ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

中山七里氏の想像力

 「キリストは、ただ一度、今の世の終わりに、ご自身をいけにえとして罪を取り除くために、来られたのです」(ヘブル9:26)
 よんばばさんが紹介して下さった『アポロンの嘲笑』(http://yonnbaba.hatenablog.com/entry/2017/01/04/205952)を、私も読んでみました。
 小説とはいえ、原発の事にも触れておられるので、絶対読まねばと思いました。
 内容はいつものように、よんばばさんが詳しく解説しておられるので、私は別の視点からの読後感です。

 中山七里氏とはどういう人かウイキで調べてみると、岐阜県の生まれで、そこを拠点に東京などにも仕事場を持っている人でした。するとこの小説の主要な舞台である福島第一原発とその周辺をどうやって調べ、極めてリアルな形で描き切ったのか不思議です。6年前まだ帰還困難で立ち入り出来ない大熊町などを、主人公加瀬邦彦のように「不法にも」歩いてみて、細かく取材し、入念に構想を纏めたとしか思えませんでした。左画像はネットから借用。
 またウイキを見ますと、「作家としての一番の目標は、寝食を忘れて一気読みしてもらえる小説を書くこと…そして物書きの使命は『記憶させること』と『皆さんが思っていてもなかなか形にしづらいものを文章化すること』だと話している」とありました。そのように私も2日間かけて一気に読み終わり、感動して涙が出てしまいました。
 6年前の生々しい現実が、この本を通してもよく分かります。「事実は小説よりも奇なり」と言いますが、この本はその逆を行った感じです。細かな事実が私たちには今も隠されており、中山氏は想像力をフルに発揮させて、事実の上を行く不思議な臨場感を持たせています。
 例えばタイベックと呼ばれる白い宇宙服のような完全防護服と他の重装備ですが、それを着込んだ時の描写では、この小説家は元原発作業員だったのかと錯覚するほどでした。またタイベックは「粉塵は防げるけど放射線を遮断する性能なんて全然ないんだ」とあるように、とんだ代物だった事も改めて銘記させられました。
 さらにこの小説の舞台となった場所がいわき市北端西隣の平田村、意外と私の住む所から近く、興味津々だった事もあります。北須川から国道49号をまたいで349号、二股の道を県道286号に折れ、磐越東線夏井駅から小野新町駅の間を潜り抜け、県道41号とぶつかる所で北東の矢大臣山を仰ぎ見、そこへと向かう被疑者加瀬邦彦の足取りが、私の手元の地図で正確に追えます。矢大臣山での野犬との格闘は私を戦慄させました。そして途中の大震災で壊れた家々の描写も実にリアルでした。そこから県道145号を東に進むと、いわき市に入ります。東は県道36号と名前を変えて、県道小野富岡線と呼ばれます。さらに東進すれば川内村に入ります。麓山(はやま)トンネルを抜けると、いわき浪江線と呼ばれる県道35号と交わる交差点に出ます。そこから大熊町原発はすぐ近いです。けれども35号は厚い検問体制が敷かれていたので、加瀬はまた山道に入り、タイベック姿の警察官と出くわし、拳銃で撃たれますが幸いかすり傷で、再び35号に入り、右手を見ると、本に出て来る館山溜池がありました。そこから東に向かう町道を進むと常磐線とぶつかります。今も懸命に復旧作業が続く常磐線ですが、その惨状、またそこから見える海の津波による壊滅的光景。すさまじい想像力です。私が通う教会はそこから直ぐ。皆着の身着のまま強制的に避難させられたので、こうした描写は不可能です。悠長に構えていられない、小説だから可能です。しかしその小説を通して、あの3・11の事実を十分推測出来ます。
 そこで再び警戒中の警官と出会い、撃たれて負傷。しかし警官はタイベック姿なので身動きが鈍く、加瀬は拳銃を奪い、警官の足に命中させて、からくも逃げます。遂に私も数回通った国道6号=陸前浜街道に出ます。さらに東はもう原発のある険しい山々の続く夫沢地区です。しかし今は満身創痍、極限状態で万事休すと思う場面にて、加瀬を追っていた刑事の仁科が助けに来て、無事原発4号機、某国の仕掛けた爆弾を撤去しました。でも加瀬は落下してきたコンクリート片で即死状態。途方も無い被ばく量で苦しむよりはその方がましだったと呟く仁科。
 長くなりましたが、これで平田村から原発までのルートを頭に叩き込む事が出来ました。これは大収穫!
 最後にこの本で本当にたじろいだのは、原発作業員で被害者とされた金城、及びそこでの勤務が長かった父とのやりとりの場面です。
 「今まで健康被害で東電を訴えた作業員は何人もいるが、その度に潰されててきた。東電の息の掛かった大学教授やら医者やらが、原発健康被害の因果関係をことごとく否定する。弁護士頼んだって徹底抗戦を怖れて、すぐ和解に持ち込もうとする。だって国策だものな。リスクが大き過ぎる。だから。逆らおうなんて思っちゃいかん…」
 {労災申請もさせやしない。労災が適用されないからと手渡されたのはたった五万円の寸志だけだった…使い物にならなくなった作業員は容赦なく捨てられるんだ。会社は俺たちのことを人間とすら思っちゃいないよ」。
 今更ながら東電の恐ろしさを、小説を通して思い知らされました。怖い、本当に怖かったです。