日々雑感っ(気概だけ…)

2003 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2004 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2018 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2019 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |

2019-01-25

「なぜ絵版師に頼まなかったのか」

|

なぜ絵版師に頼まなかったのか (光文社文庫)

北森 鴻著・光文社文庫

 明治初期を舞台にした連作短編。

 元年生まれの少年、葛城冬馬は、両親を相次いで亡くし曽祖父と松山で暮らしていたがその祖父もなくなり、横浜に住む叔父をたより上京、奉公先として叔父が探してくれたのは東京大学で教鞭をとるドイツ人医師ベルツの給仕の仕事だった。

 主人公の冬馬少年とぢ1話で知り合った新聞記者の歌之丞(彼は各話冒頭で職業を変える毎に名前を変える変人)とともに、ベルツ先生が興味をもった帝都で起きる不可解な事件の謎解きをします。犯人を捕まえる、というよりもあくまでも好奇心を持たす為。

 明治初期、海外の知識を得るために沢山の外国人が招聘され海外の知識を日本に与えてくれました。ベルツ先生以外にも大森貝塚を発見したモース、ナウマン象を発見したナウマン、日本美術を世界に紹介したフェノロサ、建築家のコンドルなどが登場、日本人も写真師の下岡蓮杖、「金色夜叉」作者の尾崎紅葉など、主人公(狂言回し)の2人を除いて主要人物はすべて実在した明治の人々というのも面白い。

 表題作の「なぜ絵版師に頼まなかったのか」。"絵版師"とは写真師のこと。横浜で殺された水夫が死ぬ直前に"なぜエバンスに頼まなかったのか"という言葉の聞き間違えだという事がわかり、真相に近付いていきます。

 

 江戸末期、一気に世界の標的となり、不平等な条約を結ばれされた日本は軍事国家に突き進む。その懸念は政治の中枢でも世界情勢を伝えるベルツ先生を含む多くの外国人も心配している。ベルツ先生の周りにいる外国人はみんな日本が大好き。江戸から明治新政府になり近代国家を歩み始めた日本を善き方向に導こうとという気概に溢れていて好感が持てます。

 

 "軍靴の響き"がひたひた迫る明治初期から中期の雰囲気の中で、冬馬少年はベルツ先生の一番弟子となり今後どういった活躍をするのか。連作短編、1話完結なのですが今後が気になるところ。

 この物語が連載されたのが2006〜07年。08年に上梓されその2年後、2010年10月に北森鴻さんは急逝。もう続きが書かれることはありません。

 残念。

 

 並行掲載→http://hee.hatenablog.com/

(コメント凍結になりました。コメントは新blogにお願いします。)

にほんブログ村 サラリーマン日記ブログ がんばるサラリーマンへ
にほんブログ村

2019-01-22

「空飛ぶタイヤ(下)」

|

空飛ぶタイヤ(下) (講談社文庫)

池井戸潤著・講談社文庫

上下巻で800頁を超えるのに、700頁まで苦難の連続、万事休すというところで事態が好転、後はハッピーエンドに向かって突き進む。

まるでオセロのように、最後の1枚を置いた瞬間大逆転するような爽快感が味わえます。

メインバンクから融資を断られ、それどころか融資している金まで全額返済を迫る銀行。期待していた週刊誌のスクープも大企業が発売寸前に出版社に圧力をかけて握りつぶす。取材に応じた記者が提供してくれた取材メモを元に同じ自動車メーカーの車で"整備不良"と結論つけられた全国の運送会社に足を運び事故の状況を聞くが、どこも過去の事をほじくり返さないで欲しいとけんもほろろ

 一方で子供の小学校のPTA会長を引き受けていた赤松社長は、"モンスターペアレンツ"の数人の母親から糾弾されるだけでなく、事故をネタに子供がいじめにあってしまう。

 正義は必ず勝つ、なんてことは絵空事でしかない。様々な政治的圧力、主従関係等々、100%正しい事であっても封殺されるなんてことはよくある。

 だからこそ物語の中では、正論を押し通す人が最後に勝利をして欲しい。

 池井戸作品は殆どがこのパターンです。「水戸黄門」「遠山の金さん」「大岡越前」…この手のTV時代劇と基本構造は一緒、勧善懲悪です。ここまでワンパターンだともういいやってなるもんですが、新作が出るとついつい読んでしまうし、TVドラマ化されるとついつい見てしまう。池井戸作品はドラマ原作にピッタリです。

