花梨のへろりんブログ

2014-06-28

モニターが怖い

何だか『まんじゅうこわい』みたいなタイトルになっちゃってますが、実はモニター好き、なんではなくホントに嫌いなんですよ。


ピンポーン、と鳴ってドアモニターに映るのは大概知らん人である。
しかし、その服装で何屋さんなのかが分かる。

妙にロマンチックな白や黒のレースの傘&日よけ用の長い手袋(何つーんだ?)&ロングスカートだったら、宗教の勧誘。
作業着だったら工事関係。
まあ、中には偽者もいるでしょうけど^^;

んで。
うちはボロい一軒家なので圧倒的に工事関係が多い。
壁にひびが入ってますよねぇ、と言う塗装業者である。

彼らは決して親切で教えてくれてるんではないのだ。(当たり前か^^;)

いきなりピンポン〜ときて『あの〜壁にひびが入ってますよね』て、あんた。
見知らぬ人にいきなり悪口を言われた気分だよ(笑)


で、そんなこたぁどうでもいいのだが、どうでもよくないのはお断りした後の彼らの表情である、

モニターだから、当然顔が丸映りである。

相手も見られていることは承知の上である。
だから、交渉している間はニコニコ顔。

でも、断られてこいつは脈が無い、と知った途端。。

ガラリと表情が変わるのだ。 
もう見られてようがどうだろうが構わん、という感じで。

『あ。そうですか・・。はい。』と言ってその場を去る時の、ムッとした顔。


何つったって、それをモニター越しで見るのが一番怖い。

何だかソコにその人の本性?みたいなのが現れているような気がして。
もしこれが面と向かって話していたならば、そこまで怒った顔をしないだろうて。
でも、こっちの顔が見えないから油断しちゃうのだ。

ちょっとは残念そうでもいいから、最後までにこやかな姿を見せてくれていたなら、その会社に対する印象が悪くなるっつーことはないのにさ。(断っといてエラそう?^^;)
それにその時は断ったとしてももしかしたら後に、ああ、そういえば・・と、ポストに入れられていた名刺なぞ見て頼むことがあるやも知れんじゃないか。
じゃあ、何かあったらまた宜しくお願いします。と、にこやかな顔を見せられたのと、怒り顔を見せられたのとでは印象が全く違うのだ。



ちょっと話がズレるけども、スーパーなどでのレジの人の対応も気になることがある。


いらっしゃいませ〜^^と、にこやかに接して、次々とカゴの中身を取りだしてはバーコードをピッとやる。(ピッとやる、って他に言い方ないのかい^^;)

で、空っぽになったカゴを足元に置くのだが、その置き方が乱暴だったりする。

ぶん投げているのだ(笑) 今まで私が使っていたカゴを。

○○円になります^^ ガコン!(カゴを投げた音)と。

面と向かっているので顔はにこやかだが、足元は見られていないだろう、という油断。
忙しいのは分かるけども。
そこにその人の仕事に対する姿勢、みたいなものが出てしまう。
もうちっと最後まで細やかく丁寧にやってくれよ、と思う。




昔観た映画『マルサの女』で、伊藤四郎がそれまでいつもニコヤカで人の良さげなオヤジ、という印象だったのが物語後半でガラリと変わる、というシーンがあった。
その豹変ぶりが見事で、そしてその瞬間の顔が凄く怖かった印象がある。

断った後でのモニター越しにそんな顔を見ると、私は、ついそれを思い出してしまうのだ。
まあ、、そこまで大げさじゃないけど^^;

2014-03-23

未だにスパゲッッテイをパスタと言えない。 トラバあり。

いつから私は『ランチ食べに行く?』などと言うようになってしまったんか。

お昼ご飯からランチという言い方に変換した瞬間はいつだろうか。
いや・・未だにちょっとあんまり言えないけど^^;b


昔は『お昼食べに行く?』なんつって言っていたじゃないか。

まぁ、よく考えてみると、その日本語も変だ。
『昼』を食べるて。。
『朝食べに行かない?』とか『夜食べない?』などとは言わんのに。あ、略して言うこともあるか。
でもお昼=昼飯で、お朝とかお夜、とは言わないのも不思議。


