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 2006年3月からは、当面、jugemに移行します。
 てっちゃん@jugem  
 児童書「気をつけよう!ネット中毒」の3巻シリーズ
      
 「[ケータイ・ネット]を駆使する子ども、不安な大人」(長崎出版)が発売中。  
「男女七人ネット心中 マリアはなぜ死んだのか」(新紀元社)
が発売中  
  火曜日は新宿歌舞伎町でバーテンをしています。店名は「はな」です。
3月末で辞めることになりました。

2004-04-09 日本人拘束で考えたこと

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 テロが相次ぐイラクで、日本人3人が拘束された。3人の拘束を知ったのは、昨夜の「中日×巨人」のナイターの途中だった。速報が流れたのだ。最初はどんな人が、どんな状況で誰が拘束されたのかははっきりしていなかった。そのため、わたしは、政府の「邦人保護」を最優先にすべきと思った。しかし、その後、拘束された日本人の名前が明らかになった。2人はジャーナリスト(うち、ひとりは「週刊朝日」の契約カメラマン、ひとりは、高校卒業したてのフリーライターを名乗っている)。もう一人は、NGOのメンバーだった。

 わたしは、拘束された人物の身分を聞いて、複雑な思いを抱いた。たしかに、国家としては、「邦人保護」は仕事であるし、最優先させるべきだろう。しかしながら、ジャーナリズムはある意味、反権力であるべきものだ。そのジャーナリストが、このような状況とはいえ、国家に「命乞い」をするかのような立場をしてよいのか。この二つの考えが頭のなかで揺れている。

 イラクで米軍が軍事行動をとり、その米軍を日本が支援している。その状況で、テロリストや抵抗運動をしている人たちは、そのターゲットとして、日本が含まれた。このような情勢のなかで、よりターゲットにされやすいのは、ソフトターゲット(民間人)だろうというのは、予想がつく。しかも、イラクに日本人がいるとすれば、ジャーナリストやNGOメンバーになるだろう。つまり、ターゲットになるかもしれない可能性が高い場所に、あえて3人は出向いた。ジャーナリストの使命感もあっただろうし、NGOとしても信念も持ち合わせていることだろう。そして当然、ターゲットになる覚悟もあったはずだ。なければ、逆に、この情勢下で、イラクに出向くことは間違っている。

 あるジャーナリストがメールマガジンで、3人を保護するために、自衛隊を撤退するべきと主張していた。わたしも自衛隊派遣に納得がいっているわけではない。しかしながら、今回の問題と、自衛隊派遣の是非を同一的な問題として扱うべきではない。政府の政策転換があろうが、なかろうが、特にジャーナリストは、ある程度の覚悟はもって、現地取材するべきだと思う。その意味では、そもそも現地取材をすることは、死と隣り合わせなのだ。

 繰り替えすが、国家としては、どんな身分のひとであれ、「邦人保護」が最優先させるべきだ。しかしながら、ジャーナリズムの側が、国家に「命乞い」をし、「救助」を積極的に求めていいのだろうか。ジャーナリズムをどのように考えるかによって、その答えは変わってくるだろう。わたしは、権力とは一定の距離をとり、姿勢としては「反権力」であるべきだと思う。とくに、戦争取材のときには、それが明確になるべきだ。ジャーナリストやフリーライターを名乗るのなら、国家に「命乞い」をするべきではないと考えている。


 外務省はイラク全土を対象に、避難勧告を出している。

 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/iraq/prtc/prtc030414.html

 以下のURLでは、テレビで放映されている以上に、テロリストの過激な行動が流れています。

http://www.euronews.net/create_html.php?page=accueil_info&lng=1&option=0,home

 フリーライターの男性が代表を務める「NO!小型核兵器(DU)サッポロ・プロジェクト」のサイト

 http://members.jcom.home.ne.jp/no_du_sapporo/

 拘束された女性が所属するNGOのサイト

 http://www.clubwee.com/

素朴な疑問素朴な疑問 2004/04/09 14:53 命乞いして何が悪いんでしょう? 命乞いすることによって、具体的になにかジャーナリズムにとって不利益なことでもあるのでしょうか? たとえばエンベット取材ルールのように、国家に保護されることを条件に取材や報道に制約が課される場合にそうした条件付保護からジャーナリストは独立すべきだ、という主張なら理解できます。しかし、退避勧告はあくまでも勧告であって義務ではありません。国家の無条件の一般保護義務に対しても、命の危険があっても報道の独立を守ろうとするのはおかしくはありませんか? 

