hasenkaの漂流記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

ここはどうでもいいどぶろぐです。

2007-01-30

納豆を毎日2パック食べて2週間で痩せるは嘘とは限らない

それで痩せる人が現れればいいのではないだろうか。そういう問題じゃない? 実験データやインタビューの捏造が問題だったのだ。けど本題はタイトル通りなので他の問題は枝葉末節であろう。さぁ実験、実験。どこかが本当に納豆で痩せた!なんてやったらまた納豆が売り切れるんだろうな。

適当に生きていいですか

どんなニュースも華麗にスルー(無理無理)

論理判断停止して気分で選ぼう最初はグー

まぁお固い事は言わず

これが人類の積年の知恵

形式主義は飾りじゃないのよ

社会をスムースに動かすアイデアが詰まっているのさ

でもそんな事やってるとどうしたって堕落する

それが人間さぁ

やっぱりけじめって必要だわさ

まぁその辺も適当に

正しく生きたいという欲望

正しさというのも欲望の一種なのか。人間の欲の一つでしかないとすると正しさも食欲とか性欲と同じ次元に置かれてしまうわけですが、正しさと言っても真実とかじゃなくて自分にとっての正しさという意味ではそんな所かもしれない。で欲に溺れないとすれば正しさも程々にという事になる。そう全てがキッチリスッキリいくものでないのだから多少の事は目をつぶらんといかんという事になる。そう完全なものを求めるのは欲の出し過ぎと。

なんか思い出した

やっぱ国会というか立法機関は強いよな、とぼんやり思ったのだった。この間のサラ金の限度利率もあれだけで軒並み黒字だったサラ金業界が全て赤字に転落して外資も撤退する変わりよう。税制をちょこちょこっといじればどんな業界だって真っ青だ。好調なトヨタだって車の税制変えたら一気に赤字に転落するのだ。まぁそれに耐えられる政権があるとも思えないが。企業が献金するわけですよね。みんなが三顧の礼を携えてやって来るのだから政治家なんて辞められるわけがないと。こういった目立たない変更が水面下で攻防を繰り広げてるわけですか。

マジー?、マジマジ

やっぱこの世に必要なのは中庸ってやつですかね。みんなが適当に執り行って適当に過ごしていれば適当に収まると。そこへマジでそれはいかがなものかなんて奴が現れるから歯車が回らなくなりスキャンダル風な事件が勃発。スルーカが足りないなんて言われてしまう。あるある、スルーカスルーカ。不二家、スルーカスルーカ。生む機械、スルーカスルーカ。

小泉手法

美しい国って小泉さんのワンセンテンス・ポリティクス の真似だったのだろうけど表面だけ真似てうまく行かない典型だよな。だいたい性格も人格も違うのに人がやった事を表面だけ真似してうまく行くはずが無い。こうやって比べられてしまう所が人気政権後を継いだ政権の苦しい所。誰もやりたがらなかったわけだ。

宇宙の彼方に消えたアイデア

パソコンから離れた時にポッと考えが浮かぶ時がある。しかししばらく経つと忘れてる。一体何が浮かんだのか、結構良いアイデアだと思った事は印象にある。しかし忘れてしまうくらいだから大した事ではないのだ。少なくても生存に関わる事ではないという事だろう。こういう彼方に消えたアイデアを食べて生きているのが麒麟だ。そういった麒麟は様々な考えに耐えきれなくなって死ぬ。死んだ麒麟は首を落とされて頭骨をきれいに洗われて図書館でアイデアを読まれる日を待っているのか。

自転車も車検制度を始めるべき

で重量税なりなんなり強制保険も義務づけると。そしたら不要自転車も一掃されるし台数も十分の一位に減るのではないか。そうすれば駐輪場もかなり解決されるはず。売り上げ減少で低価格自転車も減る。自転車も道路を利用しているんだから当然だよ。