まー、でも、『昼飯を食べてる自分』と意識するより『ランチ食べてる自分』と意識しながら食べてる方がおしゃれだしゆったり感もあるし美味しそうだし。(・・と、そんな感想を書く自分、バリバリ昭和だな〜^^;)


で。
ランチは、もう何となくすんなり言葉に出るけど、未だに躊躇するのは『カフェ』って言葉。未だに。
もはや『喫茶店』は街角からどんどん姿を消して、カフェ流行りである。(カフェ流行り・・)


んで。
カフェってどうかすると『フェ』と言う時に下唇を軽く上歯で噛んで発音してしまいがちで、そんな自分がいやだ。

従って。未だに私の中では

『お昼に喫茶店でスパゲッティ―を食べたいな』
・・が、根づいた正しい言葉である。

しかし、街中で『喫茶店』と『スパゲッティー』の文字を探すのは一苦労。


そういえば。
あの、コーヒー豆がびっちり敷き詰めてあるガラスのテーブルの横を、飲食店専門?の小っちゃい『G』のやつがチョロチョロと這いずり回っていたあの頃は懐かしいな。
懐かしいだけで、もう嫌だけど(笑)


多分、私が過ごした『昭和』っつー時代の、実際に良かったところは20%も無いんじゃないかと思う。
でも、80%の不便や不自由さは『懐かしさ』が補っているのだろうよ。
不便や不自由は便利と自由になってから懐かしくなるのかなぁ。


もっともっと昔の人たちも、懐かしい・・なんて思っていたんだろうか。

縄文時代と弥生時代が交わる刹那に生きていた人たちも思っただろうか。

あ〜あの頃は石削って弓矢でよくイノシシ捕ってたなぁ〜・・落とし穴作るのも大変だったなぁ・・などと、鉄の鍬持って耕しながら思ったんだろうか。

んで、百年後だか何百年後だか分からんけど、『地球の実家に住んでいた頃はさ・・』なんつって未来人は懐かしがるんだろうか。

・・と、そんなことを思いながら、お腹が空いた私はレンジでパスタをチンするのだ。



*どろさんが言及して下さったです。

『タ・ペン・ト・スパ・フジ・ズッ・パッパ」

http://doroteki.hatenablog.com/entry/2014/03/27/085150

有名パスタ店での厳しいバイト経験のお話。

この呪文のような言葉、しばらく頭から離れそうにないですな(`∇´*)

2014-01-08

テレビ番組二題。

サザエさん

カツオが[ちょっと好きなお兄ちゃん]であったはずなのに、サザエさんどころかもうフネさんの域に達っせんとする勢いになっとる現在の私にとっては、サザエさんと共に生きてきた感があり、今更『サザエさん』についてどなたが何を語ろうと一切動じない姿勢であった。

がしかし。

果て風呂(何じゃこの変換)ハテブロの方で書かれているくみちょうさんの
『堀川君回に遭遇』
http://strawberry-parfait.hatenadiary.jp/entry/2014/01/06/102248
の中の話は、何か聞き捨てならんものを感じた。

何でも、ワカメちゃんと同級生の堀川君という男子がよく自分の弟とキャッチボールをしている云々と話をしているのだが、実は弟なんぞいなかった、という急展開である。
んで、その弟とはカツオが壁に友人達といたずら描きした後に消しそびれた『人型のようなシミ』だったっつーオチだと。
シミが弟て。。

私はその回を観てないので(てか、ここ数年観てない)その時に流れていた空気感は分からないのだけど、しかし、その話を読んで何か、何とも言えん不安な気持ちになったんであるよ。

話自体は、ホラー好きな私としちゃ〜全くもって好きである(笑)
しかし、よりによってみんなが笑ってるお日様も笑ってるようなサザエさんで、であるよ。

しかし、無理に制作側の意図を探ると、カツオに対して『僕の赤い糸はお兄さんと結ばれているのかもしれません』と言ったりしている堀川君が、カツオが描いたシミを自分の弟と思いたい、というのは分かる気もする。
うんうん。私も欲しかった。
カツオのような兄が。

