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日記

2016-01-31

 朝5時に起きて、知人と一緒に出かける。東京駅ドトールでAセット(ハムタマゴサラダサンド)を購入し、8時ちょうどのバスに乗り込んだ。知人はすぐにサンドウィッチを取り出してくれようとしたけれど、「高速に入ってから食べたほうが楽しいでしょ」と断る。あ、国技館が見えてきたねえ。ほら、スカイツリーだよ。あのタンクが爆発したら街が吹っ飛ぶかな。サンドウィッチを頬張りながらそんなことを話しかけると、知人は面倒臭そうに頷く。

 いわきに到着したのは11時になろうとする頃だ。駅前を散策しながら、どこか寿司屋はないかと探す。昼から営業している店が見当たらず、結局駅前ビル「ラトブ」へ。1階に回転寿司屋があったので、そこに入店する。生ビールをふたりぶん注文して、まずは鯛とメヒカリを注文する。このメヒカリがどこ産かはわからないが、いわきと言えばメヒカリという印象がある。これがうまかったので、追加でもう1皿注文した。他に印象的だったのは子持ちのシャコである。ビールが空になると奥の松(300mL)を飲んだ。

 12時半、内郷駅に出て、いわき総合高校へ。今日はアトリエ公演があるのだ。いわき総合高校総合学科は、演出家を講師に招聘し、開設以来毎年アトリエ公演を行ってきた。2013年に飴屋さんを講師に迎えて制作された「ブルーシート」を最後に途絶えていたのだが、同作が岸田戯曲賞を受賞し、飴屋さんが賞金をすべて寄付したことで、久しぶりでアトリエ公演が開催されることになったのである。久しぶりでいわき総合高校を訪ねることができて、まずは嬉しくなる。

 僕が最初にアトリエ公演を観たのは今から5年前、2011年1月の「いわきの高校生インザ蚤の市」のときだ。あの年の講師を務めていたのは篠田さんで、思えば同世代の人が作る演劇を観たのはあのときが初めてだった。今年の講師は悪魔のしるしを主宰する危口統之さんだ。タイトルは「はだかのオオカミ」である。アトリエ公演を観るたび、高校生のまっすぐな熱に打たれるが、今年もそのまっすぐさがまぶしくなる。


高校生を「まっすぐ」というのは安直だと思うけど、やっぱりあの熱量は直線的だと思う。その熱を目の当たりにした時に、講師である危口さんは何を感じたのだろう。というのも、このアトリエ公演は、何も高校生と新作を作ると決まっているわけではなく、高校生と旧作を再演するのでもいいはずだ。たとえば、高校生たちと搬入プロジェクト(危口さんが発表し続けている作品)をやるということだってあり得るなかで、新作を作ると決めたのはなぜだろう。ちなみに、搬入プロジェクトというのは、荷揚げのプロフェッショナルの技をアートの俎上に載せたものだった。荷揚げのアルバイトをしていた危口さんが、その職人芸を作品として観客に見せるというものだった。

 この搬入プロジェクトは、日本各地あるいは海外のアートフェスティバルから招聘されたことで性格が変化し始める。当初は「巨大なブツを職人が運ぶ」という内容だったものが、搬入するための巨大なブツを地域の人たちと一緒に制作するようになり、搬入するのもプロフェッショナルではなく街の人々に変わっていった。必然的に、搬入プロジェクトは祭りのような色彩を帯びてくる。そこでは偽の伝統文化が創作されるのだが、この「偽」ということは危口さんにとって重要なテーマの一つではないかと思う。

 今回の「はだかのオオカミ」でも、「偽」(というか嘘)ということは強調されている。強調されているというか、「その点、嘘はあたたかい」と率直な形で語られてもいる(その語りもフィクションの中の言葉ではあるけども)。これまでの作品にだって率直な言葉はあったと思うけど、今回の「どうしてもそうじゃなきゃいけないことなんてない」的な言葉には、また一段違った響きがある。それはやはり、高校生20人のまっすぐさと対峙したあとに出てきたものではないか。

