Hatena::ブログ(Diary)

ハテヘイの日記

2018-02-23

いわき市小名浜は大きく変わるのか

11:19

 「彼らは昔の廃墟を建て直し、先の荒れ跡を復興し、廃墟の町々、代々の荒れ跡を一新する」〔イザヤ61:4)。

 2018年1月15日いわき市小名浜で、1969年に開業したタウンモール・リスボが閉店しました。

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 小名浜は古くから漁業で栄え、リスポの前身「小名浜名店街」がオープンしてからは、この地区の暮らしを実に半世紀にわたって支えて来ました。40店舗ほどが2階建ての建物に存在し、私も友人に誘われて3回くらい行った事があります。それぞれ個性を持った庶民的な店が並んでいました。この広い土地は小名浜名店街組合が所有している為に強みがあったのでしょう。

 3・11東日本大震災が起きても、津波はここまで押し寄せる事なく、その翌日からずっと営業を続けて来たそうです。

 しかしこの町の特徴として道幅が狭く、迷路のような感じで入り組んでおり、信号が無いところでは良く知っている人で無い限り、出会いがしらの事故は起き易そうで、信号があっても長く、夕方は車が混み合います。

 リスポからすぐの海側には「アクアマリンふくしま」と呼ばれる巨大な水族館があり、ここを訪れる人が土産物を買う為に寄る「ら・ら・ミユウ」も存在します。但し行って分かりますが、新鮮な魚介類を始めどの商品も値段が高いです。それを知らない観光客だけが、気前良く財布をはたくといった感じです。その高額の理由は土地の人に言わせると、土地がリスポと違って県所有のものだからだそうです。

 この一角位だけ道路は広いのですが、国道6号、常磐道に出る為進むと、尻すぼみになります。私がこちらに来た時は、小名浜本町からアクラマリンに至る道路の拡張や整備の工事がずっと続いていました。やれば何十年も前からそれが出来たと地元の人は言いますが、こうした動きはごく最近になって来てからだそうです。

 水族館やラ・ラ・4ミユウだけでは物足りない、中核となる巨大なショッピングモールが建造されてこそ、福島復興のシンボルになるという事で、これまで工事の為覆いのかかっていた巨大な建物が姿を現しました。

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 イオンモールいわき小名浜がこの夏正式にオープンするそうです。この建物に近づくと、本当に巨大なのが分かります。そこに映画館やネットの情報でおよそ170店舗の店が入る予定になっています。

 しかし小名浜生まれで事情に詳しい人の話では、そこは県の土地で貸す形になるので、どうしても各商品は、ら・ら・ミユウと同じくかなり高くなるとの事です。

 一方で従業員確保の為、若い人たち給与は、周辺よりアップするので、働く人はそちらに流れてしまうそうです。その分古くからの地元の店はどんどん潰れてしまいます。その象徴がリスポの閉店でしょう。

 イノベーションコーストという構想で、双葉郡の各市町村の、とりわけ津波被害を受けたところで、国を主体とする大きな建物がどんどん建てられています。

 でも果たしてそれが福島復興の為、本当に起爆剤となるのでしょうか?弱い立場の被災者が多数存在するのに。

yonnbabayonnbaba 2018/02/24 07:57 地元のことは地元が一番分かっているでしょうから、国は後ろにひっそり控えて、必要なとき必要なことだけ援助するのがスマートなやり方だと思うけれど、「俺が、俺が!」としゃしゃり出たいのが政治家。とりわけ安倍首相はそうした幼児性が強い方のように思います。地方の首長や役人も、中央のお金や権威をありがたがりすぎるきらいは強いですね。
役人は選べませんが、為政者は私たちが選べるのだから、考えたいものです。

2018-02-15

認定NPO法人いわき放射能市民測定室たらちねの存在を知る

08:55

 「わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれであっても、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます」(ルカ11:9−10)

