忘却防止。 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-01-31 (火)

IWAさんのこと、「POWDER」のこと。

2005年

山スキーを始めてまだ間もない2005年頃、毎週のように白馬に山スキーに通っている人のブログが面白い、という話を聞いた。

ブログの名前は「POWDER」。

IWA」という人が書いていて、どうやら関西在住っぽい。関西から白馬はただでさえ遠いのに、ほぼ毎週だなんて凄いな。

興味と親近感を覚えて、その日からブラウザのお気に入りに入れて毎週読むようになった。

2006年

山スキーのルートを考えるときによく見に行くサイトのひとつに、「POWDER」を挙げる記事を書いた。*1

いま思うと、この記事が参照元となって自分のブログの存在がIWAさんに伝わっていたのかもしれない。

2007年

ブログに山の記録をアップした後、すぐに特定のアドレスからアクセスがあることに気づいた。*2

アクセス元を覗いてみると、山スキーや白馬、自転車ブログが集めてあって、「POWDER」は別枠のフォルダで整理されている。

もしかして、「POWDER」を書いている人が自分の記録を読んでくれているのだろうか。

ネットの向こうには誰がいるのだろう。ぼんやり考えているとき、地元京都の山のことで「POWDER」のIWAさんからメールで問い合わせを受けた。

憧れていた人が自分のことを知ってくれていたのが、嬉しかった。

2008年

雪乞いの集い

年が明けて間もなく、メールアドレスを頼りに、思い切ってチャット越しにIWAさんに話しかけてみた。

「是非一度お会いできればと思っています。」

IWAさんの主催される「雪乞いの集い」に行きたいと勇気を出すように申し出ると、快く受け入れてくれた。

3月、白馬乗鞍岳を滑った後、集いに参加。初めてお会いするIWAさんは、思っていたよりずっと年上で、落ち着いた人のように思えた。*3

手配されたバスで、八方第五駐車場からHakuba47スキー場のレストランへ。初めての場で緊張しがちな僕を、IWAさんが間をとり持つように仲間に紹介してくれた。

翌日は、集いで教えていただいたお気に入りのルート「ウラヒヨ」をトレース。偶然ゴール近くでIWAさん一行とご一緒して、下山地点のコルチナから入山地点の栂池までIWAさんの車に乗せていただいた。*4

GW

GWに滑る山スキーのルートを考えていたとき、事前にIWAさんに相談した。

「まあ、行けるでしょ」。その言葉に勇気づけられるように気合を入れて臨んだ、唐松沢から大出原、猿倉へのルート。

無事に行程を終えて車のある八方第五駐車場に着いたところ、IWAさんや仲間の方がバーベキューを楽しんでいるところだった。

「おめでとうございます。」まるで自分のことのように成功を喜んでいただき、僕も輪の中に混ぜていただいた。

しかしそれで話は終わらない。

寝床につくべく精算しようとしたとき、自分が財布と携帯電話をもろとも山にお供えしてきたことに気づいた。おそらく、疲労困憊でザックのチャックを閉じるのを忘れていたのだろう。