さいとー@花男さいとー@花男 2004/04/11 20:16 ご無沙汰しております。「日本人拘束事件と自衛隊派遣の問題は別々に扱うべき」という渋井の意見はユニークですね。かなり興味を惹かれました。しかしもし自衛隊が派遣されなければ、日本人民間人は拘束されなかったのではないでしょうか?日本政府がこれほど米国ベッタリの立場を取らなかったら3人も狙われることはなかったと思います。その意味でも、この事件の結末がどうあれ、「民間人拘束」を招いた「自衛隊派遣」という政治的判断の「責任」を自民党は取らなければならないとぼくは思います。…こんな事件がおきて久々にてっちゃんのサイトを覗きたくなった次第です。ではでは。

hatesbtetuyahatesbtetuya 2004/04/12 14:36 「素朴な疑問」さん。私は、「命乞い」それ自体を否定はしていません。国家(日本政府)に対して、命乞いをすることを反対しているのです。現に、この経過を見ても、テログループ(と呼ぶべきかどうか?)に対して、有益な動きを国家はしていません。国家よりも、アルジャジーラ報道(HPを含む)のほうが有益な動きをしています(おそらく、グループは日本の報道を見ている可能性もある。日本で指摘された細かな点を声明文で修正しているので)。今回の件は、グループのあり方が特殊なので、国家が手を出せないという事情もあると思います。総合しても、ジャーナリストやNGO団体の動きのほうが、結果として、グループに影響を与えているように思えます。そのため、なおさら、国家に頼るべきではない。

hatesbtetuyahatesbtetuya 2004/04/12 14:43 「さいとー@花男」さん。お久しぶり。この両者の問題が、どこまで絡んでいるかも疑問だと思っています。仮に、自衛隊を撤退したとしても、アメリカとの同盟関係を続けている限り、拘束の可能性は残るわけです。これは、単に、自衛隊撤退という状況論的な問題に矮小化してしまっている、と思っています。それに、政治責任があるとすれば、「自衛隊派遣」ではなく、「アメリカとの関係を優先にした」ことではないでしょうか。すべての有事関連法がアメリカとの関係を優先し、憲法を形骸化させたことに「政治責任」があるわけで、自衛隊派遣は、その多くの問題のひとつではないでしょうか?。まあ、またどこかで会いましょう。私がカウンターに入っているBARにも遊びに来てね(宣伝 笑)

さいとー@花男さいとー@花男 2004/04/12 20:42 ほいほい。丁度明日四谷に用事があるので、出来れば帰りに寄りますね。20時ごろになるかなー。道に迷ったら携帯に連絡入れますね。では4649!

ご無沙汰してます。ご無沙汰してます。 2004/04/13 00:42 松本です。ご無沙汰してます。いつも観てます。私の力不足でいろいろご迷惑かけてます。近々に、今度こそお仕事ご一緒しましょう。ところで。人質解放へ向けて、国家に頼るかどうかの議論について。犯行グループは明確に「自衛隊撤退」を要求しています。とすれば、被害者を救済したいなら自衛隊の撤退を求めることが、少なくとも一つの手段であることは明らかで、それは政府に求めていかざるをえないことです。国民が日本政府をコントロールしていることを犯行グループに示すことこそ、現時点での人質解放への近道と考えます。そもそも人道支援名目で入った日本の軍隊が現地で「大きなお世話だ」といわれているなら、たとえ「人道支援」ということが建前でしかないにしても、というか建前であればこそ、いらぬお世話を止めて引っ込むべきです。イラク人から要求されたときに改めて入ればいい。拉致被害者たちがどう思っているかは分かりませんが、最低でも家族・支援者は彼らを助けるために、政府の詭弁を許さない態度を貫き、それを犯行グループに示す必要があるかな、と。言うまでもなく、時間がたつほど人質の命は危険に晒されます。人質を持つこと自体、「足手まとい」でしょう。人質たちにもしものことがあったら。政府は彼らをいいように利用して、軍事的な力を得るための世論をあおるでしょう。そのとき世論がどう動くか予測不能。無責任で自己中のアメリカは、おそらく近々にイラクから手を引いてくる。こうした動きの中、日本はますますヤバイ状況になること必至です。

hatesbtetuyahatesbtetuya 2004/04/13 01:00 松本さん、お久しぶりです。「力量不足」というよりは、社内情勢の問題もあったので、仕方ありませんよ。たしかに、犯行グループの要求をのんで、自衛隊撤退を政府に求めれば、約束を守る前提があれば、人質は解放されるかもしれません。しかし、それは国民が政府をコントロールしたようには見えません。もしそうであれば、国民の半数以上が自衛隊派遣を反対したのに、されたわけですので。しかも、もし人質との交換で自衛隊派遣がなくなれば、今後も同じようなことが続くかもしれません。もしそうなれば、戦争に国家が関与すれば、盾として民間人が戦地に行き、人質になるケースが今後もでてきます。そうなれば、よけいに民間人を危険にさらします。私が最も言いたいことは、この人質がいようまいまいが、自衛隊派遣はそれ自体で判断すべきで、人質問題を利用して、今になってなぜ声高に自衛隊派遣を主張するのか、ってことです。

