ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

小田切徳美著『農山村は消滅しない』を読んで感じた事

 「さて、ノアは、ぶどう畑を作り始めた農夫であった」(創世9:20)。
 2015年2月図書館で岩波新書『農山村は消滅しない』(小田切徳美著)を借りて読みました。左画像小田切氏。
 昨年12月発行の本なので、著者は既に有名となっている藻谷浩介氏の『里山資本主義』にも触れています。

 著者小田切氏は東大農学部出身、現在明治大学教授ですが、単なる研究室だけの学者ではありません。「自ら“歩き屋”と称して実証的な中山間地域研究を続け…」(http://d.hatena.ne.jp/ujikenorio/)ている人です。
 小田切教授はまず序章で「地方消滅論」を唱えた「増田レポート」を取り上げています。増田氏とは増田寛也岩手県知事の事です。東大法学部を出て建設官僚となり、岩手県知事に転出しました。その頃は改革派知事として評価されていた人です。
 増田氏はそのレポートの中で、特定の自治体を「消滅市町村」「消滅可能性都市」と名指しで発表した為、「市町村消滅ショック・ドクトリン」として、世間に衝撃を与えました。農山漁村をたたみなさいという意図が内包されています。
 小田切教授は農山村での「人・土地・むらの三つの空洞化」を否定してはいません。そのデータも載せています。そしてそれが中国・四国の山間部で始まり、東日本にも飛び火していると言っています。

 しかし小田切教授は集落の実際の調査から、意外な「集落の強靭化」を指摘しています(図は模式図から私が作成)。
 それが2010年の過疎地域集落の消滅可能性という表に載っていて、過疎地域全体として「消滅の可能性はない」とする割合は、実に83パーセントに達し、高齢化率50パーセント以上の集落でも70パーセントが、消滅の可能性はないとし、10年以内の消滅可能性の集落割合は、僅か3・5パーセントでした。総務省調査の「限界集落」統計が的外れであった事を、教授は見抜いています。どっこい農山村集落は、将来に向けて存続しようとする力が働いているのです。そしてその実例を教授は山口県のある「超高齢化集落」で立証しています。彼らの努力で転出した比較的若い層が跡継ぎとして加わっている事も、集落維持に貢献しています。勿論自然災害などで、図の臨界点を超える集落も存在はしますが。
 なぜ若い層なのかという事も、9年前のある文献を引用し、非正規雇用が圧倒的に増えて来た状況下で、「若者たちはおとなたちが作りだしたそうした状況への批判にエネルギーを割くのではなく、農山村へと向かった」と記述した上で、約10年後、「若者意識には、さらにくっきりとした輪郭を描けるような変化が生じている」そうです。それは農業一本に絞るのではなく、「半農半X」型の多様な働きへの魅力も関わっています。そのようにして安定したそこそこの収入が得られますから、定着しやすいのです。ふるさと回帰支援センターのデータも、強い裏付けとなっています。
 かくて増田レポートは、都市から農山村への移住傾向を全く過小評価し、修正を余儀なくされている次第です。
 そこで小田切教授は農山村の地域づくりという事で具体的に踏み込んで行きます。まず新潟県の旧山北町の取り組みに触れた後、鳥取県智頭(ちづ)町の「ゼロ分のイチ村おこし運動」を詳しく述べています。これは耳慣れない言葉ですが、何もないところ(ゼロ)から何かを作り出し(イチ)、ゼロ分のイチを無限大の前進と捉える運動です。町役場のホームページに「閉鎖的・保守的・依存的な旧態依然とした村社会の変革を図り、また、町の活性化は集落の活性化からという視点にたって、『これからもその集落に住もう、どうせ住むなら豊かで楽しい村がいい』を理念とするものです。そして、こんな素朴な願いを実現するため、自分には何ができるか、何に汗が流せるか、住民一人ひとりが無(ゼロ)から有(イチ)への一歩を踏み出そうという運動です。つまり、智頭町内の各集落または各地区がそれぞれの特色を一つだけ掘り起こし、外の社会に開くことによって、村の誇り(宝)づくりを推進する住民の自立と共有のマネジメントです」とあります。そして現在89集落のうちの16集落がこの運動に取り組んでいますが、実に多彩です。休耕田開放による野菜づくり、ログハウス作り、ほたるの復活事業等々面白い企画ばかりです。
 当然全住民が参加・運営してゆきますが、一定の条件を満たした集落には町から支援金が出ます。
 不振な農山村のインフラ整備は大切ですが、それをいたずらに公共事業ばかりに頼らないシステムも出て来ました。地域内での登録ドライバーによる生活交通の自主運営などがそれです。地域農産物の地域内での販売、つまり「小さな経済」も大切な役目を果たしていますし、私が泊まった農家民宿なども、それらに該当するでしょう。中高年齢層は決して高額な月所得を望まず、10万を越えないでも満足しているからです。
 また広島県三次市青河地区は小学校を大切にし、生徒数を減少させない為に、住民が共同出資して有限会社を作り、家を建てて安い家賃で、子どものいる家族を誘致しています。
 鳥取県では革新的政策を採択し交付金を支出していますが、対象となった支給市町村は増田レポートによれば、「消滅可能性ある町」ばかりです。でもそれらの地域で移住者数が増えています。
 それなのにこうした増田レポートを支持し、「農村をたたもう」とする運動が、体制側から出されています。「都市こそが、グローバリゼーションの時代にふさわしい」という強烈なイデオロギーです。 付箋の多かった、すごく刺激に満ちた1冊でした。ぎっしり240ページもある本ですが、中味は濃く、地道な読み方が要請されます。しかし里山資本主義以上に説得力ある本でした。