水伝を信じる自由、水伝を発表する自由、水伝を広める自由、ニセ科学を批判する自由、ニセ科学批判を発表する自由、ニセ科学批判を広める自由

こうなるとただの自由競争という事に。どちらも観客にいかにアピールするかという事が重要になる。今まで科学界はその方面で遅れていたから水伝なんかにつけ込まれる事になったと。どの場所が居心地が良いかと言えば観客である。両者奮ってがんばってくださいおもしろおかしく眺めてられる。おうこれは説得力があるな。これはちょっと納得できないな。とか適当にうなずいていればいいのだから。まったく民主主義って素晴らしいですね。

カラオケ店て怖いよね

防音対策で窓がない。この間の火災も窓が厳重に塞いであったから逃げ遅れたのだろうな。ビルでもない二階建てで逃げられないなんてやんなっちゃうよ。

幼児化する社会

騒ぐ方も大人げないんでないの。子供の喧嘩じゃないんだからさ。もっと冷静になろうよ。女性が生む機械でもいいじゃないか。それは事実の側面で単純化しただけですよ。こういう本音を言えない社会が「最大限努力します」とか「次善に対処します」とか虚しい大人語を生み出しているんじゃないの。怒っているのは機械うんぬんじゃなくて女性だけの問題に捉えている所だと言われるがそうではないでしょう。あの部分はその現象面を捉えただけで他の部分は今回の議題の筋ではなかったという事でしょう。問題じゃない所を問題にする。いちいちこういう部分で反応されても議論は何も先に進まない。もっとも少子化問題なんてそもそも何も語る事なんかないのでは。だからこういう茶飲み話が出て来てしまう。地方に言って何か一席ぶって欲しい。何を話そうかな。やっぱ今はこれかぁ、とぼんやり思ってうっかり発言。そう誰がなんと言ったってもう何も話す事なんかない。事実は減り続けるし少しでも歯止めをかけたければ現生を用意するしか無いという冷厳たる事実。みんなが足を引っ張り合う美しい日本の姿を見せられるのももうお腹一杯です。

言っても無駄だと思っても一応形式は踏まねばならぬ

くだらねぇ、という想い。言えば済んでしまう問題なのか。その程度の事なら最初から言わなければ良いのに。しかしそうした行動主義に走ればいつかは身を滅ぼすと二千年前から知られた事実。まぁある程度生きたら覚悟を決めて自分の信じるままに突き進むしかない。生き延びるだけが人生じゃないしね。勝ったとか負けたとか正しいとか間違ってるとかどうでもいいこと。自分はどういう世界を好むかと言う嗜好の問題。

「あるある」と普通の番組の違いが分らない

通常の放送でも問題の側面を一方向に限定したり一部分だけを取り出して見せるという手法は日常的に行われている。議論のそもそもの手法が一部を取り上げて問題点を叩くというのが普通なのでそんな事言っていたらあらゆるニュース映像は捏造になるしか無いと思う。例えばイラクで連日爆弾テロが報じられているがあれを見てると24時間爆弾テロが起きている様な印象を受ける。ああいうのも印象操作ではないのか。アル・ゴアの「不都合な真実 」もその問題点ばかりを寄せ集めて反論や逆の現象は一切紹介しないという恐ろしいほどの印象操作が行われているらしい。まったく「あるある」なんてかわいいもんだ。メディアは全て捏造である。なぜなら客観的事実なんてこの世に存在しないからだ。また客観性を第一にした番組なんてつまらなくて誰も見ないという事実。主観性がなければ何の意味も見出せない。おかしく面白く望んでいるのはユーザーの方なのだ。では考えてみよう、「不都合な真実 」が両方の主張を公平にのせてこれからどうなるか何も分らないという結論しか出せなかったらここまでヒットしたか。

 そうすると「あるある」を作らせたのは視聴者の声だったわけである。だからといって番組が免罪されるわけではない。しかし自分たちには一切無関係のように叩きまくる姿は醜いというしかない。だいたいやせたい人は騙されたと思って何でも試すものなのだ。藁をもすがるというやつ。ダイエット番組はこれからも続く。これからも似た様な事が延々と繰り返される事は間違いない。

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