2011年12月18日 
冬になった。わたしは相も変わらず、部屋を片付けることを趣味にして、それなりにいろいろな毎日を送っている。そのうち引っ越すことになるだろうから、前もって物を減らしておきたいというのもあるが、その時に何を持って行けば良いのかがわからないので、とりあえず、さしあたって要らなさそうな物を片っ端からどんどん捨てている、といった感じである。
わたしは部屋を見回すが、どれがわたしにとって必要で、どれがそうでないかの判別が非常にむずかしい。物の絶対量が少なくなれば、判断の量も少なくて済むのだから、できるだけ捨てる。判断をくだすにはエネルギーを使うから、そのほうが楽だ。ループみたいに、時折、何もかも捨ててしまいたい気持になる。恋人に相談したら、かれは、必要最低限なものだけを持っていたら良いよ、と答えたが、それって、わたしにとって、何なのか。
普通にしていたら、お財布と携帯くらいしか、なくて困るものはない。あとそれは勿論いくらかの衣類だけで。
つい最近、友人から、そういえばはるなこ(わたしの名)は何でも捨てちゃうよね、昔から、と云われて考えたが、それは、わたしが物を持つことが苦手なせいではないかなと思った。
旅行の時なども、荷物が増えるのが厭で、食べ物と切符以外のものは買いたくないし、買わない。
ふだん、買い物は人一倍すきで積極的にするタイプなのだから、これはあべこべな話だが、旅先では、手に持つ物が増えると恐怖を感じる。紙袋やビニール袋。云い過ぎではなくて、ほんとうにこわいのだ。こないだも、旅の途中、重い荷物が厭で、ごみ箱を探したあげく、喫煙所でかさばるセーターと、本を捨てた。うれしかった。
弟夫婦は、毎回、すごい荷物を背にも手にも持って帰省してくるが、心から、すごいと思う。恐怖のきの字も見えないかれらの頼もしいことといったらない。かさ的には、各自もうひとりぶんくらいの荷物を持って、名古屋からこの九州の南まで、はるばるバスで帰ってきたりするのである。いくら若く、体育会系のふたりだからっていっても、すごすぎてその道中、想像を絶する。おねえちゃん、いつも感嘆。
2011年10月20日 
真夜中にホットケーキを食べながら、ボーイフレンドとさようならの会。
しかしわたしはこの「ボーイフレンド」という言葉がよくわからない。言葉が、というか、使い方が。意味が、わからないのだ。「ボーイフレンド」って……、1;友達のこと(かれの性別がたまたま男の子だってだけ)、2;友達以上恋人未満のひとのこと(端的に云ってただの友達ではない。これから恋に発展する可能性がある)、3;いわゆる元彼のこと(2の変形なので、かっこ内の内容はおなじ)、4;付き合っている恋人の呼称のひとつ。どれなんだ。世間に流通している「ボーイフレンド」とは、どれのことなんだ。
翻ってわたしは、先に、4の意味で使用した。かれのことはちょっと、恋人と呼びたくなかったのだ。それくらい恋愛の気持の持てないひとだったということだと思う。ほんとうに、友達だった。
2011年10月14日 
映画館で「アジョシ」を観た。格好いいウォンビンがひたすらにでてくる映画だときいたので、つまり格好いい男のひとのすがたが観たかったので、劇場に行った。果たしてガッデム。ついに、韓流四天王のうちふたりを、すきになってしまった。ビョンビョンとウォンビン。格好いい。もういろいろはどうでもいい。誰かを格好いいとおもうことはすごいことである。美しいという状態がとてもすばらしいものだということは、わたしはもうこの人生において死ぬまで変わらない、絶対のことだと決めた。美しさはほとんどの場合すべての罪を帳消しにするように見せかけることができるのであるからしてすげー。
人間がこんなに美しい、またはそのように見えうるものなのだということを、男のひとの鍛えられた身体を見るまで、わたしはしらなかった。もっとも、そのように嘆息するような身体を、いままで、じかに見たことはないのだけれど。残念である。見たい。
