Hatena::ブログ(Diary)

hatehei666の日記

2017-03-19

福島第一原発2号機の燃料デブリ

18:43

 「あなたのいのちは、危険にさらされ、あなたは夜も昼もおびえて、自分が生きることさえおぼつかなくなる」(申命28:66)

 2017年2月3日の福島民報記事を見て飛び上がったのは、私だけではないでしょう。

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 福島第一原発2号機の事覚えているでしょうか?1,3,4号機と比較してみると、水素爆発があったとされる1,3号機の間にあって、外見では一番被害が少ないように見えました。

 映像では建屋の窓から放射性物質を大量に含む蒸気が漏れているのが見えました。

 あれから6年近くなる2月3日、東電は撮影した格納容器内の画像分析から、空間放射線量が推定毎時最大530シーベルトである事を発表しました。飛び上がった理由は桁違いの為です。民報が専門家に聞いても、「想像もできない高線量」だと驚きの声が上がったほどです。なぜならそれを被ばくした場合、数十秒で即死に至るからです。

 しかしそれから1週間もしない2月9日の民報では、故障したロボットのデータ解析から、さらに高い650シーベルトが推測された事を報じています。

 3月13日の論説を見ると、東電の見解として、「通常の原発では、原子炉停止から1日後の燃料集合体の表面線量は毎時数万シーベルト、使用済み核燃料の5年冷却後の表面線量は毎時数百シーベルトになる」とありました。これはあくまで「通常の原発」の話です。私たちはこの6年間、安全基準は年間1ミリシーベルト、毎時0.23マイクロシーベルトとかの値に拘泥していて、稼動原発における炉停止時の毎時数万シーベルトなどという数値には、目が向きませんでした。これほどのシーベルト数に対する想像力を欠いていたと反省します。

 私はいつも東海村JCOにおける臨界事故を思い出しています。当時私の家からそう離れていませんでした。亡くなった大内さんの推定被ばく量は20シーベルト、篠原さんはその半分の6〜10シーベルトでしたが、致死量である事に変わりありません。この二人の悲惨な死が頭にこびりついています。

 故に650シーベルトなどというと、もはや人間との関わりでは想像力が働かない。ミリシーベルトの域内でしかイメージ出来ていなかったからです。だから原発は怖い。こんなもの作るべきではなかったのです。

 さらにダメージは大きくなる可能性があります。3月12日の民報では、東海村原子力機構施設で研究している人の話を載せています。ちまたでは一刻も早くこのデブリを取り出さなければならないという大合唱が起きていますが、この研究グループリーダーの方は、「デブリに気泡が多く存在すれば取り出しは容易な一方、気泡中に水があると核燃料が再臨界する可能性もゼロではなく、対策の検討が必要になる」と述べたそうです。

 元京大助教の小出氏も「再臨界が完全にないとは断言できません」と言っていました。

 東電としては2号機の内部状況をなんとしてもロボットで把握し、2021年から取り出しを開始したいと思っています。でも現状は累積1000シーベルトまでの線量しか耐えられないロボット、その破損が650シーベルト以上を浴びての事なら、その新たな開発はまだまだ先でしょう。2021年はあくまで「予定」です。2022年にずれ込む事もあり得ます。それは東京五輪の年です。デブリに想定外の気泡があったら、再臨界がおきるかも知れません。そしてもし1,3号機のように爆発したら、2号機からの致死量に達する放射能首都圏にも届き、五輪どころの話ではありません。皆西のほうへ逃げなければなりません。いや外国かも。競技どころか生死の問題となるからです。こんな想定、嘘であってほしいです。

 政府原発が制御下にあり、帰還帰還と急かせていますが、再臨界より五輪のほうが大切ですか。県知事も苦言は呈しても、身を挺して政府主導の帰還、復興策に反対しているように見えません。拙速はこの上なく危険。急いては事を仕損じる、ぜひその事を銘記して欲しいと思います。

iireiiirei 2017/03/19 21:34 F1・2号機の放射能、その530シーベルトであっても、その濃度そのままでたとえば関東圏に来るとも思えません。まあ、拡散するということですね。(この言い回しは、体制側の言葉のように聞こえるでしょうが、冷静に考えるとそのように思えます。)

hatehei666hatehei666 2017/03/20 06:02 iireiさんへ
3・11の時放射能の雲が飯館方面や関東の淀橋浄水場を襲った時の事を考えましたが、おっしゃるように「拡散」がポイントですね。どれほど距離に比例して拡散してゆくのか、或いは薄まってゆくのか、理系の先生なら計算しているでしょう。スピーディの事を思い出しました。ご指摘ありがとうございます。

A0153A0153 2017/03/23 20:50 専門家の小出氏の「再臨界が完全にないとは断言できない」というのは、ほんとに怖いです。それだけは、なんとしても防いでほしいと思います。

hatehei666hatehei666 2017/03/23 21:38 A0153さんへ
3・11爆発当時、死んだ作業員(被ばく10シーベルト以上?)の方がいて、秘密裏に葬られたという話がネットにありました。その時東電は事故による放射能の拡大を、人手の遠隔操作で必死になって食い止めようとしていたでしょうが、とにかく不幸中の幸いというべきか、4号機も何とか制御出来たのでしょう。
でも今は違います。もう桁違いの中で、ロボットによる操作しか出来ないとなると、ミスによる再臨界は、その場の人々をばたばた殺してしまうでしょう。
ホント怖いです。だからそうした記事は逃さず読むようにしています。今東電はそうした危険な作業をやめたいと思っているのでは?

