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2007-01-20 (土)

岳人 2007年2月号

岳人 2007年 02月号 [雑誌]

岳人 2007年 02月号 [雑誌]

特集は「雪山を登る」。

第二特集に京都近郊の低山「比叡山系」のルートを紹介した記事が。

地元に住んでいるのに、紹介された10のルートのなかでこれまで登ったことがあるのは大文字山だけでした。

歴史の重みを感じながらすぐそばの山に登るというのも、自分の世界を拡げるきっかけになるかもしれません。

3年前の記憶

2月号で個人的に注目したいのは、2004年2月に起きた関西学院大学ワンダーフォーゲル部の遭難事故*1を6ページにわたって総括した記事。

事故のあった3年前のその日、彼らが立往生していた福井県の「大長山」から数km離れたところ*2に入っていました。

敗退覚悟でスキー場の終端からスキーを履いて取り付いたはいいけれど、吹雪で深雪のなか身動きすらままならず。

高速道路の路面は真っ白。山はすごいことになっていそうな予感がする。(中略)

一歩踏み出すと底なし沼のように足をとられ、身体ごと雪に沈んでしまう。雪を両手でかき分けひざで面を固めて、全身這いつくばるように山頂に到着。ゲレンデ終端から50m進むのに60分を要する。

2004年2月7日の日記

目の前にあるピークがあまりにも遠い。

ほうぼうの体で下山した直後に車の中で耳にした事故を人ごととは思えず、救助の様子からその後の顛末までその行方に注目していました。

働きながら山に登る身だからこそ

事故の原因は「学生であるがゆえの経験不足」とメディアで痛烈に批判されましたが、普段トレーニングを習慣づけている彼らよりも、むしろ社会人で山に登る身こそこの事故から多くを学ぶべきではないかと思い続けています。

自分自身、働きだしてそれなりに行動範囲は拡がった一方で、学生時代のように長い期間山に入れる機会はやはり減りました。

「濃い」山行を気軽に行えなくなっただけに、長い休みが取れたときは欲求を抑えきれず、自分の実力で行けるか微妙なエリアに食指を伸ばす。

この傾向は、就職、結婚。自分を取り巻く環境が変わるごとに少しずつ強まっていることを認めざるをえません。

安全に山に臨むために心がけたいこと。

記事に記されていた下記のことばを、何度も反芻したいと思いました。

経験とは登山歴20年やヒマラヤに行った回数だけでは、単純に測れない価値である。限られた条件の中のラッキーで済んだことや連れて行ってもらい登れた登頂記録だけでは、経験が深いとはいえない。(略)

山の現場では予想を超えた状況にもなる。そんなとき、現場で冷静になれと言っても無理である。(略)

「なんとかなるさ」ではなんともならない。基礎のある人はいいかもしれないが、いつも何とかなってきた人は実力をつけたと言えるだろうか。(略)

勘ではなく、ひらめきとして得たアイデアを論理的に再構築すれば、しっかりとした行動予定が立てられる。

危急時の対応と生還の道 - 関西学院大学ワンダーフォーゲル部大長山遭難に学ぶ 41頁

追記

「山と渓谷」の2007年2月号も、遭難を扱った特集を組んでいるようです。下記のエントリでまとまった考察を読むことができます。

*1:当時の新聞記事は「神戸新聞 - ワンゲル遭難/「なぜ」を徹底究明したい」がまだ閲覧できました。

*2:「スキージャム勝山」から「法恩寺山」

2006-12-22 (金)

鉄道ジャーナル 2007年2月号

特集は「会社境界の現状」。

国鉄が分割・民営化されて2007年で20周年を迎えるにあたっての特別企画。JRの会社境界上にある路線や駅、列車が取り上げられています。*1

民営化にあたって会社の境界を決める経緯に触れた論考「会社境界の経緯」は当時を振り返る貴重な資料となるでしょう。

鉄道ジャーナル、激動の年

衝撃が走ったのは編集後記をめくったとき。

1977年から30年近く鉄道ジャーナル誌の編集部員として写真を撮り続けてきた沖勝則カメラマンが2006年11月30日永眠されたそうです。*2

112頁〜113頁には、氏が生前に撮影した写真が見開きで掲載されており、編集スタッフの最大限の餞を見るような思いがしました。

2006年は鉄道ジャーナルにとって激動の年だったようです。80年代後半から90年代前半にかけて黄金期を築いてきた顔ぶれが相次いで舞台を去りました。表立ったものだけ挙げてみましょう。