しらいしらい 2004/04/13 01:15 ご無沙汰しております。元自衛隊員の同僚の「勘」によると、これは反米感情を持つ日本人による自作自演なのではないかとのことでした。限りなく低い可能性でも、ありえない話ではないかもしれませんね。信仰のようにアメリカ追従している政府の言動が国民の意見を反映しているとは思えないというところが問題のありかですかねやっぱ。そこに落とし前つけてほしいですが、それは人質事件発生とは無関係そうしなければいけないポイントでしょうね

hatesbtetuyahatesbtetuya 2004/04/13 01:29 しらい君。お久しぶり。この話題のコメントに反応が多いなあ、いままでの内容にはほとんど反応がなかったのに。まあ、それだけ関心があるってことか。さて、日本人による自作自演の話は、ほかの情報筋からも聞いています。声明文の文章からしても、少なくとも日本の報道を知っているメンバーがいるでしょうね。すでにテレビなどでも指摘されていますが、声明文の日にちが初回と2回目とでは表記が違いますし。もし日本人であれば、アラブ語にそれほど精通していないでしょうね(ナガサキ、ヒロシマの地名が間違っています)。

たしかに。たしかに。 2004/04/13 01:35 >この人質がいようまいまいが、自衛隊派遣はそれ自体で判断すべきで、人質問題を利用して、今になってなぜ声高に自衛隊派遣を主張するのか、ってことです。         ●たしかにそのとうりと思います。でも、詭弁に詭弁を弄した政府が、最後にその詭弁を押し通すことが人質の命を救うなら、現時点での正しい選択なのではないかと思います。そうしない政府は殺人者と一緒と思います。つまり、「非戦闘地域だから自衛隊が入った」なら「戦闘状態になったので出て行く」は、一応の筋が通っていると思います。また、それによって犯行グループが人質を解放したら、彼らは晴れて「パルチザン」であり「アラブの英雄」です。これをきっかけに、日本が対米追従路線を変更して、筋を通せる国になれれば、世界の信用を得られる=そもそもテロリズムは日本を標的にしない…と考えるのは楽観的でしょうか。

hatesbtetuyahatesbtetuya 2004/04/13 01:47 今が「戦闘状態」であると政府は認識していないと思いますよ。テログループとの「戦闘」は、イラク特措法での「戦闘状態」ではないからです。それは過去の政府答弁からも明らかなように、イラクが国家として戦闘をしないと、あるいは、組織的な軍隊が継続的に「戦闘」をすることが「戦闘状態」だったはずです。おそらくまだ「非戦闘地域」です。それに、これをきっかけに対米追従路線を変更するはずがありません。仮に、そのような路線変更がこの事件をきっかけに起きるのなら、政府はますます3人を見殺しにするでしょうね。

やっぱり…やっぱり… 2004/04/13 02:05 そうですかねぇ。とすれば、犯行グループは人質を持っていてもしょうがない。早めにそう判断して、人質を解放して欲しいものですね。殺さずに。おそらく、帰国後の拉致被害者は相当の非難を浴びるでしょう。残念です。海外での「日本の信用」は、こうしたボランティアやジャーナリストがコツコツ築いた結果なのに。それにしても、政府は教育カリキュラムに「ボランティア」を導入していたはずなのに、いざとなるとやっぱり無責任ですねぇ。

lelelelelele 2004/04/13 03:58 NGOにしても、ジャーナリストにしても、いまのイラクに彼らが陸路で入ったことに、この問題の原点があります。たとえば「自分はよいことをしているから」とか、「自分は世の中のためになることをしているから」といって、「危険を冒しても大丈夫だ」などと考えるのは無謀だと言わざるを得ません。相手が自分のことをどう思うのかなんて、自分にはわからないことなのですから。捕まってしまったから、かわいそうだという議論には、以上のような論理が抜け落ちていて、納得がいきません。結局、自己責任でしょう。治安の善し悪しや身の危険については、自分で調べるものだし、自分で「安全だ」と思って入国し、それで何らかの危害にあったら、基本的にそれは自分で責任をとるべきものでしょう。もうひとつたいせつなことは、捕まった彼らの問題と、彼らの家族がもつ感情の問題は、別のものだということです。捕まってしまった以上、できるだけ早く彼らを救出するのが、日本政府の「義務」なのは当然です。いずれにしても、捕まった人たちの責任がほとんど論じられないまま、救出ばかりを叫んでいる現状は、北朝鮮問題と似ていて、不気味です。