ウォンビンは、「母なる証明」を観た時、あまり気にならず、すきなタイプではなさそう……とおもっていたのでびっくりした。「アジョシ」はお話も普通におもしろく、観た。ああえいうえおあお。
2011年09月29日 
前髪を作った。リビングのテレビから「川の底からこんにちは」の満島ひかりちゃんの声がわんわん聴こえるのを聴きながらざくざく切った。思ったよりも短くなって、あー、と思ったが、伸びるからいいや、と思った。それよりどうしてこのコンピュータ「おもた」を「思た」って変換するのだろうか。方言だからことえりに入ってるのか。へんてこ。
前髪は。きょう、切ろう、と思うまでに、もう思い浮べられないくらいの逡巡があったことが嘘みたいに感じられるほど、すんなりとした心持でもって切った。切ったあとは、どうしていままで切らなかったんだろう、こんな簡単なこと。と思った。
いま付き合っているひととは別れる。芯まですきになれないひとと付き合っているなんて、精神衛生に悪すぎる。友人と、ふざけて、修行のようだよ、とか云い合っていたものだけれど、このほど洒落にならないところにまで到達した。わたしは馬鹿だ。
2011年09月19日 
パーマを二度かけたが、みごとに落ちてしまった。美容師さんもかなりがんばってくれたのに、ほんとうにパーマのかかりにくい髪質のもよう。もう瑛太君の髪型になるのは断念しようとおもう。よくがんばった。
2011年06月08日 
やっと風邪が治った。/「アジャストメント」「冷たい熱帯魚」「マイバックページ」観た。妻夫木君はすごいなあ。最初のころはなんともなかったのにどんどんどんどんすきになる。いわゆるタイプとは真逆のようなひとなのに……。/まだ梅雨。ほとんど毎日が雨。総じて涼しい。五月に二日間だけものすごく暑い日があった。/毎晩肌掛けといっしょに寝ている。気持いい。/きのうの夜、この夏はじめて、真夜中の蚊の襲来。参った。/羽田で買った『軽蔑』をいまごろ読み終える。/『悲鳴をあげる身体』『ふしぎなキリスト教』『メディアと日本人』『アウトサイダー・アート』がおもしろかった。/はなまるカフェにて向井君と高良君を観る。すてきだ。/髪のいろを変えるのは、皆さんの意向もかんがえて、弟の結婚式のあとに変更。その時にはまたすこし短くするだろうな。半年ちかくあるので、美容師さんをなんとか説得のほうにもっていきたい。/東京ゆきも延期。冬の始まりくらいに行きたい。またかれにも会いたいし。/ためこんでいた手紙の返事を何通か書いてすっきり(Sにはピンクスを、Yにはメガメロンを)。/米粉のドーナッツを母が気に入っている。わたしも米粉ものは結構すき。/伊勢谷君につられて買ったペプシドライ。あんまりこのみでなかった。
2011年05月26日 
友人と晩ごはん。春野菜のなんとかのドリアを食べた。梅タルタルのチキン南蛮はあんまりおいしくない。ネパールと安定ピジン、ジャンバラヤの話など。そろそろ散髪をしないとやばい髪の毛になっていたので忠告も。べつにそのつもりはなかったのだけど、かれに会う時はいつもわたしはだて眼鏡をかけているらしい。でもこれは紫外線対策のサングラスなんだけどな。ビッグバンへの愛を語る会だったので(わたしが)、いろいろレクチャーしているうちに、おばさんになったなどと云い立てられるが、とくに反論はなし。わたしはとっくにおばさんである。具体的に云えば二十歳ごろから。しかし、それにしても韓流とおばちゃんを一直線に結びつけてかんがえちゃうかれのほうが思考が固まっている気がするので、こんど、そう誹ろうとおもい、記す。
2011年05月19日 
午前中、眠くて、しごとにならず。どうしてこんなに眠いのか。きょうも早く眠る。