だから、堀川君はよほどカツオが好きなんだろうなぁ・・と。
出来ればカツオ(兄)、自分、弟、という兄弟船(古いねこりゃどうも)になりたかったんじゃないのか、と。
そう考えると、一人っ子である堀川君の、兄弟欲しさにシミすら弟に見立てざるを得ないほどの、哀しくいじらしい気持ちを制作側は描きたかったんじゃあるまいか。

いや。いやいや。

きっとその願望はある日、現実となったのだ。
シミは、確かに堀川君に言ったのだ。
『オニイチャン、イッショニキャッチボールシヨウヨ』と。


・・・と、長々と行を割いてここまで書いてきまして怒られるかも知れんけど(・・と、くみちょうさんも自身のブログで書かれていたけど)

どうでもいいか!・・という気で今はいっぱいです(笑)




バチスタ
ここからは、知らん人は全く知らん番組の話ですな。

いよいよ新スタートしたテレビ番組『バチスタ』であーる。
ドクターヘリから颯爽と降りてきたのは、何とか美容外科のアノおやじではなく速水先生であった。
かっこいいのだ。
ものすごく好き、というわけではないのに、その姿を観た時にものすごく好きなんじゃないかと思った。
相変わらずチュッバチャフスを小道具とし、咥えたままセリフを言う時と口から取り出して言う時の演技の違いの意図は、ご本人のみぞ知る。

で、柳葉さん。(役名忘れた)
もうこの方は自分のモノマネをついしてしまうのか、それともそういう演技にしたのか、それとも本来そのような癖があるのかわからんのだけど(長っ)
ちょっと考えるような場面で、舌で頬をちょっと押し上げる。んで、くるりと内側から舌で頬をなぞる(こんな表現しか出来ん^^;)
これは他番組で散々?やっていたことで、また彼のモノマネにはなくてはならん仕草であろう。
で。
昨日のバチスタでも、ちょっとソレやってしまったのだ。
そしてすぐに舌を引っ込めた。
それは何ゆえか。
うっかりやっちゃったのか、で、しまったここでもやっちまったと思って、慌てて引っ込めたのかどうなのか。


・・・あ〜これもどうでもい・・・

2013-12-19

私もしつこいが。

今回のはてなのお題は『今年一番思い出に残っている曲』だそうだが、今や何処を歩いても

♪雨は夜更けすぎ〜にぃ〜♪が流れ。(何十年流れとるんだこの曲っ!^^;)

♪ ラーストクリスマス〜♪が流れ。 油断していると

♪く〜り〜す〜まっすキャロルがぁ〜♪まで流れ。。

もはや、好きとか嫌いとか、いい曲だよね〜とかをとっくに通り越して定番曲となり、どうやっても毎年この頃になると力ずくで街をクリスマスモードにしているのである。

なので、思い出には残らんけどまた今年もこれらの曲は、クリスマスが終わるまでぐるぐると脳内に残っているんでありましょうよ。

で。
全く関係ないけれど、んで、またその話かっ!と自分でもしつこく思うけど。
しつこいはずである。この話をブログに書くのも34回目ぐらいであるからして。嘘ですが。

某洗剤メーカーのキャラである、例のフワフワでモフモフな子ぐまのぬいぐるみのことである。


奴はむかーし、柔軟剤のCMであんな可愛い顔して
『お金なんかちょっとで・・』
・・と、のたもうた女である。(男か女か知らんが)

いや、あの子は悪くないのだろう。
何も知らん子役に(子役て。ぬいぐるみだけど)大人が言わせているようなもんで。

生身のタレントが出てきて『お金なんかちょっとで』なんぞ言ったら生々しすぎるので敢えて可愛いぬいぐるみに言わせたのだろう。
それにしたってなぁ。。

しかも、お金なんかちょっとでね❤・・と言い切っているんではなく、ちょっとで・・と、最後は囁くように言い、そのままフェードアウトしていたのだ。

それはまるで、普段、可愛くて優しそうな女子が、恋をしている友人に『頑張って!応援してるからねっ!』と思い切り元気づけてから、じゃあね、と帰り際に

『まぁ、無理だと思うけど。』・・と、突然低く呟かれたような衝撃であろう。


そう思うと、お題の『思い出に残る曲』ではないが、やはりこのCMのテーマソングは

♪可愛いフリしてあの子〜わりとやるもんだねと♪
・・であろう。



で。

今回、スーパーの柔軟剤売り場で見つけたパッケージ。
『うれしい10%増量』
と書いてあった。

10%増量ということにあたって嬉しいか悲しいかは購買者側で決めることである。
(そりゃ嬉しいですけども)

