memorandum 備忘録

 | 

2010-10-21 ルイ・ヴィトンで働く女たち

ルイ・ヴィトンで働く女たち

(AERA:2007年04月23日号)

 華やかな外資系企業への就職を憧れる人は多いだろう。

 ラグジュアリーブランドで働く女性は、どんな経歴で、

 どんな毎日を送っているのか。ルイ・ヴィトンについてレポートする。

 (AERA編集部・木村恵子)

 ◇ ◇ ◇

 取材前にふらりと店内に入り、見回すこと10分。

 「何かございましたらおっしゃってください」

 スタッフから声がかかった。

 絶妙な対応。マニュアルだろうな、と尋ねると、

 「マニュアルがあるわけじゃないんです。でも私もそうしています。お客様の立場にたって、最初は少し自由に見ていただいて、軽く声をかけるよう心がけてます」

 答えの主はルイ・ヴィトン表参道店の藤島優里さん(28)。

 もう一つ気になったのは、各フロアにインカムを耳につけたスタッフがいること。これは、

 「全員が接客している場合は、別の階からスタッフを移動させて、新たに接客できるフリーの人を確保しておくんです」

●各分野でエキスパート

 藤島さんはルイ・ヴィトンジャパンの全店舗スタッフ約1600人の中で、4人しかいない「シニア セールス エキスパート」。売上総額や顧客数の規定を満たし、社内の面接やレポート提出をクリアして、初めて得ることができるタイトルだ。

 販売スタッフは、レザーグッズ、洋服、靴、ウォッチ&ジュエリーなどカテゴリーを選び、それぞれの分野でエキスパートを目指す。藤島さんは洋服と靴が専門。接客の極意は「話題力」。

 「最近では東京ミッドタウンお花見スポットの情報など、その時々の話題をインプットしておきます。朝の新聞とニュースチェックは欠かしません」

 この日の朝刊からは、「今年はミレニアムベビーが小学生になる年なので入学者が多い」という話題をインプットしてきた。商品とは直接関係ない会話から親密度が増し、お得意様になってもらった経験が幾度とある。

 ただ、接客中は自分のことは進んで話さない。年齢や出身などは、「5回聞かれるまで言わない」。

 「夢を提供する仕事ですから、自分のことを率先して話すのは夢を壊す気がして」

 ルイ・ヴィトンは「NOに終わらない接客」がモットー。製造中止になった商品を求められたら、「ありません」で終わらず、顧客のニーズを察知して他の商品を提案していくことが受け継がれてきた。だが藤島さんは「NOと言う接客」も心がける。

 試着した洋服の色合いが似合わないなと感じた時は、はっきりと別の色を薦める。なんでもいいとは言わない信頼感が、次に繋がる。信頼あるアドバイスができるよう、カラーコーディネーターの資格も独自に取得した。

 常連客にはこまめに電話したり、誕生日カードを送ったり。休日には他ブランド店に足を運び、自分がどんな接客を受けたら気持ちいいかを研究する。

 「そこまで自信をもって接客できるのは、商品に誇りがあるから」

 入社3、4年目にほぼ全社員が経験する5日間のパリ研修。藤島さんもパリ郊外の工房を訪ねた。手作業で丁寧に作られる現場が目に焼き付いている。

 日本での売り上げに加え、海外店舗や免税店での購入も含めると、世界で売れるルイ・ヴィトンの4〜5割は日本人が買っているとの分析もある。

 そんな女性の心をつかむブランドはまた、女性が活躍できる職場でもある。全社員約1800人のうち女性が8割弱。全国54店舗の6割以上にあたる35店舗は、女性が店長だ。

●休憩室の壁に紙40枚

 トップクラスの売り上げを誇る松屋銀座店で「ストアディレクター」、いわゆる店長を務めるのは、Moritz−石川馨さん(34)。約80人のスタッフのトップに立つ。売上総額は社外秘だそうだ。

 休憩室。壁には、

 「お客様○人増やそう」「社内コンテスト1位」

 などの紙が40枚ほど貼られている。目標は明確化する。結果を出すためにスタッフにディスカッションさせる。目標と結果をすりあわせて、またミーティング。成果を最大化する組織作りが仕事だ。

