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![]() | 魔人探偵脳噛ネウロ 1 (1)
作者: 松井優征 出版社/メーカー: 集英社 発売日: 2005/07/04 メディア: コミック |
「週刊少年ジャンプ」連載。何者かに父親を殺された女子高生・桜木弥子。犯人は杳として知れず、不安な日々を過ごす弥子の前に、異形の男が現れる。彼は悪意にひそむ「謎」を主食とする魔人「脳噛ネウロ」。魔界の謎を喰らい尽くした果てに人間界へ現れたのだという。戦慄しながらも、弥子は事件解決のためにネウロと関わることになる……
ふぬけ共和国さんによる「ジャンプの『ファウスト勢』への挑戦状」という評に興味を持ち購入。
……「ファウスト」というよりも、これははっきりと西尾維新ですね。あるいは佐藤友哉。はてなのキーワードからは作者の年齢が判らないんだけど、賭けてもいいけど上の2人と同年代だと思う。もしかしたら、それより下なのかもしれないけど。
面白いんだけどどうにも気味が悪いのは、このマンガにおける「善悪」の観念が完璧と言っていいほど壊れてしまっているから。ネウロを謎解きへ駆り立てる動機とは、端的に言えば美食家のそれであって、そこに「正義」という観念は一切存在していない。さらに言うと、犯罪者側の動機も一貫して常軌を逸したもので(時にそれはスラプスティックな笑いをも喚起する)、謎を追い求めるネウロの「狂気」と、異常な動機に取り憑かれた犯罪者の「狂気」が競り合っているような構図がある。よく比較される『DEATH NOTE』のように、あえて善悪の壁を突き崩そうとするアクロバットではなく、「善悪」の消失がもはや自明のものとして捉えられている感覚。これは明確に西尾維新以降のものだ。
逆に言うと、夜神月を「悪」によって正義を為そうとするアンチ・ヒーローとして描いたり、それに対して事件を追う警官たちの使命感や正義感をきちんと立てている『DEATH NOTE』は、ある程度作り手の年齢が高いことを示している。そもそも、ネウロはヒーローですらないわけだから。
本作から自分が想起したのは、たとえば江戸川乱歩の「屋根裏の散歩者」。乱歩が生み出した探偵・明智小五郎は、後の「少年探偵団」のイメージから正義の徒のように思われているフシがあるが、初期の短編に登場する明智は必ずしも正義漢ではなく、純粋に犯罪者との知恵比べを愉しむ有閑貴族のような一面も持っていた(「屋根裏の散歩者」での明智は、異常な動機による異常な犯罪を暴いたあと、殺人者に「警察へ訴える気はない、自分の興味は『真実』だけ」と打ち明ける。この図式はネウロのそれとよく似ている)。もともと本格ミステリとは、常人より高みに立った「探偵」と「犯罪者」の対決という、一種の貴族的・特権的趣向を孕んでいるものだが、それが先祖返りのように現在へ萌芽したのが西尾維新であり『脳噛ネウロ』である、ということは言えると思う。ネウロの口調が「我が輩」「〜のだ」と貴族らしさを強調しているのも、おそらく無関係ではない。
本作が現在の「少年ジャンプ」における最もエッジィな部分であり、少なからず現代の感覚を掬い取っていることは否定しないけど、このマンガを読む限りは、おそらく同世代であろう作者の物の見方にはまったく同調することができない。まぁそういう強烈な異物感を与えるのも優れた創作には付き物なんだろうけど、でもなぁ、というのが強くありますね。たとえば、年代は少し上になるけど、以前クロスレビューで取り上げたTHE BACK HORNなんかは、すごく同世代を感じるんですよ。最新作『ヘッドフォンチルドレン』の表題曲で歌われる“世界が終わる頃生まれた俺たちは/チューインガムのように路上に貼りついて”っていうみじめったらしい終末感とかね、それは思春期にバブルが崩壊して、オウムや酒鬼薔薇事件が起こって、っていう中をくぐり抜けてきた感性だから。それは理解できる。でも、本作や西尾維新の作品がどういう背景を経てメインフィールドに浮上してきたのかが、皆目見当がつかないんですよね。
概観的なことばかり語っちゃったけど、ミステリの枠を破壊する哄笑性や、独特のゆがみを帯びた描画センスなど、様々な点で異様な「得体の知れなさ」が突き刺さってくるマンガ。一読しておく価値はあると思います。
>物事に対する抵抗だとか意思表明だとかの若者らしい方法論が、現状ではまるで失われてるんですよ。
これも正直、理解はできるけど共感はできないんですよね。個人的に、佐藤友哉は「弱者に対する愛憎交じった内ゲバ」、西尾維新は「強者の高みに立った大衆侮蔑」という印象があるんですけど、『ネウロ』も含めてなぜ若者の無力感や絶望感がそうした形で表出されてしまうのか、という、根本的なジレンマがあります。結局狭いエリート思想に何とか逃げ込んでるだけで、救われないじゃないですか、そんなの。掛け声でもいいから「村上龍と村上春樹をぶっ殺せ!」とか息巻く人が出てきてほしい。みんな「ガストロンジャー」とか聴こうよ。破壊されんだよ、駄目なものは全部!
