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日記

2017-08-16

 朝7時に起きて、7時半に実家を出る。広島駅でお土産を大量に購入して、新幹線に乗車する。そこそこの混雑ぶり。セブンイレブンで買った蒸し鶏のサラダとピリ辛きゅうりを食べたのち、ひたすら『S!』誌の構成を進める。13時過ぎにはアパートにたどり着き、サラダチキンを食す。16時に構成が完成し、メールで送信。何とか間に合ってホッとする。

 吉祥寺へ急ぐ。17時にU・Mさんと待ち合わせ。数年前は一番よく飲む相手だったけれど、仙台に引っ越してしまってなかなか会えなくなった。でも、今日はこっちにいるというので誘っていたのだ。まずはハモニカキッチンに入り、ビールで乾杯。枝豆をツマミつつ、諸々話す。Uさんもお酒を控える日が増えたと聞いて驚く。2杯目からはホッピーを飲んだ。今日は浴びるように飲んでも平気なように、朝から食事を制限していた。

 90分ほど飲んだところで店を出る。今日は19時半からMANDA-LA2前野健太ソロライブ「親分の通っていた喫茶店がなくなって更地になっていた2017年夏」があり、それでUさんを誘ったのだ。整理番号8番なので、開場時刻に到着し、テーブル席を確保する。5分ほど押してライブが始まる。とても良いライブだった。MCで前野さんが語り出す。つい最近、近所で飛び降り自殺があったのだという。でも、次の日の新聞には記事は載っていなくて、「助かったのか、でも飛び降りじゃ載らないか」と前野さんは語る。そして客席に向かって「今日来てないですよね?」と語りかける。「来てたら聞きたかったですね。最後に思い浮かべたこととか、どんな歌が好きかとか」と言って、新曲「大通りのブルース」を演奏した。とても良い曲だった。この曲がレコーディングされるとすればどんなアレンジになるのだろう。これまでの前野さんとはまた少し違った姿が見えてくる気がして、そのことを想像しながらハイボールを飲んだ。どの曲を歌う前だろう、「僕の歌は反戦歌なんですよ」と口にした。その瞬間、客席から少し笑いが起きた。あの笑いは一体何だったのだろう。

2017-08-15

 朝7時に起きる。雨が降っている。コンビニに出かけ、月刊ドライブインの原稿を出力し、タンドリーチキンサラダチキンを食す。原稿は封筒に入れて、取材させてもらったお店宛てに速達で発送する。10時頃には雨が上がる。昨日と同じ軽トラがやってきて、「天候が回復いたしましたので、小学校のグラウンドにおきまして、盆踊り大会を開催します」とアナウンスしてゆく。

 昼、昨日のすき焼きの残りを食す。なぜか一緒にたこ焼きが食卓に並んでいる。盆踊り大会には屋台も出るので手をつけず。テレビで全国戦没者追悼式の中継。ご退席されるとき、天皇陛下は祭壇をじっと見上げられていた。数秒間その状態が続き、皇后陛下が何か言葉をかけられても少しの間動かす、視線を注ぎ続けていた。あの数秒間に何が浮かんでいたのだろう。午後は先週取材したドライブインの構想を練る。

 18時半、歩いて小学校へ。途中のコンビニでノンアルコールビールを3本ほど購入。到着してみると、小学校の校舎が新しくなっていて驚く。ここ数年は盆踊り大会に参加できていなかったので、いつ建て直したのかもわからない。ステージでは謎の殺陣が披露されており、ほどなくして和太鼓のパフォーマンスも始まる。地元の団体ではなく、市外から呼んでいるようだ。盆踊りはあいまに20分程度行われるだけで、がっかりした気持ちになる。