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 2018年1月の朝日新聞チラシの中に「被曝後のこれからを考える 『福島生きものの記録』シリーズ5〜追跡〜ドキュメンタリー映画上映会 福島第一原子力発電所の今 おしどりマコ・ケン講演会」という見出しのものがありました。時は2月12日、場所はいわきアリオス、参加費800円、全席自由席だけど予約必須とあって、どうしようかなあと考えました。しかし主催が認定NPO法人いわき放射能市民測定室たらちね(http://www.iwakisokuteishitu.com/)とあって、ちょうど故高木仁三郎さんの本を読んでいた事もあり、俄然興味が湧きました。その場所は?と言えば、何と最近知り合った教会員の家のすぐ近く、小名浜花畑町にあります。そのすぐ南がよく行く業務スーパーなので分かりやすいです。

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 2月7日早速車で出かけ、そこのビルの写真やら撮って部屋の中を見せて頂きました。カネマンビルという建物の3階に放射能測定室があり、放射性核種別に食材、土壌、水等の測定を行なっていました。又「たらちねクリニック」も併設されており、一般内科小児科診察と共に、突出しているのが「子どもドック」です。

 子どもドックは子どもの被ばく状況を知り、今後の健康に備える為のもので、子どもは無料で受ける事が出来ます。ホールボディーカウンターが設置されており、体内の放射能の測定をします。また外部依頼で尿中セシウムの測定もしています。勿論超音波による甲状腺検査も行なっています。

 3・11当時大量のヨウ素131を浴びた子どもたちで、検査により多数の甲状腺癌が見つかっていますが、国や県立医大等では放射能との因果関係否定的な見解を示しており、情報もあまり出しません。その為親や子が今でも多く不安に思っているでしょう。そうした状況で、ここいわき放射能市民測定室でも、実際甲状腺検査を行ない、その結果を医者が丁寧に詳しく説明し、しかも心のケアまでしてくれます。その為遠く郡山などからここを訪れ、納得、安心して帰って行く親子がいます。福島県全体で、こうした信頼の置ける医療機関がどれほどあるか分かりませんが、とにかく中核都市いわきに存在するのは心強いかぎりです。

 一方放射能測定ではホームページからその月々の結果が公表されています。これには福島第一原発沖合1・5キロの海洋調査、海砂の測定、ホットスポットの測定なども含まれており、相当詳しい情報が得られます。例えば2017年12月の測定結果では、福島県全体の試料が今どれほどセシウム134,137を含んでいるか、良く分かります。食材は勿論、落ち葉や土壌も調べられています。一見していわき市川前町の土壌サンプルの1キログラム当たりベクレル数20,480が目を引きました。

 水に含まれるトリチウムの測定も注目に値します。国や規制委は、原発汚染水を薄めて海洋放出する意向ですが、試験操業段階の漁協が幾ら反対しても、必ず放出されるでしょう。トリチウムの測定が今後も長く続けられるのは、そのデータ理解の上でも貴重な事だと思います。

 2月12日にはアリオスまで行き、映画も講演も聴いて来ましたが、それについては次の機会に報告します。

 3月3日(土)には、いわき市文化センターで、2時から今中哲二氏の講演会も予定されています。福島の汚染の現状と被曝について、貴重な話が聴けると思います。


 

2018-02-05

福島県産米の全量全袋検査の重荷

05:30

「…律法学者、パリサイ人たちは、モーセの座を占めています。ですから、彼らがあなたがたに言うことはみな、行い、守りなさい。けれども、彼らの行いをまねてはいけません。彼らは言うことは言うが、実行しないからです。また、彼らは重い荷をくくって、人の肩に載せ、自分はそれに指一本さわろうとはしません」(マタイ23:2−4)。

