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連続雑談企画「エイチビー番外地」

2012-01-02

PART 1「(悪魔のしるしが)出演者を、素人玄人問わず募集してました。それで危口さんと面談をすることになって」

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朝起きて、公民館でずっと作業してました。滞在制作っていうより、こどもと遊んでる時間のほうが多かったですね。

 

――森さん、去年の夏に豊島で滞在制作してたんですよね。ぼくも瀬戸内国際芸術祭で豊島だけ行ったんですよ。

 あ、そうなんですか! 僕は1週間ぐらい滞在してましたね。いきなり(森さんが所属する「悪魔のしるし」主宰の)危口(統之)さんから「来週、豊島にきてくれないかな」って連絡がありまして。僕はまだ悪魔のしるしに関わり始めたばかりだったので、「わかりました」って返事をして、僕とカメラマンの人と3人で、車に乗って行ったんです。最初の日は倉敷にある危口さんの家に泊まって。その頃には危口さんと性格の不一致感が……。

――えっ、そんなに早く?

 早かったですね……。音楽の趣味も、マンガの趣味も合わなくて。ちゃんと話したのはそのときが初めてだったんですよね。今はほとんどそういうのはないんですが。で、次の日に豊島に行って。豊島っていうのは人口100人ぐらいの島で、直島みたいにメジャーな島ではないんです。そこで海の近くの一軒家をあてがわれて1週間過ごしたんですけど、夏だからゴキブリが凄かったんですよ。

――森さん、ゴキブリ苦手なんですか。

 いや、凄いってレベルが違うんですよ! 「あ、どうも」ぐらいの感じで普通に歩いていて、ゴキブリとの共同生活だったんですよ。僕と写真家の人は耐えられなくて、もう、泣きですよね……。あとから金子さんっていう悪魔のしるしで共演した女の人が旅行がてらやってきたので、その人にお願いしてゴキブリホイホイを買ってきてもらって。島にはコンビニとか一軒もないですから。ゴキブリが3匹飛ぶところなんか、初めて見ましたからね。

――滞在してるあいだはどんな生活だったんですか?

 朝起きて、公民館でずっと作業してましたね。夏休みだから、こどもが遊びにくるんです。その子たちと鬼ごっこしたり――だから滞在制作っていうより、こどもと遊んでる時間のほうが多かったですね。豊島で「搬入」をやったというよりも、こどもと夏休みを過ごしたっていう思い出になってますね。僕もなぜか女の子から気に入られて。最終日に「もう帰るからね」っていうと、「行っちまえよ!」って言われたんですけど、その子は号泣してて、かなりツンデレな感じで。それは良い思い出だったんですけど、あとは苦痛でしたね……。「金田一少年の事件簿」で取り残されるような設定、あるじゃないですか。

――ああ、ありますね。橋が誰かに切られてたりして、移動手段がなくなる感じのやつ。

 あれなんですよ! もちろん松屋とか、そういうパブリック(?)な施設も一切ないんですよね。唯一ある酒屋が、夜7時に閉まる。うちの田舎より早いんで、びっくりしましたよ。

 

僕はあんまりハイカルチャーとかわからないので、そういう女の子を見ると「いいなあ」って思うんですね。

 

 もふさんはちなみに、いつ頃豊島に行ったんですか?

――いつだったか、はっきり覚えてないんですけど、すごく暑かったのは覚えてるんですよね。ぼく、「バスを待つのは面倒だから、歩いてまわろう」って移動してたんですけど、水とか持たずに歩いてたから、途中で死ぬんじゃないかと思いましたね。道路でカエルやらカニが干からびてるし……。

 カニ、死にまくってますよね! 僕らが泊まってた家も、ゴキブリホイホイを仕掛けると全部カニが引っ掛かってましたね。海が近いから。庭には毎日野犬がいて、僕、ドン引きしましたね……。1週間の滞在のうち、最後の日が本番だったんですけど、その前日、豊島で展示されてるアーティストの方が公民館に泊まるっていうことで、一緒に飲み明かしたんです。そのアーティストの方が、美大生の女の子をアシスタントとして連れていて、僕も話とかしてたんですけど、そのふたりに僕は欲情してしまって。

――も、森さん?

 びっくりしましたね。理性を抑えるのに必死でした……。いや、東京じゃそんなこと思いませんよ? でも、正直豊島には20代の女性なんてほとんどいないんですよ! 1週間そんな環境にいると、外部からきた都会的な女の子にここまで興奮するのかって、びっくりしましたね。「私、松本大洋が好きなんです」みたいなサブカル発言をする子だったんですけど、「ああ、いいな」って。

――地元の若い女性は少ないかもしれないですけど、芸術祭を観にきた女の子はいたんじゃないですか?