 走りまわるちびっこは派手な色をした甚平を着ている。男の子も女の子も甚平を着ている子が目立つ。こうした甚平はいつ頃から流行り始めたのだろう。小盛りにしてもらった焼きそばを食べて、ノンアルコールビールを飲んだ。この盆踊りを楽しみに帰ってきたはずなのに、何だろう、全然楽しくなかった。ふと、小さい頃は「盆踊りの時間早く終わらないかな」と感じていたことを思い出す。それが今では盆踊りを楽しみにしているというのがおかしくて、少し笑ってしまう。小さい子供を連れているのは僕と同世代だろう。自分がそこにいることが急に場違いであるように思えてきて、花火を待たずに帰途につく。

 夜、祖母とケーキを食べた。昼のうちに隣町の「白十字」に出かけ、バターケーキを買っておいたのだ。祖母のことを思い浮かべると、「白十字」のバターケーキのことも一緒に浮かんでくる。祖母と一緒に食べたことがあるわけでもないのに、どうしても思い出されてしまう。それは、N・Aさんと交わした会話が影響している。『MUM & GYPSY 10th ANNIVERSALY BOOK』で、こんな言葉を交わしている。

――何かのきっかけで、僕が「死ぬ前に食べたいものが三つある」という話をしたことがありますよね。僕が挙げたのは「あの店の寿司がうまかった」とかその程度の話で、それはさらに豪華なものを食べれば更新されてしまうわけです。でも、あるときあゆみさんが「私が死ぬ前に食べたいのはこのケーキなんです」と教えてくれたことがありましたよね。そのケーキというのは、すごく豪華なケーキとかじゃなくて、ごく普通のバターケーキで。それを「死ぬ前に食べたい」っていうのは、そこに詰まっている記憶を食べているんだと思うんです。そこに「かなわないな」と思わされるんです。

成田 私はそんなふうに思ったことは全然ないんだけど、そっか、橋本さんはそう感じたんですね。でも、たしかにそうなのかもしれないです。あのバターケーキはね、橋本さんも知ってると思うけど、ばあちゃんちのほうにしか売ってなくって。夏休みとか冬休みとか、長期休みはばあちゃんちのある福山に長い期間帰ってたのだけど、おうちに帰るとき必ず買って帰って、毎日少しずつ皆で分けて食べていたケーキなんです。ばあちゃんちが大好きだったから、おうちに帰るのが毎回本当に嫌だったし、バターケーキが毎日少しずつなくなっていくのも、本当に嫌だったんですよね。大事に食べるケーキなんです。いや、でも、単純においしいからってのも全然ありますよ。昔よく「大人になったらバターケーキを一人で全部フォークで食べるから」って言ってたんだけど、まだその夢は果たせてませんね。今でも福山に帰ると必ず買って帰るし、少しずつ大事に食べてます。そんなケーキなんです。


 祖母が癌になったことを唯一話した相手もN・Aさんだった。彼女と偶然出くわして、グルグル考えていたことを聞いてもらったこともある。あるいは、N・Aさんの出演する、現在10周年ツアーで上演されている作品には家族が亡くなる場面が、家族のこともおぼえていられなくなる場面が出てくる。今回里帰りした時、祖母は最初僕が誰だかわかっていなかったけれど、今は僕のことを認識していて、「まあ、大きくなったねえ」と繰り返し言う。この5年はもう、祖母は必ずその言葉を繰り返す。僕はおばあちゃん子だったので、祖母との思い出はたくさんあるはずなのに、今ではその言葉のことばかりが思い出される。「おいしいねえ」と繰り返しながら、祖母はあっという間にケーキを平らげた。

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2017-08-14

 朝7時に起きる。リビングに降りると両親はパンを食べている。少し前に新しいパン屋がオープンして、最近はそこのパンを朝ごはんにしているという。僕は「朝食はいらない」と言っておいたので、お茶だけ飲んで部屋に戻り、線香を焚く。昨日買った線香、使い道がないのでお香として使うことにする。白檀の香りは好きだ。この香りをまとって歩けたらいいのにと調べてみると、白檀の香りがするオーデコロンが出てくる。しかも、いつだかフィレンツェで出かけたサンタ・マリア・ノヴェッラのものである。

