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2010-09-04 「そっちじゃない」より「こっちだよ」 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

何かをえぐられたような暗澹たる気持ちになったので、

脊髄反射的に備忘します。


#いつにも増して粗いエントリで恐縮です。


子どもをくさらせる10の叱り方−読書猿Classic: between / beyond readers」より

http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-415.html

このエントリを拝見して、並んだ言葉を目にしたとき、

すごく嫌な気持ちになりました。


否定・否定・否定で育つと、何かをするときに「怒られるのでは」と萎縮し

都度、誰かの許可を取らないと身動きができない子供になる。

確かにそうだと思います。


あるボランティアでの経験談

かなり前の話ですが、小学生キャンプの引率をする、というボランティアに参加しました。


下は幼稚園の年長さんから、上は大きくても中学2年まで、夏休みを利用して

首都圏から離れた分校に宿泊し、自然体験をする、というもの。


みんなお行儀もよくそれなりにきちんと躾けられた子供たちでしたが、

驚いたエピソードがいくつかありました。


  • 夕方、肌寒くなってきたときに「上着をきてもいいですか」と聞く
  • 持参した箸を失くして泣いている子を宥めると「お母さんに怒られる」ことを怖がっている

それぞれ、

「勝手に何かをすると怒られる」

「物事のどうこう(箸がなくて食事が出来ないこと)よりも親に叱られることの方が怖い」

ということが深く刻み付けられているのだと感じ、悲しくなったのを覚えています。


でも「叱る」のって悪いこと?

おそらくこの問いにはほとんどのかたが「NO」と答えられると思います。

もちろん体罰や相手を傷つける言葉暴力は論外として、です。


「怒る」と「叱る」はまったくの別物で、感情のままに

例えば「なぜわたしに恥をかかせるのか」と怒鳴り散らすことと、

本人の間違いを指摘し、繰り返すようであれば厳しく教える、ということを

混同してしまうと、逆に「叱れない」親、先輩、教師になってしまうのではないでしょうか。


残念ながらわたしは教師でも親でもないので、指導する側として

これという回答と実体験を持たないのですが、激しい反抗期を過ごした自分が、

それでも親の言うことを納得し必要最低限のことを覚えて成長できたのは、

この2つを両親がうまく区別してくれたからなのではと思います。


また、大人になってから「誰からも叱られない」という立場になってみて、

それが素晴らしく気楽なことなのかというとそうでもなく、自分が間違いを犯したときに

指摘してくれる人物がいることのありがたみ、というのもあるのではないか

と実感するようになりました。


じゃあ、どうしたらいいんだろう?

ここからは、リンク元エントリを参考にして、

どう伝えればいいのか?を考えてみたいと思います。


まず、10の叱り方をもう一度見てみます。


子どもをくさらせる10の叱り方−読書猿Classic: between / beyond readers」より

http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-415.html

1.責める

例:「何度汚い足で家にあがるなって言ったの。どうして、いつもそうなの。お母さんの言うこと全然聞かないんだから!」

2.馬鹿にする

例:「なんて行儀が悪いの。本当に汚いんだから」

3.脅し

例:「もう一度やってごらん。お尻をたたくから」

4.命令

例:「今すぐ部屋を片付けなさい」

5.長々と講義する

例:「人の手から急に本を取るなんて、お行儀悪いでしょ。あなたは、マナーというものが、どんなに大事だかわかってないのね。(略)他人にしてほしくないことは、あなた自身がしないの」