  • 種村直樹氏の引退
    • 1973年から連載してきたコラム「レイルウェイ・レビュー」が2006年7月号をもって休載。今でも誌面に筆をふるっているとはいえ、一線を退いたことは否めません。
  • 竹島紀元編集長の交代
    • 1968年の創刊から40年近く編集長を務めてきた竹島編集長が、高齢による体力の衰えを理由に2007年2月号をもって引退。
  • 沖勝則カメラマンの逝去
    • 1977年から30年近く鉄道ジャーナル誌の誌面を飾ってきたカメラマンが逝去。

趣味の雑誌に失われる求心力

2003年2月号の再録ではありますが、竹島編集長が最後の編集後記で「若い人たちの“鉄道離れ”を憂える」と題して、考えられる原因をいくつか考察されています。そのなかでも、ウェブの普及が鉄道離れを加速したと触れた下記のくだりは響くものがありました。

5 インターネットの普及

鉄道(趣味)誌はそれぞれ編集理念と読者の好みが違いますが、大雑把に言って“読んで楽しむ”ことと“情報を掴む”ことが読者の基本的なニーズであると考えられます。ところが最近はインターネットが普及し、「ホームページ」で臨時列車の運転や鉄道の催しなど様々な情報が瞬時に入手できます。(中略)

1ヶ月に1度だけの鉄道(趣味)誌の情報を待つより速くて便利なのは確かで、このことだけでも読者の減少が納得できるような気がします。

鉄道ジャーナル 2007年2月号 こちらジャーナル編集室(164頁)

ブログSNSが普及して読者レベルで能動的にコミュニケーションする敷居が低くなってしまった今、趣味の雑誌が求心力を得ていた時代はもしかしたら過ぎてしまったのかもしれません。

まだガキだった頃から20年近く「鉄道ジャーナル」を読んで語彙を吸収してきた身にとっては、なんともやるせなさが残った2月号でした。

*1津軽海峡線特急南紀」のルポ、JR東海に9存在する境界駅の素顔

*2:2006年12月の早い時期に、鉄道写真家の南正時氏の11月30日の日記で訃報については触れられていたようです

2006-08-26 (土)

鉄道ジャーナル 1989年からの夜行列車特集をまとめてみた

鉄道趣味誌のひとつである「鉄道ジャーナル」が最近マンネリ化している*1との記事をWikipediaの解説をはじめいくつかのブログで読んだ。

僕自身、同じ特集であっても「今年もこの特集が読めるのか」と安堵するほどで、いかにも保守的な読者ということが知れてしまいそうなのだが、先日鉄道ジャーナルの夜行列車特集のレビューを書いていたこともあるので、この機会に夜行列車を特集にとりあげたバックナンバーがどの程度あるか、本棚を引っ張り出して遡れる限り書き留めてみようと思った。

鉄道ジャーナル」誌の夜行列車特集の一覧及び特集で取り上げられた列車(1989年〜2006年)