どうしよう。このままでは一文無しだ。

天国から地獄に突き落とされたように取り乱しそうな自分を見かねてだろう、IWAさんがそっと1万円を貸してくれたおかげで、無事に自宅に帰ることができた。

翌日以降の計画は流れてしまったけれど、遠征先で思わぬ親切に浴したことで、この年のGWは忘れられないGWになった。*5

自転車で一緒に走りませんか?」

IWAさんにGWのお礼がしたくて、チャットで話しかけた。

日程がまとまるも直前になって週末の天気予報が悪くなり、まずは様子を見ようということになった。

そうして訪ねたIWAさんの自宅。これまでで心に残る山スキー自転車のルートの話をGPSログや写真を交えて教えていただいた。

そこで、気になっていたことを尋ねた。「毎週行くところが、どうして白馬なのですか?」

「いいルートがたくさんあるだけじゃなくて、仲間がいるからね。」

その夜はIWAさんの自宅に一泊。驚いたのは、高価な自転車やスキー装備が、専用の部屋にまるで博物館のように保管されていたこと。正直言って、羨ましかった。

それまでMTBしか知らなかった自分がロードバイクを知ったのは、このときIWAさんのビアンキ号に跨らせてもらったのがきっかけだ。*6

2009年

ロードバイクを手に入れた年の秋、京都から和歌山を往復した帰りに、IWAさんの自宅に立ち寄った。

ロードバイクが走りやすい乗り物だと知ったのも、長い距離を走る楽しみ方があることを知った*7のも、IWAさんのブログがきっかけです」

内心は突然の訪問にきっと苦笑いされていたに違いない。それでも、僕が一人熱っぽく語る話をIWAさんは頷くように聞いてくれた。*8

2010年以後

IWAさんにお会いしたのは、2009年が最後。

2010年以降は僕が肩の脱臼の手術を受けたり、子供が生まれたり*9で、山に出かける機会が減ってしまったからだ。

この2年はFacebookTwitterでの緩いつながりではあったけど、IWAさんから「いいね!」をもらうたびに「あ、読んでくれているのだな」と感じることができたし、シーズンになれば「POWDER」で居酒屋「きっちょんちょん」での乾杯の写真を見て和むことができた。

もう少し子育てが落ち着けば、時間を作ってまずは自転車でご一緒してみたいな。ぼんやり、そう思っていた。

2012年

そして1月28日に、事故は起きた。*10

人一倍白馬を愛していた人に対して、なぜ自然は冷酷に牙をむいたのだろうか。

深い経験と周到な準備をもってしても、それでも事故は防げないのだろうか。

堂々巡りを続けながら、1月31日に最後のお別れをしてきました。


僕がIWAさんと関わることのできた期間はほんのわずかではあったけど、白馬、ロードバイク、ロングライド。新しい世界を見るきっかけをIWAさんにいただいたことは、間違いない。

IWAさんのご冥福を心よりお祈りいたします。

2/2追記

IWAさんのことに触れた記事をまとめました。

*1:「山スキーの情報を集めるために巡回したい10のサイト - 忘却防止。」。2006年11月。

*2:今はなき「はてなRSS」でブログを購読されていたので、アクセス元のアドレスを突き止めることができた。

*3:僕の記録は「白馬 栂池スキー場 - 天狗原 - 白馬乗鞍岳(山スキー) - 忘却防止。」、IWAさんの記録は「cocolog:@nifty」。

*4:僕の記録は「白馬 栂池スキー場 - 鵯峰 - 親沢 - 白馬乗鞍スキー場(山スキー) - 忘却防止。」、IWAさんの記録は「cocolog:@nifty」。

*5:僕の記録は「白馬 唐松沢 - 天狗沢 - 大出原 - 猿倉 - 八方(山スキー+自転車) - 忘却防止。」、IWAさんの記録は「cocolog:@nifty」。

*6:僕の記録は「葛城山と吉野川沿いと(ハイキング+自転車) - 忘却防止。」、IWAさんの記録は「cocolog:@nifty」。

*7:「cocolog:@nifty」の記事がきっかけでした。

*8:僕の記録は「ロングライドに出かけよう - 京都から和歌山へ - 忘却防止。」。

*9:詳しくは「2010年の私的なできごと3つ - 忘却防止。」。

*10:新聞記事は「no title」(魚拓)。日本雪崩ネットワークの現地報告は「Nothing found for 2012 01 120128」。

2008-07-01 (火)

確かめたいから、あの場所に行く

「素晴らしく綺麗な景色」は写真に撮れない - hirax.net::inside out」を読んで、思ったことを少しだけ。

味わうために、確かめる。

つまり、眺める景色の素晴らしさを絶対に写し取ることができないだろう、と確信してしまう時に、カメラを取り出す気になれないように思います。写真で「真を写す」ことができそうにないと確信してしまうのです。