6.警告する

例:「危ない。やけどするよ」

7.犠牲者的発言をする

例:「この白髪見なさい。苦労ばっかりさせられるから真っ白になっちゃったじゃない」

8.比較

例:「お隣○○ちゃんを見習いなさい」

9.皮肉

例:「明日テストがあるのわかっているのに、教科書本を学校に忘れてきたの?なんて頭がいいんでしょう」

10.予言

例:「成績のことで嘘をついたでしょ。そういう子は、大きくなったらどうなると思う?誰も信じない人になるんだよ」

…一部抜粋するだけで子供時代の悲しい傷が開きだしそうな言葉が並んでいますが、

これらがすべてすべきではない叱り方か、というと、そうではないと思います。


絶対に言ってはいけない叱り方

とはいえ、大人が子供に向けて、絶対にしてはいけないと思うこともいくつかあります。


まずはそちらを上げてみると、

 2.馬鹿にする

 7.犠牲者的発言をする

 9.皮肉

10.予言

この4つだけは、わたしは何があっても絶対に子供にしてはいけない、と思います。

それは、「本人に改善の余地がない」叱り方だからです。


馬鹿にされたとき、本人がその意味を理解できないと言葉をそのまま受け取ってしまい、態度とのギャップに混乱します。

犠牲者的発言も同じく、自分が何をどうすれば、誰かを犠牲にしなくていいのかの方法が分からず、自分を責めるだけになってしまいます。

皮肉予言、これはいわずもがなですが、言われた子供にとってどうしようもない言葉で、ただ相手を傷つけ自分ストレスを発散するためだけにぶつける武器のようなものではないでしょうか。


では、残りの項目を見てみたいと思います。


こんなふうにできませんか?

1.責める

「なぜ責めているのか」の理由だけではなく、「どうしたら責められなくなるのか」の方法を伝えてみる

3.脅す

「脅す=何かおしおきがある」ほど、そのことが「よくないことだ」というのを何度でも伝えてみる

4.命令

「AをBしなさい」と命令したあと、それを達成できたらきちんと褒める。何度でも、繰り返し褒める

5.長々と講義する

叱るポイントは要点を絞って1つに。シンプルに、「何が」「どう」ダメで、「どうすべきか」のみ

6.警告する

その警告を無視すると、どんな危ない目に合うか。また、それに合うとどんな悪いことがあり、自分がどんなに悲しむかを伝える

8.比較する

対象の子供を卑下するための比較ではなく、子供と他の子の個性の違いを伝えるための比較のみで用いる


メッセージを逆手にとる

これら「子供をくさらせる10の叱り方」で発せられているメッセージ

「お前は誰にも愛されておらず、愛される資格もない。

誰からも必要とされていないし、何も自分ではできない」

という「お前は無力だ」ということのようです。


では、逆に

「お前は愛されているし、愛される資格もある。

わたしはお前を必要としているけれども、一人でできるようになって欲しい」

というメッセージを、どう伝えていけるか、を考えていけばよいのではないでしょうか。


自分子供時代を振り返ってみたときに、どんなに突き放されても、

怒鳴られても、絶対に両親は自分を見捨てない、叱りながらも

一緒に泣いてくれる、という信頼関係があったと思います。


また、どんなに嫌っても憎んでも、どうしても子供は親の関心を惹きたいし、

愛情を与えて欲しいと思ってしまうものだと思っています。

であれば、「怒る」という「ムチ」だけではなく「褒める」という「アメ」も

同時に持つことが必要になってくるのではないでしょうか。


間違った道へ子供が進んだとき、「そっちじゃないよ!」と叱り「こっちだよ!」と導く。

この2つを同時に行い、もし自分自身も回答を持たないものは一緒に考える。


素人かつ未経験者が考えた、稚拙なアイデアかもしれませんが、

「マイナスをどう伝えるか」と同時に「プラスをどう伝えるか」を

あわせて考えることも忘れてはいけないのでは、と感じました。


まず、自分自身が問題解決の思考回路を多く持たなければいけないのかもしれませんね。


おすすめ書籍

以前、仕事で非常にお世話になった方に薦められた本です。


ある問題にぶつかり、目先のことにかんじがらめになってしまって

一人こんがらがっていたときに、わたしも参考にしてよかったのでどうぞ、と

プレゼントしていただいたのですが、こういう考え方をすればいいのか、

とハッとさせられました。


☆つけてみました!