2011-11-15
■ノンストレス・ライフへの招待状

月曜日から金曜日まで毎朝シャツに袖を通しネクタイをしめて、ズボンをはいてベルトをしめて、ズボンと同じ色のジャケットを着てお弁当を持って自転車に乗って駅に向かうと同じ時間帯に駅に向かうスーツ姿の男たちがそれぞれ同じように自転車にまたがって赤信号の前に勢ぞろいする。名前も年齢もわからないけれど顔だけはなんとなく覚えていて、彼らとの距離によっていつもより家を出た時間が早いか遅いか判断できることもある。同じスーツ姿の男性でも、それぞれ違う顔をしていて、区別ができる、でももっと幼い頃はスーツ姿の男性をみれば、(働いている大人がいるな)と思うだけだったはずで、ましてやそれぞれのスーツ姿の男性が考えることなんて、それぞれの職業に関することだけだと考えていた節もあったような気がする。学校の先生は勉強を教えることだけを考え、警察官は泥棒を捕まえることだけを考え、消防士は火を消すことだけを、銀行員はお金のことだけを考えているとは思っていなかったとは言い切れない。
大人になってはじめて、みんなそれぞれ身につけている制服に関することだけを考えて生活している訳ではないと実感するようになった。駅についてホームで電車を待っているところへクイズが出題される。では、この列に並んでいるスーツ姿の男性がいま考えていることは、なに?二十秒以内でお答えください・・・・・・
ストレス社会と一言で言っても、ストレスにもいろいろな要因があるに違いなく、会社員なら上司から受けるストレスをいかに軽減するかが夢のノンストレス・ライフへの第一歩。恐ろしい上司からは、視線を向けられただけで心臓を握りつぶされそうな思いをするのが社内の大半を締める被管理者たちで、彼らが視線をかわそうとして行う席替えはまさに命がけ、仮にもろに視線を浴びる位置になってしまったなら、ボックスティッシュをさりげなく置き、出した一枚のティッシュペーパーで視線を遮ることだってするし、いざとなれば視線を避けて机の下にもぐることだって辞さない。机の下には非常用のお菓子が常備されていて、甘いお菓子と辛いお菓子を交互に食べて心を落ち着け、ころあいをみはからって机の上へと再浮上し何事もなかったかのように仕事を続ける。
被管理者としては、自分の生活の糧となる給与の上下を握られていて逆らえないことが大きなストレスのひとつになっているとも考えられる、かもしれない。だから、できることなら、複数の仕事を持つことがノンストレス・ライフへの第一歩、かもしれない。あるときは銀行員、またあるときは移動式パン屋さん、あるときは警察官、またあるときは化石発掘業者、あるときは教師、またあるときはバナナの密輸業者、そうなれば子どもたちも、大人たちをひとくくりの存在としてそれ以上深く考えることをやめているわけにはいかなくなる、かもしれない。
上記のようなことを、この列に並んでいるスーツ姿の男性たちが考えているわけではないとなると、いったいなにを考えているのか、それともなにも考えてはいないのか、二十秒は一瞬で過ぎ去り、電車はホームに到着してしまう。だからといってクイズの答えはすぐには教えてもらえない。答えが知りたくてまたこの鉄道を利用してもらいたいという思惑が鉄道会社のクイズ企画者側にないわけでもない。それにしても、いまや自由に、かっこわるいたとえ方をするならカメレオンのように、複数の職業を行き来する現代の大人たちが考えていることを推測するのはほんとうにむつかしい。そうこうしているうちに、空は暗くなり、オフィス街から出てきたスーツ姿の男性たちがおもむろにポケットからスマートフォンを取り出して画面を発光させる。それは全国各地でみられる光景であり、空を飛ぶ鳥たちから見おろすと、ひとりひとりの手元の灯りがまるで星座のように輝いてみえ、しかもその星座には毎秒形を変え、みるものを飽きさせない美しさがあったけれど、鳥たちには光をつないで形を思い描くという発想がなかったので特になにも考えることはなかった。
2011-07-06
■蚊の進化