>>結局狭いエリート思想に何とか逃げ込んでるだけ
これは確かにそのとおりですねぇ。ただ「大衆蔑視」って若者の特権みたいなところもあるし、思春期のハシカ的なところもあるし。ってのはあります。若者が「自分が世界の苦しみを一身に背負っている」と感じるのは、これはもう戦前からある話だと思うんで。ちょっとコメント欄だと長くなりすぎてアレなんですが、私は西尾維新はあまり好きじゃないんですけどね。
それと、ネウロに関しては保留しておきたいのは、「ジャンプ」ってかなり強固に少年マンガとしての枠を守らなきゃいけない。それを前向きに持っていけるかどうか、っていうのがまだ興味として残っていると思う。たとえば私が読み進めている段階では、ネウロの「謎の興味」は「人間という存在への『謎』の興味」に移っている。女の子もネウロに振り回されないだけのタフネスを身に着けていくかもしれない。そういう少年マンガ的興味がいい意味で保持できるかもしれない、という期待があります。
>>掛け声でもいいから「村上龍と村上春樹をぶっ殺せ!」とか息巻く人が出てきてほしい。
ああー。それはすごい思うんですけどね……。その辺のことは、語ると長くなるんで自分のところでッ書くかもしれないです。
ああうん、これはわかります。自分も高校生ぐらいだったら、西尾維新の作風にかぶれるような激痛ヤングになってたかもしれんなぁ、と冷や汗出ますからね。結局自分が不満なのは、ああいう文系インテリのセンスが、既製の体制や構造に牙をむくよりも、そちら側に与するような風潮にあることが気にくわないだけなのかもしれません。だから多分、ヤンキーマンガが好きなんですね。まぁそんなこと言う自分もまごうことなき文弱ナード青年なんスけど。
>「ジャンプ」ってかなり強固に少年マンガとしての枠を守らなきゃいけない。それを前向きに持っていけるかどうか
これは自分も気に掛かってるところです。ネウロ自身の正義感ではないにせよ、このマンガに登場する悪人は結果的にネウロによって致命的な報いを受けている(=辛うじて勧善懲悪が成立している)わけですし、西尾維新ほど過酷な世界観にはなってない。それはやっぱり「少年マンガ」というシバリがあるからで、その点では新田さんの書かれてるような展開へ結びつくことも十分あると思います。ただ1巻の時点では、善悪のタガがないネウロと犯罪者の対決、という構図は不穏きわまりないですね。連載ではネウロという「謎」を解き明かそうとする宿敵・XI(サイ)が現れてますが、個人的にはこいつの存在がネウロの変遷に関わってくるんじゃないかと思ってます。
>語ると長くなるんで自分のところで書くかもしれないです。
期待させて頂きます(笑)。西尾維新らの作品に感じる違和感って、現在のマンガや小説、アニメに感じる違和感とも(薄く浅くではありますが)通じていると思いますし。
あーブラックエンジェルズかー。まぁ作者も「ギャグ漫画」って前置きしてますからね、あんまこう、深読みのあげくの自家中毒にはならないよう気を付けたいと思います。
アートであろうとエンタテイメントであろうと、倫理的尺度だけで作品の価値を測るのは狭いしつまらないことにもなりがちだけど、同時に受容論というのはやはり大切だと思います。