 ああ、いましたね。「へえ、そんなにアートが好きなんだなあ」みたいな感じで……。いや、ありました。正直ありました。僕はあんまりハイカルチャーとかわからないので、そういう女の子を見ると「いいなあ」って思うんですね。で、何人かちょっと、頑張って名刺を渡したんです。簡易的に連絡先だけを刷った「あわよくば」的な名刺があるんですけど、一切連絡は来ませんでしたね……。

 

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最初はB’zが好きで。すごいじゃないですか、松本孝弘。それにあこがれてエレキギターを買ったんです。

 

――あそこにギターがありますけど、森さんギター弾くんですか?

 ふふふふ。昔、すごく弾いてたときがあって。中・高と6年間、部活をせずに家帰ってはギターを弾く生活をしてたんです。将来は音楽業界に関わりたいと思っていて。

――ギターにハマったきっかけは何だったんですか?

 最初はB’zが好きで。すごいじゃないですか、松本孝弘。それにあこがれてエレキギターを買ったんですけど、友達ができなくて、セッションが何もできなくて……。「ひとりで弾けるのは何だろう」と考えてクラシックギターを始めるという、消極的な理由でしたね。高校ぐらいまでは、ずっとギター教室みたいなところにも通ってました。僕、鳥取県出身なんですけど、鳥取の小さな世界では「それなりにイケる」って思ってたんですけど……あの、村治佳織って知ってます?

――いや、知らないです。ギタリストなんですか?

 クラシック・ギタリストなんですけど、その人が「トップランナー」に出てるのを見たんです。それを見た瞬間に「あ、ダメだ」と。こんな人には敵わない、と。専門学校に通おうかとも考えてたんですけど、結局静岡に行くことにして。

――森さんが行ってた大学って、文化芸術大学ですよね。その大学を選んだのは何でなんですか?

 やっぱりちょっと、音楽の道を捨てられなくて……。文化芸術大学はクラシックの講師もいたり、演劇とか、能とか、デザインとか、幅広く文化や芸術を教えてたんですね。そこで色々と縁があって演劇研究会に入って。

――どういう縁ですか?

 うっすら覚えてるのは、可愛らしい女の子がいまして……。「劇研入ってみたら?」的なことを言われまして。「入っちゃえ、入っちゃえ」みたいな感じで。

――ああ、入学式のあとの新勧とかで。

 いや、入学して半年ぐらい経ってましたね。僕は高校を卒業するまで男社会に生きてたんですけど……「文化芸術大学」って言うからには、可愛い女の子が多かったんです。もともと「浜松は可愛い子が多い」って噂もインターネットとかで聞くんですけど、実際可愛い子が多いんです。青春18きっぷとかで鳥取へ各駅停車の鈍行で帰省してると、静岡の浜松あたりからいきなり可愛い層が出ます。

――そんな急激に変わりますか?(笑)

 沼津、静岡、藤枝、浜松……ちょっとずつ可愛い女の子が増えていくんです。東海道はあそこらへんが狙い目です。名古屋を過ぎると、ちょっと絶望的になりますね……。

 

演劇に惹かれたのは、僕がそれまで接してこなかった世界だったからです。

 

――話を戻すと、劇研に入ったときは役者として活動してたんですか?

 出演者がいなかったんで、入ったら強制的にやるっていう感じでした。劇研で演劇にハマって、それでゼミも能とか狂言を扱うのを選んだんです。

――ハマッたのって、何が面白かったんです? 僕はサークルも入らずに部屋で本とか読んでたから、どういうところにハマったのか、すごい気になるんですよね。

 いや、普段の生活は僕も似たようなもんでした。演劇ったって、年に2回か3回あるぐらいですから。それ以外は大学も行かず、家で本を読んだり、映画を観てるような感じでしたね。

 演劇に惹かれたのは、演劇が単純に僕がそれまで接してこなかった世界だったからです。特に僕は地方育ちなので、演劇といったら公民館とかでやってる退屈な日本昔話みたいなのしか知らなくて。それで大学で初めて小劇場演劇の存在を知って、その何でもやっていいんだ感にすごく衝撃を受けて、僕もこれを作りたいと思いました。演劇をする人のほとんどが辿る道ではないかと思います。

――なるほど。でも、演劇にハマったものの、大学を卒業すると就職をするわけですよね?

 そうです、静岡の大学を卒業して、流れ的に静岡の商社に就職したんです。商社って言っても小さい会社ですよ? 工場にクラフトテープとか段ボールを卸すような会社で、社員も10人くらいの規模でした。

――これは一概には言えないとは思いますけど、演劇をやってる人って、学生時代に始めて、バイトをしたりしながらもずっと続けてるってイメージがぼくの中にあるんですね。森さんは演劇にハマってたのに、演劇をやめて就職するってことに抵抗はなかったんですか?