 ところがこの作品はモチーフとなっているのが、2004年に実際にあった横浜で起きた死傷事故と三菱自動車リコール隠しの為、自動車会社が有力スポンサーの地上波ではドラマ化されず、2009年にWOWOWでドラマ化、昨年映画化されました。ここら辺はやはりドラマ化の多い山崎豊子の「沈まぬ太陽」がTVドラマ化されず映画になったのに似ています。

 もしかしたらサラリーマンとして成功しなかったのは、どんな場合も正論を大切にしてきた結果かもしれないと、池井戸作品を読んでいるとよく思います。もう少しずるがしこく立ち回ったり、出世しそうな上司の太鼓持ちしたりしていたらもっと出世していたかもなー。でもそういうことを良しとしない生き方は、確かに収入にも役職にも見放されているけど後悔はしていません。おかげで子供たちは1度も転校せずに社会人になったし、私も家族と離れて仕事をすることもなかった。これも幸せのひとつのかたちです。

空飛ぶタイヤ(下) (講談社文庫)

空飛ぶタイヤ(下) (講談社文庫)

(「日々雑感っ(気概だけ…)on Hatena」に転載 Bloghttp://hee.hatenablog.com/

にほんブログ村 サラリーマン日記ブログ がんばるサラリーマンへ
にほんブログ村

2019-01-19

「空飛ぶタイヤ(上)」

|

空飛ぶタイヤ(上) (講談社文庫)

池井戸潤著・講談社文庫

 三菱自動車リコール隠し事件をモデルに書かれた作品。09年にWOWWOWでドラマ化、昨年長瀬智也主演で映画化されています。

脱輪したトラックのタイヤが、歩いていた母子を襲い、子供は軽傷、母親が即死した事故が起きる。堅実に経営していた中小企業の赤松運送は、社会的信用が失墜、公私ともに苦境に立たされる。"整備不良"とされる事故原因に疑問を持ち自動車メーカーであるホープ自動車に意義を申し立てるが大会社は一向に認めない。大会社は顧客ではなく会社を守る為という論理で動いている。勝算のない中、真実を確かめようとする赤松社長。上巻では、徐々にホープ自動車社内にほころびが露呈するところまで。

 良くも悪くも池井戸作品は"ジェットコースター"ストーリーです。次々と起こるマイナス材料で、もはやこれまで…と思っても事態は好転して巨悪に勝つ。かつての時代劇のように、勧善懲悪です。ドラマ化された「半沢直樹」「花咲舞がだまってない」最近では「下町ロケット」「陸王」など、ドラマ化しやすいストーリー展開です。特にTBS日曜劇場枠は、日曜日の夜なので、欝々としたドラマよりも池井戸作品のように上司や会社に不満を持つ多くのサラリーマンの支持を受け軒並み高視聴率をマークしています。

 小説も一般的に企業小説は難しいといわれますが、池井戸作品はさほど専門用語も使われておらず読みやすい。主人公が窮地に立たされれば立たされるほど、主人公が逆転した時の爽快感は半端ない。

 池井戸作品が面白いのは、どんなに苦境にあっても最後はハッピーエンドになる事が判っているので、安心して読み進めることができる点。読み終わって考えさせられるけど「どよーーーん」となってしまう結末だと食指が伸びない。最後何とか解決するんだろうと想像しながらも、主人公とともに思い悩むことができるので、主人公ほど苦境感はないというところも好まれる理由かと。

 さて下巻。

 ホープ自動車は、どのようにして自社のミスを認めるか。興味は尽きない。

空飛ぶタイヤ(上) (講談社文庫)

空飛ぶタイヤ(上) (講談社文庫)

 

2019-01-17

「天窓のある家」

|

天窓のある家 (新潮文庫)

篠田 節子著・新潮文庫

 07年5月に読んでいたのですがすっかり忘れての再読orz。読みたくて再読と違って時間がもったいないと思ったけど、内容をしっかり忘れていたので結果オーライ?です。

 いずれも30代から40代くらいの女性が主人公の9つの短編。

・「友と豆腐とベーゼンドルファー

  家でピアノ教室をし、切り詰めながら生活をする有子。夫は突然会社を辞めてきて、福祉事務所の職員をしている。ある日、夫がかつての同僚の娘が病気で100万円の借金を頼まれてくる。家庭の事情も知らないで…と憤慨する有子。

