ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

hayashi-sの日記

 | 

2006-09-02

hayashi-s2006-09-02

日常随想 (ぎょっ! 「テレビCMの日」) 07:38

 8月の28日は、テレビCMの日だったそうである。1953年のその日、日本初のテレビCMが放映されたことを記念して、昨年「日本民間放送連盟」なる団体が決めたとか。TBS(関西4チャネル)が、それにちなんで作ったドラマ「メッセージ」を、毎日放送開局55周年記念と称して放映した。副題は「伝説のCMディレクター・杉山登志」という。

 何度か書いてきたように、テレビCMは、私(視聴者)の「生命をついばむハゲタカ」である。番組の始めと終わりにまとめて放送するのならばともかく、視聴を強制するために、番組自体をぶつ切りにしてストーリーの中に挟み込む。ある人にとって、(実はすべての人々にとって)時間はその人の命そのものだ。番組を見ようとすれば、その命の一部を、ハゲタカの餌に供さざるをえない。(051028「うるさいTV・CM」、060114「誰も問題にしないTVCMの人権侵害」、060402「民放の番組」など)

 だから視聴者は、番組をじっくりと見たり、考えたりすることはできず、いつの間にか注意散漫、表面的な感覚でのみ情報を受け取る感性を養われてしまう。番組の方もそんなかたちでしか情報発信ができないから、いきおいそのような形に適合するように作らざるを得なくなる。視聴者の精神構造ばかりか、番組そのものの正常な姿もこうして破壊されていく。低俗番組があふれかえるゆえんである。

 かくてテレビCMは、私の不倶戴天の敵となる。だからこの記念ドラマが、いったい何を言うのだろうとあえて録画して、見てみる気になった。さてさて、副題に表れる杉山登志氏といえば、CMディレクターとして、その道では知らぬ人のないカリスマ的存在であるらしい。番組がしきりに強調したあるフレーズを残して、日本の高度成長時代が終わりを告げた1973年、37歳で自殺した。劇的に一生を終えたので、カリスマになったという事情もあるにちがいない。

 ドラマ自体はそれなりの水準で、そつなくできていたのかも知れない。主人公の登志氏には、伝命というカメラマンの弟がいた。お話は一言で言えば、この二人の、幼年時代、活動した青壮年時代、兄亡き後の伝命氏の熟年時代(現在)の3つの時代を行き来して、伝説の神様の意味ありげな言葉を浮き彫りにしようとしている。

 そしてその意味ありげな言葉とは・・・

 「リッチでないのに、リッチな世界などわかりません。ハッピーでないのに、ハッピーな世界など描けません。『夢』がないのに、『夢』を売ることなどは・・・とても。嘘をついてもばれるものです」。

 なんのことはない、これは単なる敗北者の、捨てっぱちの言葉であるにすぎないのではないか。すぐれた作家(芸術家)ならば、リッチでなくハッピーではなくても、その豊かな創造力を駆使して、「事実」ならぬ「真実」をあばき出す努力をしつづけるのが常ではないのか。このカリスマ伝説は、駆け出しの青二才が、わかった風な雑言を残して、自らの命を粗末にした哀れなお話にすぎないのではないか。


 余談;現代の「迷惑3大情報」と言えば、「テレビCM」、「ポスティング・チラシとその同類(ダイレクトメールを含む)*1」「ジャンクメール」の3つだ。そのうちでテレビCMがもっとも悪質である。他の2者は受け取る方が欲しくなければ、右から左へと処分することができる。だがテレビCMはそうはいかない。だから録画してCM部分をスキップして編集するが煩わしい。ライブであることそのものが意味をもつような番組では、録画は無効である。

 そして・・・そもそも人様の命の一部を奪うような得手勝手な表現手段・テレビCM、こんなものの洗練のために情熱を注ぐような人々は、私には哀れな「資本主義の奴隷」だとしか思えないのだ。目を覚ましてもらう必要があるのではないか。

*1:不必要にスペースを取った新聞広告(全面広告や2面ぶち抜き広告)も、この仲間に入れるべきだろう。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/hayashi-s/20060902/1157150299
 |