 「数字にはこだわります。成果が上がらなければ、私の目指す働き方自体が否定されてしまうから」

 こだわる働き方は、スタッフにも浸透させている合言葉「ハッピートゥギャザー」だ。

 「我々がハッピーじゃなかったら、お客様を幸せにはできません。店長として一番気をつけることは、スタッフが楽しく、モチベーション高く働けること」

 例えば、勤務のシフト表づくり。店舗のスタッフは8割が女性で、家庭を持つ人も、独身もいる。店はもちろん土日もオープン。

 「夫が土日休みだから、土日はなるべく休みたい」

 「平日休みの方がお店や映画館がすいているからいい」

 スタッフ一人一人の声に耳を傾け、希望を最大限満たす。スタッフの夫の勤務予定まで提出してもらって、夫婦一緒に休みを取れるように考慮することもある。

 「私生活が充実しているからこそ、仕事も頑張れる。それに、プライベートの経験が仕事のクリエーティビティーにもつながる。スタッフたちの仕事以外の生活を充実させることは、私の大切な仕事」

●夫のスクール代援助

 原点は、フランスにある。石川さんは、日本で大学を卒業した後、ソルボンヌ大や名門グランゼコールで学んだ。インターンシップにあたる企業研修で、ルイ・ヴィトンモンテーニュ店で働いた。

 「店長がただちゃんと目を見て話してくれる、そういう小さなことがやる気に繋がって、店が活性化していた」

 これをきっかけにフランスルイ・ヴィトンに入社。金融機関に勤める3歳年下のフランス人の夫と結婚して、数年後に転機が訪れた。ルイ・ヴィトンの最重要マーケットである日本で働かないかという話が持ち上がったのだ。石川さんはきっぱり言った。

 「やりがいのある仕事だけれど、夫にも同じようにやりがいのある仕事が見つからないのなら、日本へ行くことはできません」

 するとルイ・ヴィトンは、夫が日本でも働けるように日本語学校へ通う資金を援助してくれた。訳を知った夫の会社も、日本支社立ち上げに絡む仕事で、夫の日本転勤を決めてくれた。

 最近、石川さんは、店を出る時にあえて大きな声でスタッフたちに声をかける。

 「今日は夫とディナーの約束があるから早く帰るね」

 プライベートな時間を大切にすることが仕事に繋がると、行動で示すためだ。実は9月には出産も控えている。出産しても、もちろん同じように働くつもりだ。

 「仕事人としても、妻としても、母としても、何もあきらめないでいいという前例になりたい。いろんな生き方があって、ハッピーということを示したいですね」

●個性とファミリー

 ルイ・ヴィトンでは、05年からより顧客に近いところで意思決定するために、リージョン制を導入した。全国を4リージョンに分けて、それぞれの地域特性に合わせた店舗開発や、スタッフ研修などを行う。責任者は各リージョン担当のヴァイスプレジデント

 六本木表参道横浜など関東を中心とする12店舗の「ミッド・イースト リージョン」を担当するのが鹿子木光さん(42)。昨年、横浜市内に3店目となる店舗がオープンした。日本のブランド市場も成熟期に入り不安はないのか、質問すると、

 「成熟したかどうかは見方次第。まだまだ可能性はある。多様化する個人の満足のあり方に対応できるよう、店舗も個性化していくことが大事だと思いますね」

 元々は外資系コンサルティング会社で働いていた。

 「外からのアドバイスではなく、自分が中に入ってやりたかった」

 外資系食品会社を経て、3年半前にルイ・ヴィトン転職してきた。たった一つ心配だったのは、女性が多い職場ということ。多くのキャリア女性同様、鹿子木さんが学生時代から経験してきたのは「女性少数派」の世界。

 「でも、入ってみて心配は吹っ飛びました。お客様一人一人のニーズを大事にする職場だからか、人間関係も個性を尊重するいい意味での個人主義があります」

 同時に、ルイ・ヴィトン「ファミリー」としての誇りを共有しているという。鹿子木さんは一体感を感じる手段として、昨年10月、東京用賀の体育館を借り切り、リージョン内の店舗対抗運動会を催した。静岡店からの参加者にはポケットマネーで交通費を出した。

 以前、正社員になりたいという元派遣社員を面接したとき、

 「これほど個人が活き活きして一丸となっている会社はありません」

 と言われたのがうれしかった。

 鹿子木さんに限らず、ルイ・ヴィトン転職組も多い。ファイナンス部門を担当する佐藤五月さん(29)は、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)から4年前に転職してきた。

