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2009-10-01

小野不由美 十二国記シリーズ最新作『落照の獄』 死刑判決はほんとうに正しいのか。

 

 

「――父さまは人殺しになるの?」

 

 

『図南の翼』『黄昏の岸 暁の天』といった物語をかかえる傑作ハイ・ファンタジーシリーズ『十二国記』、待望の新作である。本屋をさがしまわって「yomyom」Vol12を買った。掲載されていたのはたった80Pしかなかったのだが、それでもまったく後悔はしていない。

 

なぜって――そりゃあ超面白かったからだ。いやまあ、面白いと云っていいのかわからん内容なのだが、ものすごい小説だったことは間違いない。だってすげーもん。なにこれ。マジパネェっす主上

 

この『落照の獄』がどんな物語か。

それは主人公・瑛庚(えいこう)が『不正解しか存在しない二択のどちらを選べばいいのか延々と悩み続ける話』だ。

 

狩獺(しゅだつ)と呼ばれる、連続凶悪殺人犯の判事を務めることになった瑛庚が、死刑か、そうではないか、ひたすら悩む。ただそれだけといえばそれだけなのだが、これがまた深い。この狩獺という男の造形がまた素晴らしいのだが――『ダークナイト』に登場するジョーカーを連想すればいいだろう。狩獺はまるで呼吸するように殺人を犯す「悪そのもの」だ。目の前を通りがかったから、手頃な金を持っていたからという、ただそれだけの理由で殺す、人の形をしたバケモノだ。柳国の民はおそれおののき、そして8歳の無垢な少年を殺した狩獺を死刑にしろと声高にさけび、憎む。その感情は瑛庚とて理解できるものだ。感情的には死刑にすることに、まったく躊躇いなどない。ましてや、彼もまた8歳の娘を抱えているのだから。

 

だというのに瑛庚は、狩獺を死刑にすることに躊躇を覚えるのである。

それは一体どうしてなのか? その理由は以下がおおまかなところだろう。

 

 

その一:「柳国そのものが、死刑を一度否定した過去があり、刑法上死刑は存在するが慣例として絶対に行ってはならないものとしていること」

その二:「死刑を一度許してしまえば雪崩のように死刑が濫発されると予想できること」

その三:「死刑は行わないという王の施策によって、犯罪者が減ったという事実が存在していること。そしてまた、死刑にしたからといって平和が保たれるという保証が無いこと」

その四:「崩壊が近づく国では例外なく死刑が増えてしまうという、歴史上の法則」

その五:「事実、国が傾き始めていること。死刑の執行は、それに拍車をかける可能性が高いこと」

 

 

主なところで、これら5つくらいだろうか。

 

これらが死刑執行に踏み切れない理由だ。狩獺を死刑に処すことがかならずしも正しいとはいえないその理由が、これでもかとばかりに描かれる。――しかし同時に、もしも死刑に処さなければ国にたいして民が不信感をいだくのは確実であり、それもまた国が傾く理由のひとつになってしまうことも事実なのである。

 

つまり、死刑を選んでも国が傾き、死刑を選ばなくても国が傾く。

 

滅びの運命を背負った、不正解しかない選択肢が目の前にあらわれてしまっている。どちらを選んでも負けという敗北しか許されない戦いに、瑛庚は身を投げていくことになる。死刑にするかしまいか、どちらが適切な判断なのか。瑛庚はひたすら迷い続ける。ほかの二人とともに、さんざ議論を繰り返すのだが、どちらを選んでも等しくデメリットが存在し、等しくメリットが存在しているのだ。

 

そしてまた、この『落照の獄』においてもっとも秀逸だと感じたのは王の在り方だ。このような状況下で、すべての責任を背負って「こうしろ!」という判断をくだすのは、まさに王の責務である。しかし王はすでに政治に対してまったくの無関心になってしまっているのだ。もっとも長く生き、もっとも重責を担うべき人間たる王そのものが、まったくやる気がないのである。王からは「瑛庚らに任せる」という言葉のみ。つまり、この問題から瑛庚は、逃げることすら許されないのである。

 

終わりのみえない議論をかさねた末、瑛庚は連続殺人犯・狩獺と会うことを決める。そのラストシーンがまた……すさまじい。是非結末はその目でたしかめて欲しいと思う。無論「二元論の枠を出ていないではないか」という批判はありえるだろう。それはぼくも感じた。たとえば『判決を下すまえに輸送中の事故にみせかけて狩獺を殺す(判決そのものを下さない)』とか『絶対に殺さないことを前提に、死の直前の苦しみを与え続ける』とか、色々やり方はあったのでは? と思わなくもない。だが、そもそもここまで究極的に二元論を煮詰めたことは賞賛にあたるはずだ。人間の生死には「1」か「0」かしかない。つまり中間値が無い。どちらも両立させるという単純な解法が許されないのが、この物語の凄さであり、すばらしさだと思う。

 

そしてさらに、この『落照の獄』という短編は過去に描かれた『華胥』ときれいに対をなしている。理想の政治をおいもとめた王の物語と、政治への感心を失った王の物語。しかし、にもかかわらずどちらの物語も同じことを描いている。つまり『最高の選択をしているはずなのに国が没落していくその過程』だ。それをものすごい説得力でもって描いている。この物語もさることながら、筆者の技量にひたすら唸らされるばかりである。

 

たった80Pにもかかわらず、恐ろしいほどの密度を持った作品だ。

短編といえど、読後感はそこらの長編小説をかるく凌ぐことを約束しよう。

 

まだ読んでいないならば読むべし。

最後に瑛庚がどのような判決をくだしたのか、そして狩獺は――。是非読んで欲しい。

 

必読。

anakinanakin 2010/04/11 08:41 はじめましてアナキンです。
私も読みました。
恐ろしい程の文筆力に私も震えていました。
十二国記シリーズを読み終わったら、何度もあらすじを思い出しては、自分の生きて来た経緯、自分自身の心理的葛藤、或いはこの世の中の普遍的かも知れない真理の様なモノ等を何度も考え込んでしまいますよね?
十二国記の続編は私も望んでいますが、読んだ処小野不由美さんはもう後は自分自身の物語を綴ってくれと言っている様な気がします。
登場人物以外はフルCGで良いので一番に映画化して欲しい作品です!

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