瞼を閉じているのか、開いているのかわからなくなる程の暗闇の中で、あたりでは物音ひとつせず、生きているのか死んでいるのかもわからないと思いかけたそのとき、聞きなれた耳障りな音が届き、それまでの経験上、(刺されたら痒くなる、だから刺される前に叩き殺さなければ)と考えると同時に、その場所がみなれた寝室であることも思い出される。よりよい睡眠を得るため、外からの灯りが入ってこないよう遮光性の高いカーテンを取り付けたばかりだったと思い返しながら、目はさえてきて部屋の灯りをつけ、耳元から飛び去ったものがどこへ行ったかと探し始める。
キジも鳴かずば打たれまい、というのとは少し異なるが、蚊は痒みさえ残さなければ、吸われる側から危害を加えられる事態は大幅に避けられるだろう。さらに言えば、痒みを残さないだけでなく、血を吸われた側に何かしらのメリットを与えられるようになれば、優遇された状態で、より効率よく血を吸うことも可能だ。
そのような考えのもとに、なかなかひとからは理解されにくい特殊な事情により蚊に対して深い思い入れを持った人物が研究に研究を、交配に交配を重ねた結果、進化した、あたらしい蚊が誕生した。
あたらしい蚊は、これまでと同様に、ほかの生き物の血を吸う。血を吸ったあとが赤く膨らむ点では以前と変わらない。しかしながら、ここからがあたらしい点なのだが、吸われたところを舐めてみると、甘い味がする。南国のフルーツのような甘みに加えて、炭酸水のような感触も舌に残り、一言で言うなら、おいしい。
そのあまりのおいしさを、大手食品メーカーが見逃すはずはなかった。自分の身体を刺されることなく、手軽にその風味を味わえるような商品ができれば、爆発的な売り上げを記録し、新聞社が企画する上半期・下半期ヒット番付にランクインするに違いない――それは意外なアイデアでもなんでもなく、会議の席でひとりがそのアイデアを発表した直後に、わたしも、ぼくもと、似通った企画書がテーブルの上に積み重ねられた。
形状は、アメリカンドックのような形。持ち手となる木の棒を人工人肉で包み込み、人工人肉内に作られた人工血管に人工血液を注入したものが一列になってベルトコンベアで蚊ルームへと運ばれていく。ビニール製のカーテンをくぐったアメリカンドックの列を、蚊ルームで飼育されている養殖のあたらしい蚊たちが一斉に刺しにかかる。すると肌色をしていたアメリカンドックがほんのり赤く色づき、少し膨らむ。蚊ルームを出たアメリカンドックは、作業員たちの手によって包装され、賞味期限のシールを貼付されて出荷される。
楽しみ方は、棒を持ち、味がしなくなるまで人工人肉の部分を吸うというもの。
かつては繊維産業が盛んで、自動織機があちらこちらで景気よく音をたてていたこの街も、いまでは廃業した工場の跡地に分譲住宅街ができるばかりで特にこれといった特徴はなくなってしまっていた。地元では仕事がなく、大人たちは皆都心へと働きに出かけていくベットタウンで、昼間は子どもたちだけが自転車で駆け回っていた。そんな街の中心にアメリカンドック工場が建設されたおかげで、雇用が創出され、都心へと通っていた地元住民たちが徐々に工場で働くようになっていった。それで街に活気が出てきたかというと、不思議なことにそういうわけでもなく、工場へ出かけていったきり戻らない住民がいる、もしかしてあそこで扱っているのは人工人肉ではなく、本物の人肉を・・・・・・とまことしやかにささやかれるようになったが、果たしてそれが作り話なのかどうか、ほんとうのところは誰もわからなかった。
工場での勤務を終え、それぞれ別々の門から出ていった彼と彼女とは、近くのファミリーレストランで再び落ち合い、それぞれアイスコーヒーとミルクティーとを飲み干すと一台の自動車に乗り合わせて出かけた。ふたりが付き合っていることは工場内では秘密にしていた。社内恋愛が発覚すると、同じ職場に居づらくなるのではないかと考えたのだが、単に秘密にしていたほうが楽しいからそうしていたとも言えるかもしれなかった。
向かった先は小高い丘にある公園で、かつてゴミ処理場だったところに積みあがった不燃ゴミに土砂とコンクリートとを混ぜてそのまま山のように固めてしまった場所だった。今では夜景を楽しむ場所として有名で、植えられた木々や花々も美しく、ゴミの山の上に立っているとはとても思えない。