風がとても気持よくて、いい季節だ、とおもいながら毎日散歩。田んぼの緑や白いよくわからない名前の雑草が風に揺れるのを、ほんとうにすてきだとおもう。夏にはなかなかこんな穏やかな心持ではいられないので、貴重な初夏の入り口のこのごろだ。蚊もいないから、庭の手入れも思う存分できるし、愉しい。撒いた種が、すごい勢いで芽を出して、どんどん育ってて、こわいくらいですばらしい。
2011年05月18日 
お寿司をたくさんたべた。あまりにおなかいっぱいで動けなくなり、眠る。爆弾のように眠る。
べてるの家の本。”わたしの苦労をとりあげないで。” ”治りませんように。”
2011年05月17日 
でっかいシュークリーム買ってきてたべる。むかしはだいすきだったのに、いまたべるとあんまりおいしく感じなかったので残念。わたしが作ったシュークリームのほうが一万倍おいしい。とか憎まれ口をたたいてみるのがわたしの生き甲斐(ほんとうか?)。
2011年05月16日 
犬の病院(8種混合ワクチン接種、フィラリアの予防薬とダニ予防の薬貰う)。なんだかちょっとつかれぎみ。
2011年05月15日 
朝はゆっくり起きて、ごはんをたべる。さつまいものクッキーとジンジャークッキーを焼くのに明け暮れる。夕方脱出して、ビオラとオーケストラの演奏会へ。ヒンデミットやブルッフ、モーツァルトなど。一瞬眠りそうになったのち、持ち直す。愉しかった。あっというまの二時間。
2011年05月14日 
おばあちゃんのお見舞いへ。具合が良くなさそうだった。その後伯母たちと合流してランチ。伯母からお小遣いを貰ったので、わたしは従妹にお小遣いをあげた。たまらなく快感である。いさきのソテー、クリームソース。かぼちゃのペーストがおいしかった。
パピコを食べながら帰る。行きの車ではまるまる二時間眠ってしまったので、帰りはがんばって起きていた。おもに格好いい芸能人の男の子のはなしと、現実の男の子(不在)についてのはなしをした。さらに子供につけたい名前の列挙など、想像にいとまがない。
アイラインをひくと、夕方にはかならず落ちて、おおきなくまができてしまう。たぶんわたしは化粧難民なのだろう。でも、口紅だけはつけてみているこのごろ。大人だもん。
2011年05月13日 
散歩中、「ジャンプして高めのところの樹の枝にタッチする」をやっていて、二回アイポッドタッチを落とした。落ちると衝撃で演奏を停止するんだということがわかった。かどっこをちょっと傷つけてしまった……これからは気をつけたい。きょう履いていたサルエルのポケットは浅すぎて、散歩には向かない。
父が先日、ことしになってようやく実がとれるようになった苺のちいさい畑(庭の一角にあって、花壇みたいなもの)を見ながら、じつは、娘が苺をとるところを見る、というのがパパの夢だったんだ……とカムアウトして、ええー!なにそれ知らなかった、とわたしは云ったのだったが、なんともロマンチストだなあとおもっていた。実はどんどん育つから熟れたのはすかさずとらなくてはいけない。毎日のように、苺をとって、と云われていたのだが、なんだかずっとばたばたしていて、わたしはなかなか収穫に参加できないまま、いつも父がひとりでとってきたのをばんごはんのデザートにたべていたのだった。しかし、それを、きょうは、ちゃんと収穫した。じっさいに実をとっていると、父は、雑草を抜けだの肥料をまけだの、いろいろとおまけの作業を云いつけるのだったが、苺をとる娘は、もうおばあさんなので、中腰みたいな姿勢になると腰がいててててて……となって身動きができなくなるので、どっしりうんこ座りで、ヤンキーみたいになりながら、とった。わたしが伸びをしながら腰を痛がっていると、父は笑っていた。父は腰が痛くないらしい。
友人のおかあさんのところに、きゅうりを届ける。おもっていたよりも友人のことを心配していたので、やっぱりたまには本人も帰省したほうがいいとおもう。