ある程度退廃の味を蓄えた高等遊民的な層が、そうした感性を養分にタブーなく欲望を掘り進むような方向はあっていいと思うし、実際濃くて面白いんだけど、同時にそれがどういう状況の中で、誰に向けて発信されているかという自覚は大切だし、問題にされていいと思う。社会にある程度倫理的な安定感があり、一方でそれを認めた上で、敢えてそうしたものを掘り進み、またぶつけることと、倫理の混乱に淫することは違う。そうした無意識の暴走の中ですごいものが生まれることはあるし、それに対する評価や見立てもあっていいけれど、同時に批判もあってしかるべきだと思います。それは作品を受け取る基準の一つとしてあっていい。
例えば、そうした表現の暴走や退廃の受容を下支えするのは、一方で実生活の安定だったりもする。そこのバランスはどうなっているのか?この作品の場合少年誌、ジャンプでどうなんだってところがまず考えてみていい点だと思うし、それは様々な立場から主観的に語っていい、語られるべきことだと思います。
あと一つ思うのが、同世代感と自分の好みは別で把握しないと、自分が混乱しちゃうと思った。ちょっと距離を置いた方が楽しめる気がします。
ふぬけ共和国さんの指摘で気付かされたことなんですけど、「ネウロ」が過激、というか倫理観が壊れている、と断じるのは、あくまで「少年ジャンプ」掲載作という枠内に限っての話なんですよね。でないと、「チーム・アメリカ」に「人死にが少ないからつまらん」って文句付けてるここが「ネウロ」を批判するのは、論理的におかしい(笑)。
あと送り手と受け手ということで考えると、「少年ジャンプ」はメインの読者層は10〜20代で、おそらく描き手も20代が中心ですよね。だからそこの世代の作品に対する価値観の変化みたいなものを追って行かなくちゃいけないと思います。ふぬけ共和国さんでは「大衆」と「作品」の関係まで話が来てるんだけど、そこまで規模が広いものでもないと思うんですよね。だって今の40、50代は『DEATH NOTE』を読まないだろうし、読んでたとしてもメインの読者層ではないわけだから、あくまで10〜20代の意識が要諦になってくる。それは「大衆」とイコールではないけど。でもたとえば山上たつひこの『光る風』は、当時の「大衆」の意識は反映してなかったかもしれないけど、明確に当時の「時代」を反映してはいるし、それを支えてたのは10〜20代の読者のはずですよね。だからある程度までは、「ネウロ」を語る際にも「時代の意識を反映している」とある程度は言っちゃっていいんじゃないのかなぁ。
何かまとまらない、自分用メモみたいなコメントになってしまいました。すいません。
>ayumu108さん
あ、やっぱり24、5歳くらいなんですかね。ただ、確か「銀魂」の人も「D-Grayman」の人もそれくらいの年配だし、ジャンプで活きのいいマンガ描いてる新人ってことになれば、当てずっぽうでもまぁ確率は高いんですよね(笑)。
>同世代感と自分の好みは別で把握しないと
これは手元にあったものを安易に使っちゃったなぁ、という感じで、反省しきりです。あと、えーと、上の感想に関しては「面白いけど何かイヤ」ってことで、面白いことは認めつつ「何かイヤ」の部分に焦点を当てようってことだったんですが、あまり伝わってなかったのは、俺の文章力の足らなさですね。それも反省です。
何か他にも批判のメール頂いちゃったりしたんだけど、基本的には好きなんですよこのマンガ。俺にとっての「何かイヤ」成分が35%くらい入ってるから無条件に好きではないし、その点に対しては文句を付けてもいるけれど、それで嫌いになるわけではないからね。念のため。
こういう基準って一律には括れないけど、先走った現象と違和感との押し引きによる常識の検討っていうのは、やはり大事だと思います。それが一律に作品全体の評価を決定するってことじゃなくてね。
だから何だ、ってわけでもねえんだが……