2017-03-13

震災から6年六畳の補修終了、そして祈念集会

17:05

 「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです}(ピリピ2:13)

 皆様祈って下さり、3月6日にだいたい6畳床の補修工事を終える事が出来ました。

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 4畳半と違って、6畳は極めて難しい問題に幾つも直面し、机上の計算通りに行かない事もあり、しばし天を仰ぎ見ました。

 やはり4畳半と同じく、シロアリの被害が大きかったですが、畳を上げてつぶさに観察すると、どうも約60年前の築造とは異なる箇所が見られ(例えば左図中央手前から奥の台所との境目です。変な板が挟まりその上に加重がかかって大引きに相当する9センチ角の木材が左右で折れています)、おかしいなと思いました。納得したのは、部屋の中央で掘りごたつをする為前の持ち主が一度改修を頼んだという、我が班の方の証言でした。同じように無理な加重がかかって、手前下地板の下を写真で(見えません)左右に並行して走る大引きも折れていました。

 全体に北方向(手前から台所へ)と、上記写真で見られる変な箇所から分かれ、左は西方向へ、右は東方向へと傾いていました。

 これではどこを基準に補修していったらよいのか分からず、シロアリ被害でかろうじて2本だけ根太が1間半分残っていたので(左上4図手前から奥へ大引きと直交する材木)、そこと右の隅の折れた根太がそのまま残っていたところを、高さの基準としました。

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 しかし4メートルの長さの大引き材が入手出来ず、2メートルのものを2本つなぎ、並行して走る損傷の大引きもそのようにしてつなぎましたが、右の写真で新しい根太も1間半補強するので、大引きと根太で細かな高さの調整をしながらやらねばならず、これが困難を極めた次第です。

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 今後の歩く時の加重、家具の加重を考えて、材木を追加し、遂に終了させる事が出来ました。左図は頻繁に畳を上げ下げした為、ぴったり合わず少し空いた所、気持ち高さの違いが生じたところを「隠す」為、隣の方から頂いた畳の上敷きを置いてみたところです。これから畳専用の鋲があるとネットに出ていたので、購入し慎重にしわを伸ばしてゆくつもりです。

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 すっかり大工さん気分になったので、やはり自分が持って来た昔の相当重い食卓のテーブルも止めて、4畳半で残ったコンパネと廃材で、軽くコンパクトに作りました(笑)台所の埃をかぶった食器などはこれから拭いてゆきます(汗)

 これが我が家の3・11頃からの損壊箇所補修の顛末です。これから気分を新たにスタートさせます。部屋の中を駆けずり回れるという当たり前の事が実現して、なんと嬉しかったことか!

 しかし今年の3・11私は通っている教会の集会に出席しましたが、そこで見た光景や人々の証を聴いて、極めて厳粛な気分になりました。6年前着の身着のまま避難した方々の、それは大きな困難が、いわき市に集団で移転して来て以来(いやその困難の中でも)、神の豊かな祝福を受け、将来へ向けて新たな出発をしようとしています。既に双葉郡の古里は帰還困難で諦め、こちらで定着しようとしてい方々は多いです。他の都道府県に移転した教会員もいます。

 福島はこれからが本番です。春に指定解除になる浪江、富岡等々、ゼロからの出発です。私も及ばずながらお手伝いしたいと思います。ブログを閲覧して下さっている仲間の皆様、難問が多く、公開はまだまだ不定期になりますが、宜しく!

iireiiirei 2017/03/13 21:35 この貴兄の手記は、3.11後のいわき市の有様を伝える、よい資料になるかも知れませんね。ファイト!

なお、SPYBOYさんが http://d.hatena.ne.jp/SPYBOY/20170313/1489400645

で、原発事故被災地にすむ夫婦を追った映画「のこされた地」のレビューを書いています。とても参考になるようです。

hatehei666hatehei666 2017/03/13 22:57 iireiさんへ
コメントありがとうございます。早速SPYBOYさんのブログに飛んで閲覧してきました。指定解除が目前に迫った富岡町を、この春以前より詳しく見てこられるのではないかと期待しています。町が解除になるのがごく一部の地域に限定される浪江町も見学するつもりです。どこも町の存続は極めて難しく、いずれは大きな合併になるのではないかと思っています。

o-uirio-uiri 2017/03/14 06:45 一段落という事で、お疲れ様でした。
母が住んでいる所も、昭和初期の建物です。5年前に白アリ被害が発覚し、業者に処置してもらいました。丸5年経ったという事で、本日防除処置だそうです。
ハテヘイさんにご紹介していただいた『腐る経済』読んでます。

yonnbabayonnbaba 2017/03/14 08:51 ハテヘイさま、大変大変、お疲れ様でした。
やっと生活の基盤の家が整ったのですね。お一人でやり遂げられたこと、尊敬いたします。
もう原発事故をなかったことして忘れ、切り捨てようとしている政府をいただいて、被災者の方々のご苦悩はどれほどかと思います。ハテヘイさまが、きっと精神的な支えになられることと存じます。
これからも、どうぞお体おいといながら、お役目を果たしていくことがお出来になりますよう・・・。私は祈ることくらいしかできず、心苦しいです。

