du paysageにもとづき国家が隔年で選ぶGrand Prix du Paysage(後にTrophée du Paysageとなる)が存在し、当初はペイサジスト個人に対して、のちにペイサージュ計画に対して大賞を授与していたが、そちらは2007年でなぜかうちどめとなった。

また将来有望な建築家を選ぶ目的で文化庁が主催するフランス若手建築家登竜門ヌーボー・アルバムは、若手ペイザジスト部門も存在する。またエコロジー・持続可能開発整備相が発表する若手ペイザジストに対する賞制度などもあり、“ペイザジスト”を独立した職能として社会的に認知させる仕組みが整備されている。

そんな現状を考えると、こうした受賞制度が、ペイザジストを都市計画建築の分野にとりこみ、一体化させることで、ペイザジスムの環境分野における重要化、つまりは政治化と、ペイザジストの地位向上が目指されていることは確かだろう。このように、フランスにおいてはペイザジスムが未来志向の国家政策の一部となる流れが存在する。

その他、建築の分野でも、例えば緑化建築フランスのコンペや美術展でよく声のかかる、ボンサイ建築の大家、エドワール・フランソワのように、住宅にファナティックなまでに植物を植え込むデザインを行う建築家が活躍している。これは、コンペの植栽条項を満たすには効果的らしい。

続きはまた明日。

【参照】フランスの現代の都市計画とペイザージュについて林要次さんコメント