忘れないぜ。

愛しき日々と呼べるのだろうな・・・。
じき、そんな愛しい日々は終わる・・・。
外は一瞬、台風一過の青空が広がっていて、
僕は、今と、そしてこれまでの日々を愛しく思いながら振り返る・・・。


ダルメシアンみたいな模様で泥が付着してしまった練習着のズボンは、ね、
漂白しても擦ってもモミモミしても元に戻らなかったので、そのまま洗濯した。


おう、風呂場で全てを作業した。
洗った後のタライの水を流すと、茶色い泥がジャリジャリしていた・・・。
まあな、いいじゃねえか、
こ〜んな泥さえ愛しいよ、今の僕には・・・。


ハヤト、お〜い、ハヤト、
今夜、父さんの夢の中にきっと、小さな頃の君が遊びに来るだろうな・・・。
「オトウタン!」って、さ、
サ行とタ行の発音が怪しかった頃の君に今夜は会いたい・・・。


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「僕、野球ヲ習イタイノ・・・。」って言って、
小山ドラゴンズに入れてもらったのが西暦2000年のちょうど今頃。
小学1年生のチームなんてなくて、
4年生のお兄さんたちのチームに混ぜてもらったんだよね・・・。
そこで僕もいきなり背番号28を背負わされてしまったのだけれど、
楽しい日々だったよな、振り返ると本当にそう思うよ・・・。

君の、人生初打席だ・・・。
父ちゃんは3塁コーチャーをしていて、見てた・・・。
もう試合はダブルスコアで負けていて、
そんな時に6歳の君は代打として打席に立ったのだった・・・。


ああ、覚えてる覚えてる・・・。
君のその打席を3塁コーチャーズボックスから見ていた僕がいる・・・。
45年の人生を振り返りつつ思うのだが、
その瞬間こそ、我が人生に於ける一番楽しい時間だったぞ・・・。


君はゼンマイ仕掛けの人形みたいにバットを持って打席に向かい、
そのままピクリとも動かなくなって、
三球三振だったのだった・・・。


その時の君を、父ちゃんは思い出す度に腹がよじれて笑っちゃうのだけれど、
シアワセだ・・・。
シアワセだよ・・・。


君はいつか、
この写真を見て、
物心つく前の野球について考えるのだろうけれど、
忘れないでいてくれ、
忘れないでいてくれ、
その時、コーチャーズボックスには父ちゃんがいたのだ・・・。


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父親とは、そんなモンだ・・・。


いつだって笑って君を待っていてやる・・・。


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「オトウタン、僕、野球ヲ習イタイノ・・・。」


そんな君の言葉から始まった僕の愛しき日々は、
あと少しで終わる・・・。


君のお陰で過ごせた濃密な時間や、
君のお陰で出逢えた素晴らしい人のひとりひとりを、
今、僕は愛しく慈しむんだよ・・・。


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ダルメシアンみたいな泥の跡の練習着や、
ものすご〜く臭くて鼻が曲がりそうな五本指ソックスに手を入れて洗いながら、


僕は、そんな事を考えているんだよ・・・。