SPYBOYSPYBOY 2017/03/14 19:31 そうですか〜。家のなかで駆け回るという当たり前のことができるまで長い道のりでしたね(笑)。お疲れ様でした。床がふさがれば、寒さも多少 凌ぎやすくなるんじゃないでしょうか。
いくら国が帰還をOKにして事故をなかったことにしようとしても、若い人は戻りませんから、仰るようにこれから町村が成り立たなくなって合併などが起きるかもしれませんね。

miyotyamiyotya 2017/03/14 19:45 こんばんは。
家の修理、本当にお疲れ様でした。
年数の経っている家は、いざ蓋を開けてみると色々修繕箇所が出てきて
苦労が多いですね。
我が家でも洗面所とお風呂場を修繕した時に、白アリの被害が大きかったです。
勿論プロにお願いしたので結構な金額を支払いました。
震災後の復興も思うように進まず、厳しい現実があるようですね。
どうぞお身体に気を付けて皆さんのお力になってあげてください。

hatehei666hatehei666 2017/03/14 19:53 o-uiriさんへ
そのお話伺い、白アリ駆除どこまで徹底して行なったのかなと少し心配しています。早大建築出身の親友が、白アリは、私の床下でもそうですが、業者の駆除にもめげず遠くまで浸潤しているんだそうです。だから根本的には、土台をなす材木を全部替えないといけない。でもそれが無理なら、生きて住むのがあと何年かを考えながら、ほどほどの付き合いが必要だと言っていました。私もその考え方を採用、6畳は最低歩いて落ちない程度の大引きと根太の追加補強で済ませました。今回畳を残したのですが、その下地となるコンパネ材は、いつでも外して下の基礎部分が見えるようにしました。それならアリと格闘しても、僅差で勝てると思ったからです(笑)
一方『腐る経済』では、人の手を借りて腐らせないという事への批判もあったと思いますが、腐敗が自然の摂理ですね。

hatehei666hatehei666 2017/03/14 20:12 yonnbabaさんへ
3月11日については、全く仰るとおりです。その祈念集会が(http://www.ustream.tv/recorded/100872692)で見られます。説教壇での3人の方々の証は、これまでだいたいの事は聞いていましたが、その詳しい内容に相当衝撃を受けました。もう厳粛な気持ちで後半も聞いていました。牧師はいつになく声が高く、災害、流浪、いわきでの教会建設、そして今後のビジョンまで含め、メッセージを伝えていました。想像力の足りない者ですが、これからも支援してゆくつもりです。
いつもの温かいコメントに感謝。

hatehei666hatehei666 2017/03/14 20:23 SPYBOYさんへ
ブログの面白いところは、本文より、ちょっとしたエピソードに目を留めて頂けることですね。
築60年近い古い家ですが、4畳半、6畳、8畳と3つ部屋があり、その間を駆け回ることが出来るなんて、何と幸いな事でしょうか。
新築される方々が家具などの配置をわくわくしながら考えているように、私も要らないものはどんどん捨てて、簡素に、しかし人を迎え入れてという思いは大切に持ち、喜々として動き回っています(笑)
被災12市町村ではその長は、今はとにかく自分たちの住む所を何とかという事で頭が一杯でしょうが、やはり合併という事は避けられない事態として、視野に入れていると思います。

hatehei666hatehei666 2017/03/14 20:44 miyotyaさんへ
そういうお話を伺うと、台所、洗面、風呂場など湿気が多い所で、シロアリが動き回っているのだなと納得しました。湿気から遠い部分での被害は確かに少なかったです。意外と畳の便利さが分かりました。昔の人はその畳を定期的に上げて干し、湿気などを防いでいたのですね。下地板も30センチ幅、長さ90センチくらいのものを敷き詰め、しかも少し間を空けて空気が通るようにしてありました。ですから新築でも、その部分を外してみれば、基礎が点検出来るので、非常に便利だと思います。その点コンパネはちょっと融通が利かないですが、ホームセンターに安いものがなかったので、やむを得ず採用しました。方々傾斜があるので、長さ180センチを半分に切って、しこしこ調整しました。
3・11ではユーストリームで録画してありました(http://www.ustream.tv/recorded/100872692)。もし閲覧出来るなら、是非ご覧になって下さい。教会は苦難の中でも神様の祝福を受け、未来に向かって羽ばたこうとしています。しかし信仰者でなくいわき市に引っ越して来た方々は、地元の冷ややかな視線を受け、今相当苦労しているようです。そのやっかみと沈黙が、6年経てやっと新築出来たという喜びを完全に打ち消しています。これほど悲惨なことがあるでしょうか。