・「パラサイト」

  主婦の祥子と独身の奈々実は小説家。住み心地の良い実家に住んで浮ついている奈々実に男性を紹介するが…。

・「手帳」

  管理職としてバリバリ仕事をこなし家庭での役割も完璧にこなす美香。張り詰めていた気持ちが手帳を紛失したことで歯車が止まってしまう。

・「天窓のある家」

  夫に浮気の疑念が拭えない秀子。学生時代の友人香は隣の"天窓のある家"に住み、軽やかに生活をしている。そんな香に対しての嫉妬が徐々に強くなっていき…。

・「世紀頭の病」

  今世紀初め、29歳になると発症して死に至る"老衰症候群"が女性に流行する。その病に侵された春菜は、見る見るうちに年老いていく。夫も同じ病気に侵されるが男は男性器が機能しなくなるだけ。病気に治療薬ができたが、女性は若返ることなく進行を抑えるだけ、男性はその薬を飲んだ時に見ていたものに欲情してしまう副作用が…。

・「誕生」

  かつて仕事中に流産をした直子は、ある時から水子の幻覚を見るようになる。

・「果実」

  老いた母、澄佳は夫と別れたいという。長男は母に賛成する。夫に尽くしてきた母が別れたい理由は…。

・「野犬狩り」

  バブル時期のシナリオライターの寛子とレイ。久しぶりにレイに逢った寛子は彼女の肌に痣を見つける。レイとほぼ同年代で、田舎にこもった寛子と比べレイは昔よりも艶やかになっている。変な男に引っかかってるかと訝るが…。

・「密会」

  男は決まって水曜日に定時帰宅をして実家で一人で暮らしている母のもとに通っている。それをキャリアウーマンの妻に言えずにいると妻は夫の不貞を疑う…。


 一見、仕事と家庭の両立を完璧にこなしていたりする女性たちが抱える闇は深い。

 1985年制定、翌86年より施行された男女雇用機会均等法は、働きたい女性にとって勝ち得た権利だったけど、施行されて30年以上経っても女性の家事負担はほんの少し減ったくらいで、家事の大半は女性が行っている家が多い。

 「手伝おうか」なんて言うと、「そもそも手伝うっていうのが、自分の仕事だと思っていない」と怒られる。

 雇用機会均等法は、女性が働く機会を確かに増やした。やりたいと思った仕事を続けられるのは、この法律以前から考えたら画期的な事だったけど、だからと言って女性がすべて社会進出をすることが果たして良い事なのか、という疑問を常に感じています。

 産む機械と言った某大臣の発言は許せないけど、女性が出産適齢期に仕事をすることで出産の機会を逸してしまう。出産後は子育てを夫婦でやるにせよ、やはり女性でないとできない事も多々ある。産む機械は言い過ぎですが、産む性、産める性であることは紛れもない事実です。社会に出て20代後半から40代前半って一番仕事が充実して面白い時期であると同時に大変でも時期でもある。そんな時期に社会に出ていては出産はままならない。

 子孫を残すことは個人的な話ではなく、国家存亡の話です。これを「産むも産まないも自由」という社会にしてしまったことが誤算だったと思う。

 だからといって、「女は適齢期に必ず子供を産め」とは言えない世の中になってしまいました。

 社会と家庭の両立を求められる女性は大変です。男なんて仕事だけしてても何にも云われません。逆に「一生懸命仕事して偉い旦那さんねー」なんて褒められたりする。

 そういう意味では、雇用の機会は均等になったけど、社会そのものは女性の社会進出を実は認めていないのではないかと思うのです。 

天窓のある家 (新潮文庫)

天窓のある家 (新潮文庫)

にほんブログ村 サラリーマン日記ブログ がんばるサラリーマンへ
にほんブログ村

2019-01-12

「昭和40年男vol.53 昭和40年男的 男はつらいよ」

|

 

昭和40年男 2019年2月号 [雑誌]

「あしたのジョー」の丈vs力石戦の後、敗れた矢吹が力石に近寄ってきて手を差し出し、それにこたえる力石のシーンが表紙。この後力石の手は丈の手をかすめ、前のめりに倒れそのまま帰らぬ人となる。

