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日記

2016-07-01 まえのひを再訪する

 マームとジプシーに関するドキュメントを出すのはこれで6冊目だ。今振り返ってみると、「ドキュメントを書いて欲しい」と依頼されて同行したことはなかったのではないか。もちろん、スケジュールを教えてもらっているからこそ同行できているのだけれど、あくまで僕が勝手に同行しているだけだ。だからこそ、前回と違う関わり方ができなければ意味がないと思っていたし、「新しいドキュメントを書かなければ」と思ってきた。

 狭いアパートで一緒に暮らす知人は、僕の行動にいつも怪訝な顔を浮かべていた。自分からツアーに同行して自分で本にまとめるというのは、知人からすれば気が狂っているように思えるのだろう。でも、僕は「誰かが記録しておかなければ」という思いに駆られていた。演劇というのは上演が終わると消えてしまうし、どんな旅をしているのかも記録する人がいなければ伝わらない。マームとジプシーが今、どんな旅をしているのか。それを後から振り返るのではなく、他でもない“今”の視点で書き記しておく必要がある。そう思って彼らに同行していたし、だからこそ本にまとめてきたのだ。でも、今回の『まえのひを再訪する』については、それでは説明がつかなかった。

 川上未映子さんの詩を、マームとジプシーが上演する。藤田貴大さんが演出し、青柳いづみさんの一人芝居として披露された『まえのひ』は、2014年の春に、全国7都市で上演された。僕はこのツアーに同行していた。ツアーの前にはソウルで行われたチェルフィッチュの公演『地面と床』にも足を運んで、現地で話を聞かせてもらったりもした。それはもちろん、ドキュメントとして書き記すために同行していたのだが、ツアーが終わっても言葉として書き記すことができなかった。

 あっという間に一年が経った。同じ季節がやってきたことで、あらためて「『まえのひ』のことを書いておかなければ」という気持ちになった。そこで僕は、『まえのひ』のツアーで出かけた土地を再訪してみることにした。そのことを告げると、知人はいつにも増して怪訝な表情を浮かべて「理解しがたい」と言った。

 今考えると、自分でも理解しがたいと思う。ツアーに同行する――これはいくらでも説明がつくことだ。しかし、1年前にツアーで訪れた場所をひとりで再訪して、誰かと会って話を聞き、同じ店で同じ食事をして、記憶をたどる。日本国内だけでなく、ソウルも再訪したし、鹿児島から沖縄まで移動する際には、1年前と同じようにフェリーに乗って25時間かけて移動した。その行為は、どうやっても説明がつかなかった。知人は「この人は頭がおかしいんだなと思った」と言っていたけれど、そう言われてもしかたのないことだ。でも、僕は「そうしなければ」と思っていた。

 何かを観ると、どうしたってとらわれてしまう。一度観た舞台のことを、ずっと思い返してしまう。面白いと思ったテレビ番組は、ドラマでもバラエティでも、何度も繰り返し観てしまう。音楽でも、一度気になった曲は何度も聴いてしまうし、好きなバンドのライブは何度も観に行ってしまう。それと同じように、同じ場所を辿り、過去のことを思い返してしまうのだ。

 皆で出かけた海を、自由が丘の焼肉屋を、いわきのバーを、江戸川橋中華料理屋を、松本の川べりを、京都にあるかつて小学校だった場所を、大阪にあるかつてキャバレーだった場所を、川上未映子さんに案内してもらった母校を、実家のある広島を、熊本にある倉庫を、鹿児島沖縄を結ぶフェリーを、沖縄の映画館を、僕はひとりで再訪した。1年前そこにあった風景を振り返り、あのとき舞台で表現されていたものは、いやそもそもあの旅は何だったのか、思いをめぐらせた。

 季節は巡り、あっという間に1年が経った。気づけば今年の春もまた、『まえのひ』で旅した場所を再訪していた。そのことに気づいて、「今年こそ書かなければ」と思い立って書いたのがこの本である。だからこれは、2014年に上演された『まえのひ』という作品をめぐるドキュメントであり、『まえのひ』を観た観客が当時を振り返ったドキュメントでもある。

 『まえのひ』という詩は、東日本大震災を経て書かれたものだ。ただ、「まえのひ」というのは震災のことだけを指すものではなく、地球上にはありとあらゆる「まえのひ」が存在し、私たちは常に「まえのひ」に置かれている――そう訴えかけてくる詩である。

 演劇を観終えると、観客である“私”は翌日に放り出される。『まえのひ』という作品を観終えると、『まえのひ』以降の世界に――いわば翌日の世界に――放り出されることになる。僕はこの2年、翌日の世界から「まえのひ」のことを考え続けてきた。今年もまた『まえのひ』という作品が披露されると聞いたのは、ちょうど『まえのひを再訪する』を書き上げた頃だった。翌日の世界から「まえのひ」について考え続けていたはずが、それがまた新たな「まえのひ」に繋がっている。自分が生きている世界というのはそういうものなのだろう。

 「まえのひ」という作品に関する展示は、今日から京都精華大学で開催される。展覧会の名前は「Fashioning Identity」で、マームとジプシーだけでなく、4組のアーティストによる展示がある。そのオープニングイベントが今日開催されることになっていて、そこで青柳いづみさんによるパフォーマンスも上演されることになっている。『まえのひを再訪する』の発売日は、この展覧会にあわせて7月1日とした。展覧会の会場でも販売してもらうことになっている。今は京都のホテルにいて、これから会場に向かう。どんな展示になっているのか、どんなパフォーマンスなのか、わくわくしている。

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『まえのひを再訪する』
著・橋本倫史 発行・HB編集部
四六判 210頁 2016年7月1日発行
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