雑貨屋さんにほうじ茶を買いに行っただけだったのに、夏のワンピースを二枚も購入。レジで、お金を払う時、わたしは馬鹿なんじゃないだろうか、とおもったが、かんがえるまでもなく馬鹿であり、しかしワンピースでしあわせになれるのだから、それは悪くないのだった。(それにしてもくまの顔の刺繍がついたタンクトップまで買ってしまった。何かの顔がついているのはいままで苦手だったけれど、これはとても可愛かったのだ。)
夕方から試作。マッサマンカレー、空芯菜のグラチャン炒めなど。空芯菜の安定供給が鍵。
2011年05月12日 
散歩をしながら、子供の頃とは、ひとのすきになりかたが違っているか?という問いについて思案するが(つまり幼い頃はいろいろな属性を気にせずに、相手を「純粋に」すきになれていたのか?ということ)、ちがうんじゃん、その頃はその頃なりに、いろんな事情があったのだろうな、いまはもう憶えていないけれど。……という結論にいちおう。思い出を美化するのはほんとうにかんたんである。
いつもの茂みの道で、カナブンみたいな甲虫が顔にぶつかってきて、ぼー、として歩いていたので、びっくりした。カナブン、わたしは、橋本さんが云ったみたいに、来世というものがあるのなら、カナブンになって、飛ぶって気持いいなー!ヒャッホー!とおもいながら壁や樹木に突進して飛んでぶつかって死ぬ、というのはいいなあ、とおもう。生まれ変わったらわたしはカナブンになりたい。そのまえに、生まれ変わらなくて、もう全然いいけど。生きるのは一度でじゅうぶんだ。
きのう、きょうと続けて映画を観た。ガンツの続きとブラックスワン。ブラックスワンでおかあさんが、年を取ると困難なことが増える、と云っていた。そういうものなのだろうか。すくなくともいま、わたしは、十年前より格段に、生きるのが楽だが。これからつらいことが増えるのか。どうしよう。それは厭だな。それがほんとうなら、わたしはそういうのは厭なので、回避する方向で生きようとおもう。cf.”いろんなひとがいて、いろんなことを云うよ。” そう、わたしはそちらへはいかない。
冒頭の問いだが、子供のころと、いまとで、恋のしかたにちがいがあるなら、月並みないいかただが、いくらかいまのほうが現実的だ、ということくらいだとおもう。それと、子供の頃に男の子をすきになった感じと、いま、芸能人や有名人に憧れる気持はよく似ている気がする。勿論、後者は決して個人的にかかわることができず、あるいはまた普遍的には報われないので、その点で両者は致命的に異なるが、なんとなく。
2011年05月10日 
すごくたくさんピアノを弾いた。先頃の断捨離で、楽譜を大量に捨てたため、どの曲も弾ききる自信がほとんどなかったので、おそるおそるの運指だったが、おもっていたよりずっとすらすら弾けたので、びっくりした。どうやらわたしにも暗譜ができるようだった。自転車の後ろを持って貰ってないと走れない、転んでしまう、と思い込んでいる子供のようだな、とおもった。ひとりでもちゃんと走れる。
2011年03月23日 
2011年03月19日 
母のほうのおじいちゃんが突然来訪。きゅうにきたら困る!と云って母は怒っていた。
わたしはきのう買った着物を眺めてはにまにましていた。
2011年03月18日 
雑誌を買ったり、着物を買ったり、した。雑誌にはへんなヒョウ柄のバッグが付いてきたので、ヒョウ柄がすきなおばあちゃんにあげた。おばあちゃんはいってきまーす!と云った。
着物屋さんで、高校の時の同級生の男の子が働いていたので、びっくりした。びっくりしたのは、なによりもその髪型だった。おもしろかった。
漢方の病院で、お医者さんにいろいろと私生活を干渉されるが、ともかく、君の格好は、年齢も不詳だけど、性別もあやふやだよ、と云われたので、ヒャッホー!!!ヒャッホホーイ!となった。髪の毛を切って、三週間くらい経つだろうか。やっと男の子っぽいみたいなことを云って貰えた!浮き足立って帰る。化粧はしないぜ!