なんつ〜いい絵を表紙に持ってくるんだ(>_<)。

第1特集は「昭和40年男的 男はつらいよ」

巻頭は「あしたのジョー」の力石の減量について「力石徹はつらいよ」、大野剣友会の現代表・岡田 勝が仮面ライダー撮影秘話を語る「スーツアクターはつらいよ」他、昭和40年男の琴線に触れ「そーだよなー」と思うことが沢山出てきます。巻頭特集の最後は「男はつらいよ、と言わせてもらえるありがたさ オンナもつらいよ」と女性にも気をつかうあたり、昭和40年男っぽくてよい。

連載特集は昭和49年9歳の時の事件・事故・流行をまとめています。

「TVの記憶」 は「勇者ライディーン」をとりあげています。ライディーン好きだったなぁ。

デジタルゲーム(TVゲームではない)「デジとの遭遇」紹介コーナーは「エポック社「スーパー ギャラクシアン」」こういうゲームって高かったんですよね。。なかなか買ってもらえませんでした。

レコード紹介コーナー「DJフクタケの 謎の円盤POP」は、アニメと呼ばれる前の「まんが映画主題歌の世界」長靴をはいた猫とかパンダコパンダとか。「東映まんがまつり」で見ましたが、よく考えてみればその後1回も観ていないのに、45年経っていまだに「パンダコパンダ」の歌が唄えるっていうのはある意味すごいです。

相変わらずほぼすべて「わかるわかる―」と楽しめるこの雑誌。

やっぱりカミさんから「昭和40年女」を増刊号でもよいから出せ〜といわれます。

編集の方、見ていたら是非ご検討を!


にほんブログ村 サラリーマン日記ブログ がんばるサラリーマンへ
にほんブログ村

すずむし’64すずむし’64 2019/01/13 01:17 ホントにこの本は毎回表紙だけで買ってしまいそうです(笑)

heehee 2019/01/14 15:05 >すずむしさん
仰る通り。しかも、中身もあるあるネタのオンパレード。同世代の人はつい気になって手に取ったことのある人は多いはず。私もここ数年、発売日が待ちきれないほど楽しみにしている唯一の雑誌です。今回も良かったですよー。

2019-01-10

「おしまいの日」

|

おしまいの日 (新潮文庫)

新井素子著・新潮文庫

いやー、積みも積んだり20年以上(^_^;)。奥付は平成7年5月。うーむ平成の間に読めてよかった。まだ積んでる本いっぱいあるから5月までに何冊消化できるだろうか…。

 坂田忠春・三津子は結婚7年目の夫婦。忠晴は会社でも重責を任されて同期の中でも出世頭。そんな忠春に献身的に尽くす三津子は、それが当たり前だと思っているし、7年たっても忠春の事が大好き。外から見れば理想の夫婦。しかし忠春の仕事の忙しさで、だんだん三津子が壊れていく。

 三津子は忠春の為に毎日夕飯を作って待っている。忠春は早くても10時過ぎ、接待があった日は午前様になる事もしばしば。土日も仕事や接待ゴルフでほとんど家にいない。どんなに遅く帰ってきても6:45に起きて7:40には家を出る。大好きな旦那さんとせっかく一緒になったのに、一緒にいる時間、会話をする時間が全くない。忠春も夕飯を作らなくていい、待たなくていいといっているのに、三津子は悪気なく大好きな旦那さんの健康を心配して忠春の世話を焼く。

 これは重い。限りなく重い。お互いに嫌っているわけではない。むしろ三津子も忠春も想い合っている。でもそのベクトルがお互いずれている。そして三津子は少しずつおかしくなっていく…。

 思い込みの激しい三津子は確かに問題だけど、元をただせば仕事大好き忠春が一番の元凶。最近はそうでもないけど少し前はこういう男は多かった。家庭の為といいつつ、実は仕事(場)が大好きな男たち。家庭を顧みないのを「家の為」「家族の為」という大義名分で、家庭生活を犠牲にする。そんなことを40年近くしていて、確かに会社では出世をして安定した収入を得、老後の蓄えと安心を手に入れた頃、定年退職をして家庭に居場所がない。「パパが頑張ってくれている」その言葉だけが家庭との絆。やりたいことは定年退職後にすればいい、と言っている人に限って、別にやりたいことはなくて、結局仕事をしているのが楽しい男たち。