 ……実はですね、僕は1年ダブってるんですけど、大学4年生のときに、最初で最後の彼女がいまして。ちょっとその時期、絶望的になってたんですよ。僕にとって、人生のゴールっていうのは「女の子と付き合えること」だったんです。でも、いざ女の子と1年ぐらい付き合ってみると、「あ、こんなもんか」と言いますか……。

――うん、目標として大きくあったものが、

 あったものが崩れていったというか……。女性と付き合ったりしたら幸せだと感じられるんじゃないかっていう理想があったんです。もっと言えば、家庭とか持って、こどもとかできたりしたら、きっとすごく幸せなんだろうなって信じてたんです。何かががらっと……。いや、すごく若かったと思うんですけど、「あ、こんなもんか」と思ったことで一気に堕落したんです。一応フォローをしておくと、彼女は本当いい娘だったのですが、僕がクソなこともあり、そこにハッピー的なものを見出す努力をしなかったという感じです。

――彼女とはいつまで続いてたんですか?

 就職してすぐ別れました。就職した頃には「適当にサラリーマン生活を続けていくぜ」って気分でいたんですけど、村の中をぐるぐる営業でまわる生活を続けているうちに、いつのまにか鬱屈としたものが溜まって……。就職したのも静岡だったんですけど、やっぱり地方都市なんですよね。ちょっと閉鎖的なところもあるし、演劇もやめていたので刺激的なものがなくなってしまって……。就職して半年ぐらい経ったときに病んでしまったんです。最後の数ヶ月は声が出なくなってしまって。医者に行ったらストレスと言われました。自分ではストレスだと思ってなくても、無意識のうちにストレスが溜まってたらしいんですね。そのときに「辞めよう」と決心をしたんです。ちょっとでもやりがいを見つけられたらよかったんでしょうけどね。あるいは就職したのが東京だったらもうちょっと違ったのかもしれません。

 

(悪魔のしるしが)出演者を、素人玄人問わず募集してました。それで危口さんと面談をすることになって。

 

――会社を辞めて、そのあとすぐに上京したんですか?

 ええ、24歳のときに東京にきたんです。1年ぐらいスーパーでバイトをして生活していて。そのあいだにちょっと、インターネットで「演劇やりませんか」って募集をして。募集したら4人ぐらい集まったんで、高田馬場の「プロトシアター」ってところで実際に公演をしました。

――森さん主宰で。

 ……大失態でしたね。ネットで知り合ったせいかはわからないですけど、お互いのエゴがぶつかりあう感じでしたね。「主宰」とは言っても、僕みたいな得体の知れない人の指示を仰ぐっていう人もいないじゃないですか? だからもう、ほんとにバラバラで……。しかも借金も作ってしまって、「やっぱりもう、演劇はやらないだろうな」と思っていたときに、precogの山崎さんっていう女性に声をかけてもらって、アルバイトを始めたんです。

――それはどんな縁があったんですか?

 あの、大学が一緒だったんですよ。山崎さんとは大学では二度三度話したくらいの関係でしたが、共通の友人を介して偶然東京で会うことがあったんです。「なんてキラキラしてるんだろう」と思っていた山崎さんから、「チェルフィッチュの制作とかをやってる会社なんだけど、よかったらバイトしない?」って言ってもらって。

――てっきり悪魔のしるしに入ったあとでprecogを手伝うようになったのかと思ってたんですけど、逆なんですね?

 precogのほうが長いですね。precogは2年ぐらいやってるんですけど、悪魔のしるしはまだ1年ぐらいで。2010年の6月に「禁煙の害について」という舞台があって、そのときに初めて悪魔のしるしに関わったんですね。

――どんな縁があって関わることになったんですか。

 precogをされている中村茜さんが「面白いことやってる団体が何か募集してるよ」みたいな話をされていて、「会って話しでもしてみたら?」って言われたんですよ。だから、中村さんきっかけみたいなところがありますね。

――ちなみに、それは何を募集してたんですか?

 出演者を、素人玄人問わず募集してました。それで危口さんと面談をすることになって、渋谷にあるカフェで会いまして。お互い超人見知りなので、そんなに話もせず、「最近どうですか」みたいな話をしてました。あとは「搬入とかしてるんです」って説明を聞いて。最後に「じゃあ森さん、どうしましょうか」と言われたので、「宜しくお願いします」と握手をして終わりました。まあ面談と言っても、基本的には来る者拒まずのスタンスだと思うので。

――さっき、「演劇とかはもう……」と思ったって話がありましたけど、そこからまた演劇に関わろうと思ったのはなぜですか?

 この時期の僕は、色々と人間不信に陥っていたときでした。なので、とにかく新しい出会いというか、出来事というか、そういうのを体験したい願望が強かったんですね。それに加えて、それまでは自分が主宰ということが多かったので、「演出されたいな」と思ったのも、悪魔のしるしを受けた動機でした。

 

PART 2
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