「素晴らしく綺麗な景色」は写真に撮れない - hirax.net::inside out

カメラを持って山を歩いていると、立ち止まって無心にシャッターを切りたい場面に出会うことがある。

昔に比べるとカメラの機材も進歩したし、カメラの扱いも知らなかった頃に比べると、数も少しはこなしてきたつもり。

でもそういうときほど、家に帰って画像を確かめると

「実際はこんなものだったのだろうか?」

自分の吸った空気とともにあった風景と写真とのギャップに、一人うなだれることがある。

あの場は写真で伝えられるようなものではなかったのだろうか、単に自分の腕が未熟だったのだろうか。

どちらもあてはまるかもしれない。

だから、そういう場所は心に残って、しばらく時間を置いてまた訪ねたい場所になる。

もう一度あの雰囲気を味わわせてくれるだろうか、そのときはあの空気を封じ込めて持ち帰ることができるだろうか。

畏れと不安とが、ない交ぜになった心境。

たとえばブログの場合だと。

たとえば気になるブログがある場合。

一見ありふれたように見えても、一度では意味を噛み砕けないような文章に出会うことがある。

そのような記事は、ブックマークするかどうかを問わず、自分の記憶に留まり続ける。

やがて少しずつ記憶があいまいになっていくとしても、自分にとっての節目があったときにその文章を読み返してみれば、あのとき自分の心を揺さぶったものが何だったのかを、より確かな形で感じることができるかもしれない。

そこに足を向けるたびに、あの文章を味わうたびに得られる「気づき」を楽しみにしながら。

2008-05-25 (日)

そこにあるもの、いつかかなえるもの。

駅のホームで電車が行き交いするのを眺めながら。

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500系新幹線電車。東海道新幹線で見られるのもあとわずか。


息を弾ませながらその場に駆け寄って、顔をほころばせる。

「楽しみはもう少し後でもよかったかな」「ようやく会うことができた」

かすかな遠慮と待ちわびた思いとが、ない交ぜになった心境。

だから、いざ発車するときになると

かなわぬ願いとわかっていても

もうちょっと長い間、せめてあと少しだけ。

間際の名残惜しむ雰囲気を味わっていたくなる。


日曜日の夜の上り列車。

どこか安らいだ空気を窓越しに感じていると

いつもの場所に戻るときが自分にもやってきたことに気づいて、ふと我に返った。


自分の、そして向こうにいる人の

のぞみがかないますように。

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のぞみはいつも、そこにある。

2008-03-05 (水)

いつか振り返るためにブログを書く

夢中になっていることでも、いつか思い出になり、あったことすら忘れてしまうとするならば。

どうして書きたくなるのか、そのあたりをほんの少しだけ。

自分は常に入れ替わる

たとえば自分自身を形づくる核のようなものがあってそれが揺るぎないように見えているとしても、その周囲にある感情のセンサーや思考のパターンは、身体がそうであるのと同じように絶え間ない変化に晒されている。

場に身を置いて空気を吸い続けるなかで、時には淀むように、あるいは堰を切ったように。情動や学びの起伏に応じて、旧い記憶は新しい記憶に押されて気づかないうちに入れ替わっていく。

やがて忘れるときがくる

忘れることなどありえないと信じて疑わなかったものが、ある日突然「そのように感じていたこともあった」と静かに横たわる過去として立ち現れるときがある。

はやる気持ちとともに心に刻まれる時間を過ごしていたとしても、少し時機を外すだけで文字に落とすことがためらわれたり、筆を止めたまま無為に過ごしてしまうことは、案外ありがちな話なのだろうか。

