平斎の日記

2016-05-18 [にちにち写真館]日ノ本一のつわもの偲ぶ

[にちにち写真館] 日本一の兵しのぶ  (ひのもと一のつわもの偲ぶ) 

安居神社で「幸村祭」  大阪日日新聞 2016年5月18日

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↓その時の澤田先生のスピーチの要旨

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2016-05-07 [歴史]幸村祭

[歴史]幸村祭  大阪日日新聞 2016年5月7日 

戦死の地で幸村悼む 天王寺・安居神社

 NHK大河ドラマ「真田丸」で注目が高まる武将・真田幸村が戦死したとされる大阪市天王寺区の安居神社(中島一熈宮司)で5日、恒例の慰霊祭「幸村祭」が盛大に執り行われた。氏子関係者や歴史愛好家ら大勢が続々と参拝し、境内にひっそりとたたずむ座像に手を合わせた。

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幸村の座像前で執り行われた神事=5日午前、大阪市天王寺区の安居神社

 大坂夏の陣(1615年)の終盤「天王寺口の戦い」で戦死した幸村を悼み同神社が毎年手掛けている。

 祭壇が設けられた座像前では中島宮司によるおはらいや祝詞奏上などに続き、真田家の子孫や故郷である長野県上田市の関係者ら参列者代表が玉串をささげた。中島宮司は「大坂の陣400年の節目や大河ドラマなど近年の盛り上がりに驚いているが、今後も変わることなく幸村公の慰霊に努めたい」と話した。

 境内には大阪城真田鉄砲隊(澤田平代表)のコーナーもお目見え。幅広い年齢層の幸村ファンがスタッフの解説に耳を傾けながら甲冑(かっちゅう)や火縄銃の弾丸といった品々に見入っていた。

 生野区から訪れた足代健二郎さん(73)は「長年の幸村祭の積み重ねがあったからこそのにぎわい」、幸村の肖像画を奉納している“歴女”山下栞さん(18)は「ファンが集える素晴らしい場所」と笑みを浮かべた。

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[にちにち写真館] 日本一の兵しのぶ  (ひのもと一のつわもの偲ぶ) 

安居神社で「幸村祭」  大阪日日新聞 2016年5月18日

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↓【真田丸ジオラマ】天王寺区役所に展示

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↓【真田丸顕彰碑】天王寺区役所が心眼寺坂に設置

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2016-04-24 真田幸村

[歴史]真田幸村

↓上六ハイハイタウンでの展示物

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↓2016.04.03付 大阪日日新聞に掲載された「真田幸村公資料館」見学の記事

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2016-04-20 高槻市立しろあと歴史館

[歴史]高槻市立しろあと歴史館 

企画展「江戸時代の科学と技 鉄砲と和時計」

 ―澤田平コレクション展― (3/12〜5/8)

を見学。(銃砲類の写真はさしあたり掲載省略)

 4/19(火)、われら生野班一同は澤田平先生に伴われて今回の企画展を見学した。

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↓子ども体験コーナー(厚紙によるよろい作り)

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2016-04-15 [神社]東成郡中川村・松尾神社跡

[神社]東成郡中川村・松尾神社跡の石造物

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↑故・柴田昭三氏作成『記念写真集』(平成十三年十一月献/清見原神社)より転載。↓

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↓「松尾神社址」碑の裏面刻銘

  明治四十二年八月小路神社為合祀記念建立・書:東成郡長 木下貞太郎

  ※「小路神社」は「現・清見原神社」。この年、中川・片江・腹見・大瀬に鎮座の各社が大友の清見原宮に合祀され、「小路神社」となった。

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↓「松尾神社址」碑の前にある石造物

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↓手水鉢

  元禄八乙亥年(1695)

寄進

  □□□□□・・・・中西□周

 =釋翆岩生後12歳のころ に該当する。寄進者は中西某と読み取れる。

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↓御神燈

施主 松江 太郎右エ門

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↓天保十三寅十一月吉日(1842・壬寅)

 =釋翆岩没後97年目 に該当する。寄進者名 釋翆岩の俗名「松江 太郎右エ門」を刻すも、村人たちが翆岩の名で寄進したものであろう。

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↓松尾宮

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↓安永三甲午年正月(1774)

 =釋翆岩没後29年目 に該当する。寄進者刻銘なし。

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※「御神燈」・「松尾宮」と刻された二基の角柱は、石灯籠の竿石と思われる。

 当地の松尾神社は明治四二年、大友村の清見原宮に合祀され、境内の建造物はすべて合併神社たる清見原宮に移設または移転されていたが、先年、現・清見原神社より旧・中川村関係者に対し、この二基の石造物の存在が通知された。その連絡を受けた中川正進会の大北雅一氏らが当所に持ち帰り、これらを宮跡に設置したという。

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