まだ陽が沈む前に工場を出たが、既に空には星がまたたいていた。公園からは街が一望できた。家々に灯ったあかりのもとでは、来週までアニメの続きを待ちきれない子どもたちが思い思いの続きを想像していることだろう、そう思いながら、彼は彼女に口づけをした。こんな風に、こんな夜景のみえる場所で口づけをされるなんて、まるで安っぽいドラマの登場人物にでもなったみたいだし、これまでテレビドラマや小説や、映画で描かれる物語をなぞるようには生きていきたくないと考えていたものの、実際にそのなかに身を置いてみると、これはこれで素敵なものかもしれないと、心地よくなりもした彼女がしばらく目を閉じたあとで、胸元をまさぐろうとする彼の手首を握ってすこし身をそらし、もう一度街を見下ろすと、家々の灯りはほとんど消えていて、その代わりに通りが燃え上がるように明るくなっていた。目をこらすと、それは比喩ではなく実際に燃えていた。子どもたちが、松明のように燃え上がるアメリカンドックを高くかかげながら、通りを練り歩いていた。さらに目が慣れてくると、ただ練り歩いているだけではなく、激しくステップを踏んでいるのがわかった。そのステップはサンバのリズムで地面に叩きつけられていて、それをみた瞬間、なぜか、大人たちはもうこの街にはいないのだと彼女は悟った。そして悲しいわけでも、うれしいわけでもなかったのに涙が流れてきたので、手のひらでぬぐったあと、手の甲がぽつんと赤くはれているのに気づいた彼女は、軽く舐めた舌先がシュワッとするその感覚の余韻にしばらく浸りながら、炎をかかげた子どもたちが遠ざかっていくのをずっと眺めていたのだった。
2011-06-20
■[提案]ピンチ!お父さんのボーナスが半減 そのとききみにできること

もしも父の日にプレゼントを渡してもお父さんが浮かない顔をしていたのなら、それはきみが描いた似顔絵がお父さんのマイナスな個性を全面に押し出したものだったからだけではなく、ボーナスが昨年の半分しか貰えなかった可能性が高い。お父さんのボーナスが半減してしまうと、夏休みに連れていってもらう約束をしていた旅行先が急遽近場に変更されてしまうおそれが出てくるし、きみの誕生日が冬のボーナス前だったとしたら誕生日プレゼントのリクエストが通りにくくなることも考えられる。それはきみにとっても一大事。ここでそんなピンチを回避するための、いくつかのアイデアを紹介するが、その前に、ボーナスが半分になってしまったからといってお父さんを責めないであげてほしい。大企業に勤めているお父さんはともかく、この狭い日本の大半のお父さんは中小企業に勤めているか、あるいは個人事業主として働いているはずだ。大手メーカーの国内操業停止、製造拠点の海外移転などにより、下請け、孫請け、さらに曾孫請けの中小零細企業では給与を削減して雇用を維持するかリストラを行うかという厳しい選択を迫られている。ボーナスが半分になったとしても、貰えるだけましだと考えているお父さんも多い。だから、きみたちにできることは、そんなお父さんたちを少しでも勇気づけ、明日も元気よく出勤して、きみたちがお菓子やおもちゃを買ったりするお金を稼いできてもらうようなコンディションを作り出すことであり、そのためのいくつかの方法をこれから紹介したい。
まずは、減ってしまったボーナスを穴埋めするべく、お金を増やす方法について考えていきたい。給与や賞与が減って元気を失っているお父さん、給料なんて我慢料と呪文のように唱えているお父さんたちからは、我慢料が減っていく一方で仕事から受けるストレスは減らず、むしろ増える一方でやりきれないという嘆きが多々あがってきている。したがって、減ってしまった我慢料を埋め合わせ、むしろ以前を上回る我慢料になれば、明日への活力ともなるだろう。