A0153A0153 2017/03/15 18:48 補修工事、お疲れさまでした。
やはりhatehei666様は、きちんとしてます。厳密です。私に比べれば、まったくアバウトではありません。

hatehei666hatehei666 2017/03/15 20:37 A0153さんへ
私こそ、全く力がないので、6畳ともなると本当にアバウトになってしまいました。4畳半の2倍にも見えて、何度も6枚の畳を上げ下げしているうち、これは一人では駄目かと、何度も天を仰ぎ見ました。
それに比べると貴兄のブロックの積み立ては、ちゃんと水平を出して丁寧にやっておられます。そういう機会はないですが、真似したい程でした。
もう終えようと思ったのですが、台所がありました。3ドアの冷蔵庫のあった下の基礎が傾いて、冷凍室は無事だったものの、冷蔵庫が駄目になっていました。陥没部分だけ、何とかしたいと、今考えています。台所はごたごたいろいろな設備があり、格段に難しくなりそうです。

A0153A0153 2017/03/16 21:48 それはまた大変ですねえ。私腰を痛めて、あの堀りあげた土を戻すこともしていません。hatehei様も、焦らずじっくりのんびり取り掛かってくださいませ。

hatehei666hatehei666 2017/03/16 22:08 A0153さんへ
貴重な助言ありがとうございます。私は1年前に引っ越して来てから、北隣の人の家の裏の、3・11による土砂崩れの土を他に移動し、途中から初めて西隣の人の田んぼの畔切りとかをお手伝いし、ずっと土方仕事が続いていました。今度の修復工事を終えて気がついたら、どうも右腕から親指まで腱鞘炎みたいになっていました。勿来病院の院長は温めれば治ると、整形外科受診を勧めませんでしたが、確かに昼間の温かいときは調子よく、夜冷えてからの台所の食事の支度で痛みが走るので辛いです。
もう私たちの世代は、若い頃と違って1つ歳を経るごとに、身体が動かなくなって来ています。貴兄の腰痛もその現れだと思います。お大事にして下さい。もう少し近ければお手伝いにゆけるのに残念!

whitewitchwhitewitch 2017/03/18 02:02 ご自分で補修工事をなさったなんて、お疲れさまでした!とても器用でいらっしゃるのですね。
住み心地がよくなって、良かったですね。

hatehei666hatehei666 2017/03/18 10:04 whitewitchさんへ
これからやはり北隣の方から家具をただで譲り受けます。並列にすると1間半になるので、その配置を考えながら、上敷きの上はまだ何も置かず、8畳との間を飛び回っています。僅かな運動のためでも走りまわれるのが楽しいし、掃除のやりがいもあるというものです(笑)
でも昔から全然器用でなく、いわば高倉健さんのような者です(苦笑)

2017-02-20

大震災から6年これからがスタート

23:06

 キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです」(ピリピ3:14)

 2017年1月29日の福島民報によると、今村復興相は福島復興の進捗状況について、「三月で七年目に入る。マラソン(四二・一九五キロ)で言うと三十キロ地点に来ている」と発言しました。そんなものかなと受け流していたところ、2月5日の福島民報あぶくま抄では、その「おおよそ三十キロでコースアウトする場合が多い」と反駁していました。コースアウトというカタカナ語の意味は「各種のレースで誤ってコースを外れること」とあります。

 ですから内堀県知事はこの時の会議のあと、「風評被害や避難区域の存在を念頭に『まだスタートラインに立っていない地域もある』」と、苦言を呈しました。なるほどと思いました。国と県民との認識の大きなズレです。

 実は私もやっとこのスタートラインに立ったばかりです。しばらくブログを更新出来ませんでしたが、朝から晩まで我が家の損傷した床を修理していて、それどころではありませんでした。

 庭のほうは30キロを越えたと思っていますが、持ち主が3・11直後施設で亡くなった事もあって、家の中は全く手つかずでした。手伝ってもらって一緒にやろうと思っていた6畳と4畳半の畳の損壊修理は、その人の遠い場所への転勤(週末にしか戻って来れません)で不可能となり、一念発起単独で行なう事になりました。

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 左図が1015年10月20日視察した時の4畳半の畳の損傷です。半分は完全に駄目になっており、引っ越しをした時応急処置で下の土間に落ちないよう板を重ねて渡したままでした。左端に見えるベッドもがっしりした造りだったので、余計土台に負荷がかかったようです。毎日ひやひやしながら過ごしていました。

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 そこでまず畳を上げて中を見ると、こんな状態でした。右図の根太とその上の下地板が折れたり、ぼろぼろに腐っていました。その下地板の上に畳が載っています。

f:id:hatehei666:20170220215157j:image:medium:left左図が床下の構造を示しています。束石の上に縦にあるのが床束と呼ばれるもので、我が家ではそれはまあまあでしたが、その上に来る大引きは少し?で、さらにその上の根太と下地板の破損はひどく、調べてみたら何とシロアリによるものでした。根太の中身はスカスカ。下地板も同様、今回は4畳半の半分を友人からもらった廃材でまかないました。

