「利用者間の公平性確保」のための帯域規制がP2Pファイル共有ユーザを不公平に扱う

 インターネットを流れる情報量が増えて通信速度が遅くなる「ネット渋滞」を緩和するため、インターネット接続業者の約4割が一部利用者の通信量を制限していることが、日本インターネットプロバイダー協会などの調査でわかった。

接続業者の4割、「ネット渋滞」対策で通信量制限 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

ここでは明確には書かれていないが、おそらくはP2Pファイル共有に対する規制なのだろう。回答276社のうち69社が自社回線での帯域制御を行っており、これら事業者から設備を借りている事業者を含めると合計106社、4割程度がが帯域制御を行っていることになる、と。
まぁ、4割というと思ったより少ないかなと思われるかもしれないが、問題は利用者全体の何割がこの帯域制御の影響を受けているか、だろう。その4割の中に全国規模の大手ISPが多数含まれているのであれば、制限を受けているユーザは4割どころの話ではない。また、29社が何らかの帯域制御を「検討中」とのことで、制限を受けるユーザがますます増えていくことは間違いないだろう。
こうした帯域制御を行う背景としては、一握りのヘビーユーザが帯域を占有しているということがしばしば理由とされる。

制限の実施、検討の理由は「利用者間の公平性確保」が5割強で最も多く、「サービスの質確保」も2割弱あった。

帯域を占有する一握りのヘビーユーザと「一般の」利用者との間の公平性の確保。OK、では、一般の利用者とヘビーユーザとを隔てる境界線は何か。

ヘビーユーザー(heavy user)とは、コンピューターゲームや携帯電話などのメディアの利用時間が、想定される平均的な利用時間よりも多い利用者を指す英語である。
ヘビーユーザーという言葉は、アメリカ合衆国国内でのコンピュータシステム構築において、「制作者の想定を超えてシステムに支障が出るくらい頻繁・長時間にわたって激しく(heavy)利用する者(user)」から作成された。その為、特に英語圏では否定的ニュアンスを持つ場合がある。