最初に必要なのは、お金だ。お金を増やすためには、その原資となるお金が必要だ。そこで、お父さんの財布から一万円を抜き取る、というのは間違いだ。いくらお父さんを元気づけるためとはいえ、勝手にひとの財布からお金を抜き取るのはいけない。ここはひとつ、いままでお母さんが貯金しておいてくれたきみたちのお年玉の一部を利用すべきではないだろうか。大事なお年玉が減ってしまう、とひるんではいけない。単にお年玉をお父さんに渡すのが目的ではなく、あくまでもお金を増やすためのもとになるお金が必要なのだ。お母さんが管理するきみ名義の口座から一万円を引き出したなら、まずは競馬場へ行ってみよう。近くに競馬場がないきみは、最寄りのウインズを探してみよう。競馬なんてやったことがないし、ルールがわからないというきみ、競馬新聞を握りしめ、なにやらボールペンで書き込みしながら歩いている中年男性だって、最初は競馬なんてやったことはなかったし、ルールも知らなかったはずだから、心配しなくても大丈夫だ。しかも今回は、競馬のルールを知る必要はないし、出馬する馬の特徴、騎手の成績を学ぶ必要もない。ここでは、(まったくの初心者がなにも知らずに選んだ馬が意外と当たる)という競馬ファンの、さらにいえば賭事全般のファンの間で囁かれ続けるビギナーズラックというものを利用するからだ。
競馬場へ行っても、きみたちはまだ幼いから馬券売場で馬券を売ってもらえない。だから代わりに馬券を購入してくれる大人を探さなければならない。ここで誰に馬券の購入を依頼するかが重要で、馬に賭ける以前にこの人選がお金の行方を大きく左右する。いくら競馬にカジュアルなイメージを持ってもらおうと広告を打ってみても、馬券売場に集まるひとびとの大半は気合いの入った競馬ファンなので、託したお金が行方不明になってしまう可能性が高い。ここでは、焦らずじっくりと、若い男女のカップルを探してみてほしい。特に付き合いだして日が浅そうなカップルを狙うとよい。カップルの女性が子どもをかわいがることで相手の男性に母性をアピールしたいという気持ちを利用し、男性に対しては子どもの頼みを聞いてあげる面倒見のよさをアピールする機会を与えるという意味で、ひとりで馬券を買いに来ているひとに依頼するよりも成功しやすいと考えられる。
馬の選び方はいろいろあり、わかりにくい点もあるが、カップルから教えてもらい、頭に浮かんだ好きな数字をチェックして馬券を購入し、あとはレースを見守ってうまくいけば換金するだけだ。きっときみはレースの最中、ここまで真剣になにかを見守ったことはこれまでになかったと気づくだろう。それをきっかけに、すべては競争で、競争に勝たなければ報酬は得られないと感じ、日々勉強に励むようになれば、短期的にお父さんを喜ばせるだけでなく、将来的にお父さんに大きな恩返しができる。多くのお父さんたちは、給料なんて我慢料、と思いながら、(あともう少し、勉強をがんばっていい大学を出ていればこんなことには)と後悔しているが、後悔先に立たずという言葉があるとおり、子どもの頃にはみんなそれに気づけなかった。みんなの内面や個性について、お父さんはちゃんと理解してくれているが、学校の先生や会社の人事の人たちはそんなことはわからない。だから決められた科目をどれだけ勉強できたかという基準で人を判断するのはとても公平な判断の仕方だし、単なる好み、雰囲気だけで人を判断しないためにはそれしか方法がないと言っても過言ではない。一着と二着の馬がほぼ同時にゴールし、写真で順位を判定している間にきみはそれに気づき、仮に、馬券が外れてお年玉を無駄にしてしまったとしても、的中した馬券の払い戻し金よりも大切なものを得たと目を輝かせて競馬場を後にすることだろう。したがって、当たれば増えたお金をお父さんの財布にそっと忍ばせてお父さんを喜ばせ、外れても将来的に親孝行ができるという意味で、これは絶対に成功する方法なので、ぜひ試して頂きたい。
いくつかの方法といいつつ、ひとつしか紹介できなかったので、最後に「父に捧げる日本語ラップ」を披露して終わりたい。金銭的な面以外で、お父さんを応援して勇気づけられるのはきみたちしかいない。バックトラックは用意していないので、お兄ちゃんかお姉ちゃんか弟か妹、兄妹がいないひとはお母さんにボイスパーカッションをお願いしよう、このラップで、お父さんに気持ちのいい月曜日を迎えてもらおうではないか!