 畳は裏がぼろぼろで、そのまま使う事が出来ず、フローリングにする事にしました。それをホームセンターで売っているコンパネで作ろうというわけです。しかしそれは畳より薄いので、隣の部屋の畳(これは残すつもり)との間に段差が出来てしまう為、再度下地板の上に根太を置きます。そうすればほぼぴったり段差が無くなります。

 それでホームセンターに行き、最低必要な根太の為の角材を7本、コンパネを5つ買いました。それを昔の畳の寸法(174×88)に合わせる為に、鋸で切って配置しました。

f:id:hatehei666:20170211095226j:image:medium:right右図で根太を3本新しくしています。その上に見えるのがもらった下地板。

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 さらに下地板の上に根太を置いて、その上にコンパネを貼ります。このコンパネを切るのが大変な作業でした。ホームセンターでは切ってくれるのですが、それをやめて手鋸でしこしこやりました。そして遂に完成!実際には建築専攻の親友から助言を受けました。シロアリの被害のあった土台(次第に浸透します。時間との戦い。シロアリ怖いですよ)の上のコンパネにベッドや机を配置するわけですから、出来るだけ負荷がかからないようにする為、コンパネを嵌める位置を変えました。

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 一人では出来ないと思っていましたが、建築学の初歩を猛勉強し、畳とコンパネのサイズの違いを頭に叩き込んでやり遂げました。

 次は右端に見えている隣の6畳間に挑戦します。斜めに落ち込んでいる畳の下の根太と下地板を替えるつもりです。また忙しくなるので、しばらくブログはお休み(泣)

 

 

yonnbabayonnbaba 2017/02/21 07:50 更新は気長にお待ちいたしますので、
どうかくれぐれも無理してお身体を壊すことの無いようになさってください。

A0153A0153 2017/02/21 09:46 いやー。大変そうですが、また楽しそうですね。・・・私もよくわかりますよ。自分のことを言います。
私も退職直後、幅1間半、奥行き1間、高さ2.1メーター(高いところ、低いところは、1.8M)の農作業用の小屋を作ったことがあります。ブロックとコンクリートの基礎から作りました。半年かかりました。大変でしたが、人生で一番楽しかったかもしれません。ほとんど自分一人で自分で考え自分で切ったり掘ったり組み合わせたりで面白かった。体重が8キロ減りました。(母の介護もあったのですけど)
お写真を見ますと、本格的な丁寧な仕上がりですねえ。ピッタリあってます。私の場合、細部はひどくいい加減です。性格の違いでしょうか。今度の6畳間は、経験がありますので、割と早くできるのではないですか。楽しみですね。
体に気を付けて、楽しんでください。

iireiiirei 2017/02/21 16:38 「Do it yourself 」ですね。きばって下さい。私も以前、囲炉裏と2段ベッドのある5m四方の「紙漉き作業小屋」をほぼ独力で建てたことがあります。

hatehei666hatehei666 2017/02/21 16:57 yonnbabaさんへ
いつも温かいご配慮ありがとうございます。福島について書きたい事はゴマンとあるのに、更新できず忸怩たる思いです。しかし日常生活で不便なのは我慢出来るものの、6畳と台所の境目は、そこを安全に渡る為のとっかかりが得られず、下手をするとそこも又畳が折れ、私も夜中のトイレで落ちそうなので、早くけりをつけたいと思っています。台所、洗面、トイレ、風呂場はそこを通る他ないので。

hatehei666hatehei666 2017/02/21 17:16 A0153さんへ
詳しい体験談ありがとうございます。体重がそれだけ減るほど苦労して作られたのですから、喜びひとしおといった所でしょうか。
一生で一番というのは非常に良く分かります。
今にして思えば、幼い時建築の模型で遊んだりしていて興味もあったので、それを持続させ大学を建築科にしたらどうだっただろう、なんて想像してみました(笑)
確かに大学を出て母の介護の為、近くの工場で板金の見習いをしていて、1ミリ以下の誤差でといった事にこだわりを持っていたので、震災によるゆがみはあったにせよ、最大で2ミリくらい、あとは1ミリ以下の誤差で抑えられたのが嬉しかったですね。
ところが現在このコメント返しをする直前、6畳の損傷のひどい所の畳を上げてみて、天を仰ぎました。根太の下の大引きまで最大長さ1・8メートルくらいシロアリにやられ、一部が折れていました。これではもう諦めるしかないかと思って考え込んでいたのです。ところが4畳半からヒントを得て、その大引きに並行して同じ高さくらいに10センチくらいの角材とブロックを置けば、その上に根太を置けるので、根太の上はコンパネを下地板とし利用し、何とか畳を保存できそうとわかったので、やった〜と叫び、これも騙し騙しやってみます(笑)。
こうした困難さの中で、神様からの知恵を頂いたようです(笑)

hatehei666hatehei666 2017/02/21 17:24 iireiさんへ
AO153さんと同様、独力でそうした部屋を作られたのですね。それも紙漉きをやる為の!
私も今いわき市遠野地区で始めたという、その伝統のわざを是非見に行きたいと思っています。
和紙作りというのは、日本独自の古来からの技術でしょうか。聖書の世界では写本はパピルスでしたね。