だから、売る方が、ね?嬉しいでしょ?・・というその姿勢。それが気に食わんのだ。

まあ、そのメーカーでなくとも、そんな文句はどの製品にもあるけれど。

しかし、そのメーカーは過去に『お金なんかちょっとで』いいんですよ、という姿勢だったところである。
そのCMはちょっとアレだと思ったのか、ほどなく消えていったけれど、そしてそれを反省したのかと思いきや、またまた今回の『ね?うれしいでしょ?』という上からの押しつけ目線である。

何つーか、どうもこの会社はそういう姿勢をくずさんのだなぁ・・と思う。


そんなことを頭の中でぶつぶつ呟きながら、私は2個買った。

2013-11-29

観た人しか興味が無いでありましょうが、昨日のアンビリーバボーの『臨死体験』についてb

父方の祖母は『ああ、京都の鐘の音が聞こえる・・』と言って息を引き取ったらしい。
福島で、だけど。



昨日は久しぶりに『アンビリーバボー』を観た。
なんでも、最先端の科学とも言うべき脳科学の権威の方が臨死体験をし、今までは全く認めていなかった『死後の世界』を本人自ら信じるようになった、と言うではないか。

怪談好きな私としてはこれは観ないでか!っちゅーことで期待に、無い胸膨らませながら(悲)お茶の間で読みかけの本を片手にミカン食べながらチラ見した。(そんな期待してないんじゃん^^;)

いやしかしねー。
番組の完成度とか真偽のほどは置いといても昔の『アンビリーバボー』の方が私には面白かったな。
昔は、もうどっぷりと怪談の世界だったのだ。
立原さんとか言う霊能者が出てきて毎回『じゃあ、私が持って帰ります』と、霊?をゴックンと飲み込んでお持ち帰りしていたというシュールさ。
ところがある日。
急に番組に主演しなくなってしまった。 同時に怪談の怪の字も無くなった。
飲み込みすぎて腹を壊したのではないか、とか、どうにかなっちゃったのではないかとか、そんな心配が近所でささやかれていたある日、原因がわかった。

オウムである。
オウム事件以来、オカルトそのものを自粛してしまったのだ。 アンビリーバボーが。

残念であった。


で、何となくここにきてちょっとずつ再び怪談色を取り戻してきたような気がする。
しかし、昔みたいにゲストが怖がってのけぞったり揶揄したりとか、そんな面白い感じではないけど。

で。昨日の番組である。

もしやして録画されてる方がいたら申し訳ないので具体的に書いてもアレなのだが、番組では彼の体験した一つ一つの不思議な事柄(臨死体験)は脳の仕組みから解明されるのではないかと検証していた。
しかしどうしても現代の科学では考えられないことがあった。
彼が臨死体験中に傍で一緒に空を飛び、話しかけてきた女性が、実は今まで会ったことも声も聞いたことも無い、とうに亡くなっていた実の妹だった、という話。 後日、写真を見て一致し驚いた、とのこと。
また、昏睡状態中の自分を見舞いに来てくれた人たちまで覚えて(見て?)いた、ということ。
それらのことが、今までの彼の中の常識をひっくり返してしまったと。

で。
私は死後の世界は行ったことがないので分からんが、あったらいいな、あったら面白いな、とは思う。
だから彼の体験は信じるとか信じないよりも面白いな、と思った。
死後の世界を全く信じていても何だか変な宗教にいっちゃったらイヤだし(まぁ、いかなきゃいいんだけど^^;)今が自暴自棄になりそうだし?かと言って全く信じなかったら夢も希望も面白くもないし。