 17年12月13日の福島民報に、福島県産米の全量全袋検査は「手間かかり重荷に」という大きな見出しの記事がありました。

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 私は重いものを手で運ぶ場合、例えばスーパーで米を10キロ買うとしたら、両手で胸に抱き抱える形でしか出来ません。5キロならまあまあだと思います。ですから10キロを越えたら、台車などで運ばなければ無理です。

 昨年は前の年から引き続き、米作の手伝いをしました。そして秋の収穫後は玄米を30キロの袋に入れて軽トラックで運ぶのですが、それをやっている隣の友人は力持ちで、30キロをひょっと肩に乗せて、或いは両手で抱えて運ぶ事が出来ます。でも40代の若さと力だから可能であって、ずっと高齢の方ならとても無理だと思っていました。

 放射能の影響で福島県は未だ米に関しては全量全袋検査を実施しています。各農家は収穫した玄米を検査場に持って行く事になりますが、1袋や2袋の話ではありません。民報で取材した農家の人は毎年30トンを収穫するので、自宅の倉庫には30キロ入り玄米が1000袋も並べられます。60歳を越えたこの人は、1回軽トラまで運ぶだけで「腰つきがふらふらにな」るそうです。

 これでは喜びの収穫期となるはずの秋は、憂うつな季節となってしまいます。なぜそうなってしまったのでしょうか?いろいろ理由はあるにしても、私はこの30キロが大きな重荷だと思います。原発事故の為に全量全袋を検査しなければなりません。それも「検査機器の仕様」の為に、30キロの袋単位になるのだそうです。そこに大きな問題があると見ました。そんな規格のものを作ったのは、おそらく現場を何も知らない役人だと想像したわけです。そうでなくても、上記聖書個所に出て来る律法学者・パリサイ人のような人が考えたのでしょう。

 朝日新聞が伝える国の指針では「直近の3年間で基準値(1キロ当たり100ベクレル)の半分にあたる50ベクレル超の放射性セシウムが検出された品目があった場合、検査を続ける必要がある」と定められています。2015年から17年までそれはゼロでした。12〜14年は僅かながらも検出されていました。

 ゆえに昨年末あたりの新聞の情報では、農家として抽出検査に移行して欲しいという要望が出ていました。

 しかしそれにはプラスマイナスの評価がありました。全袋なら安全だしありがたいというプラスの評価と、その検査が続く限り、本当に安全なのか不安の声も上がる、というマイナスの評価でした。

 今年1月18日の検討会における県の素案は「当面は全量全袋検査を続けて、その後、他の作物と同じ抽出検査に切り替える」というものでした。ちなみに検査場での測定には、年間60億円程の費用がかかり、約52億円を東電請求し、残り約8億円は国の補助金を充てているそうです。

 私は3・11から7年を迎えようとする今、これをどう考えたらよいのか分かりません。検査機器の仕様が重さ10キロになれば、運搬には3つの袋に詰めてという3倍の労力と時間がかかります。しかし30キロでは、老いも若きも体力的にはすごい重荷になるという事くらいでしょうか。

 勿論1キログラムあたり100ベクレル以下という国の基準値の問題もついて回ります。

yonnbabayonnbaba 2018/02/06 07:57 今回お書きになっているようなことは、消費者である私たちには全然分からないことです。どこまでも福島の方たちにはご苦労が付いて回っているのだなと、つくづく悲しくなります。世間ではほとんど3.11の悲劇を忘れかけているのに、負の情報だけは根強く残るのですね。たしかに、検査を続けていることで記憶が上書きされている部分もあるでしょうね。
自然災害が起きるたび、自然の力はすごいと思いますが、やはり人災がいちばん恐ろしい。この世で最悪なものは、愚かな人間、いえ、愚かさを自覚していない人間、ですね。

hatehei666hatehei666 2018/02/06 21:38 yonnbabaさんへ
私が手伝って収穫した自家用の米も、隣の人はちゃんと検査に出しています。すごく美味しい米です。
しかしJAの最近の申し出では、この自家用米も含め全量全袋検査を今年は続けて欲しいとありました。なぜかと言うと、その自家用米がこっそり福島産に転用される恐れがあり、それが風評を煽るからという事です。私はそこまで考えませんでした。これは本当に難しい問題だなと思いました。
原発事故は人災と言いきれそうですが、東電は天災のことも含め謙虚ではないです。こちらの新聞の細かな所では、ミスが多発しており、ひやりはっとの連続みたいです。いつかまたという事は十分あり得るし、それも未だ再稼動を明言していない第二原発を稼動させた後で起こりそうです。

