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平民新聞

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2009-08-10(月)

[][]さようなら、ぼくの才能

今でもはっきりとおぼえている、とても印象に残った夏の光景がある。それは鹿児島から沖縄行きのフェリーに乗った時。まばらな乗客の中に大学生くらいの女の子がいて、彼女は「しばらく八重山諸島を旅行したあと台湾に留学するんだ」と言っていた。学校の仲間たちが彼女を見送りに来ていた。ぼくは待合室で彼らの会話を聞きながら「うっせーなこいつら…」と思い煙草を吸っていた。やがてぼくは船に乗り込む。一人一畳ぶんもないような二等船室に荷物を置く。まったくのクソ部屋。クソ中のクソ。そして汽笛。デッキに出てみると、身を乗り出してさっきの彼女が港に向かって手をふっている。仲間たちがジャンプする。すると彼女もデッキの上でジャンプする。バカみたい。見送りに来た仲間たちはもう十人を超えている。ぼくはそれをぼんやりとながめていた。とつぜん、彼らのうちの一人が彼女の名前を叫んだかと思うと、港から海に飛び込んだ。クロール。追いつくはずのないクロール。それはいっしゅんの出来事だった。鹿児島の夏。港にならぶ仲間たちが次々と、海に飛び込む。彼らは海に浮かびながら、いつまでも手をふっている。先頭には最初に飛び込んだ男の子。波に八月の光。デッキの彼女は泣いていて、それを見ているこちらまでもがなんだか泣けてきた。ぼくはそのころ二十代の半ばで、行くあてもなく、なんの目標もなくブラブラしていた。なんとなく「おれはもうおわったなあ…」みたいなことを考えていた。ぼんやりと。ひたすら電車に乗っていた。鹿児島についたのは前日の深夜。駅前で野宿していた。ウイスキー。デッキでの光景を見ながら、たぶん十歳も違わない彼女や彼らに、そして鹿児島の夏の光にぼくは激しく嫉妬していた。でもま、他人に嫉妬してるってことはおれもまだまだ生きる気力があるんだなあ、なんて思った。ロビーでカップラーメンを食べながら、さっきデッキで見た光景をいつまでも反芻していた。「さようなら、ぼくの才能」とつぶやいてみる。さようなら、まぶしさや、自身に対する信頼。疑いのなさ、かがやき。麺をすすりながら考えた。ぼくもまた色んなものに手をふる必要がある。荷物を減らす。見送ってくれる仲間たちはいないけれどそれでもいい。そしてなんつーのか、がんばっていこう。カップラーメンの汁をぜんぶ飲みほして顔をあげると、少し離れたソファーにさっきまで泣いていた彼女も座っていて、ぼくと同じカップラーメンを食べていた。彼女はこれから沖縄で、台湾で、色んな経験をして強くなっていくんだろうな、と思った。俺もなんとか腐らずにやっていこう。たぶんだけれど、いいことあると思う。きみにも俺にも。

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団結しろ万国のまよなかの白痴ども/きみらのことは誰も詩に書かない(岩田宏/のぞみをすてろ)