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2006-11-10 (金)

はてなが敬遠される3つの特徴〜つながりやすさの行き着く先

はてなは“はてな村”なのか、という話題について。

はてなの外の人から、はてなのイメージについて直接話を聞く機会があったので書き留めておきたい。

はてなって、どうよ?

ブログを書いていると公言しているリアルな知人に、おすすめのブログサービスについて意見を聞く機会があった。

自分がブログを書いていることはひとまず伏せつつ、どのようなサービスが馴染みやすいのかを尋ねてみた。

知人
ブログって、自分の意見とかがきっかけで友達が増えたりするのが面白いよ。hatayasanもブログやったら楽しいよ。」
hatayasan
「でも、初心者がブログ始めようと思ったら、どんなサービスがいいのかなあ。」
知人
「ゼロから始めるのだったら、大手のサービスが無難だと思うよ。」
hatayasan
「そうだね。いろいろなところがブログをやってるみたいだしね。ところで、“はてな”ってベンチャー企業が、最近新聞や雑誌でよく取り上げられているのを見るけど、あそこでもブログ開けるんだね。あそこはどうなんだろう」
知人
「ああ、はてなか。あそこは癖があるから、やめた方がいいよ」

はてなに漂う3つの特徴とは

なるほど、「はてな」は癖があるのか。でも、ブログコミュニティで癖のないところなんてあるのだろうか。

「実は僕、はてなで日記書いているんですよ」

告白したい気持ちを抑えつつ詳しく話を聞いてみると、はてなには3つの「近寄りがたい特徴」があるとのことだった。

1. 濃い
  • はてな中の人だけで盛り上がっているような感じ。検索から記事に飛んでも、その記事だけでは理解できない内容のものが多い。
  • いわば「一見さんお断り」のような空気を感じる。
2. 融通が利かない
  • 記事を書いた後に文字に勝手に張られるリンク、あれが鬱陶しい。
  • 他の大手ブログサービスは写真をばんばん貼れるのに、はてなは画像の容量制限が厳しくて使えない。
3. 理屈っぽい
  • はてなで人気の日記を読んでいても、いつも小難しい議論をしているような感じで、はてなユーザじゃない人にはなぜ人気なのかよくわからない。
  • 他のブログサービスでは気軽にできていたコメントが、軽軽しくできないような、殺伐とした雰囲気を感じる。

知人は「はてな」への違和感を、

の二つの側面に見出しているようだった。

視点を変えればまるで見え方も違ってくるんだなあ。心の中で苦笑いしながら、黙って話を聞いていた。

はてなユーザからみた「3つの特徴」

もし、そのとき自分がはてなユーザであることをカミングアウトしたならば、彼にどのように説明していただろうか、ちょっとだけ考えてみた。

1. 濃い

2. 融通が利かない
  • 確かに、他の大手ブログサービスに比べると、はてなでは画像を使う敷居はまだ高いかもしれない。
  • だが、画像を扱うサービスである「はてなフォトライフ」は3MB→30MBに無料ユーザの容量の上限が引き上げられたので、すぐに悩むことはないだろう。
  • 逆に、はてなダイアリーを書くときに用いる「はてな記法」は、手軽で使いやすい。これは、他のブログサービスにはない特色だろう。

3. 理屈っぽい

「つながりやすさ」の行き着くところは

つながりやすさがコミュニティに濃さを生み出すと、そのコミュニティには強固なアイデンティティが築かれる一方で、濃さは淀みとなってメンバーの流動性は次第に失われていく。

別の言い方をすると、遅れて参入したユーザほど、コミュニティコミットする敷居が高くなる。

ウェブの利用者に広く開かれていたはずの「つながりやすい仕組み」が逆に作用して閉鎖的とみなされる皮肉。

自分たちの常識では理解しがたいコミュニティを、「閉鎖的で排他的」な状態を示す隠語である「ムラ」のラベルを貼ってしまえば、すとんと落ちる。知人が僕に伝えたかったのは、きっとそういうことだったのだろう。

また、はてなの中でもユーザ自身がはてなを「はてな村」と自嘲気味に語ることがあるのも、非常に興味深い。

Yahoolivedoorなどに対して、なぜはてなの中ではコミュニティ論が盛んになるのだろうか。

はてブ衆愚化」が語る人によって180度立ち位置が異なってくる*1のと同様、「はてなは“はてな村”である」という認識も、語る人によってはまるで着眼点が異なってくるのだろう。

はてなに用意された「つながりやすい仕組み」と、「利用するユーザのリテラシー」に着目すれば、もう少し見えてくるものがあるのだろうか。

参考にしたい記事

はてなが外からどのように見られているかを考えるための記事を拾ってみた。

おそらく一番重要なのは、濃い人向けワールドから一般人向けワールドへの転換点を「いつ」仕掛けるか、「どういうサービスを切っ掛けに」仕掛けるかであろう。そして仕掛けるポイントを一度逃してしまうと、どんどん濃い濃いワールドに向かっていってしまい、二度と一般向けサービスには転用できなくなってしまう危険性がある。

そういう観点から「はてなキャズム超えに失敗したのではないか?」と思うわけである。

キャズムを超えろ! - CGMサービスがキャズムを越えることの難しさ 〜はてなはキャズム越えに失敗した!?〜

はてなの創業者の意図とは別に、はてなは濃い人向けのコミュニティから脱皮できていないという話。

はてなに限らず、一見するとオープンなサービスだけどその利用者間でのサービスが充実しているがために外界から見ると閉鎖的に見えちゃったりする弊害がどこでもあるんじゃないかなって思ったりしたわけです。飛び込む勇気が今一歩足りない初心者が入り込みにくい空気をかもし出しているなぁと。

カクかくしかじか - はてなに感じていた村社会的雰囲気

はてなの利用者は、はてなで固まっているのではないかと指摘。

別に他のブログサービスと繋がりにくくしているわけではなくて、そのあたりのオープンさは他サービスとほとんど一緒。ただ、はてな内部での情報の繋がりやすさが他に比べてとても高いので、閉鎖的に見られてしまうのでは。

鍵大工学部 - 閉鎖的に見えるはてな

情報が密につながることが、外から見れば逆に閉鎖的に見えるのではないかと指摘。

はてなはちょっと異常(汗)。これだけ民族意識が強いのは。(中略)

はてな住人は必ず「はてな」というキーワードに興味持つけどウチのfc2住人は「fc2」という言葉はあまり捜さないもの。

ブロ☆はじ。| おらが村。

なぜ、はてなユーザはてなのサービスを語るのが好きなんだろうか。

*1:ある人は価値観が多様化することを「衆愚化」と呼ぶ一方で、特定のサイトの記事が集中してブックマークされることを「衆愚化」と呼ぶ人もいる。このあたりの心理のまとめは「rikuoグループ - rikuoの日記 - あなたの衆愚化は何を指しているのか?」に詳しい解説がある

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