A0153A0153 2018/02/16 21:12 これも難しいですね。私も、相馬の知人などからコメを買っていますが、玄米でして、30Kグラムです。30Kは、今となっては、ほんとに重いです。それを数十袋、数百袋扱うとなると、大変なことは容易に想像できます。私は、全袋検査は、もう不要と思うんですが、農協の言い分もわかります。全袋検査だからこそ安心という消費者もいるでしょうから、やむなしなのかなあ。

hatehei666hatehei666 2018/02/17 19:25 A0153さんへ
私も難しい問題だと思います。全量全袋検査続行か、抽出か、アンビバレントという言葉がぴったりです。
分かっているのは、原発事故が無ければそんな事態にならなかったという事かなあ。風評については、引き続き細かな情報を追ってゆきたいと思っています。

2018-01-28

避難所の生活への想像力

21:52

 「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け」(詩46:1)。

 垣谷美雨さんの『避難所』という文学作品を読むと、震災避難所経験の無い人でも、よくそこまで想像力を働かせる事が出来るなと感心しました。

 原発事故などの災害が起きて、避難指示が出されると、まず行くのが学校の体育館などの避難所です。私の通う教会の大多数の信徒がその経験をしています。伺ってみても本当に大変な事だったと思います。何しろ着の身着のまま、ただ命令に従い広い学校の体育館などに一時的に避難するわけですが、その時はまだ仮設住宅などありません。だから避難所生活が長引く事もあります。飢えと寒さに苛まれる事になります。プライバシーも著しく制限されます。

 私は阪神大震災姫路の北で経験し、マスコミ報道からまず分かったのはトイレのひどさでした。水が流れ、排泄物も見えない快適な生活からは、想像する事でさえ厭いたいほどでした。高齢者は我慢に我慢を重ね、水分も取らずに、体調を崩した人が多かったと聞いています。

 仮設トイレ、ポータブルトイレ等が普及し始めたのは、その頃からだったような気がします。

 しかしそれから16年後に起きた東日本大震災でさえ、同じような状況が多くのところで繰り返されたように思います。行政は明らかに対応が遅れたと感じます。内閣府から『避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン』という指針が出されたのは、阪神から20年以上経ての事でした。ネットでその存在を知りましたhttp://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/1604hinanjo_toilet_guideline.pdf)。

 垣谷さんはダンボールの仕切りがない避難所生活を描いています。それはちゃんと避難所に届いているのですが、「ここにいる人は家族同然だから仕切りはいらない」と、避難所のリーダーは言います。それに対し女の人たちは激怒します。

 登場人物山野さんは、その改革を目指しますが、「和をみだすごどはすない方がいいよ」と、誰も賛同してくれません。リーダーも恫喝しますが、めげない山野さんは、徐々に協力してくれる人を得てゆきます。そのあたりでのやり取りが実にリアルで面白かったです。様々なトラブルへの対処の知恵も得られます。弔慰金をめぐる切実な問題も浮上しています。

 「よくもああ長い間、あんな悲惨なところにいられるものだ。自分なら二日が限界だな」と思っていた登場人物椿原さんも、いざ自分がその立場になってみると、そこを飛び出しアパート生活をするという考えの甘さに気づきます。結局「無償仮設住宅に入れるのをひたすら待つのが賢明」という結論になりました。