 いや、「荷揚げのプロフェッショナルアートとして展示する」ことも、「地域の人たちを作品に取り込む」ことも、あるいは実の父を舞台にあげた「わが父、ジャコメッティ」もまた、ある存在を違う文脈に接続し、作品の中に取り込んでいる。危口さんはその問題(?)とずっと向き合い続けてきたのだろうけど、今回高校生たちに向き合って作品を作ったことは、また一段違う思考をもたらしたのではないかという気がする。とにかく、観に来てよかった。

 終演後、電車を待つあいだセブンイレブンに入り、ハイボールとからあげ棒を買い食いする。作品の中に「セブンのからあげ棒」という言葉が出てきたのだ。本当はいわきで飲んで帰るつもりだったが、酒場がオープンするまであと1時間は待たなければならない。その繋ぎの1時間が煩わしく感じられたので、日が暮れる前に東京に戻ることに決めた。すぐに常磐線特急券を取ろうとしたが、満席と表示されていて自由席しか購入できなかった。が、特急ひたちに乗車しようとしてみると全席指定である。軽くパニックに陥りながらも車掌をつかまえて訊ねてみると、それは「自由席」の切符ではなく「座席未指定券」であった。

 「座席未指定券」というのは、普段この路線に乗らない僕にとって聞きなれないものだ。座席未指定券を買えば、その席を指定した乗客が乗ってくるまでは空いた席に座っていいのだという。それではトラブルになるのではないかと思ったが、(湘南新宿ラインのグリーン席のように)頭上にランプがある。空席の場合は「緑」に点灯している。その席を指定した客が乗ってくる駅が近づいてくると「黄」に変わり、その駅に到着すると「赤」になる。

 東海道新幹線なんかであれば常に乗り降りがあるから、一つの席を「東京から京都に向かう客」と「大阪から博多に向かう客」とに売り分けることができるが、ほとんどすべての客が東京を目的地とする特急ではそういう振り分けが難しく、こうしたシステムが発明されたのだろう。しばらくはガラガラだった特急は、勝田駅で一気に満席になった。聞きなれない街だが、デッキに移動してケータイで調べてみると日立グループのお膝元が勝田だという。

 上野駅で降りて、アメ横近くにある居酒屋に入った。ところで今日、いわきでは同業者のK田さんと会ったのだが、K田さんは知人に挨拶しながら「××さんとか××に会った時、よく話してるんですよ。橋本君はきちがいだって。いや、あれは同業者にとってプレッシャーで、あそこまでやんないとダメなのかって気にさせられる」と話していた。僕が海外公演に自腹で同行したりしているからだろう。その話を蒸し返すと、「何を真に受けてんの? あんなのバカにされてるに決まってるじゃん」と知人は言った。

 僕はそんなふうにネガティブには受け取っていなかったけれど、いずれにしても、僕はきちがいだというつもりはなかったので、K田さんにそう言われたことが不思議だった。たしかに密着するときに熱と金と力は注いでいるけれども、「身をやつしてでもこの対象を追いかける」ということではなく、楽しく過ごしているだけだ。

 きちがいと言えるのは、常に影のように追いかけ、ある1日には朝から開演前までピンマイクをつけて過ごしてもらって書き記した『cocoon no koe cocoon no oto』のときと、稽古初日から公演の千秋楽まで毎日凝視し続けたドキュメント(これは来週出る)の2つくらいだ。同業者から見たときに、それできちがいに見えるのかということが不思議でもあるし、それならばもっと突き詰められることがある。

 上野の居酒屋を出て、根津の「バー長谷川」でハイボールを飲んでアパートに帰る。帰り道、今月に出かけたものを数えてみる。演劇を4作品観て、ライブには7回出かけ、3回ほどトークイベントに出かけた。2日に1度は何かを見聞きしているわけだからまずまずだ。「らんぶる」に出かけたのもちょうど14回だった。こうして街に出て過ごしているとどんどんお金がなくなっていくけど、2月も楽しく過ごせるといいなあ。

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