どこぞの官僚もどこぞの官僚も 2004/04/13 10:49 自己責任といってました。おそらく拉致被害者は救出されたとしても、相当の非難を浴びるでしょう。少なくともそれまでと同じ活動はできなくなる。本人たちが、いま捕らえられた状況で何を考えてるかはわかりません。まさしくその自己責任を思っているかも。■ま、今回の件を北朝鮮拉致被害者になぞらえると、北朝鮮拉致被害者家族会は納得いかんでしょうな。「自らの意思で危険をおかした人間と一緒にするな」って。■自己責任云々の議論より、メディアは危険地域の取材のあり方等をきちんと考える契機にすることは大切でしょう。でも、ペルー大使館事件で内部に入って真相を伝えた原田カメラマンの例をひくまでもなく、やはり誰かがやらなくちゃいけないことです。それをどうバックアップするかは、やっぱり「自己責任」では済まされないんです。

lelelelelele 2004/04/15 02:58 『「自己責任」では済まされない』と言いきられると、困ってしまいますね。私の知り合いはペルーでの事件で、マスコミのコーディネートをしていましたが、彼曰く「原田さんはテロの危険をわかっていない。なめている」と嘆いていました。死にそうになってまで、また死んでまで取材する価値のあるものなど、この世にありません。「誰かがやらなくちゃいけないこと」とは、いったい誰が決めるのでしょうか。そんなものは、ないと思いますが。危険地域で取材しているジャーナリストの多くが、自らの好奇心と功名心、そしてその人の価値による「正義」とやらが原動力になって活動しています。それを守ってあげようとか、バックアップしようと思うのは、あくまでも個々人の趣味の問題です。ジャーナリズムには健全であってもらいたいし、しっかりとした調査報道(最近、見かけませんね)をすることの重要さは認識しています。だからといって、危険地域にいった人を守ったり、バックアップしたりする行為を普遍化したり、それを押しつけたりすることは、「自分がいいことをしている」と思いこんでいる人の傲慢な振る舞いだとしかいえませんね。

松本です松本です 2004/04/15 10:56 >leleleさま。2点ほど教えていただきたいのです。まず、原田カメラマンのペルー取材はなかったほうがよかった、ということですか? そして2つ目の疑問です。上の文章を拝読すると「”不純な動機で”危険地域に入ったフリージャーナリストをバックアップしようというのは、傲慢な振る舞いだ」と読めるのですが、そういうことでよろしいいでしょうか?

すみません。訂正ですすみません。訂正です 2004/04/15 11:17 松本です。上記質問中「不純な動機」とあるのは「身勝手な動機」と変更します。

lelelelelele 2004/04/15 17:50 松本さまへ。ペルーについて。あるなしが問題なのではありません。結果オーライで生きて帰って来れたから、あの報道は価値があったと評価されます。しかし、殺されていたら、「なんで命を張ってまで……」ということになり、「あの人は、こんなにすばらしいことをしてきた」と報道されて終わることになりましょう。あの事件のときに、あのような取材をすることが「無謀」であると、ペルー人や現地に長く暮らす日本人がいっているなか、それを無視して強行取材することが、いかに「無知」に根ざした行為か、ということを私は問題にしたいのです。つづいてバックアップについて。「フリージャーナリストをバックアップしよう」ということではなく、フリージャーナリストがバックアップされることを期待して危険地帯に入ることを傲慢だといっているのです。ちなみに私は「身勝手な動機」などとは書いていません。本人が正当だと思っていることを、私が身勝手なのかどうか判断することなど、できませんよね。なんでこのようなことを書いてるのかというと、私自身もイラクで拉致された方々のような思いをもって、危険地帯で取材活動をしたことがあり、その経験からいえることは「死んだらお終いだ」ということだからなのです。付け加えておくと、日本人が拘束される本源的な問題は、自衛隊派遣にあるということです。派遣しなければ、「日本人」に関連するこのような事件は発生しなかった可能性が高い。もうひとついえば、拉致された日本人数人の命もたいせつですが、ファルージャの攻防で死んでいった数百人のイラクの人びとの命も重い。「日本人だから」と考えていては、何の問題の解決にもつながらないと考えています。