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 しかし現実の仮設住宅は暑さ寒さが耐え切れないほど、プライバシーも完全には守られません。そこでじっと災害公営住宅の完成と入居を待つ事になりますが、これまでと違いそこでは家賃が発生します。原発避難者の多いいわき市では、当初はかなり家賃を低く抑えてはいますが、その期間を過ぎると相当な負担額になります。

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 日本列島どこでも災害が起き、私も避難者になる可能性があります。私の場合胃を全て取り、胆嚢も無く腸がかなり弱いので、ちょっと合わない食べ物を食べると、すぐ腸内悪玉菌の影響で腐敗し、下痢も起します。従ってなかなか集団生活には馴染めません。教会のキャンプでも相当気を使うほどです。ですから垣谷さんのこの本は相当参考になりました。身につまされる思いでした。

 今年1月16日の朝日新聞天声人語にはこうありました。「被災者は体育館の床で雑魚寝するもの。非常時にはぜいたくを言わず我慢しなければならないーそんな『常識』からいったん脱する必要があるのではないか」。その通りで、避難所生活を人間らしく保つ知恵や工夫が、今こそさらに求められています。上記内閣府の指針は一見良く出来ていると思いますが、机上の空論とせず、「しっかり行なえ!」と言いたいです。

 

yonnbabayonnbaba 2018/01/29 08:37 なぜ日本では大きな災害が発生して避難が必要になった時、学校の体育館が避難所になるのか、私にはそこからもう不思議でなりません。体育館なんてそもそも生活するように作られていない場所です。その考えの根底には、国民軽視があるように思えてなりません。住むところを失ったものたちなど、不便でもなんでも文句を言うな。そしてそこで学習する子供たちも軽視しているからこそ、学校を避難所にできるのではないかと。おそらくお偉い方々はそうした事態になっても決して体育館などにはいかず、ホテルなどを利用するでしょう。ご子息たちの通う学校は決して避難所にはしないでしょう。和やかにおとなしく苦難に耐える国民性は美徳であるかもしれませんが、国民の側も、もっと人間らしく生きる権利を主張すべきなのでしょうね。

hatehei666hatehei666 2018/01/29 19:50 yonnbabaさんへ
全くおっしゃる通りだと考えます。最近「 あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後の日になって、あなたはそれを見いだそう」〔伝道者の書11:1)を繰り返し読んでいます。
この場合の水は不毛な場所などに適用出来ます。パンは貴重な糧,、大切な事柄ですね。
私たちは絶対諦めてはいけないと思います。ずっと後の日に考えている事が成就するはず。
yonnbabaさんのささやかな行動でも、後で必ず結実すると信じます!

yukiwarisou_0222yukiwarisou_0222 2018/01/30 10:25 こんにちは〜。
こちらの新潟日報で書かれてありました。
自主避難者の79%が住宅支援終了後も避難継続すると。

福島の事故からはあまり回復していなく、失われたものは膨大だと思います。
国や東電は、安心して暮らせる支援をしてほしいです。

hatehei666hatehei666 2018/01/30 20:51 yukiwarisou_0222さんへ
貴重な情報ありがとうございます。こちら浪江、富岡なども相当苦戦しています。ややいわきに近い広野や楢葉に、やっと若い人々がいるといった感じです。
とにかくも第一、第二原発が存在する限り、事故や放射能の懸念は消えることなく、7年も経過すると、大家族なら避難した地域に定住する覚悟でいるようです。
でも教会のおじいちゃん、おばあちゃんに訊くと、やっぱり双葉郡の実家、古里に戻りたいというのが本音ですね。今後も避難者の苦悩はずっと続きそうです。

stantsiya_iriyastantsiya_iriya 2018/02/24 09:19 おはようございます
本書、こちらで知って読もうと思い、読みました。
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20180223/1519403326
こちらのURLをトラックバックさせて頂きたいとも思いますが、無理にとも思いません。
私の書きっぷりを見てご判断いただければ幸いです。けっこう書きっちらかしました。
恐縮です。ではでは

