羽鳥ダムの歴史について

マスコミを賑わした八ッ場ダム工事、その地元住民から青山貞一東京都市大学教授のブログに投稿があったメールを再掲します。

青山貞一様

拝啓、初めてお便り致しますが、不躾な文面をどうかお許し下さい。

 私は現在●●に住む●●歳の会社員ですが、長野原地区と吾妻渓谷は昭和26年より 毎日の生活道路として行き来してきました。

 昭和45年頃長野原町がダムに沈むと聞いて土地所有者や不動産会社が山林や牧草地にプレハブ住宅やシイタケ栽培など様々な権利を国に認めさせて、保証金の価値を上げていましたが、当時はあからさまに国会議員、県議会議員、町議会議員の入れ知恵で住民の尻を叩いていました。

 中には何も知らされていない素朴な住民は騙されていち早く土地を手放した人も多く居ました。

 その後は利権と金権で住民が主ではなく、既得権益者達が50年もの間稼いで来ました。

 このダムの完成は長引けば長引くほど稼いで行けるので 今回も住民が主流ではなく、町長、知事関係だけが住民を担いで続行を強行していますが、本来の住民は、もう本当に嫌気がさしていて本来の生活に戻りたいと願っているのです。

 此処で終止符を打たなかったら、このダム工事は永遠と続きます。

 報道でも反対者の意見も聞かず、元々は一貫して反対運動が住民の純粋な意見 だったのに、反対意見者は集会場所に入れてくれません。ここでも世代交代が始まって居ます。

 戦後の敗戦国を復旧させる為に政治家も官僚も生命を減らして、戦ってきたのに 何時の頃から政治家の勉強机が取り払われて、派閥と金権に明け暮れた政治家に官僚も嫌気がさして官僚主導の方が仕事が速く処理事務が出来て自然と、お任せ気分の各大臣を頼らず公務員としての地位を守って来たのでしょう。

 与党政権を支えて来たものを党員は忘れてしまったのか、残した負の遺産は重たいです。

 本来ならダム中止を国家賠償と認め、自民党自ら住民の面倒を最後まで見届けて あげる配慮が有れば良いと思います。

 ダムに沈まず、自然景観や故郷が残れば多くの地元住民は救われます。

                               敬具
                              ●●●●

羽鳥湖ダムの場合、食料増産という逼迫した社会情勢があったので、政治家や官僚、村のお偉いさん方の利権が入り込む隙間が少なかったのかも知れませんね。どうなんでしょうか・・・・? なお、この辺のことは、ダムの湖底に沈む57戸の住家の立ち退きに纏わる記録を収集しながら、引き続き調べてみたいと思います。