 かといって、収入はそこそこ、いつも定時に帰ってきてダラダラしている旦那がいいって思っている奥さんも決して多いわけではないでしょう。要はバランスの問題。忠晴も三津子も真面目過ぎた2人の悲劇です。


 人が人を好きなるのって、コップに水を溜めるのに似ているなと思います。

 目の前にお互いコップを置いて、あんなとこが好きこんなとこが好き、といっては水を注いでいきます。ちょっと嫌いなところがあると抜いてみたり。そんなことを続けて、コップの水が溢れたところで告白をします。相手が同じくらい水が溜まっていれば"相思相愛"ってことですが、大体そういう事って稀で、どちらかが多くてどちらかが少ない。 結婚をしても"コップに水を溜める"作業は続きます。

 ただ結婚後の水を溜める作業は、恋人同士の時と違って一緒に生活をするから"抜く作業"も頻繁になります。勢い、抜き過ぎて空っぽになってしまったり(^_^;)。

 だからコップの水は半分くらいをキープするのがちょうどよいと思っています。

 嫌な事をみつけたら、それを穴埋めするくらいの良いところを無理しても見つける。それが長く続くコツかもしれません。

 あれ、感想になっていないや。

 軽い語り口調の新井素子作品、サイコホラーでも考えさせられちゃうっていうのはらしいといえばらしいか…。


おしまいの日 (新潮文庫)

おしまいの日 (新潮文庫)

にほんブログ村 サラリーマン日記ブログ がんばるサラリーマンへ
にほんブログ村

かのんかのん 2019/01/11 16:49 懐かしい〜!大学のSF研に所属した時、読みやすいものから、と思って新井素子作品をいくつか読んだうちの一冊でした。たしか、あとがきで旦那さんのあまりの仕事の忙しさから創作した、と書いていた記憶がありまして…。エッセイに近い『銀婚式物語』を読むと、子どもができなかった原因に旦那さんの忙しさがあるような気がして、考えさせられました。激務を強いる社会が、少子化を推進してしまったのでは?と思えてなりません。そういえば正月の、Eテレの「新春お好み囲碁対局」で、新井素子さん出てましたね〜。

heehee 2019/01/12 10:23 >かのんさん
この本が出た頃すっかり新井素子から離れてた時期で、とりあえず惰性で買ったものの内容が暗い感じだったのでそのまま読まずにおりました(^_^;)。
UFO絡みの話はSFっぽいですけど基本サイコなお話ですよね。「ひとめあなたに…」のキャロットスープの話を思い出しました。。
旦那の仕事の忙しさが少子化に繋がっているというのも一つの理由だと思います。晩婚化が進み、丁度仕事が面白く、かつ責任感が増し多忙になる一方、旦那の方も仕事にノってきて楽しくなってくる時期。家庭よりも仕事に一生懸命になっちゃう時期でもあります。
奥さんも自立していればよいけど家庭に籠ってしまっていると、つい「仕事と家庭とどっちが大事なの?」と言いたくなる気持ちもわからないではありません。
お互いが大切で、家庭も大切なのにちょっとしたボタンの掛け違いで悲劇は生まれてしまいます。夫婦関係は難しいですね。
素子さん、囲碁番組に出るほどハマっているんですね。エッセイも書いていましたっけ。
お子さんがいない分、夫婦で楽しく生活しているようで一安心ですw

2019-01-08

「GODZILLA 星を喰う者」

|

GODZILLA 星を喰う者 (角川文庫)

大倉崇裕著・虚淵玄監修/ 角川文庫

映画3部作後半のノベライズ。映画は第1部(怪獣惑星)しか観ておらず、その後の物語が気にはなっていたのでまぁよかったかな。

最初のゴジラ出現の後、突如現れゴジラ殲滅に力を貸してくれた異星人「エクシフ」と「ビルサルド」も、それぞれの思惑のもとに人類と行動を共にしていたことが分かる。結局異星人とは相容れないというのは、いかにも日本人の作った物語って感じです。2万年前に失敗したメカゴジラプロジェクトとエクシフの神・ギドラとの戦いでゴジラ殲滅できるか…。