だから、楽しくて夢中になれることでもいつか忘れてしまうことがあると気づいたときこそ、価値を見出したものが何であったかを、もう一度見つめてみよう。

書きたくなったときにはそれを書き留めて、自分の引出しにしまいこむ準備を始めればいい。

思い出す場として、気づきを得る場として

まわりの人と書くことが被っていても、以前似たような題で書いていたとしても、動機が自分自身の感覚に根ざしている限り、それを書き残す意味はある。

それが自分にとっては思考のかけらであってもかまわない。思いきってウェブに流してみれば、予想もしなかった気づきが得られることだってあるだろう。

次第に小間切れになっていつか思い出すことすらなくなるかもしれない記憶に向き合いながら、いつでも振り返ることのできる場を用意しておけば、安心して前に進み続けることができるはず。

だって、そのためのブログではありませんか。

関連する記事

忘却許可。: あんたジャージでどこ行くの
「忘却防止。というブログがあるわけで、これつまり、忘れないように記録するよ、ということなんだろうけれど実際は逆だ。つまり、記録するということの意味、記録する理由は忘れるためである。」
自分のブログを取り上げていただいたことを思い出しました。2006年10月。

2008-02-21 (木)

時計の針を動かそう

あたりまえのように思っていたことでも、立ち止まって深めてみれば思わぬ気づきが得られるのかもしれない。

振り返ったことを、忘れないうちに書き留めておこうと思います。

自分で時間を止めるとき

たとえば、そのまま受け止めることが難しいことに遭ったときや、自分自身のありかに直接触れるようなものに不意にぶつかったときは、自分で自分の時間を止めることがある。

それは思考を遮ることでこころの安定を保とうとする本能のようなもので、ほとぼりが冷めるまで判断を保留することを無意識のうちに行っていると言い換えてもいい。

もちろん、その間何もしないわけではなくて、そのような時間は、いままで見てきたものを読み返し、振り返り、触れなおして噛み砕くまたとない機会を与えてくれる。

さりげない濃淡を見つけて

過去を咀嚼し、いまある姿を受け止め、その先を見据えるなかで、これまで築いてきた価値と訣別を強いられることが、ないとはいえない。

だがそういうときこそ、自分自身の意識を投じてきたものの傍にある、なんでもない日常に目を凝らしてみよう。

これまで記してきた自分の足跡を注意深く追っていれば、なにげなく接してきたものであっても意識や興味にそれぞれ濃淡があることがわかる。

きっかけが偶然だとしても、自分の意思に従ってほんの少しだけ勇気を振り絞ることができれば、あたりまえのようにそこにあると思っていたことに思わぬ奥行きや深みがあることに気づくだろうし、それがきっかけで自分の知られざる一面に出会うことだってあるかもしれない。

顧みることもなかった日常が鮮やかな色をもって立ち上ってくる強さを感じながら、自分自身の固執してきた価値が数多あるものさしの一つにすぎないことを受け入れることができれば、一人背負ったつもりになっていた頑なな壁やわだかまりは、徐々に取り払われつつあるとみてよいはずだ。

時計の針を動かそう

「そろそろだよ」

いつのまにか、遠慮がちに背後でもう一人の自分がささやいている姿に気づく。

踏みとどまったまま居ついてしまうには、自分にとってそこは眩しすぎたのだろうか。

それとも、もう少し遠くへ跳ぶ勇気を自分はそこで蓄えることができたのだろうか。

その先に何があるかなんてわからない。いや、わからないからこそ、ありのままの自分の声に静かに耳を傾けて、過去の記憶を頼りにしながら、まだ見えないけれど価値があると自分が見定めたものに触れるために、顔を上げてみよう。

それでもためらいがちなときは、顧みた日常から手にした気づきやきっかけを、心の片隅にそっと忍ばせておけばいい。

時には意味に立ち戻り、その都度それを確かめて自分を律することができるならば、覚束ない足取りながらも、再び歩き出すことができそうな気がする。

時計の針は、またきっと動かせる。

関連する記事

思考停止したその先に工夫しておきたいこと - 忘却防止。Bookmarks
ちょうど1年前に書いた記事。
「結果から見れば遠回りだったとしても、その「ときめき」がこれまで止まっていた時計の針を動かすきっかけになることが、きっとある。」
なんだか既視感があるのは、考えていることがほとんど変わっていないからでしょうか。