 明日は雨だというので、今日のうちに洗濯しておく。少し汗をかくと、黒いズボンに白い波が残る。部屋で月刊ドライブインの原稿を考えていると、「明日8月15日、小学校にて、盆踊り大会を開催します」とアナウンスが聴こえてくる。軽トラで宣伝してまわっているようだ。カレンダーとは無縁の仕事をしているのに、わざわざこんな混雑する時期に里帰りしたのは盆踊り大会のためだが、明日の予報は雨である。今日はまだ雨が降っていないのだから、今日のうちに開催してくれればいいのに。恨めしい気持ちで軽トラを眺める。

 12時過ぎ、昼食。食卓に置かれていたのは朝のうちに茹でたという素麺である。素麺が嫌いなわけではないけれど、里帰りして一緒に食べる最初の食事が、茹でおきの素麺。付け合わせがあるわけでもなく、ただ素麺である。4啜りほどして、ドライブに出る。蟲文庫で購入したクラムボン『モメントe.p.2』聴く。ここに収められている歌は、ずいぶん身近な場所にいるように感じる。それが悪いと言っているわけでも良いと言っているわけでもなくて、同じ社会状況を前に立っている感じがする。隣町の外れのほうにあるドライブインに行ってみると、「管理物件」という大きな看板が見えてくる。まっさらな更地になっていた。

 午後は月刊ドライブインの原稿を書く。素晴らしい原稿でなければ意味はなく、いろいろ考えあぐねる。どうしても7月に観た作品たちが頭をよぎる。自分が素晴らしいと思った作品に、張り合えるというと変だけど、それくらいのものを書きたいと思う。18時過ぎ、なんとか書き終える。もう少し推敲は必要だが、店主に確認してもらえる段階にまでは仕上げることができてホッとする。晩ごはんはすき焼きだった。父は第三のビール、母はお茶、僕はノンアルコールビールで乾杯。控えめに食べるつもりでいたけれど、そんなことを気にしなくてもすぐにお腹が一杯になってしまう。

 ところで今日の夕方には嬉しい誘いがあった。「野外上映を観る約束があるので、よかったら橋本さんも来ませんか」と誘われたのだ。里帰り中なので参加することはできなかったけれど、そういう催しに誘ってもらえて嬉しかった。でも、それと同時に、「今ことばを交わすことができるだろうか」という気持ちになる。他の皆はともかく、誘ってくれたY・Sさんと話せることばは今あるだろうかと考えてしまう。我ながら、いつまでそんなふうに考えているつもりなのだろう?

2017-08-13

 9時に起きる。昨日の朝もそうだったけれど、酒を飲んだ翌日は身体がハリガネのようだ。眠っているときもハリガネのように固まったまま眠っているのだろう、身体がバキバキである。しかし昨晩は愉しい酒だった。「鳥好」、焼き鳥はもちろんのこと、モロキューとおしんこの盛りがよく、それをツマミに冷酒を飲んで過ごすのはなんとも夏らしい時間だった。T・Mさんも愉しそうに飲んでいたので嬉しかった。しかし、話したいことはたくさんあるはずなのに、そのすべてを話し尽くすことができないのはなぜだろう。それは時間のせいだけでもない気がする。何か語りたい話はあるはずなのに、どうすればその話にたどり着けるのかわからないことがしばしばある。

 シャワーを浴びて、10時にチェックアウト。昨晩のうちに買っておいた海藻サラダとゆで玉子、ホテルのロビーで食す。自転車をこいで倉敷市中央図書館に行き、『タウン情報おかやま』読む。93年12月号まで確認したところで、今度は他の資料を閲覧する。14時、腹が減ってきたのでコンビニに行き、店の前でサラダチキンを立ち食い。通りの向こうに美観地区が広がっており、今日もかなりの人出。ひとしきり資料を見たのち、山陽新聞の古い記事を探す。瀬戸大橋が開通した頃のものと、僕が調べているドライブインが開業した頃のもの。それを終えると、郷土資料のコーナーをあれこれチェックしてみる。

