hasenkaの漂流記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

ここはどうでもいいどぶろぐです。

2007-10-02 無用の長物となれ

一つ謎が解けた

いつも話題になるブログに内田樹の研究室というのがある。いつもこの人は独特の視点というか、どうでもいい所を微に入り細に入り突いて溜飲を下げさせるのが得意だなと思ったのだが今日秘密が分かった。それは下記のエントリで柳北という人の一文を引いているがどうやらその影響であるらしい。

九条と柳北 (内田樹の研究室)

「仙史此の編を草するの際、一客偸かに之を読み額を蹙め眉を攅めて曰く、子の書は世教に益なくして徒に人を罵詈す。無用の文を作つて以て世の怒りに触る。何の故に狂愚此の若きの事を為す也。子其れ悔有らん乎。仙史笑つて曰く、吾は固より無用の人なり。何の暇か能く有用の事を為さん。」

よく分からない所もあるけれど要するに、「仙史という人がこの文を書いたとき、一人の客人がこの書を読んで眉をひそめて言った、この書は世に教える所なくて人の悪口ばかり書いてある。役立たずの文を作って世の怒りを買う。何のためにこんな下らない事をするのか。これ後悔しないのか。仙史笑って言う、私はもとより無用な人なり。何の為の暇か積極的に役に立つ事はしないよ。」

仙史というのは柳北の筆名みたいなものらしい。つまり内田さんという方はこれを地でやってるっぽい。

ま、声を大にして私は大事な事をやるという人より

朝日新聞デジタル:どんなコンテンツをお探しですか?

「小人(しょうじん)のざれ言につきあってる暇があったら、(私は)もっと大事なことをやらないといけない」

役に立たないことをするって言った方がかっこいいってのはあるしね。

Mac使いづら〜い

いつになったらウインドウの色が自由に設定できるようになるのですか。

白の画面を無くしたい。白は眩しい位にモニター設定した方が写真が奇麗に見える、けど白があるとそれができない。

Windowsのウインドウのように左右上下の伸縮もできるようになった方がいい。

OS9のタイトルバーだけ残るウインドウシェードは中々良かった。下に隠れると忘れ易いんだよね。

突然思ったからそんだけ。

道路は必要です

しかしこれからは車の道は削って歩道と自転車道を充実させるべき。皆さんの周りにも不必要に広い道路があるのではないでしょうか。それなのに歩道は狭く自転車も恐くて走れない。もう自動車優先政策は止めて歩行者と自転車を復権させるべき。車は高速道路だけ走っていればいいのです。一般道は歩行者と自転車が取り戻すべき。二車線だった道路は一車線にして歩道を広げ自転車道を設けるべき。車を優遇してきた事は見えない所で多くの負担を強いてきたはず。交通事故死、大気汚染、騒音問題。そういう所から自動車メーカーは殆ど無縁でいられました。国の優先政策によって。それで世界一になって利益独り占めっていうのは違うのではないのか。せめての償いに歩道と自転車道を整備しなさい。

日本は車を作る為に生まれてきた

日本車最高という日本車信者でもないのだけれど。確かに外国車にも素晴らしいものはあると思う。ポルシェのデザインとか一部高級車のもろもろとか。しかし量産車ではやっぱり日本車に敵う所はないのではなかろうか。一時は特徴的な車を産出してきた外国車メーカーも近来は何か日本車のコピーじゃないかと思うようなデザインばかりしかなくてこれが欲しいと思わせるような欲望を喚起させる装置でなくなっています。似たようなものなら日本車の方がいいかという選択にもなるわけです。そりゃ少しでも違いを見いだして希少価値を求めるというのもありですがそれは文字通り希少価値なのですから一般化しないわけです。やはり微妙な求めるものとコストの最適化で日本の右に出るものはないのでしょう。もう車という成熟商品でアイデアも求められずひたすらコストと妥協の最適化が絶妙にバランスさせるだけが勝負の世界。時代の先端を走るわけでもなく生活必需品としての生活用品としての実用性とまぁまぁの格好良さを兼ね備えて最適化させる。このようなカテゴリーでは日本のモノ作りの精神がいかんなく発揮されるようです。

痛いニュースと朝日新聞が瓜二つに見えてきた

痛いニュースもちっともユニークな視点がなくて付和雷同で多数の意見の表出でしかなくって最近増々朝日新聞と何ら変わらない論調を見るにつけがっくりします。結局は日本人の多数派の意見の集積でしかないのだからどちらも限りなく近づくのはやむを得ない事なのでしょう。お互いを対象化した時は互いの悪口を言っても第三者的な事象には同じ目を向けます。そういう意味ではメディアが変わったくらいで論調が変わるなんて幻想なわけでそういう意味でネットは何も変化を齎さないでしょう。いや余計にネットはページランクの仕組みのように少数派の意見を抹殺するように振る舞うでしょう。ネット工作が激しいのもネットが影響され易く影響力を発揮し易いからでしょう。ネットの普及で増々日本は操り易い国へとなっていくような気もします。ネット、自由、幻想ですね。これから増々厳しい世界になっていくような。