ヘビーユーザー - Wikipedia

また、このYOMIURI ONLINEの記事でも

回線を長時間つなぎっ放しで動画など大量のデータをやりとりする「ヘビー・ユーザー(大量利用者)」

とされている。
そう、「システムに支障が出るくらい頻繁に長時間にわたって大量のデータをやり取りするユーザ」がヘビーユーザであり、そこまでの利用をしないユーザが一般のユーザ(カジュアルユーザ)と言えるだろう。もちろん、カジュアルユーザからヘビーユーザまでの分布は連続しているため、その厳密な線引きは難しいとしても、1つ明確に言えることがある。
P2Pファイル共有ユーザ=ヘビーユーザ」ではない
ということ。
確かにP2Pファイル共有によるトラフィックがネットワーク全体の大部分を占めているとか、その中でも一部のP2Pファイル共有ユーザが帯域を占有しているといったことが指摘されている。しかし、P2Pファイル共有ユーザにはヘビーユーザもいればカジュアルユーザもいる。
私はしばしばBitTorrentを利用してファイルをダウンロードしている。先日はNine Inch Nailsのアルバム『Ghost』をダウンロードしたし、日常的にJamendoで音楽アルバムをダウンロードしている。たまにSteal This FilmなどのISOを落としたり、PublicDomainTorrentsから映画をダウンロードする。しかし、それが一般的なインターネットユーザと比較して、システムに支障をきたすほどの頻度、時間だとは思えない。定期的に行っているアルバムのダウンロードだって1週間に1度か2度、それも1度に数枚のアルバムをダウンロードする程度だ。共有比は2.0までにしている*1。1日にP2Pファイル共有を利用したダウンロード/アップロードで1GB以上を消費することはほとんどない。それでもヘビーユーザなのだろうか?それがヘビーユーザだと言うのなら、GyaoYahoo!動画、有料ビデオ配信、音楽配信、音楽ストリーミング、ビデオストリーミングサービスを利用しているほとんどの人がヘビーユーザとなるだろう。オンラインビデオサービスなどを頻繁に利用している人は、超ヘビーユーザになるかもしれない。
もちろん、現実的にはそのようなサービスを利用しているユーザが「ヘビーユーザ」だとして帯域を過度に制限されることはない。実際、過度に制限されるのはP2Pファイル共有プロトコルくらいである。
しかし、そのP2Pファイル共有ユーザも、ヘビーユーザからカジュアルユーザまで幅広く分布しているのである。ヘビーユーザに対処すると言いながら、実際にはファイル共有ユーザ全体を制限する、つまりカジュアルユーザすら制限される帯域制御が行われている。これはおかしい。ヘビーユーザに対処したいのであれば、ヘビーユーザのみを対象にすればよいだけで、カジュアルユーザを巻き込む必要はない。むしろ、カジュアルなファイル共有ユーザが「不公平」な扱いを受けているとすらいえる。
もちろん、P2Pファイル共有というカテゴライズではなく、転送量によって制限を課しているISPもあるだろう。しかし、現実にはP2Pファイル共有プロトコルというだけで帯域制限がかけられているのが実情だ。以前私が加入していた@niftyでは、BitTorrentでの転送は2,30KBpsに制限されていた。高々60MBのアルバムをダウンロードするのに数十分の時間を要した。HTTPダウンロードであれば数十秒で終わるものを数十分・・・、何のためのFTTHなのだろうと思ったものだ*2
利用者「間」の公平性を確保は、ファイル共有ユーザと非ファイル共有ユーザ間の公平性の確保ではない。ヘビーユーザとカジュアルユーザとの間の公平性を確保すべきだろう。したがって、現在多くのISPが行っているとされる、P2Pファイル共有を一律抑制する手法は、、現実にはヘビーユーザへの対処と言いながら、多数のカジュアルファイル共有ユーザを巻き込んでいる不公平なものと言える。
ただ、もう1つ帯域制御を行う理由として挙げられている「サービスの質確保」のために、ファイル共有プロトコルに対する一律の帯域抑制を行っているのだ、と主張する人もいるかもしれない。しかし、帯域を占有するというヘビーユーザを抑制してなお、P2Pファイル共有トラフィックトラフィック全体の大部分を占めるというのであれば、それはインターネットユーザのインターネット利用の変化であると捉えるべきだろう。もちろん、そういった考えのもと、一定の帯域制御を行うということに対してはやぶさかではないものの、一般ユーザとファイル共有ユーザとの間に不公平さが生まれるほどの帯域制御までは許容しうるものではない*3
一部のヘビーユーザによって帯域を占有されているという状況を改善する、その目的のもとでそれにかなう帯域制御を行うということに対して反発しているわけではない。むしろ、そのような方向性は必要な部分だとすら思っている。しかし、その目的を建前をして不必要な部分にまで制限を拡大し、不公平なまでの利用制限を行うことは許容し得ない。HTTPダウンロードであっても、P2Pダウンロードであっても、公平に扱われるべきだろう。それらのダウンロードを、ISPの価値観によって扱いを変えることは、ISPが中立であることを望むのであれば、避けるべきことだろう。
さて、ここまではISPの想定する帯域制御の対象がP2Pファイル共有プロトコルである、と言う前提で話を進めてきた。しかし、私はこれが次第に変化していくのではないかと思っている。流行というフェイズを終え、もはや定着したビデオ共有サイト、今後利用が拡大していくと考えられるビデオ配信*4など、ますますリッチに、そして大容量のコンテンツがネットワーク内を駆け巡ることだろう。そうした時期にあって、帯域制御の対象がP2Pファイル共有のみに限定され続けるとは考えにくい。
この記事でも、P2Pファイル共有という文字は一言として出てきてはいない。もちろん、プロトコルを差別的に扱うということに対する批判を避けたいと言うところもあるのだろうが、今後P2Pを超えて帯域制御を行う可能性も含まれているのではないかと深読みしてしまうところもある。
ますます多くの人々がリッチなコンテンツを利用することは間違いない。その段になってもユーザの利用の仕方が悪いと言うのだろうか。違うだろう。それは単に、そのISPのサービスがプアなだけでしかない。インターネット接続の品質、それこそがISPの提供するサービスの根幹である。しかし、これまでは「品質」によって競争が起こることはなかった。
私はヘビーユースのみを槍玉に上げ、自らのサービス品質を不問に付すというやり方を好ましくは思っていない。ISP側がユーザの評価をするというのであれば、我々もISPの評価をしたいところではある。数あるISPの中から、どのISPがどの程度の品質のサービスを提供しているのか、それを理解し比較しうるだけの情報をISPが提供しないままに、ユーザにのみ責任を負わせるというやり方はやはり納得できるものではない。

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*1:ただ、実際には共有比2.0に達して転送が停止するというケースはほとんどない。よくて1,0前後でTorrentを削除することになる。

*2:なお、@niftyを解約し、OCNに乗り換えた現在は、非常に快適に利用させてもらっている。

*3:利用の変化として捉えているのであれば、現状のような帯域制御手法はあまりにひどい。

*4:テレビを目的地にする以上、これは避けることはできないだろう