華岡青洲の妻 有吉佐和子

華岡青洲の妻 (新潮文庫)
NHKでドラマ化されるということで再読。そうそう,マザー&ラヴァー見ているときにも再読してみようと思っていたんだった。江戸時代の医師,華岡青洲が世界的な外科医となった陰には母と妻が麻酔の人体実験に競って身を捧げるというすさまじい歴史があった。
有吉佐和子は,社会人になってから非常にハマって一時は図書館に行くたびに有吉作品ばかり借りていた。彼女の作品は女性が凛としていて素敵だ。自堕落で不快だがどうにも食えない女性の描き方も見事だけれども。
ラストで小陸が言ったことやお墓の描写があまりに強い印象を残して,青洲がおいしいところをもってっちゃったみたいな印象を持っていたが,青洲の男らしさも立派だし,医師としての野心と人を生かしたいという理念,そして夫としての感情に揺れるところもちゃんと描かれているんだなぁ。
美しさと賢さの誉れ高い於継。彼女は青洲の父直道に病気を治してもらったかわりに嫁ぐが,その運命を従容と受け入れるというよりそれを主体的に受け入れて息子を医の道で大物にすべく動いているように見える。そのためには娘2人も嫁にやらず機を織らせているわけだ。於継とて娘を愛していないわけではないのだが,長男には全てを捧げているのだろう。紀ノ川 (新潮文庫)の花のような気概である。
家族中の期待を一身に集め,そしてそのようにして注がれたもので期待以上の大物となる青洲。彼は人体実験に踏み込むほどの熱意を持ち,そしてそれを無駄にしないだけの研究熱心さと優秀さがあるが,その彼でも妻の失明や妹の癌は治せない。そしてその経験が彼を敬虔で大きな医者としていく。青洲を主人公にしても相当面白いものが書けるだろうなと思う。でも妻と母の話なんだなぁ。
家という考え方がなければ加恵とてここまで苦しまなかったかもしれないと思う。「家」に入らねばならないと思うから,それを拒絶する姑に対して存在を脅かされた憎しみを覚え,そして家の中心である長男の寵愛を受けるべく戦わねばならなくなる。しかし「家」は代々続いて永遠の命を持つから,それぞれではたいしたことを出来ない人々が団結して大きなことをやるのは正しいともいえるのかあ……。
義母の死により家は加恵と青洲を中心としたものとなり,失明はしたものの争いのない平安な生活を加恵は取り戻す。義母の想い出も美しいものとなった加恵に瀕死の小陸が言う言葉に水をかけられたようなショックを私も受けた。さらにこんなテーマが内包されていたのかと。

考えてみると嫂さん,男と女というものはこの上ない怖ろしい間柄やのし。兄と妹というたら,これは全く別ものよし。もしこの病気が嫂さんに出たのであったら,兄さんは刀取って裂いたかしれへんわ。そやけど妹には何もようせえへんのですよし,そやから血縁の女きょうだいは男には役立たずで他家へ嫁に行かせられるのですやろ。こんなことはずっと昔からそうやったのですやろのし。それでこれからも永代続くのですやろのし,家があろうとあるまいと男と女はあるのですやろから。私はそういう世の中に二度と女には生れ変りとう思いませんのよし。私の一生では嫁に行かなんだのが何に代え難い仕合せやったのやしてよし。嫁にも姑にもならいですんだのやもの

侍の娘としての気品というか節度を持つ加恵は,「勝ったから」の平穏な暮らしを,「勝った」ことに恥じて謙虚に続ける。そういう賢さも私は好きだ。