そんなわけで、昨日の話についての真偽はどうでもいいのだ。
問題は、問題ってほどじゃないけど、ちょいちょい消化不良なことがあったんでありますよ。

一時間っつー限られた中で全て網羅して放送するちゅーわけにはいかんだろうけど、しかし、ならばちょいちょい変な?ヒント?を出さんで欲しいぞ、と思ったわけで。
それでなくとも、ゲストをいっぱい呼んでいたにも拘わらず、揃いも揃って薄〜いコメントばかりで腹も立っていたのだし!^^;

で、変なヒントとは、例えば、一枚の女性の絵、である。

最初の方で、唐突にその絵をお茶の間で見せられ、ん?何の絵?誰?・・と思わせといて、それきり、それで最後までその絵についてはなぁ〜んも触れずに終わってしまったという。

その絵は番組内容から察するに、彼が臨死体験の中で会った女性であろう。
しかし。
その絵は誰によって描かれ(彼、とは思うけど)また、いつの時点で描いた(生き返ってからだと思うけど)のかを全く知らされずに終わったのだ。
なので、(〜だと思う)とお茶の間が推測するしかないのだった。

後に実の妹の写真を出していたけど、さっきの絵をまた見せておくれよ!ホントに似ていたかどうか比較させておくれよ!・・と思ったもんだ。
これは、彼が覚醒した時に描いた絵である。それと実際の妹の写真を見比べてみよう!
何と!驚くほど似ているではないか!・・とか何とか言わんかい。

また。
体験の中での声も一致していた、ってことだけど、実の妹だと分かった時点でとうに妹は亡くなっており、実際の声を聞いて一緒だと確かめられるはずがないのだった。
そこのところ!^^;


まあ、ミカンを頬張りながら観ていてちょっと酸っぱくて途中でむせたりなんかしてたので(笑)そん時にでも私が見逃していたのかも知れないけど^^;


でもでも何だかなぁ〜・・と思った。
偉そうでなんだけど、ミカンは酸っぱかったが番組制作の詰めが甘いんじゃ!とな。

さて。
それで、しつこいけど、んで、コレが一番疑問なんだけども。

これまた再現フィルムだかの放送中に誰かが(スタッフではなく)持っていたフリップボード?が映っていたのだが、そこに描いてあるものがぼやけていて変な絵だか字だかのようなものが表に出ていた。
うんと・・うまく言えませんが^^;
何かのマークのようなもので、本来のそのフリップボードの字?を覆っていた、隠していた、というような。

私は、ん?何て書いてあるんだ?・・と思い読もうとした。
青い四角っぽい字であった。 TO・・とだけ読めた。
これまたソレについても、一瞬映し出しただけで終わってしまったのだ。

で。
番組明けのCMである。

水回りで有名な会社のCMであった。
そのロゴマークが、何と、番組で見たモノと同じだった!?・・という。

なんだ?あの、サブミニナル効果とか、そんなもんか!?
ソレの、もろフリップに描いちゃった版か!?
そうだとしたら、ぬぅわんとあざといことよ!


・・・そんなわけで、昨日のアンビリーバボーは何かひとつ、腑に落ちないで終わったのだった。


と、こんないちゃもんみたいな感じになってしまって、もしかしたら全くの私の勘違いで、録画とか再放送で観たら全くそんなの無かった、てなことかも知れんです。
私こそその時に臨死体験でもしていたのかも知れんです。




母も、幼い頃にそんな体験をしたと言う。
高熱でうなされていて夢を見て、ベタな感じだけど大きな川が流れており向こうには綺麗なお花畑が広がっており、死装束の人たちが大勢で手招きしていたと。
そんな中で、母の亡くなった母だと思われる女性が『○○子(母の名)こっちさ来るでねぇ!』と叫んでいたと。

また、祖母が臨終間際に病床で京都の鐘の音が聞こえると呟いたこと。

私の周りでもそんな不思議な体験話が其処此処にあって一笑に付す気も無いし、そうだったんだろう、と信じている。


だから、昨日の脳科学者の体験については、独占取材!と謳っていた割には、番組の作り方が雑で、非常に残念で勿体無いなぁ・・と思ったのだった。


えと・・。
しつこいようですが、全くの私の勘違いだとしましたら、全ては酸っぱいミカンのせい、ということでひとつ。