 「消費財と違って、ラグジュアリー商品の購入に制限はない。ゼロにもなれば2にも3にもなる。そこでどうビジネスがなされているかに興味があった」

 1日ごと、1週間ごと、店舗ごと、商品ごと……、佐藤さんの元には様々な売り上げ数字が上がってくる。同じ地域なのに店によってどうして差があるのか、広告を打った注力商品の売れ行きはどうか、など細かく分析する。

 「数字はいろんなことを教えてくれるんです」

●女性を意識しない

 昨年、20代でマネージャーに抜擢された。パリで各国のCFOが参加する会議に出たり、社内でも社長が参加する会議で発言したり。

 P&Gは女性が働きやすい企業で有名。女性を支援する制度が様々あった。ルイ・ヴィトンも同じく女性が働きやすいと思うが、

 「むしろ女性であることを全く感じないですむからだと思います」

 ブランドにとってイメージをどう伝えるかは命綱。牧里カワスジーさん(47)は、広報や企業PRなど、ルイ・ヴィトンの情報発信を一手に仕切る。例えば、雑誌の写真一つでも、「LV」のロゴが途中で切れたものは絶対に載せない。職人が鞄を手作りする時と同じ細心の注意を払う。

 「伝統を守ること、価値観がブレないことが大事。それと同時に、エポックメーキングになるような革新さ大胆さも必要」

 昨年6月、東京夢の島公園。巨大なドーム形のテントを張り、その中で、パリ以外では初となるファッションショーを開いた。アーティスティック・ディレクターのマーク・ジェイコブス氏も来日。

 そこで、参加者1200人に配ったのは、女の子をかたどった携帯ストラップ。読み込みコードも付いていて、携帯をかざせばルイ・ヴィトンの限定サイトを見ることもできるという仕掛け付き。

 「パリ本社に、日本の携帯文化を説明して実現しました」

 伝統と革新。02年、パリから1通のメールが届いた。

 「村上隆さんのコンタクト先を教えてほしい」

 これが、あのモノグラムとアーティスト村上隆とのコラボを生み出す第一歩だった。

 「懐の深さがあるからこそ新しいことにチャレンジし続けられるんだと思います」

 カワスジーさん自身も変化している。最初にルイ・ヴィトンに入社したのは82年。当時は、まだレザーグッズしか扱っていなかったため、ファッションに興味があり転職グッチなどを経て、ルイ・ヴィトンが洋服の販売を始めたのを機に98年、再び舞い戻ってきた。

 「伝統あるブランドのスタッフとして、プロフェッショナルな仕事をしていきたい」

 ◇歴史伝えるパトリモワンヌ パリ以外で初めて就きました

 アンティークトランクが誘うタイムスリップ

 その水先案内の仕事をする女性がいる。さながらキュレーター

 ルイ・ヴィトンの歴史が詰まった本が最近完成した。

 日本中の店舗などにディスプレーされている154点のアンティークトランクを巡る歴史について、およそ1年半かけて調べ上げたものだ。

 元々誰が持っていたものか、その持ち主はどんな人で、どんな暮らしぶりだったか−−。

 この調査を担当したのは、パトリモワンヌの宮本彰子さん(41)。耳慣れないこの職名は、ルイ・ヴィトンが持つ伝統的資産を後世に伝えていく、いわば博物館や美術館などのキュレーターのような仕事だ。アンティークトランクの展覧会の企画をしたり、イベントに出すアンティークを海外から取り寄せたりもする。

 パリ郊外のミュージアムにパトリモワンヌは3人ほどいるが、フランス本国以外では、世界中に宮本さんたった一人しかいない。

 日本では、2年前に宮本さんが初めて就いた。

 「ルイ・ヴィトンは商品を売るだけでなく、憧れや夢も一緒に届ける。そんな役目をパトリモワンヌが担っているんじゃないでしょうか」

 アンティークトランクに隠れたストーリーを探るため、宮本さんはパリを訪れたり、電話でパリのパトリモワンヌとやりとりしたりを繰り返した。

 持ち主をつきとめるには、製品ラベルと、パリ郊外のミュージアムに所蔵される顧客台帳とを、一つ一つ照らし合わせた。錠前に彫られた鍵番号や、トランクに貼られた豪華客船やホテルのステッカーなども、当時を知る手がかりになったという。