 この2日間の資料探しで、時代の空気感は掴めてきた。僕が調べているドライブイン、開業の日には新聞に一面広告が出ているのも確認できた。ただ、そのドライブインに出かけた体験談はほとんど見つけることができなかった。小学校の記念誌に遠足の思い出が掲載されていないかとしらみつぶしに探してみたけれど、それも確認できず。さて、どうしたものだろう。いくつか方策を考える。いずれにしてもそこを取り上げるのは来年1月に出る号になる予定なので、それまでにもう一度岡山を訪れよう。

 17時に図書館をあとにして、今日も古本屋さんへ。昨日は黒ラベルを2本もいただいてしまったので、コンビニで黒ラベルを3本買ってゆく。これ、昨日のお礼ですと差し出すより先に、「これ、昨日話した京都日本酒です」と紙パックのお酒を渡してくれる。そして「ビール、冷えてますよ」と言ってくれて、クラシックラガーをいただく。古本屋さんでそんなことを言うのは間違っているのだろうけれど、ここで飲むビールはやっぱりうまい。30分弱過ごしたのち、もう一度Kさんのお墓を訪れる。新しい花が供えてある。仏具店で買っておいた白檀のお線香を焚く。

 18時に自転車を返却する。メールを確認すると「プロフィール写真をいただけませんか」と連絡がきていたのだが、パソコンの中に自分の写真は見当たらなかった。駅前にある証明写真の機械で写真を撮り、セブンイレブンでスキャンして送信。18時28分発の山陽本線に乗車し、2時間ほどで実家のある町にたどり着く。母が駅までクルマで迎えにきてくれる。父は半分眠りながらカープの中継をラジオで聴いている。隣の棟にある祖母の部屋に顔を出す。帰ってきたよと伝えても、祖母はキョトンとしている。「ともふみよ。帰ってきたけん」と伝えても、「ああ、ともちゃんが帰ってくるん」と言う。

 部屋に戻り、コンビニで買ったネバネバとろーり豆腐を食べていると、母が「あーちゃん(祖母)が『ともふみが帰ってくるって言うとったけど、まだ帰ってこんのか』って言いよるけん、顔を出してあげて」と伝えにくる。さっきの会話は、祖母の中では「知らない誰かが孫の里帰りを知らせにきてくれた」という感覚だったのだろう。もう一度顔を出す。別に悲しいという気持ちはないのだけれど、あまり祖母のことを見れなかった。湯につかりながら、蟲文庫で買った正岡子規『仰臥漫録』を少し読んだ。風呂上がり、梅干しを肴にノンアルコールビールを飲んだ。

2017-08-12

 ハッと目をさますと6時9分という数字が飛び込んでくる。5の時半には起きるつもりだったのに、久しぶりの飲酒でめざましもかけずに眠ってしまった。どうしようかと瞬時に考える。布団の横にあるリュックを確認すると、酔っ払いながらも「準備を済ませて眠らなければ」と思ったのだろう、旅支度は完璧だ。シャワーを浴びるのは諦めて、歯磨きだけしてアパートを出る。7時10分品川発のひかりに乗車する。数日前の時点でのぞみはすべて満席だったけれど、ひかりのグリーンであれば空席があったのだ。セブンイレブンで買っておいた野菜スティックとゆで玉子(2個)食べたのち、昨日のテープ起こしを進める。

 11時19分に岡山に到着し、倉敷へ。駅前のレンタサイクルを2日間の利用で借り(1400円)、まずはホテルに荷物を預けにいく。ホテルにたどり着いてみると無料で貸し出している自転車が置かれていた。まずは倉敷市立中央図書館で『タウン情報おかやま』のバックナンバーを閲覧する。1990年1月号から順番に見ていく。掲載されているストリートスナップの服装や、読者からの投稿に時代を感じる。14時、小腹が減ったところで図書館を出て、例によって「ふるいち」で肉ぶっかけうどんを食す。お盆だというのに、お盆だからか、大賑わいだ。