 1954年の誕生以来、これまで沢山のゴジラ映画が作られました。自然災害のメタファとしての存在だったり、人類の味方として敵怪獣と戦う存在だったり、1作毎にそれぞれキャラクター性を与えられていました。

今回のゴジラは2万年の時を超えて、まさに地球の一部となった巨大なゴジラ(=ゴジラ・アース)として描かれます。

ゴジラ映画はすべて観ていますが、悪いゴジラであっても、完全な死を求めていない事に改めて気が付きました。私たちの世界、特に映画では新しいランドマークが立つ度に破壊するのがお約束(東京スカイツリーは諸々の問題があって壊せないらしい…)のゴジラ映画。第1作「ゴジラ」で、東京湾で芹沢博士が自分の命と引き換えにオキシジェン・デストロイヤーを発動、骨になった後、山根博士が「あのゴジラが最後に1匹とは思えない」という言葉にあれだけ東京を蹂躙した悪魔のようなゴジラが「かわいそう」と思ったりする。悪の怪獣"ゴジラ"に対して、それが滅んだ後に爽快感を感じるどころかかわいそうと思ってしまう。これが日本人の国民性なのかもしれません。せっかく、当時の技術の粋を集めた建物を壊していく"悪い"ゴジラのはずなのに。

 

 今回のアニゴジ3部作は、怪獣vs怪獣のカタルシスはありません。そういう意味では庵野監督の「シンゴジラ」と同様です。

 特撮が本流のゴジラを、特撮では描けないでも特撮テイストを残した形での作劇を望んでいた人が多いと思います。私もその一人。SF用語と理解しにくい世界観。確かにこれまでのゴジラ映画とは異なりますので、作り手の思惑通り旧来のゴジラファンからは違和感満載で不評だったようです。しかし想定外なのは、新しいファンが付くほど敷居が低くなかったので、ゴジラシリーズの中でも最悪の興行収入になってしまいました。

・第1部)GODZILLA怪獣惑星…3.4億

・第2部)GODZILLA決戦機動増殖都市…1.0億

・第3部)GODZILLA星を喰う者…最終結果はまだ出ていないけど2作目同等との事

※「シンゴジラ」…82.5億

 興行収入面では明らかに失敗でしょう。Netflix配信がメインだから映画の興行収入はどちらでもよいのかな…。

 唯一よかった点でいえば、ゴジラの存在をより思想的に掘り下げた点かと。そういう意味では、映画でなくて小説版で十分。しかしながら、ノベライズ版も映画のシナリオをなぞっただけで、主人公や登場人物を掘り下げた内容になっていないというのは、映画版を見ていなくてもわかります。だから、映像化されていない前日譚の2作(『怪獣黙示録』/『プロジェクト・メカゴジラ』)の方がよっぽど面白かった。

 今年公開されるハリウッド版ゴジラ「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」がちょっと楽しみですね。

にほんブログ村 サラリーマン日記ブログ がんばるサラリーマンへ
にほんブログ村

2019-01-05

「日本沈没 決定版」

|

小松 左京著・文春e-Books/kindle

日本沈没 決定版【文春e-Books】【電子書籍】[ 小松左京 ]

 「日本沈没」は、徳間文庫版、小学館文庫版を読んでいます。今回はkindle版が、タイムセールで299円(正価800円)だったのでついポチっとしちゃいました。

 中身は旧版と勿論一緒ですが、図版や写真、巻末に著者ご子息で現在小松作品の管理をされている小松実盛さんのご家族ならではの、小松家の歴史と小松左京の戦争体験の「日本沈没」が書かれた背景を詳細に開設されています。この解説を読むだけでも今回の<決定版>は十分価値があります。


 日本が沈没する。その予兆を発見した地球物理学者の田所博士。当初は半信半疑だった政府も、さらに詳細な調査と並行して国民を日本列島から脱出させるD計画を発動させる。

 予測では2年後となっていた災害が想定以上の速さで進行し、あらゆる場所で地震噴火が相次ぐ。日本沈没が現実のものとなり、D計画スタッフは日本人生き残りの為に死力を尽くす。

 あらすじを述べてしまえばこれだけの話なのですが、登場人物が何とかこの最悪の事態に粉骨砕身して1人でも多くの日本人を助けようとする姿が胸を打ちます。この物語を読んでいると、日本人に生まれてよかったと心から思えますし、これまでも阪神淡路、東日本と2度の大震災においても従容と受け入れ復興に邁進する人々の気持ちが理解できます。