 そして分かったのは――。

 ケージ状の引き出しが3段ある大きな帽子トランク。これは1927年に、パリに住んでいた大富豪伯爵夫人がオーダーしたものだった。夫人は当時では特権階級しか持てなかった自動車を持ち、さらにはスイスにお城まで保有していたことも分かった。

 トランクの中には、柔らかい起毛性の素材でできたアクセサリー保管スペース。トランク上部には「NO.9」の文字。旅先に持参する数多くのトランクを通し番号で数えるための印だったようだと、宮本さんは説明してくれた。

 コップや皿やスプーンを入れるランチケースは、スポーツマンで知られたイギリスのロンズデール伯爵のもの。優美さと機能性を満たしたスペシャルオーダーだ。

 「お城から抜け出してたまにはピクニックを楽しんでいたんでしょうか」(宮本さん)

 荷造職人だったルイ・ヴィトンがパリに旅行鞄店を創業したのは1854年。もう150年以上も前のことだ。

 1888年にダミエ・キャンバス、1896年にトレードマークモノグラムキャンバスを発表。1914年には、パリ・シャンゼリゼ通りに路面店をオープンした。

 日本で初めて、東京大阪に店舗がオープンしたのは、1978年。長い歴史のなかではつい最近のことだ。

 めくれば古き欧州上流階級の歴史がつまった「アンティークトランクブック」は、市販はされないが、この5月下旬から各店舗に置かれる予定だ。

 「本を見るとタイムスリップしているような感覚になる。店頭で本を見ながら、お客様とスタッフの間に新しいコミュニケーションが生まれればうれしい」

 と宮本さんは話している。

■人事システムはこうなっている 合格率2%弱の狭き門 百貨店の店舗も正社員化、パリ研修では香水調合も

 4月、「ルイ・ヴィトン ジャパン カンパニー」に入社した大学、短大、専門学校などの新卒社員は81人。志願者総数からみると、合格率は2%弱。狭き門だ。難関ゆえか、ネットなどで「圧迫面接」と評判が立ったこともある。07年の中途採用は、年間約200人を予定している。

 雇用ミスマッチを防ぐため、多くのスタッフは、採用後6カ月間は契約社員として働き、その後正社員となる。

 07年3月1日現在、従業員数は1767人で、男性395人、女性1372人。新入社員の男女比もほぼ同じで、女性8割弱、男性2割強。これでも最近は男性の比率が上がってきているという。

 契約・派遣社員の比率は、入社後半年までの人も合わせて全社員の1割程度。残りは全部正社員で、ファッション業界にあって非常に高い正社員比率だという。

 現在全国に54店舗があり、うち百貨店内に41店舗。他ブランドでは、百貨店に入る店舗のスタッフは、百貨店の店員が担っているケースが多い。だが、ルイ・ヴィトンは99年度から3年間で自社で雇う正社員に切り替えた。

 「すべてのスタッフに、ルイ・ヴィトンの考えるトレーニングプログラムを受けてもらうため」

 と、人事担当の原田弘シニアディレクター。

 販売員の退職や、転職が多い業界にあって、退職率は他社に比べて低い。現在、育児休業制度利用者は27人、時短勤務利用者は50人。結婚や子育てを理由に退職する女性もいるが、将来再び働くことを希望する場合は登録できる制度がある。

 07年度の新入社員募集要項によると、販売スタッフの労働時間は、実働1日7時間、週35時間、シフト制で、年間では1736時間。週休2日と祝祭日を加え、年間休日は120日確保されている。

 店舗スタッフは、店長などのマネジメント職と、セールスのエキスパート職の二つの道がある。今年度からは採用時点で、二つに分けて募集しているが、昨年度までは入社後に販売を経験してから、分かれる方式だった。

 本社での人事や広報などの部門では中途採用の人も多いが、いずれの職場も社内公募制度が盛んだという。

 新入社員に対するメンター制度があり、入社後は相談役の先輩が付く。メンター役には社内独自のトレーニングシステムがある。

 5段階に及ぶパリ研修制度もある。入社後3、4年目でほぼ全員がパリ郊外の工房を見学。マネージャークラスが行く上級の研修では、香水の調合やワインのテースティングなど文化全般を学ぶ。

 パリや日本人客が多いグアム、サイパンの店舗で、3カ月〜半年間の販売を経験するプログラムもある。ほかにも、オリンピックW杯など世界的規模のイベントの際には、開催地の店舗にスタッフを派遣している。

刊朝日・AERAから バックナンバー

 | 

カテゴリー

デザイン