映画の舞台挨拶というのも変なもので

主演者や監督がどうぞ宜しくとやるわけだが、そんな事言われたって良いものは良いし良くないものは良くないわけでやるだけ無駄である。こういうバカバカしい事はさっさと止めればいいのにと思っていたら先日のエリカ事件が起こったわけだが実に的を得た受け応えがあった。映画のどんな所が良かったかという質問には「特にないです」。これは主演者自らこんな映画ろくでもないし監督もダメだから見に行く必要なしというメッセージを発しているのだから人々は無駄足を踏む必要もなく無駄な出費も抑えられるというありがたい事なのである。それなのに多くの人々はなぜ揃いも揃って自分達に不利になるような発表者側につこうとするのか。主演者が制作時の苦労話を語ったり、できを自画自賛したり、どうしてこんな事になってしまったのか。形式が大事。それはそういうものだからそうしなければならない。余り長くもない間に出来た約束事。主演者というのは作品の出来は監督に預けたものなのだから出来たものに対して一歩距離を置くのが正しい道理である。自ら宣伝する義務もないし擁護する必要もない。出演料の中にそれは入っていない。間違っているのは社会の方である。

誰もやった事がない事について

前エントリーで人は誰もやった事がない事をやる為に生まれてきたという趣旨の事を言ったわけですが、それって特別な才能がある人だけじゃないという疑問を持ったかもしれない。しかし違うのである。どんな時代にも誰でも人は今まで誰もやった事がない事をできるのである。例えばブログが普及して始めはいろんな言葉が書き込まれたがブログでこの言葉を書き込んだのは自分が初めてという機会が当初はあっただろう。それは小さい事かもしれないけど確かに史上初であるはずだ。状況は絶えず変わる。ネットには新しいサービスが次々に登場して歴史上誰もできなかった事が可能になったりする。つまり毎日が史上初の宝庫なのである。だからなんなのだということもあろうが、そんな事をしてもギネスに載るわけでもなく意味もないって? そうかもしれないけどそんな所に穴があって新しい犯罪が可能になって巨万の富を得る可能性が転がっているかもしれない。世界は毎日可能性に満ちているはず。それを平凡な日々に過ごしてしまうのも悪くない。金になる事も悪くないけど人々を驚かす事だって悪くない。何をするのも自由ならばこそ生きていれば楽しいはずなのに中々そう生きられない。人は誰もやった事がない事をやる為に生まれてきたのさ。あらゆるレベルで。

 いやぁ、どんなつまらなそうに見える仕事も現在にあっては新しい状況での新しい事態なんだけどね。事件が起こるたびに社会は新しい対応を迫られる。どんな仕事だってそこに引きずられたりするものだ。

日本はキャラの意味付けがハッキリしているという事だね

スターはこういう風に振る舞わねばならない。社長はこうあるべき、政治家はこうあらねばならない。別に誰が決めたわけでもないのに知らず知らずのうちに決められてしまう。外堀がどんどん埋められて行って身動きできなくなる。周りからあなたはこういう行動をしなくてはならないと決められてしまう。自分の身体なのに自分で自由に動かせないなんて。操り人形、私のリモコンを握っているのは誰。誰もが自分のキャラクターを背負っていて自分のキャラなのにあなたはそういう事をする人でないと決めつけられてしまう。そのうち期待を裏切らない為に自分を演じなければならなくなる。それを打ち破るには実は私はこういう人間なんですよとカミングアウトしなければならずエクスキューズしなければならず、よううするに手続きが必要で面倒でそのうち面倒くさくなって自分を演じていた方が楽になってしまう。誰もが自分でない自分に憧れる。本当はこうじゃなくってこうしたいはずなのにそんな事したらみんなビックリ! 心に思っている事をぶちまける事を表の社会は許さない。まぁそれはそうなんだけど、もう少しどうにかならんのかね。

 キャラがハッキリしているって事は意味付けがハッキリしているって事でそれ以外の解釈が不可能になるって事でもある。一億人が同じ意味付けに共感しちゃうってのも気持ち悪いよ。そんなこと米でも起こらないし中国でも露でも起こらないんじゃないかな。でもまぁそれができたからあんな戦争が可能だったんだろうけど。

日本社会の寛容のなさ

芸能人はいつでも微笑みを絶やしてはならない。横綱はいつでも礼儀正しく規範を遵守しなければならない。国会議員はチリの一つもあってはならない。この寛容のなさが日本社会の特色なのか。いやぁもっと弾けてくれたっていいと思うのですが。そういうユニークな存在が歴史を一歩前へ進めてくれると思うのです。そんな事でへたれてしまっては後に続く人が現れません。パイオニアはいつも大変ですね。それだけ日本がまとまっているという事であるけど逆に言えば息苦しいわけです。もうやる前からやる事が決まっているなら何をやる必要があるのか。あれはダメこれはダメ。それでどういう選択肢が残っているのか。私達はありきたりのつまらない作業の為に生きているのではなくて今まで誰もしなかった事をやる為に生まれて来たのに。放っとけないとみんなツッコミを入れるが放っといて欲しいんだよ、他人が何をしようが。都会じゃないんだから日本は田舎者の集まりか。それなら仕方ないか。秋深しとなりは何をする人ぞ。それも見知らぬ隣人までで有名人にはそれを許さないっていうのも。有名人に規範を求めてどうすんだろうね。今は何時代だ。

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