 早くシャワーを浴びたいところだが、15時にならないとチェックイン出来ないというので、古本屋に遊びにいく。ビールか麦茶だとどっちがいいですかと訊かれ、今日は酒を控えるつもりでいたのに、迷わず「ビールでお願いします」と答えてしまっている。ビールとコップを運んできて、「昼から飲むビールは美味しいですねえ。まあいつ飲んでも美味しいですけど」とT・Mさんは言う。心から頷く。昼から飲むビールはおいしく感じる。このお店で飲むと余計に美味しく感じるのはなぜだろう(迷わず「ビールでお願いします」と答えてしまったのはそのせいでもある)。30分ほどぽつぽつ話したのち、Kさんのお墓の場所を聞く。Tさんもまだお墓に行ったことはないらしく、おおまかな場所を教えてくれる。お線香までいただいてしまって、店を出る。

 コンビニでアサヒスーパードライを買って、お墓を探す。「遊具のある公園のそば」と聞いていたので、まずは遊具のある公園を探す。それらしき場所は見つけたものの、お墓を見つけることができなかった。遊具のある公園のすぐそばにも墓地があり、少し離れた場所にも墓地が広がっている。一体どこにあるのだろう。新しい墓石を探しては名前を確認する。角を曲がると猫が寝そべっている。ずいぶん警戒心のない猫だなと思ってよく見ると、蟻がたかっており、目が垂れ落ちている。手を合わせてお墓を探し続けたものの、30分経っても見つけることができなかった。

 諦めようかと思ったけれど、Tさんに電話。すると「店を閉めて私も行きます」と言ってくれる。ビールはすっかりぬるくなってしまったので、待っているあいだにもう1本購入する。T・Mさん合流すると、お墓はすぐに見つかった。僕は新しい墓石を探していたけれど、まだ墓石はなく、小さな木の小屋がKさんの仮の新居であった。こういう風習があることを僕は知らなかった。メビウスがお供えしてある。線香をあげて手を合わせる。Tさんが帰ったあとも僕はしばらくそこにいて、もらった線香を何度も焚く。「6月/June」「7月/July」そして「自問自答」を聴きながら、ゆっくり時間をかけてアサヒスーパードライを飲んだ。

 再び図書館に戻り、91年1月号から92年12月号までの『タウン情報おかやま』を精読。19時に閉館を迎える。ホテルにチェックインしてシャワーを浴び、20時にTさんと待ち合わせ。「良かったら飲みませんか」と誘ってもらっていたのだ。久しぶりに飲みたいと思っていたので嬉しい。この時期に駅前まで出てくることがないというTさんは、人の多さに目を丸くしている。お気に入りだという焼き鳥屋「鳥好」に入り、生ビールで乾杯。最初のうちはグループ客が多く、Tさんも僕も声が小さいので、なかなか会話が進まずおかしかった。

 やはりKさんとOさんの話になる。2杯目からは日本酒にした。金陵という香川の酒だ。倉敷地酒もあるけれど、それを提供する酒場は少ないのだという。「東北のお酒も美味しいですけど、このあたりのモヤモヤした味がする日本酒も嫌いじゃないんです」とTさんが言う。たしかに、東北の酒は美味しいし好きだけど、たまに美味しすぎると感じることもある。それで思い出したのはKさんが言っていたという言葉だ。太平洋側の海を訪れたとき、Kさんは「太平洋下品だ」と言ったのだという。そのエピソードを伝えると、Tさんは『蟹と歩く』の話をした。『蟹と歩く』の中で、海が好きではなかったと明かされるシーンがある。「あのシーンを観て、『そう、私も海は好きじゃないんだよKさん』って伝えたかったけど、もう伝えられないんですよね」。グラスを傾けながら、Tさんはしみじみそう語る。