iireiiirei 2017/02/21 19:21 和紙は、文字通り日本独自の発達を遂げた紙漉き手法で、「流し漉き」という技法を使います。もとより紙漉きは中国起源ですが、こちらは「流し漉き」より原始的な「溜め漉き」という手法を使います。なお、パピルスは、「紙ではありません」。むしろ植物の繊維を編んで・発酵させてシート状にします。紙は原料を大きな容器(漉き船)の水のなかに均一に分散させて漉きあげると言う技術です。これは、中国人が成した世界史的な発明です。

hatehei666hatehei666 2017/02/21 19:36 iireiさんへ
詳しい和紙のご紹介ありがとうございました。
>中国人が成した世界史的な発明
そんなに凄かったのですか。聖書の普及に一大革命をもたらしたグーテンベルクの印刷術のような感じですね。

2017-02-09

幻の東北電力浪江・小高原発建設

09:53

 「人の心には多くの計画がある。しかし【主】のはかりごとだけが成る」(箴言19:21)。

 

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 2017年2月1日の福島民報によると、およそ40年前、東北電力双葉郡浪江町と、南相馬市小高区にほんの少しかかる、135ヘクタールという広大な土地で計画していた、「浪江・小高原発」を取りやめ、まず浪江町無償譲渡する事をを正式に決定しました。南相馬市小高区の8ヘクタールも、要請があればそうするそうです。

 東北電力原発としては、青森県東通(ひがしどおり)原発と、宮城県女川町石巻市に跨る女川原発があり。いずれも原発事故以後稼動を停止しています。

 私はこの幻に終わった浪江・小高原発の事を全く知りませんでした。福島第一原発事故が起きてその計画が挫折しました。

 幸か不幸かという言い回しがありますが、第一原発事故は全く不幸な出来事でした。けれどもその為に建設予定だった原発が1つ減ったのは幸いというべきでしょう。

 2月1日の報道では、東北電力は平成29年3月期の第3・4半期(28年4月〜12月)の連結決算を発表し、5年ぶりの減収減益になった事を示しました。その要因に停止中の原発の事は言及されていませんでしたが、今後東北新潟以外での電気・ガス等の事業を推進する事も含めた成長を追及してゆくつもりです。

 脱原発という世界的潮流の中で、既に東芝はその事業を縮小する方針でいますし、日立原発に関わる新技術の開発を断念しました。双方共巨額の赤字を出しています。

 ですから私は今後東北電力が女川と東通原発をどうするのか、注目してゆきたいと思います。国会前のデモのシュプレヒコールでは、この2つの原発の事はあまりに良く知られており、他のものも含め、廃炉!の大合唱になっている筈です。2月7日東北電力はこの2基の原発再稼動を、またまた最低1年は延期する事を決めました。原発再稼動は事業運営の最優先課題とされていますが、その軌道修正を迫れているはずです。さらに8日の報道では、女川原発について浸水対策が不十分だと規制委から指摘されており、こうした記事を眺めていると、東北電力はもう半分は、原発再稼動についてやる気を殺がれている気がします。

 一方広い面積を占める浪江町では、3・11の時の津波災害は大きかったものの、今後どうするべきか、そのビジョンが問われています。春の避難解除でも、人が戻って来なければ、描きようがないでしょう。

 「ぬか喜び」は出来ません。それにです、場所が海岸近くで南北に長く延びている為、国や県はこのうちの6ヘクタール分を、無人で遠隔操作や自動制御によって飛行できる、航空機ドローンの滑走路として借りるつもりでいます。イノベーション・コーストという構想のうちの一つですが、ブログ仲間の方が指摘されるように、究極的にはそれも挫折する事になるでしょう。それが浪江町を潤すことには到底ならず、私はこれを不幸になると見ています。浪江町としても、大々的に反対するだけの「体力」はありません。

 

A0153A0153 2017/02/09 18:28 浪江町の棚倉地区で、反原発運動をした舛倉さんという人の活躍の話を聞いたことがあります。前にも言ったかもしれませんが、わが相馬市でも、ひそかに原発誘致の運動があったということが、事故後出てきました。

hatehei666hatehei666 2017/02/09 19:02 A0153さんへ
貴重な情報ありがとうございました。早速調べてみました。
浪江町・棚塩の舛倉隆さんですね。3・11では津波の甚大な被害がありました。まさに幻の原発南端に住んでおられ、数十年も原発反対運動をしていたとは!故高木仁三郎さんとも親交があったようです。
春に避難解除になったら、一度見に行ってみたいと思います。本日のニュースでは、すぐ南の請戸川の桜並木を守って来られた方の紹介もあって、是非と思っています。

iireiiirei 2017/02/09 21:36 東北電力が計画しているプルサーマル方式の「大間原発」はどうなっているのでしょうね。

hatehei666hatehei666 2017/02/10 06:42 iireiさんへ
JPOWER電源開発という所で建設が進められているようですが、稼動には7年は先になるので、今のところ詳しい情報は、新聞を見る限り出て来ません。大間原発の今後の動きも注視してゆきたいと思います。

