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hayashi-sの日記

2007-06-30

hayashi-s2007-06-30

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日常 (石見銀山余話) 08:06

 自然・身辺・・・きのうは、さして降らなかった。雨漏りも大丈夫。あすは県の「琵琶湖一斉清掃の日」だが、天気はなんとかもつらしい。


 写真・・・6月27日撮影、小野妹子公園にて。(右上小)公園の東出(入り)口への道寸景。(左下大)初夏の櫻樹の緑に、メジロがたわむれていた。スズメくらいの大きさの鳥がしきりに枝を揺らすので、何だろうと写してみたら、去年名前を覚えたメジロだった。目の周囲が白い。めがねを掛けている風情の鳥。


 身辺・・・きのう書き忘れたが、一昨日の夜、2階のトイレ前の床に1年ぶりで10ミリ級の厚さ(薄さ)1ミリくらいと覚しき宿敵のひっくり返った死骸。その存在の意味不明。


 社会・・・島根の石見銀山遺跡。ユネスコの諮問機関が、「普遍的価値の証明が不十分」だとして、5月、「登録延期」を勧告していたにもかかわらず、本会議で逆転登録となった(きのうの日記)いきさつが、29日付の「朝日」社会面に、大きな記事で載っている。勧告後の1か月半の間に、ずいぶん政府筋の外交努力があったらしい。世界遺産を決めるドラマの舞台裏が垣間見えて興味深い。

 それはそれとして、同じ新聞の別の面に、銀生産に関わるおもしろい話が見られる。石見銀山は、16〜17世紀に、世界の銀産出量の大きな部分を占めたとされる産業遺跡だが、それよりも9世紀もさかのぼる奈良・明日香村の飛鳥池遺跡(7世紀後半〜8世紀初め)で、銀の生産が行われていたことがわかったという。

 その記事には、「銀の製錬技術は、古文書により16世紀に朝鮮半島から、石見銀山に伝わったのが最古とされていた」。昔と今の、情報伝達の速度のあきれるような違いをこの挿話から実感する。