今朝も満員電車で出勤
近々 に期日くる書類がパンパン
今日も為替は円高更新
押しつぶされながら読む新聞
カチカチならす三色ボールペン
じりじり続く会議 延々
立てば営業 座れば事務処理
歩く姿は模範囚
明日の契約 はずせば白紙
強く握った 胃の薬
遙かかなたの ノルマ達成
まるで逃げ水 蜃気楼
週ごとに確認 修正目標
いっこう に得られない達成感
ボーナス半減 手当は削減
昇給も減らされ 早急に節約に着手
月から金 終えて土日in da haus
どこも連れてってやれなくて ごめん
なんて言わずに Check it out YO men!
連れてってパパ 動物園
ソフトクリームなめて ご機嫌
延期しないでよ水族館
イルカショーを待つ ドキドキ感
お父さん行きたい プラネタリウム
星空の下の白昼夢
滑り台の下公園の砂場
デパート八階 おもちゃ売場
車で 電車で 自転車で
この瞬間 生きている実感
一緒に確かめる 二日間
ぼくも わたしも 父ちゃんの味方
誰よりも 尊敬してる背中
だから
上司なんか ぶっとばせ
仲間同士さ 手を貸すぜ
大人はみんな酒のみゃ
忘れてしまう生き物さ
ついてこいよ ついてこいよ
ABC ABC E気持ち
2011-06-09
■[提案]あたらしいキャラクターのプレゼンテーション「ほうれい犬」

2011年5月、サンリオが立命館大学との産学連携であたらしいキャラクターのキャンペーンを開始したと報じられました。
キャラクターが販売促進に与える影響は、どの程度のものでしょうか。人のこころを掴むキャラクターはまるで優秀なセールスマンのよう。並のセールスマンより仕事がとれる?!なんて煽り文句が飛び出すほど、マーケティングとの同時戦略によってキャラクターが力を発揮し、売り上げの増加が期待できます。しかしながら、市況低迷による利幅の縮小を思えば、費用対効果を考えなるべくコストを抑えたプロモーションにより最大の利益を生み出したいところです。そこで今回、まだ現在は無名ですが、未来の一流キャラクター、「ほうれい犬」についてご紹介します。
通信事業社のコマーシャルに登場する白い犬のキャラクターにはもうそろそろ飽きてきた、という声があがるなか、彼、ほうれいは押しつけがましいところがなく、どなたにも受け入れられやすい性格を持っており、白い犬をうわまわる人気を獲得する可能性を秘めています。
また、完全にオリジナルな存在であるため、(のまねこ)のような訴訟リスクは一切ありません。
押しつけがましくない、受け入れられやすいとはいえ、いわゆる(ゆるキャラ)とは一線を画します。みた目こそ、(ご当地ゆるキャラ大集合)といったようなポスターに登場しても不思議ではない顔つきですが、中学卒業後、アルバイトで生計を立てながら大検を受け、公立大学に入学した経歴を持つ努力家です。
発酵食品やお菓子など、商品のイメージキャラクターとしての活動はもちろん、ほうれい自身の魅力を活かしてグッズ展開をすることも可能です。うちわ、下敷き、カンペンケース、ピアニカを入れる袋、デコレーショントラックの装飾など、ご要望に応じてそれぞれのグッズに適した顔つきができます。
先ほど例にあげた通信事業社だけでなく、自動車メーカーなどの企業のセールスプロモーションはもちろん、町おこし、村おこしのお手伝いもいたします。実際の出身地は静岡県であり、好きな食べ物はうなぎの骨せんべいですが、ご要望のあった自治体の名産にあわせて出身、好物は偽ります。趣味は五百円玉貯金で、たとえばあなたの身近なところに何かを頼まれるたびに茶目っけのある表情で「はい、○○円」と手のひらを差し出してくる人物はいないでしょうか。ほうれいはそのような調子で、本気で金銭を要求します。金額は必ず五百円です。五十万円貯まる貯金箱がいっぱいになったら投資信託を買ってさらに資産運用するのが目標だそうです。