A0153A0153 2017/02/11 10:57 そうでした、棚塩でした。ありがとうございます。

2017-02-03

タルマーリーの出いすみ記

15:07

 「わずかのパン種が、こねた粉の全体を発酵させるのです」(ガラテヤ5:9)。

 ブログ仲間のよんばばさんが紹介してくれた(http://yonnbaba.hatenablog.com/entry/2016/12/08/160241)「田舎のパン屋が見つけた『腐る経済』」(渡邊格著)は、本当に面白く、いろいろ考えさせられました。この本の骨子はよんばばさんが漏れなく記述しておられます。

 よんばばさんが「涙が止まらない!」と言われた箇所がどこだか分かりませんが、私が涙しそうになった箇所はあります。パン屋(タルマーリー)を経営する渡邉格・麻里子夫妻が、かつて住んでいた千葉県いすみ市で耳にした3・11原発災害のシーンです。二人がここでパン屋を始め、ちょうど4年経った時の事でした。

f:id:hatehei666:20170119181141j:image:medium:left

 渡邊夫妻には二人のかわいい子がいます。モコとヒカルです(漢字はわかりません)。

 それでいすみ市千葉県のどこにあるか調べてみますと(画像はネットで借りて加工)、黒で塗りつぶした所になります。3・11当時のセシウムがどれ位だったか、ネットの情報では見つかりませんでした。1年前のいすみ市海岸の観測地点での食品検査結果によると、セシウム134、137合算で平均63キログラム/ベクレルとなりました。これをどう見るか分かりません。画像の北西にあたる柏市や私の住んでいた松戸市は、いわゆるホットスポットになりました。すごい放射能汚染でした。

 それで渡邊夫妻は一向に収束しない(するはずがない)原発シーンを見て不安になります。

 「親として、ふたりの子どもの健康と将来が、とにかく心配だった。たまりかねた僕は、マリに子どもふたりをつれて、西日本避難することを提案」しました。しかし東京世田谷で育ったマリさんは猛反対、渡邊氏は「泣き叫ぶマリを見て、心が張り裂けそうになった」と書いています。私が泣きそうになったのはこの箇所でした。

 「気持ちは分かるけど、モコとヒカルに何か起きたとして、それは覚悟の上でのセリフだよ」、「…………」「重い沈黙が続いたあと、マリが口を開いた。『…この子たちは、私たちが守るしかない』」、「頼む、そうしてくれ」。

 これこそ福島子どもを抱える親たちが、普遍的に直面した事です。子どもを守る為両親が苦渋の決断をし、出福島を遂行しました。一方で親の意見が分かれ、離婚にまで発展してしまった悲劇的例も耳にしています。幸いこの夫妻は「二人三脚、一心同体」というほど、聖書の視点からみても模範的な夫妻で、決断したらすぐ実行です。出いすみとなりました。

 そして一家が辿りついたのは、岡山県真庭市勝山でした。最新のネット情報では、さらにビール醸造も含めた事業展開で、鳥取県八頭郡智頭町に引っ越しています(https://www.talmary.com/)。

 私は渡邊氏の主張「肥料はなくても、土壌の環境さえ整えれば作物は育つ」に触発され、放射能汚染は覚悟の上で、毎日せっせと落ち葉を集め、生ごみも大切にして土に埋め、破損した畳の麦わら?を細かく切って同様に埋め、自己責任で種から野菜を育てようと動き回っています。

miyotyamiyotya 2017/02/03 21:09 こんばんは。
「タルマーリー」の渡辺夫妻は私が参加している「桑田・里山の会」の会員でもありました。
ご夫妻でいすみ市でパン屋を開店し、私たちも時々買いに行ったことがあります。
東日本大震災後、引っ越されたことは聞いておりましたが、まさか、貴ブログに掲載されるとは
奇遇でした。
東日本大震災後に、放射能汚染の危機を感じて沖縄などに移住していった田舎暮らしの仲間も
おります。

miyotyamiyotya 2017/02/03 21:09 こんばんは。
「タルマーリー」の渡辺夫妻は私が参加している「桑田・里山の会」の会員でもありました。
ご夫妻でいすみ市でパン屋を開店し、私たちも時々買いに行ったことがあります。
東日本大震災後、引っ越されたことは聞いておりましたが、まさか、貴ブログに掲載されるとは
奇遇でした。
東日本大震災後に、放射能汚染の危機を感じて沖縄などに移住していった田舎暮らしの仲間も
おります。

iireiiirei 2017/02/03 21:36 今はつきあいはありませんが、いすみ郡御宿でオーガニックな生活の構築を模索していたT.M.さん、3.11の直後に、女は子供を産む分、男より大事であると、妻子を彼の出身である関西に
避難させたとのこと。現在は御宿で一家揃って暮らしているそうです。

