Hatena::ブログ(Diary)

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2016年02月09日 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 昨晩遅く、ベッドに入って、ツイッターを眺めながら眠くなるのを待とう……とスマホを取り出したタイミングで電話が鳴って、彼からだった。ヴヴヴ……と電話が震えて彼の名が表示されたのを見てものすごく慌てて、でも反射的に通話ボタンを押して電話に出た。話しているあいだになんども息を整えようとしたが、けっきょく緊張しっぱなしだった。彼は「制限時間はないんだからゆっくり話せばいいよ」と言ったが、私はベッドに入る直前に睡眠導入剤を飲んでいるのでそうはいかない。すぐに眠くなる。寝入るまでにかかる時間はそのときの体調におおいに左右されるから日によってちがうが、眠ってしまうことよりも、酩酊のような状態になって、あることないことしゃべりだすのが危険だし、すごくいやなのだ。私はこの人を相手にそういう電話をして、調子のいいことをたくさん言って彼をぬか喜びさせたことがある。いまの状況ならそれも悪くないかもしれないが、なんにしろきちんと意識のまわらないところで話をするのはいやだった。当たり前だが。だいじな電話なのだ。だから私は電話のあいだじゅう、その心配をして焦って話してしまったように思う。現に、最後に何と言って電話を切ったか覚えていない。最悪である。

 覚えていることをメモ書きにしておく。私はこれからも電話をしていいこと。彼は私と4年前に別れてから、私のことを忘れようとして、考えないでいようとする方向に心を強く持って行きつづけて、いまに至っていること。だから急にどうぞと言われても、すぐに切り替えはできないこと。私のことがいやではないこと。私はいつまででも待つこと。手紙を書こうと思って下書きをしていたの、と言ってその概要説明したら「少し大げさなのではないか」と言っていた。大げさじゃない、大げさに聞こえないように私はじょうずに手紙を書くつもりだったのだ、それをあなたが先に電話してきたから。彼はすぐに「なるほど」という相槌をうつこと。それを指摘したら「たしかに」と言った。彼はやはり私の言葉をよく聞いていること。私、というのが思い上がりなら、話している相手の言葉を。

2016年02月04日 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 先週の金曜日、彼は3コール電話をとったから、電話に出るつもりで待っていたのかもしれない。私が電話をかけるのはその晩で4日めだった。

 いろいろ話した、全体としてはうまく話せたほうだとは思うけれど、「好きなんだと思う」はわれながらあんまりいい言いかたではなかった。出会ってからこの春で11年が経とうとしていて、そのあいだ2回も交際に失敗していて、最後に会ってから4年が経っている。4年? 5年かな、と言ったら彼は「4年だ」と言った。声を聴くのもそれ以来だったから、この人はこんなしゃべりかただったっけ、咳払いがうるさいな、なんか大人っぽくなったのかな、私の声は低くなったかな(年をとったから)、と大事な話の最中だし、せっかく電話をとってくれたんだから集中しなければいけないのに、頭の片方でそういうことを考えてしまった。「好きなんだと思う」の気に入らなさには電話を切った瞬間に気づいたので数分迷ったのちにもう一度かけてみたが、もう彼は電話をとらなかった。

 用件をひととおり話して、なんか質問はない? と聞いたら「元気なの?」と言った。私は去年は体調が悪かったけど、ことしはもう大丈夫と言って、そうしたら「ことしってまだ1月じゃん」と言った。語尾は違ったかもしれない。私はだれかに自分が見聞きしたことを話したり書いたりするとき、いつも自分の言葉遣いにしてしまって再現からほど遠くなってしまうから雰囲気をうまく伝えることができない。いつも軽薄な感じが付け加わる。軽薄、私は彼の前ではいつも軽薄な人物になってしまう気がする。

 また電話していいかどうかメールして、と言ったんだけど、メールは返ってこないのでまた電話しようかどうか悩んでいる。やはり手紙がいいだろうか。あなたを傷つけた罰はなんでも甘んじて受ける、一生をかけてつぐなう、私はあなたのそばでそれをしたい、あなたのほかには何もいらない。捨てろと言うなら家族親友以外はぜんぶ捨てる。そういうことを伝えなければならない。私は彼を傷つけたことを電話するまでよくわかっていなかった。