年月特集名取り上げられた列車現存*2
1989年10月号ブルー・トレイン'89トワイライトエクスプレス(大阪〜札幌)
北陸(上野〜金沢)
1991年10月号転換期のブルー・トレインあさかぜ4号(博多〜東京)-
あおもり(大阪〜青森)
利尻(札幌〜稚内)-
1992年7月号現代夜行列車事情はくつる(上野〜青森)-
だいせん(大阪〜出雲市)-
中央東線1521M〜421M(新宿〜松本)-
1994年8月号岐路に立つ夜行列車の現実はやぶさ(東京〜西鹿児島)
銀河(東京〜大阪)
きたぐに(大阪〜新潟)
1995年10月号夜行列車 光と影あかつき(京都〜長崎)
紀勢本線2921M(新大阪〜新宮)-
はまなす(札幌〜青森)
ミッドナイト(札幌〜函館)-
おおぞら13号(札幌〜釧路)
オホーツク9号(札幌〜網走)-
利尻(札幌〜稚内)-
1996年10月号夜行列車の旅路'96日本海1号(大阪〜函館)
ちくま(長野〜大阪)-
ムーンライト松山(京都〜松山)
1997年4月号ブルー・トレイン'97あけぼの(上野〜青森)
彗星(新大阪〜南宮崎)-
1997年10月号寝台車 現状とこれから出雲2号(出雲市〜東京)-
はまなす(青森〜札幌)
1998年10月号サンライズエクスプレス 発車!サンライズ出雲(東京〜出雲市)
きたぐに(新潟〜大阪)
北斗星4号(札幌〜上野)
1999年10月号寝台特急カシオペアカシオペア(東京〜札幌)
富士(東京〜大分)
2000年10月号午前2時の鉄路あけぼの(上野〜青森)
だいせん(大阪〜米子)-
2002年7月号寝台特急の明日トワイライトエクスプレス(大阪〜札幌)
あさかぜ(東京〜下関)-
2003年10月号2003夏の夜行列車さくら(東京〜長崎)-
ムーンライトながら91号(東京〜大垣)
2005年7月号夏こそ夜行列車あけぼの(上野〜青森)
はまなす(青森〜札幌)
2006年10月号夜行列車を考える富士(東京〜大分)
銀河(大阪〜東京)
ムーンライトえちご(新宿〜新潟)

毎年3回しか出せない特大号や、発行の節目となる記念号*3に夜行列車の特集を持ってくるあたり、鉄道ジャーナル社の編集部がいかに夜行列車を愛しているかがわかる。「ジャーナリスティックに鉄道をとらえるという題目」以前に、なぜ鉄道誌の編集者を志したのか、アイデンティティに直接触れる魅力のようなものを夜行列車が有している、ととらえることもできそうだ。

特集号には毎号夜行列車の将来を展望する記事が書かれいて、夜行列車が経営上の負担になっているのではないかと憂う記述が一貫して見られる。12年前の1994年には既に車両の老朽化対策が指摘されており*4、11年前には21世紀に夜行列車は果たして残るのか*5といった問題提起すらなされている。

夜行列車は風前の灯火である。遠出する機会があれば、多少値段は張ってもまだ現役の夜行列車に乗って昭和の記憶に触れてみるのも、悪くはなさそうだ。

*1:確かに、新幹線、首都圏、京阪神、ブルートレイン、ローカル線の特集は定期的にローテーションが組まれている感がある

*2:現在も取り上げられた区間で運行されている列車は「○」、運行区間が縮小されている場合は「△」、廃止されたり臨時列車に格下げされている場合は「-」を付した。臨時列車の場合は曖昧な部分がある。

*3:1991年10月号は、創刊以来400号の超特大号

*4:1994年8月号

*5:1995年10月号

2006-08-24 (木)

鉄道ジャーナル 2006年10月号

Wikipediaの鉄道ジャーナルの項目を読むと、取り扱う特集がマンネリ化していると手厳しいのだが、僕はほぼ毎年登場する「夜行列車」の特集を楽しみにしている。

今月号の特集は「夜行列車を考える」。

列車の乗車レポート(実際に列車に乗ってその様子を詳細にレポートする、鉄道ジャーナルの売り物ともいえる記事)は「富士」と「銀河」「ムーンライトえちご」。

今号の特集で読み返したいと思ったのは夜行列車の今後を考察した「夜行列車ものがたり」。1960年代の黎明期から現在の衰退期まで、5つの時期に分けて夜行列車の歩みを分析している。