大学入学と同時に静岡県から愛知県へと移り住み、大学卒業後も静岡県へは戻らず、しばらくは公園で幼児と仲良くなってはそのまま自宅までついていき、あがりこんでそのまましばらくその家の世話になるという暮らしを続けていました。はじめてほうれいと出会ったのも、やはり公園でした。仕事中にすこし木陰で休憩しようと公園の脇に営業車をとめて、缶コーヒーを飲もうとしたとき、ベンチに腰かけていたほうれいと目があいました。視線をそらしてからもう一度ベンチのほうをみると、ほうれいは少しこちらに近づいていました。気のせいかと思い、手帳を開いてそのあとのスケジュールを確認し、もう一度ベンチのほうをみると今度は確実にほうれいが近づいてきていて、仕方がないので窓を開け、助手席に置いてあった菓子パンを差し出しました。それがきっかけで営業車に乗り込んできたほうれいはそのまま家までついてきて、あがりこんで共同生活がはじまりました。その頃はまだ独身の一人暮らしだったので、家族に気兼ねすることもなく、昼間の間ほうれいは自由に冷蔵庫の中のものを食べたりお風呂にはいったりしていたのだろうと思います。夜にはふたりでレンタルビデオをみたり、オセロをしたり発泡酒を飲んだり、楽しく過ごしていました。あるとき帰宅すると、テーブルの上に小さな紙切れが置いてありました。それは新聞の切り抜きで、記事が中途半端なところで切りぬかれていたので不思議に思い裏返すと、タレント養成所の新人募集広告でした。ほうれいは、ふたりで挑戦してみようと誘ってきましたが、生活をしていくためには仕事を辞めるわけにもいかず、そもそも人前に出るのは嫌いなほうでそれまでに一度もタレントになりたいなどとは考えたこともなかったので、即座に断ってしまいました。その場では残念そうなそぶりをみせなかったほうれいでしたが、それから数日後には家を出ていってしまいました。だからこうしてあたらしいキャラクターとして彼を推薦しながらも、実際のところは彼がいまどこでなにをしているのかわかりません。もしかしたら既に、あたらしい名前で、出身地を偽り、どこかの町のキャラクターとして生計を立てているのかもしれません。もしもそうなら、いつかテレビコマーシャルで彼の姿をみかける日がくることを願いたい、なんて、そんな気持ちにはなれなくて、結婚して家庭を持ったいまでもときどき、ふたりで過ごした日々を思い出してもう一度あんなふうに暮らせたらと思うことのほうが、多いかもしれません。
■[お知らせ]『UMA-SHIKA』第5号に参加しています。

第2号から参加させて頂いている『UMA-SHIKA』、紙媒体では最後の発表だそうです。参加者の特権で一足早く掲載されている作品を読むことができましたが、どの小説もかっこよくて楽しく、書店でみかける文芸誌に負けない読み応えがあると思いますので是非手にとってみてください、通販でも手に入るらしいですよ!「東京の友だち」は、ひとりの女性が自分の高校時代を回想するだけのお話です。金井美恵子の「小春日和」みたいな小説が書きたくてまねをしようとしたものの、そうはならなかったという感じですが、よろしくお願いします。
目次
《小説》東京の友だち 森島武士(id:healthy-boy)
《エッセイ》アベベ通り 吉田鯖(id:yoshidasaba)
