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平民新聞

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2008-01-06(日)

[][][][]登亭、親父に幸あれ!

ひさしぶりにメシ日記でも書いてみようと思う。と、いうのも古い写真を整理していたらば、かつて東京は西荻窪にあったとんかつ屋「登亭」で自分が食べた、最後の親父おまかせ定食の写真が出てきたからである。

この日、ぼくはとても緊張していて、前日の晩から食事をとらず、登亭最終営業日にそなえていたのだ。店の暖簾をくぐり、「いらっしゃい。今日はなんにする?」「あ、別に…なんでもいいです。おまかせで、適当に」というやりとりも、今日で最後になるのか、と思いながら、ぼくは「はいはい、じゃあ適当に」という親父さんの姿を見つめていた。

登亭というのは四十数年間西荻窪で営業を続けていたお店で、残念ながら一昨年閉店してしまった。ランチタイムはわりと混雑しているので夫婦で切り盛りしているのだが、ひまな時間になると親父さんがいつも、猫といっしょに店番をしている。ぼくはその時間帯を狙って店に通い、親父さんに昔話を聞かせてもらい、時に、カメラを向けさせてもらった事もあった。

登亭

登亭にはそれなりの数のメニューがあるのだが、親父さんのすてきな物忘れもあって、いつも、何を頼んでも同じものが出てきた。とんかつ定食を頼んでも、登亭ランチを頼んでも、ハンバーグを頼んでも、出てくるものが結局同じなのである。店に入るとまず「いらっしゃい」と言ってお水を出してくれるのだが、親父さんはお水を出してしばらくするとお水を出した事を忘れるので、「はいはい、これ」と言ってまたお水を出してくれる。その繰り返しで料理が出てくるまでに、ぼくの場合、最高で4つのコップがカウンターに並んだ事がある。そして視線を動かせば、隣にいる客にもコップが2つ、3つと並んでいる。足元では猫が寝そべっている。

登亭

料理というものに対して感じる、美味しさ、というのはいったい何なんだろう、とぼくはここ数年ずっと考えていた。正確に言うと、東京に来て狭いアパート暮らしを始め、自分の食べる物を毎日自分で作るようになってから、そんな事を考え始めたのだ。で、結局のところ、それはいつも退屈な結論に行き着く。すなわち料理にとっておいしさとは、(あくまでも僕にとって、という意味です)調味料でも素材でもなく、そして極論するなら味ですらなく、作る人間の気持ち、ただそれだけなのだ。料理に対して、気持ち、とかそういう言葉を使ってしまうとどうしても「ケッ、何を言ってんの?」或いは「そんな単純なものじゃないよ…」みたいな冷静な反応をされる方もおられるかもしれないが、その辺はまあ、物事には様々な見方捉え方があるものよ、というくらいの寛容な心でもって、ぼくの退屈な断言を右から左に受け流して頂ければ、と思う。

登亭の定食はいつも抜群に美味かった。それは(自分にとって)親父さんの気持ちが美味かった、という事であり、ぼくは登亭に行くたびに、お店の何十年もの歴史を食らいに行っていたのであり、親父さんの七十年の人生を食らいに行っていたんだと思う。それはたかだか三十年しか生きていない自分にとって、もったいない程の美味しさだった。要するにぼくは登亭という小さなとんかつ屋さんに心底惚れていたのだ。楽しい日々もあれば楽しくない日々もあったような気がするけれど、いつでも登亭の定食は抜群に美味かった。

さてさてさてさて、登亭は閉店してしまったけれど、それをいたずらに悲しんだり、いつまでもグズグズ言ったりすることなく(わりとグズグズ言ってますケド…)、ぼくはまたまた、未知なる美味しいお店や美味しい人間を探していきたいし、これからも色んなものを食らって生きていきたいのだ!という(ちょっと無理矢理ですが)前向きな決意でもって、この登亭愛の日記をしめると共に、ぼくが最後にお店に行った日、何かの記念にと、親父さんから頂いた登亭カレー皿の写真をのっけておきます。

乾杯!親父に幸あれ!!!(ついでに俺にも幸あれ…!)

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団結しろ万国のまよなかの白痴ども/きみらのことは誰も詩に書かない(岩田宏/のぞみをすてろ)