 「シンゴジラ」の庵野秀明総監督、樋口真嗣監督(06年版の監督)は、73年版映画「日本沈没」のファンだったそうで、ゴジラという"災害"を通して政府やスタッフがどう立ち向かうか、という点において「日本沈没」と相似形の物語であるといえます。

 もともと「日本沈没」は第1部であり、第2部は、2006年後輩のSF作家谷甲州との共著という形で出版されましたが、何故第1部出版後にすぐ第2部に取り掛かれなかったかが、解説で明らかにされます。

 本来は1/3程度の脱出を予定してたところ、愛着がわき過ぎて2/3、8000万人もの日本人を"流浪の民"にしてしまった結果、今後待ち受ける苦労を考えるととても筆を進めることができなかったとの事。仏心で生かした挙句により厳しい現実に向かわせざるを得なかったことが逆に2部執筆を躊躇わせた。

 日本沈没は日本人が読むべき傑作です。本苦手…という人は73年版の映画をお勧めします。06年版は見た目は新しくてとても良いのですが、ストーリーは原作改悪ですので…。

 

にほんブログ村 サラリーマン日記ブログ がんばるサラリーマンへ
にほんブログ村

 

2018-12-24

「サンタクロースって、いるんでしょうか(Yes, Virginia, There is a Santa Claus)」

|

サンタクロースっているんでしょうか?

カミさんは横浜アリーナに某アーティストのライブ。私と娘は引きこもり。家を出た長男は…何やってんだろう。仕事か、彼女と過ごしているか。なにはともあれ平和な我が家。


1897年9月21日ニューヨーク・サン新聞にバージニアという少女から新聞に宛てられた質問に答える形で「Yes, Virginia, There is a Santa Claus」と題された社説が掲載されました。以来毎年クリスマスになると、この社説を毎年掲載しているそうです。偕成社から小型の絵本が出ていて、私も30年以上前に購入、いつもこの時期読むようにしています。

青空文庫でも公開されており、毎年クリスマスにはこのblogに転載紹介しています。まだ読んだことのない方是非この文章に触れてみてください。とても優しい気持ちになれると思います。

☆-----(以下本文)

 本紙は、以下に掲載される投書に対してただちにお答え申し上げるとともに、このようにまっすぐな方が読者におられることを、心から嬉しく思います。

「こんにちは、しんぶんのおじさん。

 わたしは八さいのおんなのこです。じつは、ともだちがサンタクロースはいないというのです。パパは、わからないことがあったら、サンしんぶん、というので、ほんとうのことをおしえてください。サンタクロースはいるのですか?

      ヴァージニア・オハンロン」

 ヴァージニア、それは友だちの方がまちがっているよ。きっと、何でもうたがいたがる年ごろで、見たことがないと、信じられないんだね。自分のわかることだけが、ぜんぶだと思ってるんだろう。でもね、ヴァージニア、大人でも子どもでも、何もかもわかるわけじゃない。この広いうちゅうでは、にんげんって小さな小さなものなんだ。ぼくたちには、この世界のほんの少しのことしかわからないし、ほんとのことをぜんぶわかろうとするには、まだまだなんだ。

 じつはね、ヴァージニア、サンタクロースはいるんだ。愛とか思いやりとかいたわりとかがちゃんとあるように、サンタクロースもちゃんといるし、そういうものがあふれているおかげで、ひとのまいにちは、いやされたりうるおったりする。もしサンタクロースがいなかったら、ものすごくさみしい世の中になってしまう。ヴァージニアみたいな子がこの世にいなくなるくらい、ものすごくさみしいことなんだ。サンタクロースがいないってことは、子どものすなおな心も、つくりごとをたのしむ心も、ひとを好きって思う心も、みんなないってことになる。見たり聞いたりさわったりすることでしかたのしめなくなるし、世界をいつもあたたかくしてくれる子どもたちのかがやきも、きえてなくなってしまうだろう。

