2009-06-26
■そうだこれも知らせておこう
ぼくのところにはこの1ヶ月ほど、エロゲーのこの未曾有の危機に対しておまえはなにも態度表明をしないのかというお叱りのメールがときおり迷い込むのですが(いやほんと)、次号の週刊朝日のコラムでポルノ規制問題を取り上げました。
わずか1Pのコラムですが、ブログで書くのとはまた別の効果があることでしょう。
ちなみにぼくの立場は、すでにいくつかの媒体で述べたように、実写ポルノの規制強化は容認(積極的に支持しないが反対もしない)、「準児童ポルノ」(被害児童がいない虚構物による児童ポルノ)の違法化は断固反対です。業界の自主規制については、別に意見はありません。
■28日イベントへの質問
前々日に告知した下記の思想地図イベントですが。
http://www.nhk-book.co.jp/books/nhk_books/shisou/info04.html
ぼくは残念ながら、所用で会場に駆けつけられそうにありません。
そこで、藤村さんと濱野くんのふたりに、ぼくから質問を用意することになりました。以下がその質問です。会場で答えてくれるようなので、楽しみにしてください。
1.ふたりへ
先日の思想地図シンポジウムでは(大雑把に要約すれば)磯崎新が、建築においては物理的限界があるのでどこかで「切断」が必要だ、だからネットの話はあてはまらないと述べていた。その指摘は、濱野・藤村両者のあいだではどう処理されるのか。藤村=物理派、濱野=ネット派という違いとして反復されるのか、それとも磯崎さんに見えなかった新しい光景がそこに開けているのか。単なる世代的、時代的連帯ではなく、磯崎さんが納得するような論理を聞きたい。
2.おもに濱野へ
藤村は建築の実践の手がかりとしてアーキテクチャ論を考えている。濱野はその点はどうか。濱野は自らのアーキテクチャ論をどう「使おう」としているのか。アーキテクチャの分析者になるのか、それとも設計者になるのか。最近梅田望夫がインタビューで、日本のネットは「残念」で、あまり分析する気がないと言って話題になったが、濱野はそれに対して「でも分析もおもしろいですよ」と答えることになるのか、それとも梅田(象徴としての)を驚かすような設計へと進むのか。実現可能性云々の話ではなく、単純に濱野の意欲がどこに向かっているのかを聞きたい。
■マイケル・ジャクソン急死
普段は芸能ニュースにまったく関心がないぼくですが、この知らせには驚きました。ある種の動揺を感じます。
このニュースを聞いてふと思い出したのですが、いまから15年以上まえ、まだ30代半ばだった浅田彰さんと出会った直後、彼とマイケル・ジャクソンの話をしたことがありました。そのとき浅田さんが「彼はぼくとほぼ同じ年なんだよね、なんか彼の生き方はよくわかるわ」と言ったことがあって、それは妙に耳に残っています。
浅田さんはもう忘れていらっしゃると思いますが、マイケル・ジャクソン追悼記事を組むであろう編集者の方々は、彼に話を伺ってみるとおもしろいのかもしれません。
いずれにせよ、ひとつの時代を代表した人物でした。
(追記)
NYTimesの追悼記事を読んでいたら、「For his legions of fans, he was the Peter Pan of pop music: the little boy who refused to grow up. 」という文章で始まっていて、そうか、そういえば彼もまた成熟を拒否した偶像だったよなと思い至りました。