hatehei666hatehei666 2017/02/03 21:36 miyotyaさんへ
うわっそうだったんですか。少々値段は高いですが、パンの味は他とは比較にならなかったのでしょうね。私も一昨日ドイツ人の宣教師から本場のドイツのパンをプレゼントして頂きました。これも美味しかったです。
震災でmiyotyaさんの所からも、沖縄などに移住された方居るんですね。さぞ無念なことだったと推測します。柏や松戸でも震災当時パニック状態でした。市川で発掘やっていたのですが、主任の友人は孫もいるので、これは静岡以西に逃げたほうがいいかもしれないと、ポツリ漏らしていました。親としては留まるのも苦渋の決断だったでしょうね。逆に生涯独身で還暦も迎えていた私としては、福島に行こうという事になりました。

hatehei666hatehei666 2017/02/03 22:04 iireiさんへ
こうやってブログで取り上げると、当時原発から遠い関東からも、一時であっても逃れた人が多いのを知りました。状況が変わって戻った人々もいるでししょう。福島は6年目に入り、戻る時間があまりに長すぎ、移住先に定住する人の割合が相当高いです。

yonnbabayonnbaba 2017/02/04 07:57 言及ありがとうございます。私はもう、なぜか、あの本を読む間ほとんど泣けてしまったのです。こんな時代にあっても、ご夫妻の自然と共に生きる姿勢や無欲な姿にうたれたのかもしれません。
一昨年だったか、「おしどりマコケン」の講演を聞いたとき、3.11後、吉本でも、大物はキャンセルできる仕事はキャンセルさせて沖縄に避難させ、空いた穴を下っ端が埋めさせられたというようなことを言っていました。事態は東京でもそんなに深刻だったんだ、と東海地方で実感のなかった私は驚きました。

hatehei666hatehei666 2017/02/04 22:52 yonnbabaさんへ
なるほど。よく分かりました。本当に理想的な夫婦で、二人の子どもたちも、自然の中ですくすく育っているのではないかと思います。
あの原発事故の日の後、3月15日、21日に放射能が東葛地域(柏、松戸など)を襲った時、その帯が南西の東京葛飾区金町浄水場にも達し、結構大騒ぎになりました。6年経つとその事実も、もう忘れられているかもしれません。私が住んでいた松戸市の直ぐ隣で、私も電車で降りて見に行ったことがあります。

o-uirio-uiri 2017/02/05 07:29 パン屋「タルマーリ―」には一度だけ、寄ったことがあります。暖簾で活性化を図っている町でした。
当時もメディアで度々取り上げられ、評判のお店でパン仲間の間でも、時々話題になってました。
今は智頭町の旧小学校校舎で、活躍されているようですね。

hatehei666hatehei666 2017/02/05 15:18 o-uiriさんへ
そもそもよんばばさんから紹介された本で、非常にさわやかな読後感だったので、是非書いてみようと思っていた時、パッと頭に浮かんだのが、o-uiriさんの事です。タルマーリーは有機も使わず自然栽培でという事をモットーにしていましたが、o-uiriさんならどう考えられるだろうかと考えたのです。コメントいただいて、ああやっぱりそこに行かれたのだと思いました。渡邊夫妻のようには容易に移動出来ないですよね。
3・11をきっかけに岡山まで引っ越されたのは分かりますが、さらに鳥取までどうして?と思いました。それで本が出た後の事について、ネットで探してみて納得。自然栽培のものの飽くなき追求といったところでしょうか。
パン種の事は聖書にも出て来ますし、勉強してみると面白いです。彼らなりの資本論の理解も興味深かったです。主婦にも良く分かる書き方でした。

o-uirio-uiri 2017/02/06 06:49 ハテヘイさん、ありがとうございます!
「田舎のパン屋が見つけた『腐る経済』」(渡邊格著)読んでみようと思います。この本ならきっと図書館になると思います。
勝山から智頭に移られた経緯は色々あるように聞いてます。噂で!  ネットに載っていることが全てではないと思いますが、この本は読む価値がありそうですね。ありがとうございます。

hatehei666hatehei666 2017/02/06 10:09 o-uiriさんへ
マルクスの資本論が書かれていると敬遠したくなると思いますが、この本はそのエッセンスをパン屋経営に生かし、分かりやすく説明していますが、その部分は飛ばしても大丈夫です。感動すると思います。
ただ確かに岡山から鳥取に移った経緯は、この本発行の後なので、新たな本を期待します。カフェもやっているので、もし旅に出る余裕がおありなら、是非行ってカウンター越しで夫妻と話してみられたら如何ですか?https://www.talmary.com/

yukiwarisou_0222yukiwarisou_0222 2017/02/06 19:47 こんばんは〜。
私も『腐る経済』(渡辺格著)を読んでみようと思い、本屋さんに予約しました。
紹介して頂きありがとうございます。

hatehei666hatehei666 2017/02/06 20:53 yukiwarisou_0222さんへ
この本を紹介して下さったのは文頭にあるよんばばさんです(笑)。私は図書館で借りて読みました。何回か延長して繰り返し読みました。
その経緯から、やはり良い本は買って手元においておくものだと思いました(笑)それだけ買う価値のある本です。またお金の余裕さえあれば、旅行し、渡邊家とカフェで話し合えたら最高だと思います。子どもたちの笑顔が素敵で、美味しいパンと共によき思い出になると確信します。