2018-01-21

トモダチ作戦の米軍兵士らは今

09:13

 どんな咎でも、どんな罪でも、すべて人が犯した罪は、ひとりの証人によっては立証されない。ふたりの証人の証言、または三人の証人の証言によって、そのことは立証されなければならない」〔申命19:15)

 いわき市に「日々の新聞社」というのがあって(http://www.hibinoshinbun.com/)、月2回「日々の新聞」を出しています。教会に通う人から読み終わった後頂いて読んでいますが、なかなか面白いです。

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 その中に連載ものとして「自主避難者の憂い」という欄がありますが、昨年12月15日の記事を読んでいて、あっと思った事があります。

 3・11原発事故以後米国では、トモダチ作戦と称して、福島第一原発周辺での様々な情報収集や、被災地支援活動を行なった事がよく知られています。

 その作戦で出動した原子力空母ロナルド・レーガン号には多数の米国海兵隊員がいましたが、そのうち何と既に9名が亡くなっていたのです。この数は多かったです。記事を書いた人はその情報をNNNドキュメントサイト(http://www.ntv.co.jp/document/backnumber/archive/post-66.html)から得たそうで、私も覗いてみました。放映内容を見る事は出来ませんでしたが、確かに「9人も死んでしまった」と兵士の一人がつぶやいていたようです。この日本テレビの放送を見た今野晴貴という人が、ネットで記事を書いていました(http://bunshun.jp/articles/-/4894)。

 空母放射能の雲にまともに突入した為、兵士たち400人以上が被災しましたが、程なく「腫瘍により足を切断した者や、異常出血で子宮を摘出してしまった者、毛髪が抜け、下痢、頻尿、倦怠感などの健康障害で日常生活をまともに送ることもできなくなってしまった多くの被害者がいる」と今野さんは言っています。

 しかしなぜ彼らが米国を相手どって裁判を起さなかったのか?という疑問に対しては。「米政府空母乗組員の放射線被曝を認めていない上、軍関係者は従軍中の事柄について政府を訴えることはできない制度になっている」と解説しています。ゆえに彼らは日本の東電相手に訴訟を起しました。

 その審理がどうなるか注目していたのですが、今年1月12日の朝日新聞は目立たぬ形で、その被ばくによる訴訟請求棄却された事を報じました。情報源は東京電力ホールディングスです。

 その理由は「訴えた内容を審理する管轄や権限が無い為」とあり、門前払いのようなものです。私はこれを見て本当にがっかりしました。しかし別の内容で新しい訴訟は起こせるといった含みがあったそうで、当然被災兵士たちはその道を探り、再度訴訟を起すでしょう。治療費に充てるための基金は、日本円にして約5580億円ですから、東電としても安閑としてはいられないはずです。

 是非訴えが採択され、原発事故と放射能被ばくの明確な因果関係が明らかになる事を切に望みます。

yonnbabayonnbaba 2018/01/22 09:04 当時はマスコミも「友達作戦」の美談をこぞって報じましたね。
それなのに、その作戦に参加した兵士の方々の受難はあまり知られていません。
訴訟すら門前払い扱いなのですね。情けないことです。
日本の裁判は、まったく弱い立場の人のためのものになっていないようです。

hatehei666hatehei666 2018/01/22 21:06 yonnbabaさんへ
日々の新聞には「ここは専ら米国政府、米国海軍の政治判断ということなのだろう。何処も同じ。お金が大事で国民はムシケラ扱いだ…私は激しく、彼ら海兵隊員に対し惻隠の情を禁じ得ない。日本人を助けようとして、あまりにひどい結末ではないか」とありました。『アメリカの民主政治』を書いたトックビルが今生きていたとしたら、その悪い予想が当たったと慨嘆するのではないですか。まして日本政府においておやですね。