一日のうちで寒かったり暖かかったり(暑かったり)なので、ジーンズにTシャツ、カシミヤのカーディガンだった。最近はいつもこう。カシミヤなんて冬のあいだ、全然着なかったのに、ここへきてきゅうに重宝。素肌に着てもまったくちくちくしなくて気持いい。
2011年03月17日 
きょうはおとうさんとおかあさんの結婚記念日なので、おとうさんがケーキを買って帰ってきました。おおきめの赤い箱から、取り出しやすいように取っ手の付いた金いろの紙に載って、ドーム型のアンパンマンの顔が出てきた時、おとうさんがものすごく、え?という顔をして、おかあさんは、可愛い!と云い、わたしは、アンパンマンは君、さー♪という歌を歌いました。おとうさんによると、そのケーキはずっと狙っていたケーキで、人気があるため、事前の予約を経て買ってきたそうですが、平時はこんな顔は描かれていない!!ということでした。要するにスフレのチーズケーキに、ココアパウダーでアンパンマンの顔が描かれているのでした。おとうさんはいつもはこんなんじゃないんだけど……おかしい……と云いながら、食べていましたが、切り分けてしまうと、アンパンマンの顔どころではなかったので、さして意識せずにすみました。たしかわたしがたべたのは、頬の部分だったとおもいます。なぜ、おとうさんが買ったケーキに、いわば特別な時仕様のそのような装飾が施されていたかは謎ですが、もしかして、孫に買って帰る好々爺、とかっておもわれちゃったのかな……と邪推すると、ちょっとだけ申し訳ないような気持になりました。わたしももう二十八です。昔だったらまじでおばあさんなのです。それなのにこの通り、子供のこの字も垣間見えないような生活をしています。付けたい名前だけはどんどん増えてゆくけど……、というありさまです。
という訳で、わたしには両親がまだ一組しかいないので、きょうか十日まえ、どちらかが虚偽の結婚記念日となりますが、その点で云えば果たしてきょうがほんとうの結婚記念日です。つまり、ふたりが役所に婚姻届を提出したのは、二十九年前のきょうでした。十日前はれっきとした挙式記念日です。ほんらいなら、きょうを以て結婚記念日とするべきですが、我が家では三十年近く、きょうでない日が結婚記念日とされ、実はきょうがお祝いされたことなど、ことしが初めてで、おとうさんがうれしそうにわたしに、きょうって何の日だとおもう……?絶対わからないとおもうけど!、とクイズしてきたほどなので、それはいまさらもう覆せないし、誰も覆そうとおもっていません。わたしたちの家には神経質がいないのです。神経質のいない家では時としてびっくり常識が横行します。きょうをお祝いしようとおとうさんがおもったのは、地震のことなどで元気がないおかあさんとわたしを元気づけようとおもったからに違いないのでした。ケーキはおいしかったので、ぺろんちょ、と食べてしまいました。
2011年03月16日 
原発の話ばかり。しばらく経ったあとならほんとうのことがわかるのだろうけど(たぶん)、いまはよくわからない。
ニュースを見るのがしんどいので、アニメのチャンネルとか、二時間ドラマとかを見る。「ヒアアフター」は公開が中止になったそうで、たしかにあの津波のシーンはとても恐ろしかったからな、とおもった。
久しぶりに散歩に出た。風が滅茶苦茶に吹いて、髪の毛をぼさぼさにした。帰ってからパンドラの匣の曲を弾いたりして、ちょっとピアノに触った。髪の毛がすこし伸びたようで、もさっとしてきている。とりあえずはこのままで。
犬の眼をにおってみたら、不思議な匂いがした。犬の顔は、各所いろんな匂いがあって忙しい。いまのところ、耳はくさい(でもすきな匂い)、眼もくさい(粘膜系の匂いか?どちらかというとあまりすきになれない)、鼻は無臭、口は普通、顎・額・頬・後頭部はとても毛の匂い(おひさまのような、安らかな匂い)。人間の顔もいろいろに匂うのだろうか。こんど恋人ができたら、かがせて貰いたい。
