2011-09-18
■心の風景

やっと、少しづつ、わたしの言葉を書けるようになった。
「わたしの夢は去年と全くちがいます。
平和な国にもどしてほしいです。
ふつうの子どもを産みたいです。
長生きしたいです」
3・11以後、私たちの世界、この国土、自然が大きく変わった。
目に見えるかたちでの震災による破壊も、かってない大きさであったが、原発による破壊と汚染は私たちの視力も想像力も瓦礫のように破壊した。
また多くの他者の言葉に、それを見つけ出せないでいる。
言葉はいつも、未来にむかって開かれているから、絶望のリアリズムだけではこころは死んでしまう。
時と共に、少しづつ本当のことが見えるようになってきた。
それはこれからの私たちが、かつて経験したことのない、恐ろしく大きく深く長く続く公害の社会の中に暮らす、ということでもあるらしいことだ。
私たちの心の前に広がる言葉の世界にも、瓦礫の風景が広がっており、ウソの言葉の山である。
安全です、やればできる、ありませんでした、などという明日には事実によってばれてしまうウソに満ちている。
私の内の言葉の生活でも、まだ解決のつかない膿がでている傷口を覆ってしまいたいと、もがいている。
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