《小説》温泉観音の思い出 フミコフミオ(id:Delete_All)
《小説》青毛のマスタングの恋と冒険 宮本彩子(id:ayakomiyamoto)
《小説》鳥たちと霊感 紺野正武(id:Geheimagent)
《小説》幽世ミュータント黙示録 保ふ山丙歩(id:hey11pop)
《小説》稔実くんの家のパソコンとアルファベットの習熟状況について ココロ社(id:kokorosha)
2011-05-23
■ユッケショック後の、焼き肉店店主へのインタビュー

3月11日以降、震災の影響を受けた企業に対する融資枠が県知事の指示により唐突に創設され――新聞の朝刊の地域欄に突然その概要が発表されてはじめてその制度のことを知った――間接的な影響でも融資が可能とのことだったので、その焼き肉店へも(世間の自粛ムードの影響による売り上げの減少)という理由で融資を利用してはどうかと提案をし、「借りておこうかな、どうしようかな、検討します」と迷っていたところへ、ユッケの食中毒事件が起き、その影響もあったようで、あらたに借入をするよりも、現状の返済額を減らしてほしいと店主から融資条件変更の申し出を受けるに至った。
一度融資の条件変更をしてしまうと、建前上どうかは別として、返済能力に問題ありとみなされ、今後新規の融資による資金調達が難しくなってしまうという現実があるため、もう少し現状のままの金額で返済を続けてみましょうということで話は終わった。
売り上げを伸ばすための工夫はいろいろしているんですがね、と店主は語った。
たとえばお客さまに住所と氏名を記入してもらうと、会員証を発行して、ドリンク代はサービスするとか、その情報を利用してダイレクトメールを発送するとか、誕生月にはサービスメニューを用意するとか……あと、持ち帰り用のキムチを用意して少しでも客単価を上げるようにがんばってはいるんですけれどね。
ところで、ユッケの問題ですがと話をふると、もともと調理方法に問題はないけれど、現在は自粛をしている。なかには安全性をアピールして自粛せずに提供を続けている焼き肉店もあるが、安全なのは当たり前のことであって、この状況であえて自粛しない店舗があるせいで自分の店がまるで安全性に不安があるから自粛しているかのように誤解を受けるのは納得がいかないとのことであった。
焼き肉店に行く理由のひとつに、家庭では食べることができない生のお肉を食べたい、ということがあるのに、残念ですねと言うと、店主も、こちらとしても是非ともおいしい新鮮なお肉を生で提供してお客さまに喜んでもらいたいという気持ちがあるのに残念ですと嘆いたあとで、ここだけの話、常連さんには、もちろん人を選んで、ですけれど、ユッケを出していますがね・・・・・・と囁いた。
人を選んでユッケを出すというのは、どういうことだろうか。そのお客さんがどの程度の常連さんか、常連さんの機嫌を損ねて他の焼き肉店へと流れてしまっては困る、ということももちろん問題だけれど、一番のポイントは、(もしもこのユッケで万が一のことが起きたとしても、訴えてこなさそうなひと)かどうかという点ではないだろうか。ということは、いちげんさんでも(訴えなさそうなひと)であることをアピールできれば、焼き肉店でユッケを食べることができるということになる。
では、(訴えなさそうなひと)とはどのようなひとか。