2015年11月08日 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 相変わらず、体調は悪い。よくなれ〜、よくなれ〜、と祈りながら毎晩早めに寝るが、基本的に同じ気分のまま翌朝も目覚める。

 それでも、いいことは起きていて、それを忘れたくないなと思うので、どんなにきちんと書けなくて、つたない記録になろうとも、この日記を再開して、毎日のことを残しておきたいと思った。おもに、何を観たか。くりかえしになるが、観てどう思ったかは「きちんと」書けなくてよしとする。さっきツイッターで「言語貧困感覚的貧困につながる」というフレーズを見て私のことじゃん……としょんぼりしてしまったが、いまはどんなに貧困でも、よしとする。かわいかった、おもしろかった、すばらしかった、かっこよかった、すてきだった、楽しかった、上等。

 少し日をさかのぼりながら。

 11月3日(火)Zepp Fukuokaくるりライブを観る。「NOW AND THEN vol.2」。「TEAM ROCK」「THE WORLD IS MINE」の再現ライブのつもりで行ったが、完全再現ではなかった。すばらしかった。二階席というのはいいなと思う。作法を知らなくて、始まるまで、立つのかな……と思っていたが、終わりまで立つことはなかった。私のちょうどまっすぐ前に岸田繁が立って、一年前に同じ場所で見た姿とはまったく別人のように感じるくらい、うれしそうにニコニコしたり、ピョンピョン飛び跳ねたりしながらギターを弾いて、歌っていた。キーボードも弾いていた。涙が止まらなくなるときが何度もあって、そのたび、私はなんで泣いてるんだろうなあと考えて、私は私の青春のために泣いてるんだろうなあと納得した。私の、大好きだった先生の、「ぼくもくるりと同じ京都出身ですよ」という言葉を思い出した。「くるりは好きですよ」「くるりも電車が好きなんですよ」電車はくるり全体が好きなんではなくて、岸田繁が好きなんだそうですよ、先生。こういう具体的な言葉を思い出すのは本当に久しぶりで、芋づるのようにいろいろなことを思い出す。その部屋の感じ、地下鉄旅行の感じ、あのころの何もかもの感じ。Zepp Fukuokaは来年のはじめくらいに閉鎖になるそうだ。ここは十年以上前に私が初めてくるりを観た場所で、それから何度も来ているけれど、いまだに正式表記の仕方がわからない。

 11月8日(日)県立芸術劇場モーツァルト歌劇フィガロの結婚〜庭師は見た!〜新演出」を観る。井上道義野田英樹の演出。オペラ3月に観た「蝶々夫人」以来。舞台が生きていると思った。動いて、もそもそと、増えたり減ったり、膨らんだりへこんだりしていた。訳がすばらしいなと思うのと、身体をたくさん使った役者のあっちに行ったりこっちに来たりが愉快だった。

 私の原稿はいっこうにすすまない。しめきりは迫る。きっと書ける、と思うが、苦しい。

 帰宅したら想田監督の「精神」が届いていた。アマゾンは私と違って仕事が早い。原稿をしないといけないが、観たい。

2015年07月09日 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

 弟に連絡したら、まったく簡単にするっとマッドマックスを観に行ってもらえたので、会う(映画に興味ありそうな)人々にマッドマックスいいので観に行ってください!とすすめて回るが、苦戦する。世の中は広い。弟は映画に興味があまりないし、アクション映画はほとんど観たことがないそうだ。

 Hちゃんにはがきを書いた。マッドマックスおすすめです、と書いた。

2015年06月25日 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

久しぶりにこの日記を開いたら、すべての記事が消えていたのでびっくりした。

私のしたことに違いないが、どのタイミングでやったのかの心あたりがない。もしくはありすぎて特定ができない。

エゾリスがいなくなったという文を書いたところまでは覚えている。2009年である。あのあと、全部をデリートしたのだろうか。印刷サービスを頼んで、その手続きが終わったところで、ここの日記を全消ししたのだろうか。思い出したいことを自在に思い出せるしくみには私の脳はなっていないし、どちらかというとどうでもいいことのほうなのでこれ以上の追求はしないが、消してしまうとは。われながらやりかたが姑息である。情けない。