第1期(1958-1964)
東京〜九州間長距離列車の新設期。20系客車登場。「あさかぜ」運転開始
第2期(1960年代後半)
東北、日本海縦貫線方面への拡大期。583系寝台電車登場。「はくつる」「日本海」「月光」運転開始
第3期(1970年代前半)
夜行急行列車の格上げによる寝台特急の増発期。24系客車登場。上下2段式寝台の24系25形登場。
第4期(1970年代後半〜1980年代)
夜行需要減退に伴う夜行輸送力の適正化の時期。国鉄経営難。
第5期(1987年国鉄分割民営化〜現在)
寝台列車の新しい方向性の示唆。「北斗星」「トワイライトエクスプレス」「カシオペア」「サンライズ」の登場。利用客の減った列車の整理・淘汰。新幹線の延伸や航空機が普及したことで、寝台特急は観光をコンセプトとする特殊なサービスになった。

手短に言えば、ビジネス客が離れ始めた1970年代後半から夜行列車の衰退は始まっていて、個室や座席車両の導入など工夫がなされたが流れを変えるには至らず結果的に安楽死への道を歩んでいる、ということ。

現在夜行列車の任に就いている車両は大半がいわゆる国鉄型車両*1。寝台用の客車の大半を占める24系の車齢も30年に近く、旅客会社が夜行列車のために客車を牽引する機関車を新たに開発する構想があるはずもない。

この記事も予言しているように、夜行列車に最後の転機があるとすれば、数年後の九州新幹線の全通であり、北陸新幹線の金沢延伸、北海道新幹線の新函館開業が視野に入る時期だろう。その時期には国鉄型車両がいよいよ寿命を迎え、並行する在来線の経営は長野新幹線や九州新幹線と同様第三セクターに経営分離される。そうなると、豪華路線、対若者といった明確なコンセプトのない列車はいよいよ淘汰されるのだろう。

夜行列車の特集以外には、鍋倉紀子氏の上海の生活を綴ったエッセイが読ませる記事に思えた。

*1国鉄が分割・民営化される1987年以前に製造された車両を、国鉄型車両と呼んでいる

2006-05-25 (木)

鉄道ジャーナル 2006年7月号

特集は「JR東京圏輸送の現状」。そういえば鉄道ジャーナルが首都圏の特集を組むとすぐに絶版になる。

特集「JR東京圏輸送の現状」

首都圏の車両の数はJRだけで8,000両超。103系や113系といった鋼製の通勤車両はほとんど姿を消し、今や201系すら置き換えの対象。

乗客の絶対数の多い首都圏では、通勤時間帯に着席できることが付加価値になる。これまでの東海道線・横須賀線に加えて高崎線・東北本線・常磐線の普通列車にもグリーン車連結の動き。かつての通勤ライナーは通勤圏が拡大したことで通勤特急に発展。クロスシートに座って悠々通勤できる近畿圏とはまるで事情が異なる。

近年次々と登場する通勤・近郊型電車の形式とプロフィールがさすがに一致しなくなってきた。E231系は通勤型(山手線・中央線緩行・常磐線快速)と近郊型(東海道線)がある、209系の次世代バージョンとしてE331系がデビュー、常磐線中距離電車にデビューするE531系… 近郊型でもクロスシートの導入は首都圏では難しいのかな。

種村直樹氏の勇退

とうとうきたかと思ったのは、レイルウェイライター種村直樹氏が30年続けてきた「レイルウェイ・レビュー」の連載が編集部の方針で終了したこと。

思えば自分は氏の著作『鉄道旅行術』でまだ見ぬローカル線や夜行列車の旅に思いをはせ、時刻表に目を通すなかで運賃の計算や規則の解釈でわからないことがあればはがきで氏に質問して知識を吸収してきた世代。(種村直樹氏は、読者から鉄道に関する質問をハガキで受け付け、無償かつ自筆で答える丁寧なファンサービスを長年続けていた。ネットの普及する以前の通信事情を考えると、執筆の合間を縫って手間のかかる作業を地道に続けていたことに今さらながら驚く)

本人も今号の記事で触れていたように、氏が脳卒中で倒れた2001年以降の「レイルウェイ・レビュー」は過去記事の転載やおおよそジャーナリスティックとは言えない私情を書き殴った、往時を知る読者からは読むに耐えないクオリティで痛々しくすらあった。

長い間お疲れ様でした、とひとまずは氏をねぎらいたい。