まずは人相、一番最初に目に入るのは顔である。何も考えていないときにも怒っているような顔をしているひとはまず無理だろう。穏やかな気持ちでいるときでさえも、普段よく怒っているために眉間に深い皺が刻まれていて不気味な笑顔になってしまっているようなひとは、焦げそうなくらい真っ黒に焼いた肉しか食べさせてもらえそうにない。ここはやはり、眉毛は八の字、困ったような情けない、常に申し訳なさそうな顔をしていく必要がある。目も、申し訳なさそうな涙目。充血しているといかにも怒って訴えてきそうなのでそうならないためにも目薬をさしてから出かけたい。つり目だときつい印象なので、そういう場合はセロテープで目じりを下げる。次に鼻、立派な鼻をしているひと、たとえば鷲鼻のひとはいかにも意志が強そうにみえるので要注意。ユッケを食べるためだけに整形するわけにはいかないので、立派な人は鼻の骨を折っていますという風に大きなガーゼをあてていくしかない。鼻の骨を折ってまでユッケを食べたいというくらいだから、きっと食中毒になっても本望だと思ってくれそう、と思わせたい。また、小鼻のかわいらしい、あまり主張しない鼻だと、ユッケだけでなくレバ刺しもお好きでしょうとすすめてもらえそうだ。口元についても注意が必要で、口角をあげてにこやかに入店しなければならない。ほうれい線があると、なおよい。
服装にも気をつけたい。ドクロのモチーフがプリントされたものは厳禁、(地獄)だとか、(神なんて信じない)、(性交)といったようなことが英語で書かれたTシャツも避けるべきで、ユッケは紳士の食物です、という気持ちを態度で示すために襟つきのシャツにスラックスが妥当である。淡いピンク色のカーディガンを羽織るとより訴えなさそうだと思われる。アーガイル柄はユッケを盛りつけるための皿を表しているという説もあるため、効果的。
それよりも、単純に店主の好みのタイプのお客さんならどんなメニューでも簡単に出してもらえるということもまた、あるだろう。
ある日父親と母親とともに来店した若く美しい女性に、店主は心を奪われた。まるで過去の自分と未来の自分からの羨望のまなざしを身体に受け、あたりが輝いてみえるようだった。いらっしゃいませ、と言おうとして、目があった瞬間、何も言えなくなってしまった。アルバイトの女の子に、会員証の勧誘をするよう指示をして、自分は厨房から彼女をみつめることしかできない。このとき店主は、ユッケだろうが、刺身だろうが、頼まれればすぐに出そうと既に心を決めている。彼女の年はいくつだろうか。妻も子どももいる、子どもはもうすぐ中学校に進学する、そんな自分と彼女とは十歳以上は離れているようにみえた。こんな娘の父親になれたら、そんな風には考えられなかった。彼女といまこうして出会うまでの十年は存在しなかったのだとしか考えられなかった。ユッケを注文する彼女に、いま自粛していますと答えようとするアルバイトを制止し、あなただけに、ご用意しますとかすれた声で答えた店主は、放心状態で皿を運んだ。どのように調理したのか、まったく記憶になかった。
食事を終え、店をでるとき彼女は「オブリガード」と挨拶した。ブラジル人だろうか、それともブラジル人と日本人とのハーフだろうか、どちらにしても、彼女が帰ってしまう、まるで地球の裏側まで去ってしまうように寂しい、店主はそう思った。数日後、ユッケが原因かどうかはわからないが、彼女が体調を崩したという知らせを受けた。店主は(販売促進以外の目的では使用しません)とうたった個人情報を利用して、彼女がひとりで暮らす家を訪れた。看病を口実に、店主はそこに居着いてしまい、その後どうしたかというと、彼女とともに客船に乗りブラジルへと渡ってしまった。いまでは、遠く離れた故郷を懐かしみながら、集落の仲間と楽器を演奏し、サンバを踊るのを楽しみに暮らしているという。