 サンタクロースがいないだなんていうのなら、ようせいもいないっていうんだろうね。だったら、パパにたのんで、クリスマスイブの日、えんとつというえんとつぜんぶを見はらせて、サンタクロースをまちぶせしてごらん。サンタクロースが入ってくるのが見られずにおわっても、なんにもかわらない。そもそもサンタクロースはひとの目に見えないものだし、それでサンタクロースがいないってことにもならない。ほんとのほんとうっていうのは、子どもにも大人にも、だれの目にも見えないものなんだよ。ようせいが原っぱであそんでいるところ、だれか見たひとっているかな? うん、いないよね、でもそれで、ないってきまるわけじゃない。世界でだれも見たことがない、見ることができないふしぎなことって、だれにもはっきりとはつかめないんだ。

 あのガラガラっておもちゃ、中をあければ、玉が音をならしてるってことがわかるよね。でも、目に見えない世界には、どんなに力があっても、どれだけたばになってかかっても、こじあけることのできないカーテンみたいなものがかかってるんだ。すなおな心とか、あれこれたくましくすること・したもの、それから、よりそう気もちや、だれかを好きになる心だけが、そのカーテンをあけることができて、そのむこうのすごくきれいですてきなものを、見たりえがいたりすることができる。うそじゃないかって? ヴァージニア、いつでもどこでも、これだけはほんとうのことなんだよ。

 サンタクロースはいない? いいや、今このときも、これからもずっといる。ヴァージニア、何ぜん年、いやあと十万年たっても、サンタクロースはいつまでも、子どもたちの心を、わくわくさせてくれると思うよ。

(ニューヨーク・サン紙社説(担当:フランシス・ファーセラス・チャーチ) The New York Sun (written by Francis Pharcellus Church 大久保ゆう訳)※赤字は私が勝手に強調しました。

青空文庫より転載(http://www.alz.jp/221b/aozora/there_is_a_santa_claus.html

☆-----


 クリスマスを迎えたこの日、なんとなくみんな優しい気持ちになる。それこそがサンタクロースがいるっていう証拠なんだと、私も思います。

 いつも拙blogを読んで頂いている皆さん。

 初めて読んで頂いた皆さん。


 みなさんのもとにもサンタクロースが来ますように。


 メリークリスマス。

サンタクロースっているんでしょうか?

サンタクロースっているんでしょうか?

にほんブログ村 サラリーマン日記ブログ がんばるサラリーマンへ
にほんブログ村

2018-12-20

「GODZILLA 怪獣惑星」

|

GODZILLA 怪獣惑星 (角川文庫)

大倉崇裕著虚淵玄脚本・ 角川文庫

 ゴジラアニメ3部作「−怪獣惑星」と「―決戦機動増殖都市」前半までのノベライズ。

 ゴジラを始めたくさんの怪獣に蹂躙され地球から離れざるを得なかった人類が20年かけてたどり着いた星はとても移住に適した星ではなかった。絶望の中地球に帰還しゴジラから地球を取り戻す作戦を立案実行することに。

 地球はウラシマ効果の為に2万年がたっていた。そこに人類の姿はなく怪獣が跋扈する世界になっていた。人類は地球を取り戻せるのか。

 遠い未来のSF物語として描かれたゴジラ作品ですが、うーん、もっと違うアプローチが出来なかったんだろうか、という想いがいっぱいになった。結局映画版は2、3作目は見ていませんので、そういう意味では展開をきたいしています。

 根本的にゴジラ映画の魅力のひとつに建物の破壊があります。 

 過去最大300mを越えるゴジラ(ゴジラ・アース)の造形はすごくよいのだけど、周りが原生林ではその大きさがいまいち伝わらない。人間の攻撃も蚊か蝿がまとわりつくようでカタルシスがない。

 同じようなシチュエーションでしたが「伝説巨神イデオン」の100mのイデオンを攻撃する小型重機動メカ"アデイゴ"(それでも43mあるけど)を大量投入した攻撃の方がよっぽどカタルシスがあった。

 ゴジラが強大過ぎるのです。

 

 主人公ハルオの両親を殺された私怨を中心に据えていく作劇も物語の矮小化につながっています。これまでも私怨を持った登場人物がいないわけではありませんが、あくまでもゴジラに対するのは、科学者だったり組織だったりします。ゴジラに対して人間の私怨では対抗できません。

 ノベライズは次巻で終わり。メカゴジラ、キングギドラがどのように物語に絡んでくるか楽しみ。