leleleさまleleleさま 2004/04/15 19:31 松本です。そうですか、leleleさんは危険な取材を経験された方でしたか。失礼しました。その実体験から得られたものは、きっとleleleさんにとっての真実だと思うので、僕は否定しません。■ただ、いくつか申し上げたい点があります。まずアゲアシトリのようで好ましくないのですが、「危険地域で取材しているジャーナリストの多くが、自らの好奇心と功名心、そしてその人の価値による「正義」とやらが原動力になって活動しています。」という文章を普通に読むと、「身勝手な」というニュアンスが含まれていると、僕は感じました。まぁ、それが僕の勝手な想像による誤読だったというのは認めましょう。けれど、それに続く「それを守ってあげようとか、バックアップしようと思うのは、あくまでも個々人の趣味の問題です。」や「だからといって、危険地域にいった人を守ったり、バックアップしたりする行為を普遍化したり、それを押しつけたりすることは、「自分がいいことをしている」と思いこんでいる人の傲慢な振る舞いだとしかいえませんね。」は、どう読んでも、被害者家族や支援者を傲慢だと語っているようにしか読めませんよ。■さて、「ペルーについて。あるなしが問題なのではありません。結果オーライで生きて帰って来れたから、あの報道は価値があったと評価されます。」と書かれましたが、本当にそうでしょうか。原田カメラマンはこの件で新聞協会賞を受賞しました。別に受賞の有無が報道内容の善し悪しを決めるものではありませんが、当初、日本政府から「迷惑だ」と批難されながらも、その功績が一般的に認められたわけです。原田カメラマンの取材によって、ゲリラたちの姿が世界に配信され、ペルー政府の悪政が知れわたったのは、ご存知のとおりです。■同じペルー大使公邸事件の際には、もう一人の日本人ジャーナリストも中に入っています(この際名前は伏せときましょう)。けれど彼はまったく評価されていません(生きてますよ)。二人の違いはなんだったか。■いくつかの理由があげられますが、一番大きなものだけあげると…。■それは所属する共同通信社が、原田カメラマンを全面的にバックアップしていたことです。(政府に煽られるような形で)非難の声をあげる世論を尻目に、社長賞を出して会社が盾になったのです。けれど、後者のジャーナリストの所属する会社は、彼を世間から隠してしまいました。■ちなみに、ジャーナリストの評価というのは、「生きているか、死んでしまったか」ではなされません。写真家ということでいえば、たとえば「沢田教一」「一ノ瀬泰三」などは、戦場で凶弾に倒れましたが、その評価はむしろ上がっているでしょう。■ちなみに、沢田や一ノ瀬がそうだったように、ジャーナリストが危険地域に入るきっかけは、功名心でも金のためでも正義でも、じつはどうでもいいんです。■と、ちょっと長すぎですね。では、このへんで。ちなみに、leleleさんの「付け加えておくと」以降は、まったく同感です。ではでは〜。

lelelelelele 2004/04/16 01:53 松本さま。まっ、これ以上は見解の相違や考え方の違いになるので、ここらでやめておきましょう。ジャーナリストであれ、なんであれ、死んでから評価されてもまったく意味がない、というのが私がもっともいいたいことです。あと人がアクションを起こす場合に、「じつはどうでもいい」わけはないでしょう。私はNHKの番組づくりで一ノ瀬について徹底的に取材したことがあります。彼がいかに現地の人びとのことを考え、いかに尊敬されていたかがわかりました。それでも、彼が撮った写真を過大に評価する必要はないと思います。「地雷を踏んだらサヨウナラ」という言葉の本義を、もっと考える必要があります。もう一点、くだらないあげあしとりは、たしかにやめた方がいいですね。二度目の投稿で解説を付しているのですから、それに輪をかけて噛みつくことは、無意味な作業だといえましょう。最後に、賞なんて、どうでもいいものだと思います。功績が一般的にとおっしゃりますが、「一般的」って何なのでしょうね。私の知人は二年連続で新聞協会賞を受賞しましたが、賞をとったからといって「一般的」に評価されたなどとは思っていません。業界の人が評価しただけの話しでしょう。以上、いろいろ書きましたが、じつは松本さんのおっしゃることにも、かなり同意していることを付け加えます。とはいえ、このような微妙な問題は、アイロニーなしで議論をすると健全でなくなるような気がしたのでした。失礼しました。では。