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2009-05-20

新型インフルへの大学の対応からわかること

今まで休講になっている大学まとめと称して、新型インフルエンザに対応した関西の大学の対応をまとめてきたが、

  • 感染が、京都府滋賀県など兵庫県大阪府以外の他府県にも及んでいること
  • 厚労相が「季節性と変わらず」と発言するなど*1、事態の収拾に入っていること
  • それに応じてか*2、感染が見られた地域の大学が全学一斉休講をとることが少なくなっていること

などから、そろそろ更新を終了しようと思う。


id:minaraiさんのところにコメントで書いたとおり、元々はこういった異常事態にあたって学校がどのような決定をしてどのような行動をとるのかを観察してみたいという興味から始めたものだった。ことに、大学は組織の大きさ、影響を及ぼす人数の多さなどから、普通の小中高等学校とは異なった対応をとるのではないかと思ったのである(無論自分が大学生であり、「他人事ではない」という感覚もあるが)。

ここで思い返したいのが、一昨年のはしか騒動である。あのときは特に大学が感染を広げる要因となり、はしかの急速な拡がりに対して休講措置をとった大学と、患者が出ているにもかかわらず休講措置をとらなかった大学に二分された*3。自分は後者にいて、実際友人もかかったりしたので対応に疑問を覚えたのだが、あの時とどの様なことが異なっていたのかなど、考えてみたかった。

すぐわかることだが、そんなこと簡単に分析できるはずもないわけで、どうやら以上の問に対して明確な答えを出せそうにはない。ただし、2,3気づいたことについてメモしておきたい。


今回、最終的に休講を決定した学校であっても、決定の時期はある程度異なっていた。また、集計はHP上での発表によって行っていたが、その時期、詳しさ等にも差があった。一概には言えないが、関東在住の自分でも知っているような有名な大学については決定が早く、中小の大学については決定が遅かったようにも思う。

その原因の一つとして、今回感染が週末に拡大したのが挙げられる。週末に状況が一転したことで、小規模な大学では迅速な意思決定が行えず、HPを更新することもままならなかったのだろう。

「まとめ」の雑感の中で、意思決定と情報提供を素早く行わない大学側に対して批判的なことも書いてはいるが、実際には仕方のないことでもあると思う。一定の規模でなければ、対策本部を作り休日も担当が常駐するなんてことも、ましてや24時間電話で対応するなんてことも*4、出来るはずはないのだ。そこに、大規模な大学の強みがある。

ここでもう少し一般化して考えてみよう。よく、大規模な集団(大学、企業等含めて以下集団と表記する)は危機管理に小回りがきかず、対応が遅れがち、後手後手に回るとマスコミなどでは批判される(思い込み?)。その規模の批判は一定の状況下には妥当するが、一般的に正しいものではないだろう。

前述の小規模な大学の例に見られるように、小規模な集団では危機管理に割く資源が足りないし、たとえ初期の危機管理に失敗したとしても、小回りがきくがゆえに被害が少ない。そのため、事前の、あるいは早期対策を行うインセンティヴが低い。対して、大規模な集団は基本的には資源豊富であるから、危機管理に資源を割くことも出来るし、一定の対策を行っても、規模の利益によって相対的な負担は少ない。また、危機管理に失敗すると被害は甚大なものとなるから、厳密な危機管理を行おうとするインセンティヴが生まれる。

以上のように、危機管理について規模の利益は生まれやすい。しかし、これは危機の内容があらかじめ想定できていることがらについてである。今回の新型インフルエンザなどその好例であって、数年前の鳥インフル騒ぎの時から、いつかは日本にも新型インフルエンザがやってきて猛威を振るうだろうということは想定されていた。そして、その事態の重大性も共有されていた。だからこそ、大規模な大学での早期対応は可能となったのである。

これが想定されていない事態となれば、規模の不利益が直接利いてきて、マスコミの批判通りの展開となる。はしか騒ぎの時は、その例が適用できるのではないか。はしかが流行するなどとは想定されておらず、それ故に早稲田を除く大規模な大学は休講措置をとるのが遅くなったり、休講措置をとらずじまいだったりした。この時は今回とは違い、行政から休講要請があったというわけでもなく、完全に自発的な判断に基づいているため興味深い。

もちろん、予想可能と予想不可能の限界領域については以上の判断はあいまいである。新型インフルエンザも、想定可能性は高くはなく、ゆえに小規模の大学は対応が遅れたのかもしれない。しかし、大きな傾向として、今回の対応の機敏性は大学の規模に依存していると言えるのではないかと思う。


さて、こんなことを書いている間に首都圏にもインフルの魔の手が忍び寄ってきたようだ*5政府は「季節性と同じ」ということを強調して混乱を避ける方針のようだが、「季節性と同じではない」という見解もあり*6、どちらがより正確なのか我々としては知るすべがない。

これを記事にしているブログを見ていても、「妥当な対応だ」としているものもある。全国家機能を麻痺させて対策をとることが可能であるはずもなく、しかし「季節性と同じ」と考えてよいのかは、なお疑念が残る。「季節性と同じ」として、特別な対応を中止することではなく、「季節性とは異なる」としながらも現実的な対応に移行していくことが(たとえば、近隣の市町村で患者が出れば全ての学校を休校にするようでは、現実的とは言えない)、妥当な落としどころなのではないだろうか。文系脳には、ウイルスの特性など専門的なことはわかる由もないから、これはあくまで蛇足であるが。